遠慮なければ近憂あり
本日は曇り。早朝からねっとりと湿気を孕む暑さが不快に感じるその日の午前中、IH県予選でシード校である海常高校男子バスケ部の初戦が行なわれた。
そして晴れ間の見え始めた午後、今後のために他のブロックの試合なども見ておくことにする。まだ一試合のみで元気の残る海常メンバーは、なかなかに賑やかであった。
「あれは……」
「どーしたんスか? 黒子っち」
「今試合に出てる双子、見覚えありませんか?」
「へ? 知らないっス!」
「黄瀬くん、君の記憶力はどうなっているんですかっ」
「え゛っ、なんで!?」
「中学二年と三年の全中で試合してますよ、確か鎌田西の選手で合気道をやっていたと言う」
「へー、そんなヤツ居たっけ?」
「中二の時に君、3ファールまで追い込まれたじゃないですか」
「あれ? そーだっけ?」
「どうしましょう、黄瀬くんがおバカ過ぎて言葉が……」
「ヒドッ!?」
「あ、思い出した。やたらいやらしいプレイスタイルの奴ら」
「なに!? 中村、セクハラでもされたのか!」
「なんでそうなるんですかっ、森山先輩」
「なかむぁー! セクハァさぇたのか!?」
「だから違うっ! そして早川、ラ行をなんとかしろ」
「中村先輩もあたったことあるんですか?」
「うん、中三の時あたって負けた」
「あぇ? そーだったか?」
「早川、お前もかっ。小堀先輩どうしましょう、馬鹿ばっかりです」
「んー、もうそれチームカラーだから」
「嫌なチームカラーですね」
「そんな訳あるかー!? つーか、てめーら黙って試合見ろ!!」
『はーい!』
「いだっ!? なんでオレだけ蹴られんの!? 笠松センパイ、ヒドイっス!!」
「うるせー!!」
「黄瀬くん、それは仕様です」
「仕様ってなに!?」
遠慮なければ近憂あり
アホな会話を繰り広げるメンバー達。代表で隣に座る黄瀬涼太を蹴り飛ばした笠松幸男は、そのまま黒子テツヤと席を替わるように指示した。ぶつくさ文句を言いつつも素直に言うことを聞く黄瀬に、少しは可愛げが出てきたかなとか思ったり。
笠松は大会のパンフレットを開きながら、隣に来た黒子へ話しをふる。このメンバーのなかで、一番あの双子についての情報を持って居そうだから。
「この組み合わせだと、あの双子の居る所と当たるのは最終戦だな」
「そのようですね。お互いに決勝リーグに進めれば、ですが」
「ウチは進むってーの。で、アイツ等はどんな選手なんだ?」
「確か、小学生の時に合気道をしていたとか、バスケは中学からです。そのせいか、やたらと当たりの上手い選手でした」
「つまり、ファールを取るのが上手いってことか」
「はい。中二の全中の決勝で当たった時は、ファウルトラブルが凄かったです」
「なるほどな、見たところ今もそのスタイルみてーだが……。なんつーか、ちょいやばそうだな」
「……はい」
コートに視線を向けたまま、黒子は僅かに顔を顰めた。中学時代に二度対戦した彼等は、こんなプレイをしていただろうかと思う。コート内では目立たないようだが、外から見れば割とよく分かる。ラフプレイすれすれの危険なプレイだということが。
少なくとも中学の頃は普通だったはずだ、ファールを貰いに行くにしても武道をやっていただけありもっとスマートな印象だったはず。それがどうしてこんなに危険な、荒っぽいプレイスタイルになってしまったのか。分からないとは言えない、思い当たる節があり過ぎる。黒子はしらず腹部のジャージをぎゅっと握りしめていた。あの、中三の夏の日を思い出したから。
「あー!! 思い出したっス。中三の全中の準決勝で、黒子っちを殴ったヤツ!」
「喧しいぞ、黄瀬! て、そんなことがあったのか?」
「確かに肘は当たりましたけど、あれは事故です。試合中でしたし」
「なに言ってんスか黒子っち、あれは絶対わざとっス!」
「黄瀬くん、煩いです」
「ぐふっ……っ」
*
「今日のスターティングメンバーは、笠松、小堀、森山、早川、そして黄瀬だ。もう一位抜けは決まっているが、気を抜くなよ」
IH県予選決勝リーグ最終日、これまでぶっちぎりの得失点差で全勝して来た海常は、すでに一位で代表の座が確定していた。残りは僅差の団子状態、今日の勝敗で二位が決まる。
だからと言って負ける気はさらさらないが、最後の相手はあの荒っぽいプレイスタイルに変わってしまった双子の居るチーム。おそらくそうなってしまった切っ掛けはキセキの世代、ならば黄瀬が出ることでまた違った動きがあるかも知れない。そんな漠然とした不安を抱えていたのは黒子だけではないようで、とうの黄瀬以外みな複雑な面持ちである。
「黄瀬、おそらくあの双子はお前のファールを狙ってくる。気をつけろよ?」
「大丈夫っスよ、笠松センパイ!」
「全然、安心できねーわ」
「ヒドッ!」
そんなこんなで試合開始のホイッスルが鳴り二分後、早々に双子が動いた。黄瀬がボールを持つ度に、テクニカルすれすれのディフェンスを仕掛け。見ている方からすれば死なばもろ共とでも言わんばかりの、あからさまに黄瀬を狙った特攻の数々。それはゲームの勝敗を考えない、ただ黄瀬を潰すことに全力を尽くそうとするかのようだ。
かたや黄瀬の方は、その身体能力の高さで致命傷は避けているが際どい接触は多く腕などに痣が見える。そして九分を過ぎた頃、苦い顔で唸っていた武内監督が、隣に座る黒子へ声をかけた。
「黒子、第二クォーターから黄瀬と交代だ」
「はい」
第一クォーターが終了し、ベンチに戻って来た黄瀬に即刻交代を告げれば。相手のプレイに苛立っていた黄瀬は、当然の如く不満の声を上げる。
「交代って、冗談じゃないっスよ!」
「黄瀬くん、説明する時間はありませんからとりあえず下がってください」
「いやっス!!」
「監督の言うことは絶対ですよ、良いから座れ」
「ぐはっ……っ!?」
「おい黒子、それトドメじゃねーか?」
「気のせいですよキャプテン。黄瀬くん、君が全力で戦うのはここではありません、とだけ言っておきます」
「ちょ、まっ……っ。イタタタ」
*
「黄瀬、むくれてないでちゃんと試合見ろ」
「見てるっスよ、中村センパイ」
「あの双子には、黒子が一番脅威になるだろう。なんせちょいちょい消えるからな」
「そーかもしんねースけど。オレが出なかったらセンパイ達が……」
「狙われるかもって? お前でもそんな心配するんだな」
「ちょ、それどーゆー意味っスか!?」
「大丈夫だよ、黒子が居ればパス回しでかわせる。少しは先輩を信じろ」
「うー……」
「あのな黄瀬、黒子が言ったこと分かってるか?」
「全力で、てやつっスか?」
「そう。お前が全力で戦うのはここじゃないだろ? お前の力がなきゃ勝てないのは、おそらくキセキの世代との試合だ。それはIHに行ってからってこと」
「……」
「ここでお前に怪我でもされて、肝心な試合で全力を出せなかったら困るだろう。この相手なら黒子や先輩達で、暫くはなんとかなる。だから信じて大人しくしてろ」
「でも、黒子っちのミスディレが効かなくなったらどーするんスか」
「その時は、またお前の出番だろ?」
「へ?」
「敵にトドメを刺すのはお前の仕事だ、ウチのエースなんだからな。おそらく第四クォーターには交代になる、それまで回復に専念してろ」
「……はいっス」
さて、速いパス回しで接触を避ける作戦で凌いできたものの。敵も双子のラフプレイ紛いだけで勝ち上がって来た訳ではない、激しい点の取り合いとなりワンゴール差で第三クォータを終えた。
「黄瀬くん、勝ちを決めて来てください」
「もちろんスよ! 黒子っち」
結局、この試合。疲れの見えてきた双子を黄瀬が難なくかわし、十五点差をつけて海常が勝利した。
*
「黒子っち。オレね、ちょっと分かったっス」
「何がですか? 黄瀬くん」
県予選、全ての試合が終了し表彰式も終わり、海常のメンバーは現地解散となった。まあ、殆どが寮生なのでぼちぼち纏まって帰ることになるけれど。そんな帰り道で試合疲れのせいか、少し遅れて歩く黒子の隣で黄瀬が呟くように話しだした。
「オレはずっと、自分がやらなきゃって思ってたっス。オレが強くなきゃ、勝てないんだって」
「随分な自信家ですね」
「ね。交代させられた時、そんなことしたら負けるってすんげー不安というか心配になって。でも、センパイ達は強かった」
「それはそうですよ、全国常連の海常のレギュラーなんですから」
「うん、そーなんスよ。知ってたけど、分かってなかった。えーと、信頼? してなかったのかもって……」
「あぁ、なるほど。信頼していなかったから不安になったと?」
「そう! それっス。でも、センパイ達はオレを信頼してくれてて。なんか、なんだろ。恥ずかしい? いや嬉しい? うー、訳わかんなくなってきた」
「まあ、言いたいことは何となく分かります」
「えーと、いつも勝たなきゃって思ってたっスけど。最後に出た時は、もっと負けられないって思った。センパイ達が頑張ってたのに、コケる訳にいかないって。なんかいつもより、勝ちたいってすんごく思ったっス」
「……そうですか」
「これがもしかして、黒子っちが言ってたことかなぁとか。分かったというか、実感した気がするっス」
「黄瀬くん」
「ん?」
「次はIHですね」
「そースね」
「勝ちたいですね、彼等に」
「絶対、勝つっスよ!」
「はい」
きっともう大丈夫、何がとは表す言葉が見つからないけれど。隣を歩く黄瀬はどことなく懐かしさを感じさせるような、それはそれは奇麗な笑顔で。その眩しさに、黒子は僅かに目を細め口元を綻ばせた。