#2

「黒子っち!パス練しよっス!」

何本目かのシュートが綺麗にリングに吸い込まれたタイミングで黄瀬が声をかけた。次のシュートを打とうとボールを構えていた黒子が幾分冷たい目で振り返る。

「・・黄瀬くん、いまの見てなかったんですか?」
「見てたっス。さすが黒子っち」

厭味のつもりで言ったのだが、素直に賞賛されて黒子はわずかに眉をあげる。黄瀬と会話が噛み合いにくいのは比較的いつものことだ。諦めたようにため息をつくとわかりやすい言葉を選び直す。

「僕はシュートの感覚を忘れないうちに練習しときたいんです」

ようやくシュートが入るようになってきたのだ。なるべく本数を重ねてシュートの決まるイメージとフォームを身につけたい。このところ練習後にはずっとシュート練習をしている黒子を見ていればわかるはずなのだが、なんでも一度でコピーを出来る黄瀬には体を慣らすという感覚はわからないのかも知れない。見せ付けられる才能の差に少しだけむっとする。彼らの才能に嫉妬するのは無駄なことはわかっている。だが、湧いて出てしまうことは仕方ない。せめてなるべく表に出さないように努めるしかない。だが、おかげで黄瀬はそんな黒子の努力に気づかず、身勝手な主張をする。

「でも練習中も黒子っち、先輩たちとばっかり組んでたじゃないっスか!オレも黒子っちのパス受けたいっス!」

(ガキかっ)

心の中でツッコミを入れたのは近くでシュート練習をしながら聞き耳だけ立てていた中村だ。多分この会話が聞こえていた皆が同じことを考えただろう。それは黒子も例外ではない。表情はいつも通りのポーカーフェースだが、明らかに空気が刺を帯びている。

「君はイグナイトも受けれるじゃないですか。連携の練習をするなら君より他の皆さんと練習するのか当たり前です」

舌打ちしそうなほど冷たくいい放つ。

「でも、でもっ!」

さすがの黄瀬も黒子から漂ってくる怒気に気づきはじめる。だが、引き下がれない。合同練習中も黒子はまったく黄瀬と組んでくれなかったのだ。

「黄瀬くんは黄瀬くんでするべきことがあるでしょう・・・すぐには思いつきませんが、体力をつくるとか体をつくるとか・・・」

あまりに引き下がらない黄瀬に黒子は苛立ちを通りすぎ呆れたように代案を示す。キセキの世代として飛び抜けた力をもつ彼でもまだ体は高校一年生だ。鍛える余地はある。とくに受験、彼は推薦だから勉強はしていないだろうが、中学の部活卒業から多少のブランクにより体力は落ちている時期だ。

「それもするッス!でもっ」

必死とも言える態度で黄瀬は縋り付く。その態度に黒子が眉をひそめた。中学時代から妙に懐かれている自覚はあるが、何か違う。

「君とのパスはそんなに練習しなければいけないほどあってないとは思いませんけど」

何がそんなに不安なのか。黒子にはわからない。しかし、黄瀬から見ればなぜ黒子がわかってくれないのかわからないのだ。
確かに自分と黒子のコンビネーションは合ってないわけではない。

「でもまだ青峰っちには敵わない!」

黄瀬の声が体育館に響く。雑然としていた体育館内の音が消える。しんとした沈黙が充満する。
勢いで考えるより先に本音が零れた。しまったと思ったときには遅かった。身長差の問題で上から見下ろす形になる黄瀬に顔を伏せた黒子の表情は見えない。こくりとどちらともなく喉がなる。先に声を発したのは黒子だった。

「・・・・そうですね」

平坦な声からは感情が消えていた。握った拳が汗で濡れる。

「でも君とだけで戦うわけじゃありませんから」

ようやく黒子が顔をあげる。水色の双眸がまるでガラス玉のように黄瀬を見ていた。
黄瀬はそれ以上言葉を紡げなかった。いい返せない黄瀬を見限ったように黒子が黄瀬に背中を向ける。無言のまま、体育館の入口に向かうと振り返って一礼する。

「お先に失礼します」

黄瀬の叫んだあたりからつい動作を止めて固まった状態だった体育館がその一声にもとに戻る。時計を見れば東京から通っている黒子が帰る時間だった。
いつもならば黄瀬がすかさずついていくのだが、さすがに追いかけられないようだ。

(このまま放っていくのか)

大物というべきか残されたほうの身にもなれと抗議するべきか難しいところだが、黒子にフォローさせるのも酷だろう。

「おつかれさん」
「気をつけてな」
「明日もいっかいシュートおさらいすんぞ」

ため息つきながら笠松が返事を返すと小堀と森山も後に続く。森山の言葉に無表情だった顔が少し緩む。もう一度礼をすると黒子の姿は扉の向こうに消えた。

「黒子にフォローなくても平気か?」
「まあ、黒子は怒ってるほうだし、下手にいくと傷えぐりそうだし。どうみても問題は黄瀬だろ」

小堀の問いに森山が肩を竦める。ちっと笠松が吐き捨てる。

「なんでわかんねえかな」

外野である笠松たちには本人達より状況が見えている。黄瀬はまだわかってないのだ。
何故中学のときに黒子が姿を消したのか。
本来なら『お前らウゼえから話あえ!』と一刀両断してしまいたい笠松だが、そうもいかない。
もちろん笠松も正確にわかっているわけではない。推測に過ぎないが、そんなに間違っていないとも思っている。先輩として間にはいってやるべきかとも思うが、言葉にするのはひどく難しい。第三者の笠松でもそうなのだ。黒子には余計話ずらいだろう。
それに言葉でいっても意味がない。黄瀬が自分でわからなければいけないことだ。
そして黄瀬の自覚は海常高校バスケ部にも必要なものだった。
体育館に肩を落として佇む黄瀬に駆け寄るものはいない。同じ【特別】でも黒子を見る目と黄瀬を見る目は大分違う。才能のせいだけではない。顔が整っていることやモデルをしていることは無関係ではないが、根本の問題でもない。黄瀬の無意識の態度がそうさせるのだ。黄瀬は自分が【特別】なことを知っている。【特別】を誇示はしない。だが、隠しもしない。【特別扱い】を当たり前に受け止める。その態度は周りの鼻につく。それでも初めは少し生意気でズレている奴程度だったが、黒子が現れてからは排他的になった。自分達は周りとは違う。【特別】な黒子のパスは【特別】な自分だけが受ければいい。そんな空気が出ている。乱暴な受け取り方をするならば『黒子と自分さえいれば勝てるのだから邪魔するな』と言われてるようだ。

「そりゃ、自分は嫌なヤツですって自覚出来たら世の中に嫌なヤツはいないさ」

辛辣な森山の返答を柔らかに小堀が咎める。

「嫌なヤツって」
「嫌なヤツだろー。バスケだけならともかく顔がいいってなんだよ!イケメン爆ぜろ」
「・・・」

茶化していう森山に笠松が拳を握る。ものすごくぶん殴りたいが殴ってる場合でもない。振り上げた拳を渋々下ろす笠松に応戦体制だった森山が珍しいものをみたように瞬く。

「ぶん殴って蹴倒していうこと聞かしても意味ねえしな」

笠松の呟きに森山と小堀がぷっと吹き出した。比較的今の状態がそれに近いことに笠松は気づいていない。

「やってみれば?拳での語り合い」

脳裏に一昔前の青春映画のような光景が浮かぶ。なぜか砂浜で倒れた黄瀬に手を差し延べる笠松。バックはもちろん夕日だ。ちょっと見てみたい。
明らかにおもしろがって声を弾ませた森山に笠松は目を座らせる。

「まずお前に試してやろうか」
「いやいやいや」
「チームワークが深まるより、出場停止のが先になるぞ」

つい本筋からズレていく2人の間に小堀が苦笑しながら入る。2人とも本気なわけではない。つまりそれくらい八方塞がりなだけだ。結局手段はあまりない。

「時間をかけるしかないんじゃないか。まだ1月しか立ってないし」

小堀の提案した手段は正しい。チームに必要な信頼は一朝一夕で築けるものではない。行動を共にして相互理解を深め、作っていくものだ。しかし、今の状態では時間をかけてもいまのままではないかという懸念もある。しかもインターハイ予選は早々にはじまるのだ。

「あとは実戦か」

一番手っ取り早いのは黄瀬がチームメイトを必要だと思う状況をつくることだが、これも難しい。敗北を知ることが一番手っ取り早いのかもしれない。聞いた話によれば黄瀬はバスケをはじめてから一度も負けたことがないらしい。

「でもアイツは下にみてっけど俺ら、ちゃんと強いぜ」
「ああ」

さらりと言い放つ森山に謙遜もなく笠松と小堀が頷く。

「で、黒子と黄瀬が加わって、よっぽどの相手じゃないと敵じゃないだろ。それこそキセキの世代とか」

むっつりと3人は顔を見合わせて黙り込む。そもそも試合に負けるのが嫌だ。自分たちが試合に勝って尚且つ黄瀬を凹ませられる相手というとかなり難しい。

「・・・・時間か」
「まあ、まだ1ヶ月も立ってないし」
「それさっきもいったぞ」

結局時間という万能薬の効果を待つしかないらしい。
このときの彼等はまだ知らなかった。彼等の上げた条件を満たす相手との対戦が既に用意されていたことを。