大坪泰介の受難

 高尾が引っ張って来た黒子を交え、ミニゲームが行なわれた翌日の朝。いつも通りに朝練を済ませた大坪泰介は、教室へ向かいつつ嫌な予感がしていた。それというのも部活中、常に纏わりつくような視線を感じていたから。思い当たる節があるような、ないような。気のせいであって欲しいと思いながら、大坪が教室の引き戸に手をかけた時。背後からガシリと両肩を掴まれた。


「み〜た〜ぞ〜」
「っ!?」


 直前まで気配に気づかなかった大坪は、飛び上がるほど驚いた。その勢いのまま、掴まれた手を振り払うように振り向けば。そこに立っていたのは見覚えのありすぎる、スラリと背の高い女生徒の姿。
 秀徳高校三年、女子バスケ部主将、立花静流。大坪のクラスメイトでもあったりする。





大坪泰介の受難






 大坪と立花。男女の違いはあれど、同じバスケ部で、同じ主将で、同じクラスとなれば何かと接点は多く親しくなるのも無理はない。立花と言えば美女の呼び声も高く、何かと目立つ存在である。男としてはそんな美人と親しくなるのは悪い気はしない、普通なら。そう、普通ならばだ。
 女子ながら百八十センチ近い長身に、しっかりと鍛えられ引締った体。長めの栗色の髪に、同色のアーモンド形の瞳。うっすらと赤みの差す健康的な白い肌。どこからどう見ても、美少女と呼んで異を唱える者は居ないと思われる。
 だがしかし、世の中にはそんな素晴らしいだけの人間など居ないのである。全校でも名の知れた彼女の評価は、見た目のあらゆる美点を性格が邪魔して差引ゼロ。どころか、マイナスにしていると言う。所謂、残念な美少女だったりする。


「大坪、見たぞ」
「……何をだ?」
「昨日、男子がやってたゲームに決まっている」
「あぁ、アレか」
「よこせ」
「は?」
「どういう訳か、むさっ苦しい貴様等に混じって試合していた美少女だ!」
「そういうことは本人に言ってくれ」
「男バスに居たと言うことはマネージャー希望か? 勿体ない」
「しかし、良く気づいたな。あの子は影が薄くて、よく見失うんだが……」
「馬鹿め! あれほど可愛い子を見失うなど男の風上にも置けんぞ!!」
「ん? ちょっと待てっ」
「なんだあの儚げな可愛らしさは、癒しを振りまくワンコかニャンコか。男バスになど勿体ない、私が愛でるからよこせ!」
「オイッ、選手としてじゃないのか!?」
「あぁ、そう言えば見事なパス捌きだったな。他はどうにもイマイチだったが、十分試合で使え……。なんてことだ! 私を癒すだけでなく、チームにも貢献できるとは!! 一粒で二度オイシイ高物件っ、よこせ大坪! 今すぐ直ちに私によこせ!!」
「なぜお前にやらねばならんのだ! せめて女バスに欲しいと言え!!」
「女バスに欲しい」
「ウチの監督と本人に言ってくれ」
「ちっ、図体は無駄にデカイくせに使えん奴だなぁ、大坪。少しは私の役に立て」
「だから! なぜオレがっ。大体、どの部活にするかは本人が決めることだろう」
「正論は要らん。必要なのはどうすれば私が幸せになるかだ!」
「威張ってとんでもないことを言うな、バカ者ー!!」


 と、言うようなやり取りが担任が現れるまで続いたとか。とにもかくにも新たにできた突飛な経歴を持つ後輩は、初っ端から最悪な人物に目を付けられたようで頭が痛い。あの人間の形をした天変地異から、可愛い後輩を守るのも主将の役目なのだろうか。出来ることなら誰かに代わってもらいたい、誰も首を縦に振らないだろうけど。
 大坪の受難は、まだ始まったばかりである。


「黒子」
「はい、何ですか? キャプテン」
「良いか黒子、よく聞け」
「はい?」
「隣のコートの女バスが見えるか?」
「勿論、見えますが?」
「あの中に背の高い女子が居るだろう」
「えぇ、女子部のキャプテンですよね。確かポジションはセンターで……」
「それはどうでも良い。そんなことより、アイツには気を付けろ」
「は?」
「良いか、声をかけられても相手にするんじゃない。お菓子をあげると言われても、ついて行くんじゃないぞ」
「……あの、小さな子供ではないんですから。というか、仰りたいことがよく分かりません」
「とにかく見るな、触るな、近づくな。絶対に関わるんじゃない!」
「一体、どんな方なんですか? あの立花主将は」
「聞くな。知らない方が身のためだ」
「……oh」