弱り目に祟り目
プルルル〜、プルルル〜……
「早く、速く、ハヤクっ」
昨日、中学生活最後の全中を三連覇という形で終えた黒子テツヤが。この真夏のクソ暑い中、布団を頭から被ったみの虫状態で携帯電話を握りしめていた。
プルルル〜、プルルル〜……
「早く出ろっ、兄上、兄様、兄貴、兄じゃ、変態!」
『はい』
「変態で反応するとは……っ」
『オイコラ、テツヤだろ? お兄様に対して何をぬかすかっ』
「それはどーでも良いんですよ、聞いてください、聞け」
『久々に電話して来たと思ったらご挨拶だな、オイッ』
「良いから黙って聞きやがれ」
『どうぞお話し下さいませ』
「実は……」
*
全中三連覇という、黒子にとっては人生最悪だった日の翌日。酷い貧血と吐き気、そして強烈な腹の痛みが襲って来たのが始まり。昨日の今日だったから、精神的なものだろうと思ったのだが。現実は、そんな予想の遥か斜め上をぶっちぎって突き抜けるものだった。
朝、下着に違和感を感じてトイレへ向かう。立っていられなかったので、ほぼ這いずりながらである。何とか辿り着いたそこで目にしたものは、絶対にあり得ないはずのものだった。ただでさえ貧血でフラフラな頭が真っ白になり、硬直したままソレを見つめることどれくらいだったか。ポタリと床に滴ったソレで我に帰り、黒子はパカリと大口を開けた。
「ぅえぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!? 何ですかこれわぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!?!」
下着を汚し、白い太股を伝い床に落ちたのは紛れもない鮮血。大混乱に陥った黒子は、更に何やら叫んでいたと思うが記憶にない。声を聞きつけた母親がすっ飛んで来たようだが、その辺りも記憶が曖昧である。
覚えているのはアレコレ処理を済ませ、居間のソファに座りテーブル越しに両親と向かい合っているところから。
「お、おお、お母さんっ、これは、ボクは……っ」
「落ち着きなさい、テツヤさん。おめでとう、これで立派に女性になりましたね今日はお赤飯です。随分と遅くて心配しましたが、良かった良かった」
「はっ? え゛っ、何を言って、ボクは男です!!」
「何を言っているのですか。テツヤさん、貴女は元から、列記とした、正真正銘、女の子です」
「っ、はぁああああああああああああああああああああああああ!!?!」
「ちゃんと初潮が来たではありませんか、それが何よりの証拠です。というか、いくら胸がぺったんこと言っても体の作りが違うでしょうに。具体的にはイチモツが……」
「アウトぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「あら、失礼」
今日のこの日この時この瞬間まで、黒子は自分は男と信じて疑っていなかったのである。いや、本気で。確かにナニが無いなとは思っていたが、その辺のことに興味のなかった黒子は漠然と大人になれば出てくるのだろうとか思っていた。いや、マジで。
無知とはかくも恐ろしいものか。
なにしろ性的な興味を持ち始める頃には、既に黒子の頭の中はバスケバスケ、バスケ一色。その手の本やら何やらには、全く興味を持つことなくここまできてしまったのである。因みに、保健体育の授業は寝ていたので覚えていない。
更に言うならば、小学校・中学校と男として登録されていたのだから尚更だ。しかも名前はテツヤ、立派に男の名前ではないか。生まれた時から女だったと言うならば、なぜそんな名前を付けたやら。
「テツヤさん。貴女は生まれた時は未熟児で、先生にも匙を投げられそうなくらい弱い子供でした」
「……で?」
「昔からよく言うでしょう、病弱な男の子供は女の子として、女の子供は男の子として育てれば丈夫になると。ですから名前も、力強いものにしてみました」
「そんな与太話を信じないでください!!」
「与太話とはなんですか! 子を案じる母の気持ちを、藁にも縋る思いだった母の気持ちを嘲笑うつもりですか!!」
「イエ、メッソウモゴザイマセン」
「宜しい。そんな訳で、今まで貴女を男の子として育てて来たのです」
「……oh」
「しかしですね、貴女が全く、これっぽっちも、疑問に思わず今日まで来たのは流石に驚きです」
「うっ……っ」
「いくらなんでも、中学生辺りになったら気づくと思ったんですけどねぇ」
「くっ……っ」
「まあ、おもいっきり初潮が遅れていたのもあるでしょうが……、いえ、気付かなかったせいでしょうかねぇ? それも」
「ううううううううううぅ」
「でも、男子に交じってバスケットボールをするぐらい丈夫になったのです。これを期に、ぜひ女の子として生きてください」
「え゛っ!? いきなりそれは無理ですよ!! 中身は今でも男です! 体は違っても男ですーー!!」
「今年で中学も最後ですし丁度良いでしょう。これからの半年ちょっとで意識改革をしますよ」
「はいぃいいいい!?」
「だって、男の子じゃつまらないじゃないの。女の子だとお洒落のさせ甲斐があるというものです!!」
「おもいっきり私情ーー!!」
「煩いですよ。だいたい貴女だって今さら男としてなんて無理でしょう」
「うっ」
「はい、では決まりです。これから学校へ行くのもアレでしょうから、ある程度休んでて構いません。先生にはちゃんとお話しておきますからね。ただし、受験生なんですから勉強はしてもらいます」
「あう、あー、えーと、うー……、ハイ」
「では早速、母はお洋服の買い出しに行って参ります。体調が戻ったらテツヤさんも一緒に行きましょうね、下着を選びに」
「ぅえぇえええええええええええええええええええ!!?!」
暗転。
*
「と、いうことなんですが。どーなってるんだ、コノヤロウ」
『なんだ、親父のヤツそっち行ってたんか』
「えぇ、来てますよ。こんなにしょっちゅう会うくらいなら、離婚しなければ良かったのに」
『夫婦の時は致命的にすれ違ってたからなぁ、別れたからこその付き合い方なんじゃね?』
「面倒臭い親です。て、そこじゃなく! ボクのことですよ、信じられますか!?」
『信じるもなにも事実だし』
「なん、です、と!? おい、黛千尋」
『お兄ちゃんと呼べ』
「貴様ぁあああああああ! 知ってたんかい!?」
『そりゃ知っとるわ、お兄様だしな』
「なんで言わねーんだ、この変人っ」
『おい、キャラが迷子だぞ』
「迷子にもなるわ、ボケぇええええええええええええええええ!!」
『つーか、今の今まで気づかなかったお前におにーちゃんビックリだ』
「ぐっ……っ」
『まあ、ガンバレ?』
「ぅわあぁあああああああああああああああああああああああん!!?!」