横紙破り
「テツヤさん、高校は千尋さんのところへ行ってくださいね」
「……ハイ?」
それは、冬の足音が聞こえてきそうな秋も深まった頃のこと。
黒子の兄、黛千尋は京都の名門洛山高校に通っている。なぜ東京の自分が、わざわざそんなところへ行かねばならないのか。まるで近所のお使いへと言うような気軽さで、サラッとのたまう母親に黒子は開いた口が塞がらなかった。
二人が小学生の頃、致命的なすれ違い夫婦だった両親が離婚し。兄は父親と共に関西へ、妹は母親と共に東京に残り旧姓となった。兄妹揃って人付き合いが苦手で、基本的に聞かれなければ話さないスタンス。なのでその事実を知っている者は、殆ど居なかったりする。
それはともかくとして、なぜ母親が洛山へ進学しろと言ったかといえば。来春、海外へ赴任することが決まったからだ。因みに仕事は宝飾デザイナーである。
「洛山て結構な進学校じゃないですか、ヤダー」
『優しいお兄様が勉強を見てやるんだ、必ず合格しろ』
「ボクは誠凛に行きたいのにっ」
『敬語でボクっ子の妹っ、ハァハァ……っ』
「聞けや、ゴラァ。この変態めっ!」
『二次元スペックな妹が居て、おにーちゃんは至福である』
「このラノベオタクがぁああああ!!」
『だからキャラ。そーいうわりに、洛山だけなんだろ? 受験すんの』
「あの母に誰が逆らえるんですかっ」
良いですか? テツヤさん。得意料理はゆで卵と言う貴女が、一人暮らしなんてもっての外です。洛山なら全寮制ですし、女子寮に放り込めば少しは女の子の自覚も出るでしょう。成績? それがどうしました、気合いでなんとかなさい。あぁ、不合格だった場合、問答無用で私と一緒に海外ですからね。異論は認めません。
「と、言われましたよ。ふざけんなぁああああああああああ!?」
『さすがだ母上』
「洛山は嫌ですが、海外はもーと嫌です!」
『まあ、ガンバレ。んじゃ次は英語な。にしてもインターネットって便利だよな、無料でテレビ電話なう』
「うわぁあああああああああああああああああああああああ!!?!」
*
「兄上」
「お兄ちゃんかお兄様にしてくれ」
「どうしてボク、受かったんでしょうね」
「スルーですか、そーですか」
「緑間くんのコロコロ鉛筆のせいでしょうか」
「なんだそりゃ。風の噂によると、国語以外は見事な平均点でギリギリだったらしいぞ。あんなに叩き込んでやったのに」
「叩き込まれ過ぎてはみ出したんですよ、きっと」
「ところでお前、部活どーすんだ?」
「女バスは無理がありますし、文化系でしょうかねぇ」
「あー、女バスでもイマイチだもんな」
「うるせーですよ。頼みの綱のパスは男バス仕様なんで、女バスでは危なくて使えません」
「まあ、オレも退部したし。お互いストバスでもやるか」
「そうですね」
桜咲く四月。黒子は何とかかんとか洛山に合格、海外進出は免れ入学式を迎えた。
三年とは言え兄も居るし、そこそこお気楽な気分で京都入りしたのだが。全寮制の洛山で、黒子が入るのは当たり前ながら女子寮である。自分は女だと頭では分かっているが、長年染み付いた男の感覚は払拭できず気まずいったらありゃしない。入学式の三日前には入寮していたが、いまだに馴れずに悪戦苦闘している。
「ところで兄上」
「なんだ、妹よ」
「どうしてボク達、バスケ部の体育館に居るんでしょう?」
「しかも一軍のな。オレも知りてーわ」
入学式と簡単なホームルームが終了し、後は帰るだけとなった時。黒子は同中出身の赤司征十郎に捕獲され、有無を言わさずバスケ部専用の体育館へ連行された。何となく理由は分からんでもないが、兄も一緒に捕獲された理由が思い浮かばない。
兄妹で呑気な会話をしている目の前に、実は先程からその赤司と二年生らしい部員三名が立っているのだが。それを全く視界に入れようとしない兄妹に、赤司がちょっぴり泣きそうになっていたりして。
因みに他三名は、実渕玲央、根武谷永吉、葉山小太郎というスタメンである。
「なあ、テツヤ。そろそろかまってやったら?」
「え、嫌です」
「即答!? しょうがねーな、おい赤司。オレは退部したはずなんだけど?」
「退部届は却下しました。折角テツヤがこの洛山に来たのだから、使わなければ勿体ない」
「ボクは不本意ですが、女子と判明しています。使いようがないと思いますよ?」
「それは知っていたから無問題、実際に使うのは黛千尋だ」
「ちょっと待て赤司、今『知っていた』と言ったか?」
「言いましたが?」
「それは中学時代からということか?」
「そうです。ボクの目は誤魔化せませんよ」
「……兄上」
「……妹よ」
『オマワリさぁああああああああああああん!! 変態が居りますぅううううううううううううううううう!?』
「はぁあ!? な、何を言うっ……っ」
「だってお前、テツヤが女だって分かってて男バスに置いてたんだろ?」
「ボク、景気良く男子更衣室で着替えてましたよ。えぇ!!」
「えっ! それマジで!?」
「マジです」
「混ざるな小太郎!!」
「テツヤの生着替えを毎日見てハァハァしてたんだな! このエロガキめ、羨ましい!!」
「なっ、失敬な!! ボクは時間をずらしていたから見ていないぞ!」
「時間をずらして隠し撮りか! さすがは赤司、その映像をこの兄にも寄こせ!!」
「そんな真似するかぁああああああああああ!! 馬鹿者ぉおおおおおおおおおおおお!?」
「赤司くんがそんな人だったなんて、厨二病だとは思っていましたがまさかそこまで……っ」
「だ・か・らっ、ちがぁあああああああああああうぅうううううううううううううううう!!?!」
「ちょっと黛さんも黒子ちゃんも、そこまでにしてあげて! 征ちゃんしっかりして、泣かないで!!」
『テヘペロ』
「さすが兄妹だな、無表情のシンクロ具合が半端ねー」
「ちょ、永ちゃん。感心するのそこじゃないしっ」
「永吉も小太郎もちょっと黙って! 征ちゃん、大丈夫?」
「……ありがとうレオ、ボクは頑張るよ」
*
「さて、仕切り直しだ」
「立ち直りはえーな」
「だって兄上、赤司くんは厨二病ですから」
「なるほど」
「少しは黙って話を聞けっ」
『うぃっす』
「黛千尋、テツヤと同じ資質を持つあなたを新型の『幻の六人目』として……」
「断る」
「テツヤ、お前はミスディレクションを彼に……」
「断る」
「……」
「……」
「……」
「黛千尋、あなたを……」
「断る」
「テツ……」
「断る」
「……」
「……」
「……」
「あ、赤司ぃ……」
「せつねー……」
「せめて最後まで言わせてあげて!」
「まゆ……」
「断る」
「テ……」
「断る」
「……」
「……」
「……ぅ」
「うわあぁあああ!! 赤司ぃいいいいいいいい!!」
「あんたら兄妹、鬼かぁああああああああああ!?」
「征ちゃん、しっかり! あたし達がついてるわ!!」
「……」
「断る」
「……」
「断る」
「……巷でプレミヤの付いた萌えアニメDVDの限定BOX付き全巻セット。マジバのバニラシェイク引換券一年分」
『よし分かった、引き受けようじゃないか!』
「おぉー!! やったな赤司!!」
「良いのか? コレで」
「征ちゃん……」
新学期早々、混迷を極める『開闢の帝王』と名高い洛山高校男子バスケットボール部。彼等の迷走はまだ始まったばかりだ。
「ところで兄上」
「なんだ、妹よ」
「赤司くんは何を頼みたかったんでしょう?」
「さあ?」