過ちては改むるに憚ること勿れ・後編


 影が薄くて無表情、そしてパス『だけ』は一級品という摩訶不思議な一年生、黒子テツヤと強制的に出会わされた笠松幸男。その時の約束通り、翌日の部活終了後に海常一のオモシロシューターこと森山由孝を連れて第二体育館へやって来た。
 森山からすれば訳が分からない。部活のノルマを終え、さて自主練を始めるかと意気込んだところで。不機嫌そうな笠松の手により、有無を言わさず説明もなしで連行されて来たのだから無理もない。
 大抵、この時間に残っている者の居ない第二体育館。だと言うのに灯がついていてまず驚き、ひょろりとした小柄で影の薄い少年の存在に驚かされて気づき。更に笠松に言われて見せられた、少年のシュートにまた驚かされた。何だかもう、驚き過ぎてものの五分で疲労困憊な気分。


「笠松、どーなってんのアレ。可愛いのに!」
「どーなってんのか知りてーのはオレだ。つーか森山、ありゃ男だぞ! この節操無しがっ」
「ホント惜しいっ! 女の子だったら間違いなくオレの運命……っ」
「だぁああああああ、もうっ! それは良いからシュートを見ろ、シュートをっ。そしてどうにかしろ!!」
「すんげー無茶ぶりっ!? どーにかしろと言われても、フォームは奇麗だし、距離感も悪くない。なのに悉く外せるとか、逆にすごい才能かも? あー、強いて何か問題があるとすれば、力加減……、かな?」
「おいコラ、ウチのスタメンSGのくせに頼りねーなっ。ハッキリしやがれ!」
「だから、すげー無茶ぶりっ。笠松だってスリー撃てるじゃん!?」
「オレには何が悪いんだかサッパリ分からん」
「オイ主将! 威張って言うなっ!!」


 今日も今日とてめげずに練習していた黒子の元に、宣言通りにスタメンSGを連れてやって来た笠松に正直驚いた。疑っていた訳ではないが、先輩達にも自身の練習がある。だから翌日と言うのは社交辞令的なもので、暇を見ての数日後ぐらいに受け取っていたから。
 気にかけて貰えるのは有難い、真剣に何とかしようと考えてくれているのも嬉しい。だがしかし、あけすけな先輩達の会話は、ぐっさぐっさと黒子の痛いところ突いてきて地味に痛い。いや、その通りなんだけど。事実だけど、痛いものは痛いのだ。
 何度目かのシュートが外れたところで、そろそろ自分に構わず自主練に戻ってくださいと告げようとした時。予期せぬ来訪者の襲撃により、黒子はその言葉を封じられてしまった。


「っ、えっ!? 黒子、っち?」
「……お久しぶりです。黄瀬くん」
「ぅえぇええええええええ!!?! 黒子っちぃいいいいいいいいいいいいいいい!! えっ、なんで!? なんで海常にっ!!」
「どうしましょう、まだ会いたくなかったんですけど」
「ちょっ、ヒドッ!? 酷いっスよぉおおおおおおおお!!?! オレは会いたかったのにぃいいいいいいいいいい!!!!」
「黄瀬くん、ちょっと煩いです」
「ぐふっ……っ!?」





過ちては改むるに憚ること勿れ・後編






「オイッ黄瀬ー! なんでてめーがコッチ来てんだよっ」
「だって、先輩達が自主練に居ないから気になって……っ、そんなことより、黒子っちっスよぉおおおおおおおお!!」
「その反応……、まさか黄瀬、この子はお前の彼女とか言わないよなっ!?」
「ボクは男です」
「てめーも余計なこと言うな、森山ー! ややこしくなるだろーがっ」
「彼女!? それも良い!! じゃなくて、黒子っちはオレの親友っス!」
「違います、友人です」
「ヒドッ!!」
「お前等知り合い、つーか同中か?」
「そうっス! バスケ部でオレの教育係で、同じレギュラーだったっス!!」

『はぁあ!? ちょっと待てぇええええええええ!!』

「なんスか?」
「黒子が帝光のレギュラーってマジかっ!?」
「あのシュート力で!?」
「だって黒子っちは……」
「ちょっと黄瀬くん、余計なことを言わないでください」
「ちょ、余計なことってなんスか!? てか、どうして……っ」
「困りました、色々と予定が狂ってしまってどうしましょう」
「予定ってなに!?」
「おい黄瀬、そもそも同じ学校の同じ学年でなんで今まで気付かなかったんだ?」
「だって森山センパイ。黒子っちは影薄くて、ミスディレ使われたら見つかんないし。それで中三の夏以降、逃げられまくってて」
「は? なんだそれ」
「ですから黄瀬く……っ」

「だぁああああああああ!! うるせー!! お前等ちょっと黙れ、シバクぞ!!」

『ハイ……っ』


 誰だ、オレ達が第二体育館に居ると黄瀬に言ったヤツは。笠松はキャンキャンと煩い黄瀬涼太と、逆に温度の低い黒子、妙な方向に話しを捻じ曲げる森山を見て理不尽ながらそう思う。
 通常運転でも会話の怪しい黄瀬が、こうも興奮していては支離滅裂になるのも当たり前。だというのに、訳を知っているはずの黒子は全く説明しようとしない。そこに森山のズレたツッコミが入るのだから、会話が成り立つことなどあり得ない訳で。キレたと言うか、ぶっちゃければ面倒になった笠松が一喝して三人を黙らせると。訳が分からんからまず二人で話しを済ませろと、森山を引き連れて第二体育館を後にする。しかし後でキッチリ説明させると、釘を刺すのをも忘れない。
 そこまで来れば流石の黄瀬も落ち着いてきて、二人だけにされた頃にはすっかり無言になってしまった。聞きたいこと、知りたいことは山ほどある。だけどどこからどう聞けばいいのか分からない。そんな感じ。
 何となく居た堪れないような、そんな沈黙が暫し続いた後。黒子から何かを振りきるような、深い吐息がもれた。


「黄瀬くん。色々と予定が狂ってしまいましたが、君に話したいことがあります」
「予定って……?」
「疑問だらけだと思いますが、まずはボクの話しを聞いてもらえますか?」
「……分かったっス」











 一言でいえば、ボクは君に謝るために海常に来たんです。

 去年の全中の決勝で、ボクは絶望するほど傷つきました。
 今思えば勝手なものです。
 だって、君達は知らなかったんだから。
 確かに、赤司くんにはお願いしましたけど。
 彼は君達に知らせませんでしたから。

 でもあの頃のボクは、とにかく何と言うか……。
 混乱していたというのでしょうか。
 ただ痛くて、痛いけど何が痛いのか分からないような。
 そんな感じです。
 バスケを辞めようとも思いました。
 でも離れきれなくて、フラフラとストバスを覗いたりしていたんです。
 その時に、火神くんと知り合いました。
 そう、その火神くんです。誠凛の。

 出会った時の火神くんは、君達を彷彿とさせる目をしていました。
 つまらない、と。
 帰国子女の彼は、日本には強い奴が居なくてつまらない。
 なんて言うので、君達のことを教えたら。
 途端に目を輝かせるから現金なものです。

 君達のことを教えたら、なぜ知っているのかと聞かれて。
 それを切っ掛けに、吐き出してしまったんです。
 君達との色々なこと。
 全中三連覇のこと。
 スコアボードに並んだ1のこと。
 友人との約束のこと。
 バスケを辞めようと思ったこと。
 気持ちの整理が出来ていなかったから、支離滅裂だったと思います。
 でも火神くんはちゃんと聞いてくれて。
 そして言われました。

 『そんなもん、お前が悪い。間違ってると思うならぶん殴れば良かったのに』

 それを聞いて、ストンと何かが分かった気がしました。
 自分だけが被害者なように思っていたけど。
 そうじゃなくて。
 やれること、やるべきことしなかったツケが回って来たんだと。

 そう気付いた時、真っ先に思い浮かんだのが黄瀬くんのことでした。
 君は良い意味でも、悪い意味でも、本当に素直です。
 納得さえできれば、どんなことでも、どんな相手でも。
 認めることを躊躇しない。
 ボクに対してがそうだったように。
 それを知っていたはずなのに、ボクは言わなかった。
 例えば全中の決勝の時も。

 『ボクの友達が居るんで、カッコイイとこ見せてください』

 そう言えば良かったんです。
 えぇ、確かにそうですね。
 言っても何も変わらなかったかも知れない。
 知らなかったから仕方ない。
 それで済むこととも思いません。
 それまでの試合態度もアレ過ぎでしたし。

 でも言わなければ伝わらないんです。何も。
 伝えて、納得させることが出来たら。
 黄瀬くんは変わってくれる。
 それを知っていたはずのに、何もしませんでした。
 何も伝えず、勝手に逃げて、君を傷つけてしまいました。

 あの何とも言えない部の空気の中で。
 本当は君が一番傷ついたんじゃないかと。
 今は思います。
 君がバスケ部に来た頃は、まだみんな楽しそうでした。
 その時を知っている君が。
 少しずつおかしくなっていく関係をどう思っていたのか。
 本当のところは分かりませんが。
 不安だったのではないかと思います。
 あの得点数を競う提案も。
 何とか繋ぎとめようとした結果、出たものではないでしょうか。
 だからと言って、アレを認める気にはなりませんけど。

 でも、それなら止めれば良かったんです。
 納得してもらえるよう何度でも。
 君と話せば良かった。
 それをせずに、ボクはただ責めてしまいました。
 なぜ分かってくれないのか、察してくれないのか、と。
 何も言わなかったくせに、無理な話しです。
 おまけにそれを、火神くんに指摘されるまで。
 ボクは気付きもしなかった。
 本当に恥ずかしいです。

 それで君に謝りたくて、海常に来ました。
 すぐに会わなかったのは。
 ボクがせめて一軍に上がってからと決めてたからです。
 そうですね、それも難しいと言うか、無理な話でして。
 それでも、君に負い目を感じたくなかったんです。
 ちゃんと謝るなら、一緒にバスケをするためには。
 自力で君の所まで行かなければと。
 そう思いました。

 あぁ、もうっ。
 色んな意味で君を傷つけてしまいましたね。
 本当にごめんなさい。
 君の気の済むまで怒ってくれてかまいません。

 ……もし、許されるのなら。
 また君と、バスケがしたいです。











「っ、うっ、ぐろごっぢぃいいいいいいいい」
「……泣かないでください黄瀬くん」
「だっでぇえええええええええええええ!?」
「君、一応モデルなんですから。その顔は不味いですよ」
「ちょっ、一応ってヒドイッ! じゃなくて、黒子っち!!」
「はい?」
「ゴメン! ごめんなさいっ、オレもっ、ごめん……っ」
「お互い様、ですね? お互いに、馬鹿でした」
「っうん。オレ馬鹿だから、余計分かんなかった。だから今度は教えて? 色んなこと全部。そんで、一緒にバスケ、しよ?」
「っ、はい。ありがとうございます、黄瀬くん」


「ぐずっ、ねー黒子っち」
「なんですか? これで鼻かんでください」
「ありがと。他の四人は良いんスか?」
「あぁ、あの四人は言って聞く人達じゃないですから」
「ブッ!?」
「我が強すぎますし、素直じゃないですから。分かっていても、簡単に認めないタイプです」
「わー、そうっスね。でも、このままにはしとかないんでしょ?」
「勿論です。あーいう手合は一度ぎゃふんと言わせなければダメですね」
「ぎゃふんって死語っ!」
「煩いですよ。なので頑張ってもらいますからね、黄瀬くん」
「へ?」
「あの四人をぶっ飛ばすんですから気合い入れてください? 今の火神くんに負けていては話しになりませんよ」
「うっわっ、痛いところをー! て、黒子っちも戦うんスよね!?」
「そのつもりですが、如何せん一軍への道のりは険しいです」
「まだまともに上がる気っスか!? 黒子っちのプレイスタイルじゃ無理っスよっ」
「その通りですけど、黄瀬くん酷いです」
「ぐふっ、すんまっせんっ」


「とりあえず、せめてシュートをなんとかしたいので黄瀬くん教えてください」
「え゛、オレ教えるの無理っス。見たらできちゃうから」
「デスヨネー」
「あ、それで森山センパイ? じゃあ向こうへ行ってセンパイ達に聞く方が良いっスよ!」
「本当に、君って人は……」
「へ? なんか変なこと言った!?」
「いいえ、本当に素直だなと呆れただけです」
「そこ呆れたじゃなくて、感心したが良いっスー!!」
「ハイハイ」
「棒読みっ!?」


 黄瀬に手を引かれるまま、バスケ部専用の体育館へ向かいながら黒子は胸中で笑みを浮かべる。本当に黄瀬という人物は、素直で真っすぐだ。おそらく誠凛との練習試合を切っ掛けとして、この短時間ですっかり海常の先輩方を認めている。そして一度認めた相手には、どこまでも誠実で。無条件で信頼するのだ。
 何も変わっていないとも思う。帝光バスケ部で、まだ皆と笑いあっていた頃と。一時曲がってしまったけれど、それはまともに部活をしたことがなかったせいかも知れない。部活のあり方も、先輩後輩の関係も、仲間意識も、正しく学ぶ前に崩れてしまったから。でもこの海常バスケ部で、黄瀬はちゃんとやりなおしている。今度こそ真っすぐで、歪みの無い道を進もうとしている。
 きっと大丈夫。何がとは表す言葉が見つからないけれど、黒子はすんなりとそう思う。そしてまた、この新しい場所で皆で喜びあい分かち合える勝利を掴みたいと願っていた。


「とはいえ、ボクがレギュラーまで辿り着けるかが最大の問題なんですよね」
「えー! 一度、試合でもすれば一発じゃないっスかー!!」
「そうでもないですよ」
「なんで!? 黒子っちのパスワークは絶対すごい武器になるっスよ!」
「そう言って頂けるのは嬉しいですか、海常バスケ部は素晴らしくバランスのとれたチームです」
「んんん? だから?」
「下手にパス専門が混じると、そのバランスを崩す恐れがあるような?」
「えぇええええええええ!! そんなことないっス、絶対ないっスー!」
「まあ、監督次第ですかね?」
「……おっふう」