「お疲れ様です、火神くん」
「おう! 来てたんだな」
「来るって言ったじゃないですか」
「そーだけどよ、全然姿が見えんかったから」
「黄瀬くんに見つからないようにしていたので」
「どんだけ避けてんだよっ」
「別に避けてはいませんが、試合そっちのけで騒がれてもアレですから」
「そこまでかっ。つーか、お前。ホントに女なんだな」
「何ですか、今さら」
「やー、だってよ。制服姿は始めて見っから」
「あぁ、そういえばそうでしたね」
「コラー! 火神!! さっさと着替えねーと置いてくぞ!!」
「と、ヤベー! 行くわ」
「はい、またストバスで。降旗くん達にもよろしく伝えてください」
「おう! またな」
海常高校対誠凛高校の練習試合が終わり、こっそり挨拶に来た黒子テツヤが去って行くのを見送り。火神大我も仲間達と合流すべく踵を返した。慌てて駆け寄り詫びを入れれば、先輩達から『一人でなにやってたんだ?』と言われ思わず天を仰ぐ。
会ったことない先輩達は元より、何度かストバスを一緒にしたはずの同輩たちも黒子に気づかなかった様子。影が薄くて気付かれにくいと聞いてはいたが、ちゃんと自分の傍で話していたと言うのに認識されていないとはこれ如何に。まさかここまでとは思わなかった。まあしかし、火神自身も声をかけられるまで気づかなかったので人のことは言えないけれど。
そんなこんなで着替えを済ませた誠凛バスケ部一行が帰路についた頃、とうとう黒子と黄瀬涼太が対面を果たしていた。
天気晴朗なれども波高し・後編
「帝光以来っスね。つか別に、ダンクでも何でもいーじゃないっスか。入れば」
「だからお前はダメなのだよ。近くから入れて当然、シュートは……」
火神と別れ、試合終了後から姿をくらませた黄瀬を探し体育館脇へやって来た黒子。先に会いに来ていた緑間と、何やら面倒臭い会話をしているようで近づきたくない。思わず気付かれる前に出直そうかと一歩下がった黒子の腕を、むんずと掴む人物が居た。驚いて隣を振り仰げば、そこに居たのは共に来た一人である高尾和成。
「テーっちゃん、逃げんのナシな」
「……気付かれてない今がチャンスなのに」
「ブフォ、どんだけー」
「君はあの面倒臭い会話を聞いて、話したいと思いますか?」
「確かに関わりたくねー気もすっけど、オレじゃねーから無問題」
「他人事ですよね、ワカリマス」
「そそ、てーことで行ってらっしゃい!」
「あっ! ちょっ……っ」
言葉と同時に背中を軽く押され、黒子は前方に数歩たたらを踏んだ。グルリと振り返れば、高尾はそれは楽しそうな笑顔で手を振っている。自分は近づかず、遠くから観察して笑う気満々だ。旅は道連れ、死なばもろ共。高尾も巻き込んでやろうと黒子が口を開いた瞬間、盛大な叫び声が邪魔をした。
「くぅううううううううううろぉおおおおおおおおおおおこっちぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!?!」
「……っ!?」
「黒子っちー! 会いたかったっスよぉおおおおお!! ずっと探してたのにぃいいいいいいい!!」
「っ、黄瀬、くん。煩いですっ」
「誠凛に行くって聞いてたのに居ないし! 緑間っちと一緒ってどーいうことっスかぁあああああああ!?」
「それはですね、かくかくしかじかです」
「えぇー!? まるまるうまうまっスよね!」
「不本意ですが、そうなんです」
「ホントにそーなんスね。黒子っちの制服姿カワイイッス!」
「それはどうも」
「ちょっと待てぇええええええええええええ!!?!」
「ブッフォオオオオオオオオオオオオオオオオ!!?!」
「何ですか、緑間くん。そして高尾くんも煩いです」
「そースよ、なんすか? 緑間っち」
「何ですかじゃねーのだよ! なんだそのかくかくしかじかとかっ」
「まるまるうまうまって、フヒッ、それで通じるってどーなってんの!?」
「ボクはもう説明するのが面倒なんですよ、なので知り合に頼んでおきました」
「そーなんスよ! そこも納得いかないっスー!!」
「何でですか?」
「オレが知らない黒子っちのことを、他のヤツから聞かされるなんて!」
「別に誰から聞こうと良いじゃないですか」
「良くないっスぅううううううううううううう!!!!」
「うるせぇええええ!! ギャーギャー騒いでんじゃねーぞ、黄瀬ぇえええええええええええ!!」
「いっだっ!? 笠松センパイ、酷いっスっ」
「喧しいわ、いつまでも騒いでねーでさっさと来い! 解散できねーんだよっ」
「すんませんっスっ」
「お久しぶりです、笠松さん」
「おう、黒子。来てたんだな」
「はい」
「つーか、お前。本当に、その、女なんだな」
「火神くんと同じこと言いますね」
「いや、ストバスだと私服じゃねーか」
「まあ、そうですけど」
「ちょっと待てぇええええええええええええ!!?!」
「ブッフォオオオオオオオオオオオオオオオオ!!?!」
「ホントに笠松センパイが知り合いなんスかぁああああああああ!!?!」
「うるせーー!!」
「そうですよ」
「マジかっ!?」
「どーいうことなのだよ!」
「ですから、ストバス仲間で母達の犠牲者その三です」
「意味分かんないっスよぉおおおおおおおお!!」
「だぁあああああもうっ、うるせぇつってんだろうが! とにかく黄瀬はさっさと戻れ、話しは後にしろ」
「いだっ、ハイっス」
海常高校三年バスケ部主将の笠松幸男、秀徳高校バスケ部所属の宮地兄弟。そして黒子テツヤの母親達は学生時代、同じバスケ部で青春していたらしい。今もなお仲が良く、頻繁に連絡したり会ったりしていたと知ったのは去年の夏から。
母親達は、どうやら黒子が男として育ってきた女の子と言うことも知っていたようで。本人が気付いた後、宮地(兄)に家庭教師を頼むと聞いた笠松母が自分の長男も黒子に会わせたいと言って来たのだ。なんでも極端に女性が苦手らしく困っている、なのでなかなか男の抜けない黒子なら女性に馴れるための第一歩に丁度良いとのこと。
親の影響を受けてか、子供達は全員バスケに夢中。一緒にストバスでもさせれば仲良くなるのではないかと、安易に息子をほうりこんだ訳だ。実際、ストバスの際は私服だし中身は男前だし。笠松もあまり女を意識することなく黒子と親しくなり、母親はガッツポーズを決めたとかどうとか。黒子を女と意識していない以上、親の目論見は達成できていないと思われるが。その辺り、どう思っているかは謎である。
「まあ、笠松さんは神奈川なのでそう頻繁にストバスに混ざることはないんですけどね」
「ちょ、羨まし過ぎるっ! オレも混ざりてー!!」
「呆れた繋がりなのだよっ」
「デスヨネー、ボクもそう思います」
「んで、女だった云々の説明は笠松さんにしてもらった訳ね?」
「そうです。緑間くんや君と言い、ウチの監督と言い、何度も同じ説明は面倒ですから」
「ブフォ、憐れ黄瀬っ」
「まったく、お前は馬鹿か。だったら中学に居るうちに纏めて話しておけば良かったのだよ」
「今思えばそうなんですけど、あの頃は今以上に女だと認めたくなかったんです」
「だからお前は……っ」
「ハイハイ真ちゃん、説教は後でね。黄瀬が来たみたいだから」
「高尾ぉおおおおおおお!!」
海常高校近くにある公園で、黒子の説明を聞いていた緑間と高尾。広い視野のおかげか、そこに近づいてくる黄瀬に逸早く気づいた高尾が緑間の腕を引く。そして黒子と黄瀬を二人だけにしてやるべく、軽く手を振りながら緑間を連れてその場から離れた。
「黒子っち! お待たせ」
「お疲れさまでした、黄瀬くん」
「……っ」
「試合はどうでしたか?」
「……始めて負けて、悔しいっス」
「そうですか。ちょっと残念です」
「へっ!?」
「ウチが一番に負かしたかったですから」
「ヒドッ! ……ウチって言うんスね」
「誠凛に行けなくて不本意でしたが、こうなったものは仕方ありません。秀徳に君達をコテンパンにしてもらいます」
「うへ、そんなに嫌われたっスか? オレ」
「本当にそう思うならイグナイトしますよ?」
「ぶっ、思ってないっス! でも、なんで、会ってくれなかったんスか?」
「女でしたショックでテンパってましたから」
「それだけじゃないんでしょ?」
「そうですね……、そうなんですけど、良く分かりません」
「え?」
「最後の全中の決勝は、物凄くショックでした」
「……っ」
「それで傷ついたのも確かにあります。でも、それは君達のせいではないんですよ」
「でも、あれは……、オレは……っ」
「知らなかったんですもんね」
「……言い訳に聞こえるっスか?」
「いいえ、ボクが言わなかったんですから自業自得だと怒られました」
「でも、それは個人的な理由だったからっスよね?」
「そうですけど、散々だったのはあの試合だけじゃないじゃないですか」
「うっ、」
「酷いなと思っていても、仕方ないで済ませてたんですよ。ボク」
「……」
「我慢ならないほど傷ついたのはあの決勝で、なぜそうなったかと言えば友達が居たからです。結局、思いっきり私情だったんですよね」
「黒子っち……」
「それなら最初から言えば良かったんです。決勝で友達とあたるから、格好良いとこ見せてくださいって君達に。それでも変わらなかったかも知れませんが、少しは黄瀬くん達の頭に残ったはずです。まあそれも、今だから思うことであってあの頃は混乱してました。なので君達に会うと、何を言ってしまうか分からなくて避けてしまいました」
「……黒子っち」
「はい?」
「オレはね、黒子っちの言いたかったことは今でも分かんないっス」
「……はい」
「でも、海常のバスケ部は悪くないと思うんス。あのバスケ部で、もう負けるのは嫌なんス」
「そうですか」
「それも、黒子っちは違うと思うっスか?」
「思いませんよ。精々ガンバってください、いずれウチが負かしますから」
「なに言ってるんスかっ、返り討にするっスよ!!」
「望むところです」
「ところで黒子っち」
「何ですか?」
「ホントに女の子なんスね」
「ソウデスヨ」
「中学まではなかったのに……。その胸、本物っスか?」
「偽乳じゃないです。不本意でも自覚したせいか何なのか、スクスク育って今はこの通り」
「推定Cカップ! この短い期間で、マジっスか!?」
「マジですよ、触ってみます?」
「良いんスか!! ぜひっ!!!!」
「アウトぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!?!」
「ギャンっ!?」
「ブッフォオオオオオオオ!! 黄瀬ってば、言うと思った!」
「緑間くんに高尾くん、どっから出て来たんですか。全く姿が見えなかったのに」
「テッちゃんてば、相変わらず気にするとこズレてるっ」
「いきなり物をぶつけるなんてヒドイっスよ! 緑間っちっ!!」
「喧しい! 貴様と言うヤツは、婦女子に対してなんたることを言うのだよ!! 大体……」
「そういえば、何か飛んできましたね?」
「アレじゃね? けろ助、真ちゃんのラッキーアイテム」
「おや、ヒビが入ったようですが。良いんですかね?」
「ブフォ、可哀そうにっ」
「そう言いつつ爆笑ですか、そうですか」
緑間と高尾の乱入で、途端に騒がしくなり黒子は天を仰ぐ。視界に広がったのは、青からオレンジへのグラデーション。美しいそれを眺めながら、アレコレ悩んでいたのが馬鹿らしくなるほど変わってないなと思う。黄瀬も、そして緑間も。基本的にはまだ皆で笑っていた頃のままだ。
きっと大丈夫。何がと聞かれたら、表す言葉が見つからないけれど。今も記憶の中でキラキラと輝くあの頃、そこへ戻ることは出来ないが。きっと彼等はまた違った輝きを取り戻すに違いない。そんなことを思った黒子は、密かに笑みを浮かべていた。
「そーだ! 緑間っち!!」
「何なのだよっ」
「黒子っちください!!」
「死ねっ!!」
……うん。多分、きっと、大丈夫?