青雲の志


「えー!! どーしてっスか!?」
「ちょっと黄瀬くん、落ち着いてください。落ち着け」
「ぐふっ……っ!?」


 難しい顔をした笠松幸男に食ってかかろうとした黄瀬涼太が、脇腹に手刀がめり込み撃沈した。無表情でそれを繰り出したのは、床に転がっていたはずの黒子テツヤで。なんだ、まだ体力が残ってるじゃないかとか。シバク手間が省けたなとか、現実逃避すれすれのことを思い浮かべながら笠松は天を仰ぐ。
 体育館の高い天井に、張り巡らされたむき出しの鉄骨が目に留まる。そこに等間隔に配置されたライトが眩しくて、横に視線を滑らせれば。高い位置にある窓から見える空は茜色に藍色が混じるグラデーション。日が長くなったな、などと思わず考えてしまう笠松はやはり現実逃避をしているのかも知れない。

 ただいま部活終了後の自主練真っ最中。本日はいつものレギュラーメンバーに加え、二軍の黒子も混じっていた。それと言うのも昨日のこの時間、黒子のシュートを見ていれば黄瀬が乱入して大混乱。面倒になった笠松が、まず黒子と黄瀬の二人だけで話しをさせ。その後、説明を聞けばミニゲームがしたいと言いだす。しかし時間も遅かったので今日の自主練に持ち越したのだが、結果はその場の大半の者にとって悩ましいものだった。





青雲の志






「良いですか、黄瀬くん。昨日も言いましたが、この海常というチームは素晴らしく攻守のバランスがとれたチームです」
「うん?」
「良い意味では纏まりがありますが、悪い意味では守備力も攻撃力も突出して優れたところがないと言えます」
「ブッ!? ハッキリ言うっスね、黒子っちっ」


 全くだ。と聞いていたその場の全員が胸中で頷き渋い顔をする。だがその通りでもある、そう認識するぐらいの自覚は皆もっていた。だからこそレギュラーになれたのだとも言える。その自覚があれば、このチームで自分が何をするべきか自ずと分かるからだ。
 そのため、とても悩ましいのである。たった今、ほんの十分程度のミニゲームだったけれどもそこで見せられた黒子のパス技術が。五対五で行なわれたそのゲーム。敵チームは黒子の神出鬼没さとスティール力に驚かされ、味方チームはどこからでも望んだところにベストなタイミングでやって来るパスに目を見張った。
 素直に凄いと思う、パス以外はお話にならないがそれを補って余りある技術だと思う。思うが、このチームで試合で使えるかと言えば悩ましいのである。
 皆が皆、複雑な顔をする中で黄瀬だけが今一つピンと来てない模様。なのでゲームでへたばり床に座り込んだままの黒子の前に、なぜか黄瀬が正座して説明を受けているのが今の状況だ。


「それでもチームとして強いのは、皆さんが自覚を持っていてプレイが噛み合っているからでしょう」
「それは、分かるっス。けど、それで黒子っちが使えないかもって言われるのは納得いかないっス!」
「ボクはポジションがありませんから、誰と交代するかが非常に問題なんです」
「へ?」
「このチームの傾向は、インサイドはディフェンス重視で得点源はミドルとアウトサイドが殆どです。そこでボクがインサイドの選手と交代すれば、ディフェンスは元よりリバウンド力もガタ落ちします。では他ではどうなるかと言えば、得点力がガタ落ちしてしまうんですよ」
「うっ、そうかも知れないっスけど。でも、でも……っ」
「ミスディレクションを駆使すれば、ゲームの流れを変えるというか引っかき回すことは可能だろうと思います。でもそれは守備力や攻撃力を削ってまで必要かと言えば難しいところでしょう。防御なり攻撃なり、どちらかが突出しているチームならボクの使いどころも増えそうですが。全ポジションのバランスで勝負するこのチームでは難しい。スタメンを温存する交代要員とするなら、普通に使える選手は沢山います。パスだけで使いどころがシビアなボクに、貴重なレギュラー枠をさくメリットがあるかどうか考えたら分かりますよね?」
「うー……」


 良く分かっているな、と笠松は思う。黒子は今年入ったばかりの一年生、部活を始めてたった一月足らずだ。しかも二軍に居て一軍どころかレギュラーとの接点などなかったのに、まるで長いことこの部に居たかのようによく理解している。
 それに笠松としては感心はするが、少々頂けないとも感じる。チームどころか自分のことさえ客観的に分析し、割りきったように淡々と話す黒子の姿にモヤモヤする。だがそのモヤモヤの正体が具体的に分からない。
 笠松が何か胸につかえたような気持ち悪さに首を捻っていれば、一年二人の会話に森山由孝がおもむろに割り込んだ。


「まあ、黒子の言い分はもっともだとオレも思う。けど、ちょーと修正が必要かもね」
「はい?」
「なんスか? 森山センパイ」
「小堀や早川と代われば防御は落ちるけど、インサイドに持ち込まれたりシュートを撃たれる前にスティールできれば話しは変わる。もしオレと代わるなら、笠松がパスコースに悩むのを減らせるからその分攻撃に回れるし? どちらもガタ落ちとまでは行かないんじゃないか? まー、良くてちょんちょん。ちょいマイナスかなー、ぐらい?」
「結局マイナスっスかっ!?」
「だってパスだけじゃなぁ……。あ、それでシュート練習してたのか」
「えーと、はい」
「うん、オレ個人としてはその努力は買いなんだよなぁ。それにあのパスは気持ち良かったし」
「そースよね!! そーなんスよ!!」
「黄瀬くん、また騒がないでください」
「イダッ!?」


「……森山が、まともなことを言った、だと?」
「ちょ、笠松ヒドイっ。オレだってバスケには真面目なんだよっ! だから黒子みたいに可愛いのがベンチに居たらやる気出るとか言わなかったのにっ」
「今言ってんじゃねーよっ!! シバクぞ!!」
「ぐはっ、もうシバいてるってっ」


 あぁそうか、そうなんだ。笠松は森山に蹴りをお見舞いしながら、先程のモヤモヤの正体が分かった気がした。その切っ掛けが森山のセリフというのは面白くないが、蹴り飛ばしたことで良しとする。
 とりあえずはもう良い時間だし、黒子も立ち上がれるようになったようだし解散させるべく声を張り上げた。


「よし、今日はここまでだ。全員あがれ!」

『うぃーす!』

「あと黒子」
「はい? なんでしょうかキャプテン」
「明日にでも、お前のことを監督に推薦しようと思う」
「えっ、でも」
「確かに難しいし監督次第だけどな、でもオレは努力しているヤツが上に行くべきだと思ってる」
「それは……」
「あのな、オレらは金もらってるプロじゃねーんだ。理想だろうと奇麗ごとだろうと何が悪い、だからって勝つことを諦める訳じゃねーんだからな。少なくともお前は誰よりも努力してる、森山じゃねーがそれはオレも買いだと思う」
「っ、ありがとうございます」
「と言っても、あの監督は意外とシビアだからな。一軍入りはともかくレギュラーは厳しいかもしれねー」
「はい」
「そんなことないっス! 黒子っちは秀徳や桐皇からスカウト来てたんスから!!」
「はぁあ!? そーなのか?」
「えぇ、まあ、お断りしましたけど」
「あー、それなら即レギュラー入りかもな」
「え゛っ!? どうしてですかっ」
「ウチの監督、その辺りの監督と妙に張り合ってっから嫌がらせで」
「ソンナバカナ」
「何でも良いっスよ、黒子っちと試合に出れればー」
「黄瀬、それはどうか分かんねーぞ?」
「へっ!? ちょ、笠松センパイ、それどーいうことっスか!?」
「うるせー! 説明はめんどいからパス、とっとと着替えろ!!」
「理不尽っ!?」


 黄瀬の尻を叩いて急かしながら、笠松はチラリと先を行く他のメンバーの顔を見まわした。自分の独断で黒子を推薦すると言ったのだ、不満に感じる者もいるかも知れない。そう思ったのだが、皆一様に落ち着いた表情でシバかれる黄瀬に笑みさえ浮かべている。
 きっと同じ気持ちなのだろうと思う。黒子のパスは素晴らしかった、それこそぐうの音もでないほど。シュートもドリブルも駄目で、体格も恵まれていない彼が。それを習得するまでどれほどの努力をして来たことか、少なくとも自分達以上なのは間違いない。だって、自分達より下手なのだから当たり前。
 チームカラーがどうのと言う問題はある、しかしそれでもどんな形であれ努力した者が報われるチームであって欲しいと思う。それはこれからあの青いユニフォームを目指す者達にとっても、自分自身にとっても確かな励みになるはずだから。
 このメンバーはちゃんと分かっている。そのことを誇らしくも頼もしく感じながら、笠松は不敵な笑みを浮かべていた。