協力者

『高尾さんですか?』

 桃井から連絡が来たのは電車を降りた直後、20分ほど経ってからのことだった。
 ある程度の説明は受けているのだろう。迷いのない声で、特に質問をぶつけるでもなく、これから合流する旨と待ち合わせ場所の指示だけを告げて来る。
 向かう先と、それなりに金がかかる旨を申し訳なく伝えると、大丈夫だとやはり即答で返された。
 返した後で「出せないって言ったらどうするつもりだったんです?」と笑いを含んだ声で言われ、度胸の据わった子だと理解する。
 なるほど、朴念仁の緑間が女子を褒めるだけのことはある。

「そりゃもう、オレが全額出すつもりだったよ」
『男前ですねー。今リコさん達がタクシーでこちらに向かってます。私も合わせて3人』
「もう一人? 誰?」
『火神君。ご家族の帰国が遅れるから年末年始一人なんだそうです。一番身軽だからって』
「なるほど」

 よく知った名前が出て、少しばかりほっとした。
 まともに話したこともない女性2人に挟まれて行動するというのは、実のところ少々気が重かったのだ。かと言って親しい仲の友人に来てくれと頼むわけにもいかない。
 誠凛から誰かしら━━もしかしたら一団を━━連れて来られる可能性は考慮していたが、候補の内でも、人数的にも、一番望ましい形と言えた。
 ……いや、或いは図ってそういう人選にしたのか。
 仮にも一チームをまとめ上げている相手だ。その程度の裁量は息をするのと同じくらい自然に行える事だろう。この際同行は頼もしいと思うべきなのかも知れない。

『今スレッド見てます。なかなかファンタスティックですね』
「ね」

 言い回しの妙に軽く笑いながら、年末の空気に賑わう駅の中を縫うように歩いた。思いの外、人が多い。明日はもっと賑わうのだろう。
 安心した気持ちで年を越して、相棒に初めての年始の挨拶を送るのが理想。
 迎えられるだろうか? そんな日を。

 指定された待ち合わせ時間まで少しある。
 ネットでもう一度新幹線の時刻表を確認して、到着予定時間の遅さに溜め息をついた。1日24時間はあまりにも短い。
 私鉄の駅から少し離れた新幹線の停まる駅へ。
 普通なら根性出して歩こうかという距離だが、小銭より時間を惜しんでバスに乗る。
 駅構内とは打って変わり、車内はいつになく空いていて、出口に近い席に腰を落ち着けると背負った荷物を膝に下ろした。
 足はいいが、宿はどうしようか。女の子も一緒でまさか野宿というわけにはいくまい。
 しかし、大まかな行き先以外は相談しましょうそうしましょう、という現段階で予約を取ろうにも……。

 ポケットに落としたばかりのスマフォを引っ張りだして、目的地に近いいくつかの安宿を検索しては満室の文字に顔をしかめる。ああ、電池の減りが早い。
 行き当たりばったりを怒られるだろうか、いや、もしかしたらこういう情報も女子のほうが見つけやすいかも知れないし……。
 今更取り繕っても仕方ない。大人しく相談することにして、検索画面を閉じる。
 代わりに画面を下げていたスレッドを表示させて、しばし固まった。

 何でこんなに数字が進んでいる?
 慌てて先の発言まで戻ろうとしてすぐに気づく。

「くそ、俺が最後に書き込んだ直後じゃん……」

 スレ主の帰還と報告に湧くスレを情報を拾いながら丁寧に追っていく。イライラしながらバッグの中のノートとシャーペンを取り出して、点在する情報を書き留めた。
 お守り。ああそうだ、今日いっぱい持ってたっけ。安産、産むのかよって俺も笑った。
 考えて、息が詰まる。やっぱり彼らなのか。そこにいるのか、相棒。
 これってほんとに起こってることなの? お前らの勘違いとかじゃないの? 誰かの悪ふざけって可能性ないの? オレ頭ついてかないんだけど。
 しばらく進むと『赤』が会話に加わる。緑、喋らないか、緑。確信を持てるのは彼の言葉だけなのだ。頼むから。
 メモを取っていた手はいつの間にか疎かになって、必死にページを読み進めている。大事な内容もいくつかは落ちているはずなのに、全部表面を滑って流れていく。
 そして。

 ━━━お前、掲示板でも"なのだよ"なのかよ。

 最後まで読み切ってリロードした途端。何でもなさそうに現れた文字に、高尾は額を押さえ、思わずバッグの上にうずくまった。
 視線だけをスマフォに向けて、震える手で発言を落とす。元気なんだな、確認はそれだけでいい。無事なんだな。それ以外望まない。
 簡単な問いかけ。簡単に返されるそっけない返答に、深く、深く息を吐き出した。
 本物かどうかはわからない。特徴的な口調だ。真似もしやすい。でも多分、本当にただの勘でしかないけれど、これは緑間だと思った。
 呼びかけたいのをぐっと堪え、いくつかの質問に冗談を交えながら答える。ああ、本当に、文字で見る世界なんてまやかしだ。
 伝わってくれと、必死に祈った。お前達のために動いている。きっと有益な情報を見つけるから、それまで頑張っていて。

 車内アナウンスが目的地への到着を告げる。バッグを背負い直して、地面へ降り立つと同時に待ち合わせ場所へ駆け出した。早く。少しでも早く。気持ちが先走って泣きそうだった。
 時計を見て、券売機へ寄る。四人分の切符を失くさないようコートの内ポケットに押し込んでまた走る。
 待ち合わせ時間まで12分。指定された大きな看板の前で息を整えていると、焦れる間もなく肩を叩かれた。

「よう」

 他に言いようもない、という風に、片手を上げて言われ、おう、と返す。
 後ろには大きめのバッグを持った美少女が2人。傍目に見れば羨ましい状況だが、大男は自分との合流でほっとしたように見える。
 ほっとしたように見えて、そして、イメージとかけ離れた、どこか気遣わしげな顔をしていた。

「タオルいるか?」
「そこは触れない優しさというものを持てよ」
「触れなきゃ渇も入れられないでしょ。今からそんなぐらぐらでどうするのよ。シャキッとしなさい!」
「サーセン……」

 出会い頭に叱りつけられて、項垂れる。
 あと3分遅く来てくれたら、ちゃんと持ち直していたのに。見られたばかりか指摘を受けた。屈辱だ。これも八つ当たるぞ、相棒。必ずだ。
 袖口で目尻を擦ると、高尾は改めて正面に立つ3人の手元に目を留めた。
 三人とも、手の中に携帯かスマフォを握りしめている。恐らく自分と同じように、移動中スレッドを追いながら来たのだろう。

「待たせたかしら?」
「いえいえ、10分前っすよ。すみませんね、いきなりで」
「乱入させてもらって文句は言わないわよ。それより面白い情報をありがとうと言っておくわね。2人は面識あるの?」
「いいえ。直接お話するのは初めてですね。よーく知ってはいますけど。桃井です」
「ははは、こわいなー。お噂はかねがね、高尾っす」

 表面上は和やかに、挨拶と会釈を交わす。
 合宿で鬼っぷりを拝見しているリコはともかくとして、今のところ直接対決を見ていない高尾の目には桃井はただの可憐な少女に見えた。

「両手に華じゃん」
「鬼監督と相棒の元カノの間に挟まって何喜べばいいんだよ……」

 小声で詰め寄る火神の口からは泣き言のような言葉が漏れる。ここまでの道中は余程楽しい気分で過ごしたらしい。
 緊張感の欠如した合流風景は、傍目に見れば2組のカップル、楽しい旅行の待ち合わせにでも見えたかも知れないが、現実はなかなかに世知辛かった。

「新幹線の時間までまだあります?」
「30分ちょいあるよ」
「良かった。とりあえずスレの内容は把握したので、少し準備をさせて下さい。リコさん達とは少し話しながら来ましたが、詳しい作戦会議は乗ってから」
「了解。スレどこまで見た?」
「タクシーを降りるまではそれぞれ携帯を見てたわ。カラーズが戻って来て、赤と緑が話し始める辺りまでは3人とも把握してるわよ」
「じゃあ俺と同じ辺りっすね。とりあえずこの後を見る前に一回、共通ルール作っておいたほうがいいかなって思うんだけど」
「そうね。とりあえず携帯はしまって、移動しながら話しましょ」

 焦る素振りも必死な様子も見せず、リコは言い、桃井はそうですね、と微笑む。火神はハイハイとそれに従い、高尾に視線を寄越す。
 ああ、負けず嫌いばっかりか。
 心配なんか一切顔に出さない。必ず連れ戻すという強い意志だけがそれぞれの横顔を飾っている。
 全く、頼もしいったらない。