「IH都予選トーナメント、後半の四戦が一日二試合になるってどゆこと!?」
「結構、無茶ぶりですよねぇ」
「ふん。どうということはないのだよ」
「決勝のリーグ戦は、一日一試合だよな?」
「そうですね。まあ、そこまでいくと二試合にするメリットもないでしょうし」
「へ? いたいけな選手達を地獄に落とす以外に意味あんの?」
「日数が減らせるのと、選手層の厚い強豪校で控え選手に出番ができます」
「ブフォ!!」
「三大王者と言われるだけあって、トップスリーが変わりにくい。ですから選手の配分などの駆け引きも勝敗に関わるようにしたかったとかでしょうか。その甲斐あってか毎年順位は変わってますよね、学校名は変わりませんけど」
「フヒッ、それって意味ねーじゃん」
「デスヨネー。部員数が多くて更にシードもあるような学校は良いでしょうけど、少数精鋭で一回戦から頑張ってるところからすれば鬼畜以外のなにものでもないスケジュールですよ」
「それ、誠凛のこと?」
「そうですが、そこだけのつもりでもないです」
「まず四回戦まで上がってこれると思えんのだよ」
「そんなこと言っていると、足元を掬われますよ?」
海千山千
週末を使って行なわれていたIH都予選、何だかんだと言っている内に最終日を迎えたその日。午前に行なわれた準決勝の結果に、黒子テツヤは滅多に見せない得意げな顔をしていた。
「緑間くん、今どんな気持ちですか? ねえ、どんな気持ち?」
「ブッフォオオオオオオオオオ!? やるじゃん誠凛、正邦に勝つなんてっ。ねえ、真ちゃん今どんな気持ち?」
「貴様等っ、うるせーのだよっ」
「つーてもここまでだけどな、決勝で勝つのはウチだし?」
「高尾くんまでそんなことを言っていると、足元を掬われますよ?」
「そーかねぇ? まー、気になるヤツがいるっちゃー居るけど」
「火神くんですか?」
「十二番だろう」
「真ちゃん、あったりー」
「あ……」
そんなこんなで三時間後に始まった決勝戦。去年の記憶がある秀徳側は、あからさまに侮る訳ではないがどこか楽観視する空気が流れていた。しかし初っ端に誠凛の十二番、降旗光輝に見せつけられた回転式の超ロングパスに、そんな空気は吹き飛ばされてしまう。
稼ぎ頭のナンバーワンシューター、緑間真太郎を抑えられたこともある。だがそれ以上に秀徳のメンバーからすれば、覚えがあり過ぎるパスワークに苦虫を噛み潰す。どこからどう見ても、自分達が毎日見ている異色マネージャー黒子のパスとそっくりだったから。
ロングパスは一度見せたきりだったが、要所で繰り出されるタップパスは地味に痛い。ただでさえ速い誠凛のパスワークを更に加速させるものだから。おかげで思ったほど点が伸びず、接戦のまま前半戦を終えた。
流石に馴れて来た後半戦、緑間の我儘もありスリーポイント主体で試合を組み立てる秀徳。善戦したものの、所詮は初心者の降旗は生彩を欠いて来た。しかし代わりと言うように今度は火神大我が爆発、何度か緑間を抑えるなどでたらめな身体能力を見せ出した。
秀徳の中谷監督は、それを暴走とみなし。好きにさせておけば勝手に潰れるだろうと予測。事実、その通りになりかけたが誠凛側主将の鉄拳制裁、もとい、愛の鞭によりなんとか火神も持ち直す。
しぶとくどこまでも追いすがって来る誠凛。それに緑間のシュートでトドメを刺すはずだったのだが、最終的には不発に終わり。秀徳は久しく経験のなかった予選落ちを喫した。
その試合中、スコア記入のためにベンチ入りしていた黒子は一言も言葉を発することはなかった。
『ミッドリーン! 試合どうだったー? 勝った〜? 負けた〜?』
試合終了後、姿をくらませた緑間。黄瀬と言い、緑間と言い、団体行動が出来ていないところは治っていないようだ。朝は晴れていたのに今は雨。何となくそんな外に居る気がした黒子は、傘をさして緑間を探す。そして聞こえて来たのは、よく知る女の子の甲高い声。
おかげで緑間を見つけることが出来たが、通話中らしく声をかけるのを憚られた。どうしたものかと立ち尽くしていれば、不機嫌そうに通話を終えた緑間が振り返り珍しくすんなりと黒子を見つける。
「……居たのか」
「はい、桃井さん達からでしたか?」
「そうだ」
「……」
「……黒子」
「何でしょう」
「あの十二番は、お前のストバス仲間だったか?」
「そうです」
「そうか」
「……」
「……」
「……負けちゃいましたね」
「力が及ばなかったのだよ」
「そうでしょうか?」
「……」
「最後、誠凛は緑間くんだけを見ていました。他の誰もシュートは無いと確信するように」
「事実なのだよ」
「そうですね、緑間くんも自分で決めることに拘り。先輩達も高尾くんも、それが当然のように感じていたかも知れません。でもそれは、相手にとってはとても楽な話です。他の誰を警戒する必要もなく、一番やっかいな緑間くんに集中できる」
「そうだな」
「監督は緑間くん中心のチームを作ると言いました。でもそれは、勝負どころで緑間くんだけに撃たせると言う意味ではないように思います」
「そうだな、オレのシュートはインサイドに敵を引きつけてこそ生きる。その逆もまた然り。秀徳に入って分かった気でいたが、分かっていなかったのだよ。変わろうとしたはずなのに、何も変わっていなかった」
「緑間くん、次は冬です」
「次は勝つのだよ。負けるなど、もう御免だ」
「はい」
「居たぁあああああああああ!! 何やってんの二人ともっ。先輩達、帰っちまったじゃねーか!!」
『あ、』
降りしきる雨の中、大真面目に語っていた空気をぶち壊したのは、黒子と緑間の二人を探していた高尾和成の叫び声。ギャーギャーと騒ぐ高尾を、面倒臭そうにあしらう緑間。その様子を見ながら黒子は内心で笑みを浮かべる。
別に高尾だって、帰ってしまって良かったのだ。それでも文句を言いつつ、二人を探してくれたことに嬉しくなる。なかなか良い友達を持ったかも知れない、黒子は柄にもなくそんなことを思ったが。今はまだ、口に出すのは止めておいた。
そして三人揃っての帰り道。雨脚が酷くなったことと、連戦のせいで腹を空かせた健康な男子高校生の主張で。寄り道することになったお好み焼き屋。そこでつい先ほど激闘を繰り広げた相手である誠凛メンバーと、観戦に来ていたらしい海常の笠松と黄瀬に遭遇。高尾の機転で同じ席にされた火神、降旗、黄瀬、緑間の四人は異様な雰囲気を醸し出していた。その四人のみならず、面白がる高尾も放置した黒子は一人落ち着いてお好み焼きを堪能していたと言う。
なお、恐ろしい面子に混ぜられてしまった降旗は終始、涙ぐみながら震えていたそうな。
*
近年稀に見る速さで夏が終了した翌日。日曜である今日は部活も休みなのだが、黒子は朝から学校に来ていた。昨日までに消耗した備品のチェックをしておこうと思ったのだ。しかしさほど減っていないこともあり、それはすぐに終了。暫し悩んだ末、部室を出て体育館に行ってみることにする。何か予定がある訳でもないので、ゆっくりボール磨きでもしようかと。おそらく黒子のマネージャー業は、今日で最後となるだろうと思い。何となく離れがたかったのだ。
そして体育館に来てみれば、休みだと言うのに結構な数の部員達が居て驚いた。どうしたものかと呆けていれば、汗を流すメンバーの一人に目敏く発見されてしまう。
「なんだテツヤ、来てたのか」
「えーと、裕也さん。今日は休みでは?」
「休みが必要なのは昨日まで試合してたヤツだろ。それ以外のヤツはなんもしてなかったんだから、こーいう時に練習しなくてどーすんだ」
「それは、確かに……」
「ま、丁度良いからパス練つきあってけ」
「え?」
「え? ってなんだよっ」
「ボクが、ですか?」
「お前以外、教えるヤツはいねーだろうが」
「でも、あの、昨日の試合で……」
「あ゛? もしかして降旗のことか?」
「……はい」
「何だよ、誰かになんか言われたか?」
「いえ、そういう訳ではないですけど」
「だよなー。まあ、要らんこと言うヤツも居ない訳じゃねーが。そいつらは昨日の時点で〆といたし」
「はっ!?」
黒子を見つけたのは、ストバス仲間でもある二年の宮地裕也であった。黒子が居ることに驚いたようだが、あっさり切り替えいつも通りにパス練に付き合えと言ってくる。気づいて寄って来た他のメンバーも、当たり前のように頷く。
それに黒子は少なからず面食らった。なにしろ昨日の誠凛との試合で、自分が降旗にパスを教えていたことが皆に知られたはずで。そのことを知っていた宮地兄弟はともかく、他の部員達はさぞ怒っているだろうと思っていたのだ。
まともに教えたのは入学前であったが、そんなことは言い訳にしかならず。ライバルとも言える他校のバスケ部員、敵になることが分かりきっている相手に教えたとあってはマネージャーの資格がないとも思っていた。だと言うのに一向に気にする様子がなく、黒子は拍子抜けして頭が上手く回らない。
「お前、もしかして暗いこと考えてねーか? だったら****すっぞ!!」
「あだっ!? 痛いですっ」
「ちょ、裕也。黒子は一応、女の子!」
「そーいやそうだったな。まあ、良いか」
「よくねーよっ!!」
「えーと、あの、〆たってどういう……」
「あん? 別にお前のためじゃねーぞ。ウチのマネージャーが敵の選手を指導したせいで負けたなんぞとこっぱずかしいことを、アチコチで愚痴られたらオレらが迷惑だからだ」
「でも、事実です」
「知ってるってーの! オレも何度かアイツ等とストバスやってんだから。でもな降旗は初心者だろうが」
「そうですが……」
「つい最近始めたばっかのヤツがだ、ほんの数回お前から教わった程度で試合で使えるほどものにしたってーのに。毎日お前と一緒にいてパスを見れて教わることもできる恵まれた環境のオレらが、誰一人として試合で使えるようになってねーとか恥以外のなんだってんだ」
「……」
「分かったらとっとと相手しやがれ! まさかお前、着替えを持ってきてねーとか言わねーよな?」
「イエ、モッテキテマス、ハイッ」
「んじゃ今すぐ直ちに着替えて来やがれ、****ぞっ!!」
「行って来ますっ」
慌てて回れ右して駈け出した黒子は、胸中で自嘲する。どうやら自分は緑間のことをどうこう言えないようだ。ここは帝光ではなく秀徳、そう頭では分かっていたはずなのに。何かにつけ、ネガティブ方向に思考が転がるのはあの頃の名残。自分も変わらなければと強く思う。
次こそは、秀徳男子バスケ部の一員として皆と勝利を喜べるように。