「緑間、少しツラ貸せ」
「……は?」
緑間真太郎にとって、どこか懐かしさを感じさせるにこやかな威圧感を纏った男。秀徳高校三年バスケ部レギュラーの宮地清志に、唐突に声をかけられたのはまだ肌寒い春休みのことだった。
緑間真太郎と先輩
緑間にとって色々と思うところのある帝光中時代のチームメイト、その一人であった黒子テツヤが自分と同じ秀徳に進学したと知って驚いたし。それまで男と信じていたのに、女生徒として現れたのにも度肝を抜かれた。しかしその他のことに関して静かだったのは、黒子だけじゃなく高尾からしても不思議であった。他のこととは最後の全中後に黒子が姿を消した理由とか、バスケに関してどう思っているのかとか、その辺りのこと。
チームメイトであり友人とも思っていた相手がいきなり姿をくらませば、緑間だって気になるし理由を知りたいとも思う。だが秀徳で黒子と再会しても、聞きだそうとする素振りを見せなかったのはとても単純な理由からである。即ち、その時点で既に大まかにではあるが知っていたからだ。
それはなぜかと言えば、まだ春休みだった頃に遡る。バスケの推薦組は顔合わせという名目で、逸早く秀徳バスケ部の練習に参加していたのだが。その時に初めて会った三年レギュラーの宮地に、訳が分からないまま捕獲され話しをする羽目になったから。
「何のご用でしょうか?」
「帝光バスケ部に、黒子テツヤって居ただろう?」
「……居ましたが。それが何か?」
「去年の秋頃から、オレがそいつの家庭教師をしてたんだよ」
「は?」
「こちとら、やっとレギュラーに成れたかならねーかって時でよ。最初は親の友人のガキってだけで、見も知らねーヤツの家庭教師なんてやれるかって断ったんだがな」
「はぁ」
「なんでも中学二年辺りから様子がおかしくなってきたが、親には何も話してくれないし、話しずらいのだろうとも思う。だから同じくバスケをしていて年上であるオレなら、悩みを打ち明けるかも知れないので面倒を見てやって欲しいと。テツヤの親に土下座されて頼まれたら、流石に断れねーだろ」
「それは、確かに」
「聞けばそいつ、帝光中学だって言うじゃねーか。帝光と言えばお前らだろ? その頃から監督はキセキの世代を取る気満々だったし、オレとしても気になるから聞いてみれば。いやに話したがらねーんだよな」
「……」
「ま、それでも年上権限で聞き出したけど」
「……そうですか」
「だから、今度はお前の話しを聞きたい」
「意味が分かりません。黒子から聞いたのなら必要ないでしょう」
「あぁ、聞いたさ。けどそれは黒子の立場の話しだ。オレが聞きてーのは、お前の立場の話し」
「……申し訳ありませんが、」
「拒否権はなしな」
「……」
なぜ始めて会った相手に、そんなことを話さなければならないのか。緑間としては大いに不満であるが、話すまで開放しないぞという威圧感に負けしぶしぶ話しだした。
話している内に、気付いたことがある。緑間にはキセキの世代の一人と数えられる実績を残した自負がある、全中三連覇という偉業も成し遂げた。だというのに、それを誇る気にはなれない自分。残した成績の華々しさとは裏腹に、思い出すのは重苦しいバスケ部の空気だ。
誰かに自慢してもおかしくない過去なのに、知られたくない、話したくないと思ってしまうのはきっと後ろめたさから。自分は後悔しているのだと、その時始めて感じた。
最初こそ、宮地はただの興味本位だろうと思っていたが。緑間の話しを聞く彼は、茶化すことも怒ることもせず静かだった。軽く眉間に皺を寄せた顔をしていたが、大半は黙って聞いていて。緑間が話しに詰まる度に、落ち着いた声で的確な問いを投げかけこんがらがっていた気持ちを解いて行く。
中学二年の全中辺りから、少しずつ壊れて行った自分達の関係。まだまだ子供だった自分にはとても重くて、恐ろしくて、自分を守ることに手いっぱいで。そんな気持ちさえ見ないフリして誤魔化して、結局なにもしなかった自分を今後悔している。
目まぐるしく変わって行く環境やチームメイト達、その速さに翻弄されるばかりだった。あの頃、自分が何かをしていたらもっと違った結果になったのだろうか。長い話しが終わる頃には、緑間の胸中を苦い思いが占めていた。
「これで、全部です」
「……」
「満足して頂けましたか?」
「……なんつーか、もうお前等は。あー、あれだ。一言でいえば、壊滅的なコミュニケーション不足」
「はい?」
「あのなぁ緑間。人なんてもんは誰でも自分のことさえよく分かってねーんだぞ。だから尚更、他人のことなんぞ考えてるだけじゃ分かる訳ねーんだよ」
「……」
「だと言うのにお前等ときたら……。まあ、テツヤもだけどな。勝手な判断で思い込んで。勝手に結論出して絶望しただけじゃねーか」
「それは……」
「あのな、誰も人の気持ちなんか分かんねーんだよ。相手を理解したり、自分を分かって欲しかったら言葉にしなきゃ伝わらねーの。テツヤは試合相手に友達が居るんでちゃんとしてくださいって言えば良かったんだ。個人の都合だろうと、私情を持ちこんで何が悪い。公平にすんのは、責任者である大人だけで充分だろ。ただの子供として、友達としてお前等に言えば良かったのにそうしなかった。そんで緑間、お前はお前で人の話しを聞いて理解しようとする努力も、自分の気持ちを話して理解してもらう努力もしなかった。まあ、性格の問題もあるだろうがな。それでも大切なら、不器用でもなんでも話すことをしなきゃどうにもなんねーんだよ」
「……はい」
「分かったらな、妙なところで大人ぶってダンマリ決め込んでねーで、これからはちゃんとしろ」
「っ、……これ、から?」
「おいぃいいい。テツヤと言いお前と言い、ホント要らんところで良く似てんなキセキの世代ってヤツは」
「なっ、そんなことは……っ」
「何を全部終わったことにしてんだよ、轢くぞ! 人間関係なんてもんは、どちらかが拘ってる限り終わんねーんだよ。それこそ大学生になろうと、社会人になろうと、じーさんになろうとな」
「……」
「失敗したと思ってんなら、諦める気がねーんなら、これから努力して変えろって言ってんだよ。分かったか」
「はい、分かったのだよ」
「だよ? まあ、良いか。話しは終わりだ、気ぃつけて帰れよ」
「はい……、ありがとうございました」
自分で言って恥ずかしかったのか、はたまた、予期せぬ緑間からの礼が居た堪れなかったのか。勢いよく立ちあがり踵を返した宮地の耳が、少々赤かったのを緑間はよく覚えている。後から思えば、ここは帝光ではなくて秀徳なのだと、緑間が理屈ではなく実感として感じたのはこの時かも知れない。
だがしかし、それとは別に緑間には思うところがある。それは。
「宮地さん」
「何だ? 緑間」
「春休みに話したことがあったでしょう?」
「……あったな」
「なぜその時に、黒子が実は女子だったと教えてくれなかったのだよ!」
「あー、それな。オレも忘れてたんだわ」
「は?」
「だってアイツ、中身はちょー男前だろ。とても女って気がしねーんだよな、どっちかってーと弟扱い?」
「全く、意識改革が出来てないのだよ。去年の夏から半年以上も何をしていたやら」
「だよなー。最近じゃ親も匙を投げてるみたいだぜ?」
「……oh」