事の成り行きとものの勢いで、黒子テツヤが秀徳高校男子バスケ部にマネージャーとして入って数日。半年以上ぶりの部活動と、初体験の馴れないマネージャー業で思ったより疲れが溜まってきた気がする。
仕事の内容は知っている。しかし知ってはいても、実際にやるとなれば話しは大きく違う訳で。見ると聞くとでは大違い、想像以上に仕事量は多く重労働で忙しい。そのうえ練習中の選手達の邪魔にならぬよう、タイミングや何やらに気を遣わねばならない。おかげで体力だけでなく、精神力も削られて行く。最初こそ仕事をこなすことで手いっぱいで、疲れなど感じる暇もなかったが。暫くして流れに馴れてくると、途端に疲労感が押し寄せてきた。流石に、そろそろ休みが欲しいと思ったり。
そういえば、今週末の部活は休みだったな。等と思い出したのは、自宅に帰りついて食事や風呂を済ませ自室で一息ついた時。そしてその時を狙っていたかのように、ベッドの枕元に投げてあった携帯が軽やかな音を奏でた。手に取ってみれば、ストバス仲間からの着信。大抵は次のストバスの予定などの、短いメールのやり取りぐらいしかしないのに。電話とは珍しいと首を傾げつつ、黒子は通話を繋げる。
「はい、黒子です」
『よう、オレだ。今大丈夫か?』
「大丈夫ですよ。何かありましたか?」
『あー、うー、その……。黒子、わりぃ!』
「はい? いきなり何ですか?」
『実は今日の部活ん時、黄瀬ってヤツがいきなりきたんだが……』
「え゛っ! 黄瀬くんですか? なんでまた」
『それがなー、今週末にウチの監督が神奈川の……。えーと、なんてったかな』
「もしかして、海常高校ですか?」
『そう! ソレ!! そこと練習試合を組んだんだと』
「ナンデスト!! 絶対に見に行きます!」
『おー、来い来い。楽しみだな!』
「そうですね。て、それと黄瀬くんとどういう?」
『あ、その話だった。黒子が居るだろうって言ってきて、そんで先輩方がいねーって言ってんだけど納得しなくてよ』
「それは……っ、大変、ゴメイワクヲ」
『いや、問題なのはウチに居るって思い込んでた黄瀬だろ? つーか、あんましつけーんでつい言っちまったんだよ。済まねー』
「はい?」
『黒子はウチじゃなくて、シュートクだって』
「あぁ……、なるほど」
『ホント悪かった! 勝手に言っちまってスマン』
「いえ、構いませんよ。どうせ近いうちに知られそうですし」
『お、おう? そうなのか?』
「えぇ、結局、男バスに入っちゃいました。ボク」
『え? プレイすんのか!?』
「いえ、マネージャです。これでも女生徒なんで」
『そっか。あー、そーいやソレは言ってねーから』
「ソレ?」
『黒子が女だってこと。どうやらアイツは、黒子が男だと思ってるみてーだったけど。教えてねーの?』
「会う機会がないまま卒業しましたからねぇ、桃井さん以外は知らないと思います」
『おまっ、言ってやれよ!』
「面倒臭いじゃないですか。それに今だって不本意なんです、あの頃は自分から説明なんて絶対に嫌でしたっ」
『そ、そうか。あー、と、それでな、アイツがそっち行ったらオレのせいだし謝っとこうと電話した』
「そうでしたか。でも大丈夫ですよ、黄瀬くんだってそうそうコチラになんて来れないでしょうし。今日だって、部活はどうしたんでしょうかね? 彼。IH予選も近いのに」
『だよなー。まあ、とにかくそーいうことだから』
「はい、了解しました。むしろ、ボクの方こそ済みませんでした」
『んじゃ、週末にな。ぜってー見に来いよ!』
「はい、楽しみにしてます」
天気晴朗なれども波高し・前編
「……本気ですか?」
「勿論なのだよ」
「……」
「ブッフォオオオオオオオオオオオオオ!!?!」
四月も残り僅かとなったとある週末の朝。黒子テツヤ、緑間真太郎、高尾和成の三名が、秀徳高校の校門前で睨みあっていた。本日は授業も部活も休みなのだが、バスケで全国的に名の知れた神奈川の海常高校で練習試合があると聞き、見に行くために待ち合わせたのがここであった。
黒子はストバス仲間からの電話で知っていたが、緑間達には知らせてはおらず。当初は一人で行くつもりだったのである。が、昨日になって緑間から練習試合があるから見に行くぞと、強制的に誘われ現在に至る。それに黒子は少なからずも驚いた、一体どこからその情報を得たのかと。
よくよく聞けば、なんと海常に居る黄瀬涼太からわざわざ連絡して来たらしく頭を抱えた。なにせ、確りと黒子同伴を強要していたそうだから。緑間からすれば、黄瀬の黒子への拘りに巻き込まれたようで面倒臭い。しかし試合はそれなりに気になったので、行くのはやぶさかではない。そして見に行けば、黒子を連れていないと確実に黄瀬が煩いことになる。
等という、後から纏めれば簡単な理由なのだが。黒子が聞き出そうとしている時は、やたらと回りくどい言い方をされ大変時間がかかったものである。因みに、その場にも同席していた高尾は終始爆笑していた模様。とにもかくにも、三人で試合を見に行くことを決め。待ち合わせを迷いようのない自校の校門前にした。
そこまでは良かったのだが、いざそこに来てみれば緑間と高尾はとんでもない物を持参していたのである。
「何ですか? それ」
「ブフォ、視線が冷たいっ」
「見て分からんのか、馬鹿め。自転車とリアカーだ」
「チャリでリアカーを引けるようになってるんだぜ!」
「それは見れば分かります。なぜそれが必要なのかが分かりません」
「これで行くからなのだよ」
「……本気ですか?」
「勿論なのだよ」
「……」
「ブッフォオオオオオオオオオオオオオ!!?!」
「分かりました。君達はそれでどうぞ、ボクは電車で行きます」
「うはっ、テッちゃん冷てー! 見捨てないでっ」
「これなら電車賃はかからんのだよ」
「確かにそうかも知れませんが、神奈川までそれで行くのは時間がかかり過ぎると思います」
「……」
「ギャハハハ、正論キター!」
「ボクはきちんと最初から試合を見たいので、電車で先に行かせてもらいます」
「仕方ない、駅までこれで行くのだよ」
「ブッフォ!? 真ちゃんってば、そんなに気に入ったんかっ」
「……」
そんな押し問答が暫し続いたが、最終的には黒子も珍妙な乗り物に乗って三人で駅まで行くことで落ち着いた。神奈川までの距離もだが、根本的にリアカーで移動も嫌過ぎる。緑間の奇行は今に始まったことではないが、よもや自分が巻き込まれることになろうとは。黒子は後にチャリアカーと名付けられる物に揺られながら、そんなことを思って現実逃避をしていたと言う。
さて、駅に着いた彼等は揃って電車に乗り込んだ訳だが、そこそこ移動時間がかかる。空いている席を見つけ、三人並んで腰を落ち着けたところで。待ってましたとばかりに高尾の質問タイムが始まった。
「なー、テッちゃん」
「何ですか? 高尾くん」
「真ちゃんは、同じキセキの黄瀬から教えられたけど。テッちゃんは誰から聞いたわけ? この練習試合の話し」
「ボクのストバス仲間からです」
「へ?」
「海常の相手校に居るもので」
「マジかっ、つーことはやっと分かる訳ね。テッちゃんのストバス仲間」
「そんなに気になります?」
「なるなるー。て、あれ?」
「どうしました?」
「確か、海常の相手って去年新設された都内の新設校だったよな?」
「そうですね」
「名前は確か……、セーリン?」
「そうです。正確には誠凛ですね」
「そこってもしかして、テッちゃんの第一志望校だったりする?」
「よく分かりましたね。その通りです」
「ゲッ、マジかっ! 見に行くの辞めねー?」
「なんでそうなるんですかっ」
「だって、下手に試合なんか見てやっぱ転校する〜とか言いだされたら困る!」
「っ! そうでした。転校という手がありましたね」
「ちょおぉおおおおおおおおお!?」
「冗談です。今さらそんなこと言いませんよ。多分」
「たぶんかよっ!!」
「それにしても、約一名が静かですね?」
「ん? 真ちゃんなら座った途端に夢ん中だぜ」
「マンガみたいな寝つきの良さですね」
「ブハッ、存在自体がマンガみてーだけど」
「このまま縛りつけて置いていくのはダメでしょうか」
「ブフォオオオオオ!? 真顔で酷いっ」
そんなこんなで何とか海常高校に辿り着いた三名、どうやら試合開始にはギリギリで間にあったようだ。黄瀬目当てと思われる女生徒の群れを掻きわけて、体育館の入口近くから中の様子を窺う。
「どうして中に入らないんですか? もっと近くで見たいです」
「まだ黄瀬がベンチなのだよ。お前が見つかると不味いからな」
「はい?」
「アイツはお前が実は女だったとは知らんからな。試合前に見つかれば発狂しかねん」
「……」
「発狂って、ブフォ」
「否定できないのが痛いです」
「つーことは、ずっとこっから見てんの?」
「いや。ヤツも試合に出ればそちらに集中するだろうから、それから中に入るのだよ」
「ふーん? でもさー、集中するほどの相手かねぇ」
「さあな。どちらにしろ、勝つのは海常だろう」
「そうとは限りません」
「そーいやテッちゃんの行きたかった学校だっけ」
「なに? 貴様はなぜそんな、実績のないところになど行きたがるのだよっ」
「創立二年目の学校に、実績がある訳ないじゃないですか。だからと言って、弱いとは限りません」
「へー?」
「ギャハハハ、すげー! 面白いじゃん誠凛っ」
「半面で練習試合など、海常も礼儀がなっていないが。ゴールをぶち壊す誠凛も誠凛なのだよ」
「でも、おかげで全面になりそうですね。それと黄瀬くんも出るようです」
「テッちゃんのストバス仲間って、あのゴールをぶっ壊したヤツ?」
「はい、あの火神大我くんです。あと、誠凛ベンチにいる一年生。それと……」
「それと?」
「なんなのだよ」
「いえ。あの誠凛のポイントガード、どうやら高尾くんと同類みたいですね」
「ありゃ、マジで?」
「見てなかったんですか?」
「オレとしては海常の笠松さんの方が気になるー。なんせ全国区のPGだし」
「念のために見ておくのだよ、誠凛は同じ都内だからな」
「へいへい」
「うわー、黄瀬ってすんげームカつく」
「女の子達が凄いからですか?」
「ちげー! なんなの、あのコピーとかって反則技」
「反則ではないのだよ。大体、それを言ったらお前の目も反則だろう」
「うひっ、ひでぇ」
「黄瀬くんは基本的に飲み込みが早いんですよ、コピーはその延長みたいなものです。だからこそ、バスケを始めて一年足らずでスタメン入りでした」
「だが、ヤツのコピーは問題が多いのだよ」
「へ?」
「シュートひとつとっても、普通は反復練習を続けることで身に付けますよね?」
「だね?」
「その間に必要となる筋肉なども鍛えられて行きますが、瞬時にコピーしてしまう黄瀬くんは体が出来ていないので負荷が凄いんです」
「様々な技をコピーするならば、予めあらゆる筋力を鍛えておかねばならんのだよ」
「人は自分のスタイルにあった部分がより鍛えられるものですが、黄瀬くんのスタイルはそれだけでは足りないでしょうね」
「なーるほど。ぶっ壊れる可能性が高いって訳ね」
「まあ、ぶっちゃければそうです」
「すげーじゃん、あの火神ってヤツ。さすがテッちゃんのストバス仲間」
「ふん。まだまだ話しにならんのだよ」
「またまた真ちゃんてば強がり言っちゃって、あんだけ黄瀬を苦しめてんだからなかなかなんじゃね?」
「黄瀬ごときでアレでは、まだまだなのだよ」
「真ちゃんってば、自信過剰ー!」
「馬鹿め、プレイスタイルの違うオレと比べてどうする!」
「へ? んじゃ誰?」
「青峰くんですか」
「そうだ。同じタイプとして見るなら、足元にも及ばんのだよ」
「青峰? あー、キセキのエースね。なるほど」
「うはっ、マジかっ!」
「さすが誠凛です!」
「……ふん」
「まさか海常が負けるとはっ」
「きっと人事を尽くした結果でしょう」
「オイッ、真似るんじゃねーのだよ!」
「それよりさー、黄瀬に会わねーの?」
「……」
「……」
「ちょっ、ブフッ、黙んなよっ」
続く、はず。