過ちては改むるに憚ること勿れ・前編


 君の努力は認めるが、ウチの部では難しいと思う。


「と、また言われてしまいましたよ。火神くん」
『はえーな、オイッ。入学してまだ二週間ぐらいだろーが』
「まあ、強豪校ですからねぇ。同好会もありますから、ボクみたいなのはソチラにと言いたいようで」
『あー、ゲームでもなきゃあしょぼいからなぁ。お前』
「しみじみと言わないでください」
『うぉ、わりぃ。なあ、やっぱアイツに言った方が良いんじゃねーか?』
「それはダメです。彼に会うのはボクが一軍に上がってからです」
『いつになんだよ、それっ』
「そうですね……、一〜二年後ぐらい?」
『ぅおぉおおおおおおおいっ!?』
「まあ、できるだけ急ぎますよ。できるだけ」
『二回言った! つーか、それじゃあ週末の練習試合は?』
「ボクは無理ですね。残念ですが」
『ったく、まどろっこしいなぁ、オイッ』
「すみません、夏までにはなんとか……。最悪、彼に会うことも考えますが、もう少しだけ頑張ってみます」
『分かった。んでも、試合は見るんだろ?』
「多分見れると思います。頑張って負けてください」
『アホかぁあああ!! ぜってー勝つからな!!』
「返り討ですよ!」
『お前が威張って言うな! 黒子っ』





過ちては改むるに憚ること勿れ・前編






「なんでオレが、あんのクソ監督っ」


 五月に入ったとある日の部活終了後。いつもなら自主練をする時間に、海常高校三年男子バスケ部主将の笠松幸男は文句を呟きつつ第二体育館へ向かっていた。数日前に創立二年目という無名の高校と練習試合が行なわれ負けたばかり。侮りのあった自分を恥じ改めて気を引き締めた今、そのテンションのまま練習を積みたいところ。
 何しろ笠松だけでなく、他のレギュラーメンバーも気合いが入っているのだ。鳴物入りで入部した『キセキの世代』等と呼ばれる黄瀬涼太でさえ、当初のふざけた態度が嘘のように練習に打ち込んでいる。これで主将の自分が、率先して練習しなくてどうする。だと言うのに、思わぬ仕事を我らが武内監督より仰せつかり出鼻をくじかれた気分。

 運動部に力を入れる海常高校、中でも好成績を残すバスケ部はかなり優遇されていた。一軍が使用するバスケ部専用の体育館が一つと、二軍とバスケやバレーなどの同好会が使用する第二体育館が存在する。
 なぜ同好会が存在するかと言えば、戦績重視の部活では初心者に厳し過ぎるから。部に入ったがついて行けなかった者、やってみたいと思うが部は敷居が高いという者など。そんな生徒のために作られたのが同好会であり、校内では区別されているが内申には部に所属した扱いにしてもらえる。

 普段は主将と言えど、全面的にコーチに指導が任されている二軍とはあまり接点がない。更に言うならば部活の終了したこの時間、残って自主練しようとする二軍選手は皆無と言って良い。
 レギュラーとは言わないが、少なくとも一軍の選手達より練習しなくてどうしたら上へ上がれると言うのか。ノルマだけこなして帰ってしまう二軍のメンバーに、常々そう思う笠松であるが特に口出しすることはない。自分自身でやる気にならなければ、何をどうしようと身になると思えないからだ。
 それはともかく、ではなぜ人が居ないはずの第二体育館へ向かっているかと言えば。最近、二軍のコーチが監督に愚痴ったことが発端である。曰く。


「監督。今年入った新人に一人、どうにも扱いに困る者が居りまして……」
「なんだ、サボリ癖でもあるのか?」
「いえ、至って真面目です。二軍では珍しく、毎日遅くまで居残りで練習しています」
「ほう、結構なことじゃないか」
「しかし使えません」
「なんだって?」
「どう贔屓目に見ても素人レベル、シュートも入らなければドリブルも話しにならない。それとなく同好会へ勧めてみましたが、もう少し頑張りますと言いまして……。何と言いますか、真面目なだけに強くも言えずどうしたものかと」
「……」
「監督、如何しましょう?」
「そりゃあコーチが悪い」
「えっ」
「どれだけ努力しても上手くならんと言うのは、教えられたことがその選手に合っていないと言うことだ。だったら何がその選手に向いているのか、判断して教えてやるのが監督やコーチの仕事じゃないのか? 適当に遊んでるようなヤツなら放っておけば良いが、上達しようと努力しているならちゃんと応えてやらんでどーする」
「……はぁ」


 その生徒は中学もバスケ部だったらしく基本はできている、シュートフォームなどもおかしなところはない。なのに使い物にならないとはこれ如何に。何がどうして駄目なのか、コーチにも分からずどう指導したら良いか分からない。そう二軍コーチに泣きつかれた監督は、自分で指導するとは言わず笠松に丸投げして来たのだ。
 何だか物凄く立派なことをほざいておきながら、自分でやらないところが我らが監督クォリティ。そういう御仁だと分かってはいたが、こうもストレートに押しつけられれば腹も立つ。だがしかし、コーチをそこまで悩ませる人物にも興味はある。人並み以上に努力していると聞けば尚更だ。そんな訳で、文句を言いつつも第二体育館へ向かってみれば灯りがついている様子。聞いていた通り、今日も練習をしているようだ。薄く開かれていた鉄の扉を開けてみれば、まず笠松の目に飛び込んで来たのは跳ねるバスケットボールだった。


「あれ? いねぇ……、のか?」
「居ます」
「へ? うおっ!?」
「驚かせてすみません、笠松キャプテン」
「おまっ、どこから……っ」
「ずっとここに居ました。影が薄いもので、よく驚かせてしまうんです」
「薄いって、あー、まあ良いか。オレは笠松幸男……、て、知ってたな」
「はい、これでもバスケ部なので主将のお名前は知ってます」
「そりゃどーも。あー、と、わりぃ、お前の名前は?」
「一年の黒子テツヤです」
「黒子な、よし覚えた」
「あの、キャプテンがここに何か?」
「あぁ、うん。二軍のコーチが監督にちょっと、な」
「なるほど、把握しました。ボクのことですね」
「なんか言われてたみてーだな?」
「ウチの部では難しいと」
「あの野郎、またストレートに……っ」
「あ、事実ですのでお気になさらず」
「ぅおいっ! 認めんのかよっ」
「自分でも下手なのは自覚してます。でも、この海常バスケ部でバスケがしたいんです」
「そっか、分かった」
「……あの、同好会を勧めないんですか?」
「部でやりてーって言って、努力してるヤツに言う訳ねーだろ。シバクぞ!」
「……ありがとうございます」


 体育館に居たのは表情の動かない小柄な少年で、肌の白さと水色の髪と目が存在感の希薄さに拍車をかけている。ともすれば、目の前に居てさえ見失ってしまいそうな感じ。見た目はスポーツマンというより文学少年というほうがしっくりくる。なにも見た目でバスケする訳ではないが、こうも線が細いとあたり負けするどころか怪我でもしそうで怖い。
 二軍コーチが言わんとするところも分からんでもないが、本人はやる気十分な様子なのでとりあえずプレイを見せてもらうことにする。ドリブル、シュート、思わずコレは駄目だと思ってしまい、笠松は頭を抱えた。


「なんでだ?」
「どうしてでしょう?」
「フォームは奇麗なのにシュートは悉く外れるわ、ドリブルもイマイチ過ぎる。逆になんで下手なのかがわかんねー」
「はぁ……」
「あー、もう、あれだ、少し考えるから今日はあがれ。時間も遅いし」
「はい」
「んじゃ、ボール集めるか」
「あ、ボクが片付けますのでお気になさらず」
「そんなフラフラしてたら時間かかるだろーがっ、さっさと終わらすぞ!」
「えと、ではキャプテンはカゴの前に居てください。ボクが拾いに行ってパスしますので」
「逆の方が速くねーか?」
「散らかしたのはボクですから」
「しょうがねーな、分かった」


 儚げな容姿に反して、中身はどうして頑固なようだ。見た目通りに体力もないようで、ボールを拾いに行くフラつく足取りにヒヤヒヤする。しかし拾ったボールを投げてよこした時、その正確さに笠松は息を飲む。どんな場所からも、どんな角度からも、軽く胸の前でかまえた両手に吸い込まれるようにやって来るボール。動くどころか、手の位置さえ調節する必要がない正確さ。なんだこれは。
 突っ立ったままでかまえた手に最後のボールがおさまってから、漸く驚きから解放された笠松が声を張り上げた。


「どーなってんだ、これはっ!?」
「はい?」
「ドリブルもダメ、シュートもダメでパスだけ神業ってなんだそりゃ!!」
「神業は大げさですが、パスだけは得意なんです」
「それを早く言いやがれ!」
「はぁ、聞かれませんでしたので」
「黒子っ、てめーは、もうっ、シバクぞ!!」
「あだっ、あだだだだだだだだだ!?」


「これだけパスが正確なのにシュートは入らねーとか、益々わかんねー。なんでだ!?」
「なんででしょう?」
「よし分かった。明日はウチのオモシロシューターを連れて来てやる」
「っ、……え?」
「ウチのSGだよ。一応シュートの専門家だからな」
「でも、それは……」
「ごちゃごちゃ余計なことは言うなよ? あそこまでものの見事にシュートが入んねーとか、見てる方が気持ち悪ぃーんだよっ」
「すみません」


「ところでお前、なんでそんなにバスケ部に拘ってんだ?」
「それは、その……っ」
「まあ、言いたくないなら無理に聞かねーが……」
「いえ、その、何と言いますか、この海常バスケ部でどうしてもしなくてはいけないことがあるんです。ボクの個人的なことなんですが……」
「ふーん? まあなんであれ、やる気があるヤツは大歓迎。そのやることってーのが、部のマイナスになることならシバクけどな」
「それは大丈夫ですっ、多分?」
「多分かよっ!?」
「はぁ、相手がどう反応するか予測がつかないもので。もし不味い事態になったら、潔くシバかれます」
「お前なぁ、あー、もう、面倒くせーから何でも良いわっ。おら、帰るぞ!」
「はい」


 プレイが摩訶不思議なら、言動も意味不明。黒子テツヤと名乗る何とも奇妙な後輩に、この短い時間でとんでもなく振り回された気がしてどっと疲れた笠松である。はてさて黒子が言っていたやりたいこととは何なのか、雰囲気的に長期計画だろうと感じられたそれが。よもや翌日に実行されることになろうとは、この時の笠松は夢にも思わなかった訳で。


「っ、えっ!? 黒子、っち?」
「……お久しぶりです。黄瀬くん」
「ぅえぇええええええええ!!?! 黒子っちぃいいいいいいいいいいいいいいい!! えっ、なんで!? なんで海常にっ!!」
「どうしましょう、まだ会いたくなかったんですけど」
「ちょっ、ヒドッ!? 酷いっスよぉおおおおおおおお!!?! オレは会いたかったのにぃいいいいいいいいいい!!!!」
「黄瀬くん、ちょっと煩いです」
「ぐふっ……っ!?」