#3

彼の姿は忽然と消え、突然出現する。同時に敵の間を縫って、閃光のようなパスが手元に届く。愕然とした相手チームの表情に笠松は我に返る。そのまま、ボールをゴールへ放る。綺麗な放物線を描いて、ボールはリングに邪魔されることなくネットをくぐって、床に落ちる。
体育館は驚愕に包まれていた。捉えきれない姿。見たこともない鋭い正確なパス。誰もが彼のプレイに息を飲んだ。
点差はあっという間に広がり、縮まることはなく、試合終了の笛が鳴る。試合が終わっても、誰も口を開くことができなかった。ただ緩い息使いだけが体育館に響く。
静寂をはじめに破ったのは黄瀬だった。息が整うとばっと顔を上げ、黒子へ抱きつく。

「黒子っち!!やっぱスゴイっス!一緒にバスケしよう!!!!!」

勢いよく抱きつかれて、黒子の体が揺らぐ。だが、黄瀬も心得たもので、腰にまわした手が黒子の体を受け止め、転倒は免れた。笠松はタオルで滴る汗を拭いながら、そんな様子を見ていた。心音が大きく響くのは体を動かしたからだけではない。魔法のようなパスの感触がまだ手のひらに残っているようだった。初めての衝動だ。普段ならばパスを出す方の笠松だが、あのパスをもっと受け取りたいと思う。黒子を海常に入れたら、彼を使ってどんな試合が出来るだろうか。想像は膨らみ、心が踊る。
ぐっと拳を握り笠松は決心する。なんとしてでも黒子をバスケ部に入れさせよう。周りの部員を見れば、笠松の意図を察して皆が頷く。
笠松は頷き返して、目下勧誘中の黄瀬をみやる。黄瀬によれば中学時代仲がよかったらしいのだが、どうみても戦況は芳しくない。間に入るかと考えた笠松の耳に不思議な言葉が入る。

「オレ、黒子っちの光にしてほしいっス!黒子っち、オレの影になって!」

(なんだ、そりゃ)

失敗したプロポーズのような言葉に笠松は顔を引き攣らせ、気づく。無表情に黄瀬の誘いの言葉を流していた黒子の表情が変わった。本能的にヤバイと笠松は思った。何を。と考えるより先に黄瀬を黒子から引っぺがし、床に投げた。

「笠松先輩ヒドっ!」

酷いのはどっちだと笠松はなにも気づいていない様子の黄瀬に冷ややかな視線を向けて無視する。黄瀬は一層騒がしくなったが、気にせず黒子に向き直る。
【光】と【影】がなにかはわからないが、たぶん黒子にとってはNGワードだ。そもそも人に自分の影になれとは何様だ。笠松はあとでもう一度黄瀬を締めようと決意する。
だが、今は黄瀬より黒子だ。

「バスケ部にはいらねえか、黒子」
「・・・さっきもいいました」

ぼそりと黒子が答える。黄瀬のときは完全無視に近かったことを考えば悪くない反応だ。

「ああ、でもお前力不足だけじゃなかった」

力不足なのは変わらない。
体格に恵まれてもいない。シュートやドリブル、ディフェンスも拙い。だが、あのパスはすべてを補ってあまりある。
力不足を補うために彼が手に入れた武器。一朝一夕で手に入れられるものではない。相当の努力を要したであろうことは想像にたやすい。

「せっかく手に入れたものを捨てるのは勿体ないと思うぞ」

そっと黒子が笠松から視線を外す。握りこんだ手に力が篭る。
黒子が悩んでいるのはわかる。だが、何に悩んでいるのかわからない。
中学時代に何があったというのだろう。
黄瀬の態度をみているかぎり、黄瀬は知らないようだ。気にはなるが、本人に聞くのはむしろ逆効果に思えた。

「僕は・・・」

俯いたまま、黒子がつぶやく。

「僕は勝つためだけのバスケをもうしたくないんです」

声は小さいが、意思を感じる。黒子の返事に笠松は困惑した。バスケは勝ち負けを競うスポーツだ。どのチームも選手も勝利を目指している。それなのに、勝つバスケをしたくないとはどういう意味だろうか。そこまで考えて、笠松は気づいた。
黒子は勝つため【だけ】と言ったのだ。
ちらりと後ろの黄瀬をみやる。
黒子のプレイスタイル、黄瀬の、キセキの世代のプレイ、思い出せば答えの一片が見える気がした。
キセキの世代が勝とうとすると黒子は必要なくなるのだ。
あれだけの力をもつ彼等にとって一番信用できるのは自分自身だろう。故に勝とうとすればするほど彼等がパスを使わなくなるであろうことは想像にたやすい。
パスが出ない。パスを受け取ってもらうない。パスを必要としない。
それはパスに特化したプレイスタイルをもつ黒子の存在を否定したに等しい。どれだけの衝撃だったろう。黒子が失望しても仕方ないかもしれない。
だが、一緒にされては困る。

「俺達がそんなバスケをするとでも?」

声のトーンが一気に下がる。ふつふつと怒りが沸いて来る。
苦しいときに黄瀬頼みになることはあるかもしれない。しかし、それは黄瀬がエースとなればだ。チームの一員として頼るのだ。個人プレイを許すつもりはないし、黄瀬のワンマンチームに成り下がる気はない。

「そんなことは許さねえし、そんなに甘くねえよ」

怒りを堪えて、努めて冷静に言う。確かに黄瀬はすごい。彼を見ていればキセキの世代がいかに特別かわかる。だが、全国で一番になるためには彼等だけではダメだ。チームでないチームが勝ち残れるほど甘くない。しかも、キセキの世代は海常だけが有しているわけではない。

「それに今回は敵にもキセキの世代がいるだろ」

キセキの世代の潰しあいだ。個人の能力が拮抗したら、勝負を決めるのはチームの力だ。黒子の力は間違いなく、海常の力になる。

「【幻】のシックスマンになんかしてやんねえから覚悟してこい」

にやりと笠松が笑う。言ってから誘い文句に『覚悟してこい』はないかと思ったが、黒子には刺さったらしい。くすりと淡く笑みが零れた。瞳に意思を湛えて顔を上げる。揺れていた感情は消え、闘志が溢れる。

「僕と一緒にキセキの世代を倒してくれますか?」

黒子の問いに笠松は間をおかずに答える。笑みは深まり、ギラギラと瞳は燃えていた。

「当たり前だ。全部倒して日本一になるんだからな」

周りを見渡せば、森山をはじめとした他の部員たちも笠松の言葉に答えるように決意をもった表情をしている。
黒子は全員の顔を確認して、一度ゆっくり瞬きをするととぺこりと頭を下げた。

「よろしくお願いします」

了承を意とした言葉にそれまで固唾を飲んで状況を見守っていた皆がわっと盛り上がる。
笠松は礼儀正しく下げられた黒子を頭をくしゃりと撫でた。
黒子が顔を上げたタイミングで部員たちがよってくる。

「いやあ、ちょっとハラハラした!笠松くっさい台詞しかいわないから」
「誰がだ!」
「『幻のシックスマンになんかさせねえ』って、ほぐうっ!」

全開に笠松をからかいはじめた森山に笠松の蹴りが炸裂する。
そういえば臭い台詞を言って言われていた気がする。無表情のまま照れる黒子に早川が駆け寄る。

「お前すごいな!!!あのパスマジすごいっ!あ(れ)どうやって(る)んだ!!!」
「・・・」

興奮しながらら行を飛ばして話す早川の勢いに思わず黒子がたじろぐ。思わず救いを求めて隣をみやると視線があった小堀が柔らかく微笑む。

「頑張ろうな」
「・・はい」

綺麗に早川をスルーした小堀に驚きながらもほんわかとした雰囲気に包まれ、黒子も表情を和らげる。

「あ、森山。明日でいいから黒子のシュート練見てやってくれ」
「それ、人に蹴りいれながらいうことじゃないよな!」

勝手に部員たちと交流している黒子に気づいて笠松が森山にいう。笠松の回しげりを間一髪で避けながら抗議する森山に黒子は体育館にくるまでの会話を思い出す。

(変人シューター・・)

じっと自分をみる視線に気づいて、森山が笠松から退避してくる。口の端をあげながら笑う姿は少しニヒルにも見えるが変人の影はない。

「そんなにじっと見られると照れるぞ」

ぽんと森山が黒子の頭を小突く。小突かれた場所を押さえながら黒子はまったく悪く思っていない顔でしれっと謝罪を口にする。

「すみません。趣味です」
「趣味?」
「人間観察」

黒子の返答に森山は少しだけ考えるとびしっと人差し指を突き出した。

「くらい!暗いぞ!」
「大きなお世話です」
「よし!この先輩が正しい高校生活としてナンパを教えて」
「丁重にお断りします。シュートだけ教えてください」

森山がいい切るより先に黒子が断る。とりつくしまのない見事な切り返しを中村が先輩に冷たい視線を向けながら批評する。

「丁重というか慇懃」
「・・・中村」
「うおーっ、燃えてきた!」
「うるせー!」

苦笑する小堀の横で早川が叫び、笠松が怒鳴り付ける。ある意味いいチームワークだった。ただ一人を除いては。

「完璧に乗り遅れたっス」

がくりと黄瀬が肩を落とす。黒子を中心としたチームの輪の中に完全に入り損ねた。普段の黄瀬ならば黒子が了とした時点で飛びついただろう。それをしなかったのはわずかながらもショックを受けたからだ。
黒子が自分たちの前から姿を消したのは中学時代の【光】との確執だと思っていた。まさか自分自身も関係しているとは思っていなかった。全中三連覇した帝光が歪んでるとは黄瀬は思わない。バラバラではあったが、最強だった。皆、個人プレイに走りがちではあったが、黒子のパスが色褪せたりはしない。黒子もいれて最強だったはずなのに何がいけなかったのだろうか。
輪の中にいる黒子をじっと見つめる。無表情に近いポーカーフェイスがわずかに緩んで、薄い表情が見える。
なんだか気分がもやもやする。自分の誘いには無反応だったに笠松の誘いに応じたのも悔しい。
それでも。

(黒子っちとまたバスケが出来る)

彼等を相手にしたときのような血が沸騰する感覚ではない。【燃える】というよりは【わくわく】や【うきうき】という気分だ。黒子とやるバスケは黄瀬を退屈させない。楽しみだった。楽しみで弾む気持ちとともに腹の底に低く、熱く生まれる感情がある。
黄瀬には憧れの選手がいる。どうやったらあんなに飛べるのか。あんなシュートが打てるのか。人のプレイをコピーすることが得意な黄瀬でさえ真似できないプレイ。真似ができないからこそ憧れたのかもしれない。
しかも彼は黒子の【光】だった。
黒子も黄瀬にとっては特別だった。黒子のように強い人物にはじめてあった。
彼に向けるものが憧れならば黒子に向けるのは尊敬だ。
特別な二人が【光】と【影】というさらに特別な黄瀬の入り込めない関係にいる。
羨ましかった。そこにたどり着きたかった。
あまり他人を羨むということがなかった黄瀬がはじめて自覚をもって他人を羨んだ。
知らず奥歯を噛み締める。瞳に怪しい光が宿る。その視線は変わらず黒子に注がれていた。
黒子が海常にきた。しかし、ここに彼はいない。事実は黄瀬に野心を抱かせる。自分が彼に成り代われるっのではないかという野心。
口の端が上がる。無意識に浮かべた笑みは不穏な気配を帯びていた。

「黄瀬!」

怒鳴り声とともに呼ばれ、はっと我に返った。笠松に手招きされて慌てて輪に加わった。

「ラストにもう1ゲームやるぞ。お前あっちな」

示されたのは黒子とは別のチームだった。当然抗議の声をあげる。

「えー!!オレ、黒子っちとがいいっス」

しかし、ほぼ全員から却下を食らう。

「お前はさっき組んだだろ」
「そうだ!お(れ)だってあのパスうけてみたいんだぞ!」

先輩たちの言葉はもっともだった。さすがに全員に言われては黄瀬もたじろぐ。
救いを求めるように黒子をみやったが、連れない彼は振り返ってもくれずに先輩たちと話をしている。
黄瀬の眉間にしわが寄る。むすっとう口をとがらせれば、つい本音が口をついて出た。

「先輩たちじゃあ、黒子っちと組んでもオレには勝てないのに」

ぴき。一気に回りの空気が凍る。
審判役に回ろうとしていた笠松が無言のまま笛を首からはずし、床に置く。
小堀がこきっと首を鳴らした。
森山は指を鳴らす。
中村はゆっくりと1回屈伸運動をし、早川は珍しく無言で拳を手のひらにぶつけた。
ゆらりと黒いオーラが全員から立ち上る。
ここまでくるとさすがに黄瀬も己の失言に気づいた。顔色がさーと青く変わる。

「黒子」
「はい」

背中を向けたまま、呼びかける。ドスのきいた低い声に黄瀬はびくりと肩を震わせたが、呼ばれた黒子は平然としていた。
笠松の双眸は冷たい眼差しで黄瀬を睨みつける。怒鳴らずに淡々と紡がれる言葉は普段の数倍の殺気を感じさせる。

「キセキの世代は全員倒すんだよな」
「はい」

黒子の答えに満足したように笠松は口の端を上げる。口は笑いの形を作ったが目はまったく笑っていない。

「よし、手始めに黄瀬からだな」
「手伝います」
「え?え?なんでそんな話になってるんスか」

ここまできてようやく黄瀬が青を通り越して、白くなった顔で間に入ってわる。
返事は正面の笠松ではなく、後から返ってきた。
ぽんと小堀が黄瀬の肩を叩いた。顔はいつもの穏やかな表情なのだが、やはり目が笑っていない。

「明らかにお前のせいだろ」
「え?」

がんと大きな音が体育館に響く。
笠松が体育館の床を踏みならした。コートの中に笠松、森山、黒子が入る。

「よし、死にさらせ、黄瀬」
「ぎゃーっ!ヒドイッス!黒子っちぃ!!」
「自業自得です。覚悟してください、黄瀬くん」
「ええーっ」

黄瀬の悲鳴と同時に試合開始の笛が鳴る。
先ほどの発言のせいか黄瀬と組んでくれる人間がいるはずもなく、大人げないままに本気で叩きのめしにくる先輩たちとまったく手加減のない黒子に黄瀬は完膚無きままに叩き潰されたのだった。