和を以て貴しとなす?


「なあ、妹よ」
「何ですか、兄上」
「赤司のヤツ、オレを新型の幻の六人目にとか言ってたろ?」
「言ってましたね」
「四人目と五人目って誰だ」
「え?」
「スタメンが確定してるのは実渕、葉山、根武谷の三人だけだろ? 赤司はちょーしこいて滅多に試合に出ない気だし、そうなると四人目と五人目は誰なんだって話し」
「あぁ、一応赤司くんも入るんじゃないんですか? それでも五人目は誰だって話ですけど」
「もしかして、五人目の方がよっぽど幻じゃねーか?」
「それは言わない約束なんでしょう、きっと」





和を以て貴しとなす?






 二軍止まりで存在感のなかった黛千尋が、バスケ部復帰と共に一軍入りし。それと同時に珍しく女子マネージャー、黛妹の黒子テツヤが入部して一週間が過ぎた頃。今日も今日とて鬼畜な基礎練習を終え、それぞれが自分のノルマをこなすそんな時間。一軍専用体育館の片隅で、異色の兄妹が何やら会話をしていた。

 当初、口に出す者は居なかったが。一軍に上がれもせず退部した黛を、妹と共に赤司征十郎が連れてきたことに誰もが不満を感じていた。幾ら天才だろうとも入学したての一年で、しかも主将になったばかりの赤司が、さっそくそれをかさにきて好き勝手している。しかも、どう贔屓目に見てもレギュラーどころか一軍でやれると思えない黛を連れて来たのだからなおのこと。
 だがしかし、そんな一軍メンバー達の不満はたった一日にして吹き飛ばされた。なにしろこの兄妹、初日から散々にあの赤司をこきおろしたのだから堪らない。簡単に行なわれた自己紹介からして『ただの平々凡々なバスケ好きです』なんてふざけたことを抜かした兄妹である。
 そのくせ赤司に対し、誰もが思っていても言えないようなことを面と向かってズッパズッパ吐き出す始末。しかも無表情である。その光景は見てる方が怖い。
 体力もなければ実力もない、しかし。いや、だからこそなのか。視界に入れただけで萎縮してしまいそうな覇気を纏う赤司に向かって、怖いもの知らずにこれでもかと弄り倒すことができるのかも知れない。
 終いには『もう、止めたげてー!』と周りが胸中で悲鳴を上げたくなるほどの徹底ぶりに、初日のたった一日で兄妹を不満に思うものは居なくなった。それよりも恐ろしい、絶対に敵に回してはいけないと肝に銘じる始末。
 それで当の赤司はどうしているかと言えば、暫くは反論を試みていたものの最近では諦めたのか。ひたすら無心に練習に打ち込むばかりで、我関せずを貫いている。言うことを聞いてちゃんと必要なことをしているなら、もう何も見ないし何も言うまい。そんな感じである。

 さて、本日も兄妹は体育館の隅でパス練習と、妹によるミスディレクションの講義を行なっていた。


「ミスディレとは、要するに視線誘導な訳ですが。本をちゃんと読みましたか?」
「読んだぞ。『誰でもできる優しい手品』って小学生向けなんだが、それはどーなんだ妹よ」
「小難しいのを読んだって理解できませんから良いんです」
「そうか。で?」
「これを試合に応用するとなると、誘導する対象はまずボール、次に味方の選手ってところでしょうか」
「ほむ、ようは目立つヤツの影に隠れてコソコソすれば良いんだな?」
「ぶっちゃければそうです。まあ、一番目立ってくれそうなのは赤司くんなんですが」
「ヤツはラスボスだからな、そうそう試合には出ないだろう」
「ですね。なので他の方となると五将さんかと思うのですが、どんな特徴があるか確り観察してくださいね」
「特徴なら知ってるぞ」
「ほう? では簡潔に述べよ」


「まずは実渕玲央」
「実渕先輩ってあの美人さんですね」
「そう、あのオネェキャラ。アイツは一言でいえば、イケメン爆ぜろだな」
「その心は?」
「良いか? オネェをやるヤツってーのはな、自分がイケメンだと分かってるから出来るんだよ」
「そう、でしょうか?」
「そーだぞ。考えてもみろ、根武谷がオネェやったらキツイだろうが」
「それは、イグナイトかましたくなるくらいキツイですね」
「だろう? オネェってヤツは、自分がそれに耐えるツラだと自覚してるナルシスト」
「なるほど」


「……褒められてるのかしら、貶されてるのかしら」
「レオ姉、絶対に褒めてないと思う」
「なんでオレが引き合いに出されてんだよっ」
「……」


「次に葉山小太郎」
「葉山先輩ってあの猫っぽい人ですね」
「そう、あのライ○ュウ。アイツは一言でいえば、猫又だ」
「はい?」
「元々はここに住み着いていた猫で、夜な夜な行燈の油を舐めて猫又になった」
「洛山の校舎は近代的に見えますけど、行燈なんてあるんですかね?」
「どっかにある。んで、油を舐め過ぎてヒゲが抜けて今に至る」
「コレステロールが過ごそうです」
「うん、だから最近はオリーブ油に切り替えたらしい」
「健康志向ですか、そーですか」


「ブフォ、やだもうっ、似合いすぎっ」
「思わず納得したぜ」
「なにそれ! オレ人間、ちゃんと人間だからー!!」
「……」


「最後が根武谷永吉」
「根武谷先輩ってあの老け顔の人ですね」
「そう、あのオッサン。アイツは一言でいえば、脳筋だ」
「普通ですね」
「普通か? 筋肉ばかりが発達して、頭を揺らせばカラコロとかっるい音しかしねーぞ」
「そんなにですか?」
「そんなにだ。おかげでまだ人類になれてない」
「早く人間になれると良いですね」


「すごーく納得したわ」
「なんでだよっ! オレはオッサンじゃねー!!」
「え、そこ!?」
「……」


「と、まあこんな感じだ」
「プレイスタイルの特徴を聞いたつもりでしたが、まあ良いでしょう。目立つことは間違いないでしょうし」
「ところで妹よ、赤司の特徴は?」
「見たら分かりませんか?」
「魔王ってことしか分からん」
「その通りですね、部員を道具扱いする魔王です。勝つためには誰を虐げようと、傷つけようとお構いな……」
「そーいやぁもう一個あるな、ストーカー」
「はい?」
「だってよ、オレらが兄妹だって普通に知ってたし。オレもお前も話してねーだろ? 自分で調べたとなればストーカー」
「確かにそうですね」

「失敬な、部員を把握する上で必要なことだ!」

「お、喋った」
「知りたいなら、ボクや兄上に直接聞けば良いじゃないですか」
「今までダンマリを決め込んでいた奴が、よくも言えたものだな」
「聞かれませんでしたから。聞いても答えないだろうなんて、赤司くんの勝手な思い込みです。相手を信用していない証拠……」
「あと、テツヤの生着替えでハァハァしてたし」
「していないと何度言えば分かる!」
「そんなにムキになるなよ、男なら仕方ない」
「だから違うとっ……っ」
「征ちゃん落ち着いて、ノせられちゃダメよ!」


 黛が茶化して赤司がムキになり、実渕が宥めようと試みる隣で葉山と根武谷が混ぜ返す。途端にギャアギャアと賑やかになった体育館、それは様子を見に来た一軍コーチが『いい加減に練習しろ!』と一喝するまで続いたそうな。
 そんなこんなで自主練も終え、疲れた体を引きずり寮へ帰る道すがら。黒子が隣を歩く兄に向って、少々不満げな声を投げた。


「……どうして、止めたんですか?」
「何を?」
「赤司くんに対する苦情をです」
「んー、なあテツヤ。中三の全中で赤司達がやらかしたことは聞いた、お前が傷ついたのは分かるし怒る気持ちも分かる」
「それなら……っ」
「でもな、あんま赤司を追い詰めるな」
「……え?」
「もっと仲間を信じて仲良くやろう、それは良いことだと思うし楽しいだろうとも思う。でもな、それを真っすぐ言えんのは、お前には何の責任もないからだぞ」
「責任?」
「そう責任。洛山は見ての通り、帝光と同じく勝つことが全て。勝つためなら先輩後輩も関係なく、優れた選手を迷いなく使う。それに不満をもたねーヤツが居ると思うか? 実力があると分かっちゃいても、後輩にレギュラー取られて納得できる先輩なんていやしねー。三年がこぞって退部したのが良い証拠だろ」
「でしたら、なおさらっ」
「仲良くして、親しみやすいキャプテンやって、それで言えって? お前は使えないって」
「っ!」
「赤司はそーいう立場なんだよ、帝光でもここでも。決めるのは監督だが、その決定にそって選手を統括すんのは主将の役目だ。仲良くしてる奴を切り捨てて泣かせて、それでお前は辛くないと言えるのか?」
「う……、でも、前は……っ。前はもっと、皆のことを考えるような思いやりのある……」
「それが辛かったから、今の形になったんじゃねーの?」
「……」
「あのなテツヤ。どんだけ優れてようと才能があろうと、赤司もお前と同じ、たった十五年の人生経験しかねーの。どんだけ知識があっても、実地経験はそれしかねーんだよ。何でも出来るかも知れねーが、何も感じない訳じゃない。お前は逃げれたけど、赤司は逃げられなかった。そーいうことなんじゃねーか?」
「仲間と距離を置くことで、自分を守っていると?」
「うん。部員のことはプレイスタイルと能力だけと割り切れば、まだダメージは少ないんじないか?」
「ボクが、間違っていたんでしょうか……」
「いんや? テツヤの言いたいことも間違いじゃない。だけど押し付けんのはどーかとオレは思う、少しずつ歩み寄って丁度良いとこ探せば?」
「丁度良いところ、ですか」
「そ、だから今のところはだな、赤司を弄るネタはあの厨二病くさいところだけにしとけ」
「それも赤司くんは嫌がってると思いますけど?」
「可愛いじゃねーか、ムキになって。根はクソ真面目なんだな、悪乗りできねーと損する典型だ」
「丁度良く、なれるでしょうか?」
「気長にやれば、なれんじゃね?」
「……はい」


 黒子は改めて思い起こしてみる、あの史上最悪な全中決勝戦に至るまで自分は何をしていただろうかと。
 兄の言う通り、自分と同じ歳の子供でしかなかった赤司が。次々と才能を開花させ、手に負えなくなっていく彼等を前に何を思っていたのか。

 『君は……っ、誰、ですか……?』

 昔、自分が赤司へ向けた言葉が蘇る。なぜ今まで気づかなかったのか、なぜ赤司なら当たり前にできると思っていたのか。どれほどのプレッシャーだったのか、頼れる者もなくたった一人で勝つことを義務付けられた主将という重圧に耐えていた。そして耐え切れなくなった結果が、『今』の赤司なのだろう。
 そこに至る前に、何かできたのではないか。自分を憐れむばかりで、見過ごしてしまったことが沢山あるのではないか。もし何か、あの時に気づいて何かしていたら、もっと違った結果になったのだろうか。


「兄上」
「んー?」
「ボクはまだ、間に合うでしょうか?」
「諦めたらそこで終わり、と誰かエライ人が言ってた。なら、諦めさえしなきゃ遠回りするだけで何とかなるんじゃね?」
「そういうものでしょうか」
「多分な」