「泣くな!」
吠えるような強さで言って、リコは慰霊碑を睨みつけた。
駅まで送るという母娘を、もう少しだけ周辺を見ていきたい、一本道なので駅までは歩くと言い含めて先に帰らせた後。ゆうに10分は黙り込んで、それでも収まらない火神の嗚咽に対する怒声だった。
自身も気持ちを入れ替えるのに時間を要したのだろう、終始耐えてはいたが、目の周りが赤い。
「泣いてる場合じゃないのよ。子供達は可哀想だけど、私たちは私たちの仲間を救うために来たんでしょ。感傷に浸ってる暇ないわ!」
「……はい。お話を聞けて良かったです。これでわかりましたね、カラクリ」
「カラクリって何だよ……」
「そもそも私たちは勘違いをしていたんです。あそこにいて、テツ君たちを呼んだのは、"6人の子供"じゃなかった。恐らくはたった一人の、黒崎絢子という少女です」
「え? 何で?」
「みんなは学校に閉じ込められている。でも学校で亡くなったのは絢子だけです。そこで人を呼ぶのなら、それは絢子でしかありえない」
「じゃあ他の子供達は……」
「絢子を探しているのよ。だから他の奴らを無視してひたすら"くろこ"を呼んでた」
みんなは揃って絢子を迎えに行った。それは外からの情報だ。
絢子は大好きなみんなに嫌われたと思ったまま、ようやく手に入れた居場所を見失ったまま、寂しさと恐怖の中で独り死んだのだ。
だから強く残る色のイメージを目印に、人を引きずり込む。
謝りたくて。
一緒にいてほしくて。
もう一度仲間に入れて欲しくて。
5人の子供達が今も自分を探してさ迷っているなんて、知りもしないまま。
「………ッ」
「だから泣くなって言ってんでしょ!!」
「っス……。でも、んじゃ黒子は」
「絢子と勘違いされてるんだわ。何十年も"くろこ"を探し続けて像がボケてるんでしょ。相手は死んでるのよ。常識で捉えられない。名前の響きだけだって本人と思い込むかも知れない」
「そんなんどうすりゃいいんだって……てか真ちゃん達は巻き込まれただけってこと?」
「そうじゃないわよ。連中もまとめて絢子に呼ばれんたんでしょ、他の犠牲者と同じように。だけど黒子君がいたせいで、他の子供達に目をつけられたのよ」
「厄介ですね。多分今、子供達にはテツ君しか見えていません。だからテツ君以外は、巻き込まれることがあっても個別襲われることはない。これでテツ君が子供達に連れて行かれてしまったら……そうなったら、他のみんなを助け出すのはもう無理かも知れない」
「え、何で」
「そっか……今あいつらは絢子と会うことの出来ない、チャンネルのずれた学校にいる。子供達は黒子君しか認識していないのよ。その黒子君がいなくなったら?」
「キセキ達はそのまま置き去りってことか……?」
「嘘だろ……」
点と点が繋がって、全ての謎が解かれていく。
ただ、わかったからと言ってどうすれば彼らを救うことができるのか。
手っ取り早いのは子供達を会わせ仲直りさせて成仏へ導くことだろうが、何十年も叶わないそれをどうやって成し遂げるというのか。
「……てか、あの人達に言わなくて良かったのか?……ですか? 子供達のこと」
「言えるはずないでしょ。何十年経っても安らかにって願ってる家族に、可哀想な事故で亡くなったその子が今も迷ってるばかりか、悪霊になって人を襲ってます、なんて」
「言えるわけ、ないですよね……」
「でも、でもさ、家族が説得してくれれば、もしかしたら……!」
諦めきれないように、女性達が下って行った山道を、火神が何度も振り返る。
少しでも可能性があるのなら試すべきじゃないのか、そう訴えかけてくる視線を、リコは溜息で切り捨てた。
「無理よ。あの子達の目的はもう、絢子ちゃんを取り戻すことだけだわ。祈りが届くならとっくに解放されてる。理性が残ってるならこんな酷いことにならない」
「………」
四十年、片時も忘れることなく安らかにと祈り続けた家族の願いが届くというのなら、とっくに。
わかり切ったことだ。それでも、諦め切れない気持ちもわかる。
ここに来て、話を聞いて、疑う気持ちは一つも無くなった。スレを立てた彼らが本物と悟ったからではない。幼い子供達の死んでも死に切れないだろう未練を目の当たりにしたからだ。
しかしそれは同時に、異空間に閉じ込められた仲間の壮絶な恐怖を、差し迫った命の危機を、全て認めることでもある。
既に怪我人が出ているのだ。彼らは絶対に黒子を見放さないだろうし、そうなれば黒子だけが危険というわけでもなくなる。すぐにでも手を打たなければ、明日には死者が出ていてもおかしくはないだろう。
「日が暮れる前に、スレに報告します。誰かなんかいい手を考えてくれるかもしれないし」
「……そうね。できることをするしかないわよね。そうだ、これだけ情報があるんだから、専門家に聞けばもう少し詳しく状況把握できるわよね。孫さんに電話しないと……」
言葉にはするが、そのままリコは天を仰ぎ、桃井はぼんやりと絢子の石碑を見つめ、火神はしゃがみ込んで黙ったまま頭を抱えている。
それ以上声はかけないままスマフォの画面を開いた高尾は、スレの妙な空気に眉を寄せ、幾つかの発言を遡るごと顔を顰めると、ぐっと上までスライドして事の起こりを見つけた。
ああ、どうしてだ。こんなに、こんなに必死に動いていたのに。全部、全部、全部後手になる。どうして。
「━━━何でだよ……」
「どうしたんですか?」
「何か起こってんのか?」
「駄目だ……間に合わなかった」
「どういうこと!?」
慌てて自分の携帯を開こうとした3人は、ぎこちない動作で顔を上げる高尾に気づき視線を向ける。
その表情に、誰かが唾を飲み込む音が大きく耳についた。
恐ろしい程血の気の失せた真っ青な顔で、高尾は震える唇をゆっくりと開く。
「黒子、持ってかれた」