桜切る馬鹿、梅切らぬ馬鹿
「――。十五番、黒子テツヤ。以上」
海常高校の一角にある、バスケ部専用の体育館。そこで放課後の練習開始前に、武内監督よりレギュラーメンバーの発表が行なわれた。
シード校である海常にはまだ出番はないが、県予選は既に始まっているこの時期。例年よりもレギュラー確定が遅れたのは予想外な新入部員のせい。それは言わずもがな、黒子テツヤのことである。
予選開始までに散々行なわれた練習試合、そこで見せた一点特化な黒子の実力は誰もが認めるところ。おまけに試合馴れもしていて、勝負勘も悪くない。監督以下コーチ陣から主将まで、これでもかと頭を悩ませた結果。ギリギリでレギュラー枠を獲得。ただし、期限を付ける気はないがせめてシュートの成功率は上げろとの条件付きだけど。
まあ、それは良いそれは。誰よりも本人が自覚し、シュート練習に力を入れていることは皆知っているし。問題はそこではない。喜ばしいことであるはずなのに、当の本人の反応が薄いのもまあ良しとしよう。無表情だがいつもより目が開いてることと、よくよく見れば白い頬が紅潮している。きっと驚き、喜んでいるのだろう。多分。
問題なのは、この結果に一番大騒ぎしそうな黄瀬涼太が不気味なほど静かなこと。というかここ数日、目に見えてむくれているのである。だからと言って、練習をサボるとか指示に従わないとかそういうこともなく。ただ面白くないと全身で主張しているのだ。
そんな黄瀬の様子に元凶と思われる二名、監督は見ないフリをし、黒子はマイペースに我関せずを貫いている。となれば、何とかしなければならないのは自分かよと主将である笠松幸男は天を仰いだ。
桜切る馬鹿、梅切らぬ馬鹿
「コチラは平日も使って、連日で県予選をやるんですね」
「だな。出場校が地味に多いんだよ」
「東京は毎週末にやるそうで、トーナメントの四回戦以降は一日二試合だそうです」
「オニかっ。それでもこっちが早く終わる」
「週末に一日二試合と、毎日一試合とどっちが鬼畜なんでしょう?」
「一日二試合」
「デスヨネー」
レギュラーメンバーの発表があった翌日、週の半ばであるが授業は午前中に終了。それと言うのも軒並み運動部はIH県予選の真っ最中で、生徒も少なければ教師も少なく。ぶっちゃけ授業にならないからだ。
しかし期末テストの範囲が課題として確り出されている、万一赤点でもとれば夏休みいっぱい補習となるので手は抜けない。本日出番のない運動部は午後から調整となるが、それ以外の生徒は午後からも自習をする。
男子バスケ部はどうかと言えば、初戦を明日に控えて午後三時より連携確認の軽い練習が予定されている。それまでの間、昼食を済ませたり一度寮に帰ったり予習をしたり人によって様々だ。
そんな訳で黒子は昼食後に図書室で読書を予定していたのだが、笠松に話しがあるから昼飯を付き合えと言われ部室に来ていた。
「それで、お話しとは?」
「分かってんだろ? 黄瀬のことだ」
「あー……」
「まあ、拗ねる理由も分からんでもないがなぁ」
「結局、練習試合で黄瀬くんとボクは一緒にでることはありませんでしたから」
「それな、まさかあそこまで拗ねるとは」
「ボクも驚いてます」
「ホントかよっ、表情変わってねーしっ」
「本当です」
「黒子、お前のこのチームで最も効果的な使いどころは黄瀬の交代要因だ」
「はい、そうだろうと思っていました。と言うか、分かっていないのは黄瀬くんだけかと」
「だよなー、ったく、アイツは面倒くせー」
「黄瀬くんのコピーは便利なようで危険をともないます。本来なら、技を身に付ける過程で体も鍛えられますが、それをすっ飛ばしてしまいますから。元々身体能力も高いですが、だからと言って乱発するのは不味いでしょう」
「シュートにしろ何にしろ、人それぞれに癖があるから鍛えられる筋力も違いが出る。それ全部に対応するのはどう考えても無理だ、おまけに成長期だしな。ムカつくことに」
「もう伸びなくて良いですよね、むしろ縮め」
「全くだ。それにあのバカ、練習しすぎだろ」
「よほど誠凛に負けたのが悔しかったのでしょうけど、オーバーワークでは本末転倒です」
「自覚がねーとこがまたバカだ。練習試合で黄瀬の交代要因として、黒子が最適だったことは証明されたってーのに納得しねーし。一緒に出たいと駄々こねるとか、ガキかっ」
「ですね」
「お前、中学時代にアイツの教育係だったんだろ? 何とかなんねーか?」
「面倒臭いです」
「オイッ」
「と言いたいところですが、何とかするために努力はしようと思ってます」
「どーすんだ?」
「話すしかないかと。彼が納得するまで何度でも」
「やっぱそれしかねーか」
*
さて、黒子と笠松が黄瀬について頭を悩ませている頃。その問題児はいつものように、竹本竹緒と昼食を取っていた。
「黒子くんもレギュラーかぁ、凄いねー」
「当然スよ」
「良いなー、海常ブルー。私もいつかゲットしてやる!」
「竹っちはバレー部でしょ?」
「黄瀬ぇ……。貴様はアホだーアホだーと思ってたけどホントにバカだな」
「ヒドッ!?」
「なんで海常ブルーって言われてると思ってんの? 運動部のユニフォームは形や素材の違いはあるけど、みーんなメインカラーは同じ青なのっ」
「へー、そーだったんスか」
「お前、少しは周りにも興味持てよっ」
「そんなことより! オレと黒子っちが一緒に試合に出れないことが納得いかねーのっ」
「そんなことで拗ねてたんか、この贅沢者ー!」
「えぇー!?」
「出来ることなら私だって黒子くんと一緒に試合に出たいわいっ」
「そんなの無理っスよ。黒子っちは男バスだし、竹っちは女子バレーじゃないっスか」
「分かっとるわボケ!! 気持ちの問題だ気持ちのっ。だから同じチームで同じレギュラーだっちゅーに、納得できないとか贅沢過ぎだっつってんの!」
「うー、だって、黒子っちのパス欲しいっス」
「ガキかっ! あんたの交代要因で黒子くん使う方が、勝率高いって監督とかが判断したんでしょ? なのにあんたの我儘通して負けでもしたら、本末転倒でしょーがっ」
「オレと黒子っちで負ける訳ねーしっ」
「バカめ。バスケは五人でやるんだろーが、貴様は算数も出来ない訳? 二対五で勝ち目あるかボケ!」
「そんなの、オレがもっと強くなれば……っ」
「だーかーらー、五人全員が油断ならないチームと、どんなに強かろーが一人二人抑えれば良いチームとどっちが強いかって話しだろうがっ」
「うっ……っ」
「何だか知らんがぶっ飛ばしたいヤツが居るんだろ? そいつらもあんたと同じくらい強いんだろ? そうなったら勝敗を別けんのはチーム力でしょ。なのにいつまでも拗ねてたら、黒子くんに愛想尽かされんぞ!」
「それは嫌っスぅううううううううう!?」
「だったらウダウダ言ってねーで、小学校から算数でもやり直して来いっ」
「それぐらいは出来るっスよ!!」
「ホー。んじゃ『1+1=』を答えてみやがれ」
「ちょ、酷過ぎー!! 2に決まってるじゃないっスかっ!?」
「ブー、答えは田んぼの『田』」
「それ算数じゃないっスよね!? なぞなぞっスよねぇえええええええ!!?!」
*
「ホント、バカだな黄瀬は。良いように遊ばれてんじゃねーか」
「でも、竹本さんのおかげで手間が省けたようです」
「そうみてーだな」
話すしか手はないと結論付けた黒子と笠松が、今黄瀬が居ると思われる屋上へやって来たのは少し前のこと。周りの人など一向に頓着せず、賑やかに騒ぐ二人を見つけたが。そのタイムリーな会話の内容に、声をかけるタイミングを逃していた。
「しっかしまぁ、良いこと言うじゃねーか」
「そうですね。彼女はバレー部でリベロをやっているそうで、そのせいかも知れません。あのポジションは決めることではなく、ボールを仲間に繋ぐお仕事でしょうから」
「チームワークの重要性を実感してるって訳か」
「はい、おそらく」
「なるほどなー。しかし君達が可愛い女の子とお昼を一緒してるとか、なぜもっと早く言わないんだ!」
「……ん?」
「……はい?」
「よし、オレも行って来よう。そして是非ともあの可愛い彼女とお近づきにっ」
「って、森山ー!! てめーはどっから湧いた!!」
「素早いですね、もう行ってしまわれました」
「黒子、お前も傍観してねーで止めろよなっ」
「イエイエ、先輩がなさることにわたくしめが口を出すなど」
「だー、もうっ、なんでウチには問題児しかいねーんだ!!」
いつから居たやら森山由孝の乱入で、ひと際喧しさの増した屋上。まるで悟りでも開いたかのように我関せずを貫く黒子の隣で、苦労人のバスケ部主将は頭を抱えて居たとか。
とにもかくにも明日より、実際の季節より一足先に海常男子バスケ部にとっての熱い夏が始まる。