千尋お兄様へ。
ちょっと旅に出ますので、探さないでください。
「ほう? 何やってんだ、テツヤのヤツ」
犬に論語、猫に小判
夏、順当に勝ち上がった洛山高校男子バスケ部は当たり前のようにIH優勝をかっさらう。しかし今大会は大多数の思惑を他所に、何とも締まりのない終わり方であった。なぜなら準決勝、決勝共に注目の的であった『キセキの世代』が欠場したせい。そのため最大の盛り上がりを見せたのは、青峰大輝と黄瀬涼太の対決とも言われた桐皇対海常の準々決勝で。残りの試合は期待が大きかった分、消化試合の感が強くなってしまった。
閉会式の翌日、京都へ戻る道すがら洛山バスケ部内でちょっとした事件が発生した。それは黒子テツヤに来た、一通のメールが始まり。内容は定かではないが、メールを見た黒子がなぜか赤司征十郎に食ってかかったのだ。
最初こそ、最小限でしかバスケ部に関わろうとしなかった黒子であるが。最近では普通にマネージャー業をこなしており、チームメイト達にもすっかり馴染んでいた。癖のあり過ぎる赤司主将の扱いもそこそこ心得たもので、兄の黛千尋と共にからかいながら上手くやっていた。
黒子と言えば兄妹揃って無表情がデフォルトなため、滅多に表情を見ることはなかったが。それでも赤司との掛け合いでは、ほんの少し笑みを見せることがあるぐらい。なので他のメンバーにとっても、赤司にとっても初めてだったかもしれない。黒子が抑えることなく怒りを爆発させる姿を見たのは。
興奮する黒子に、冷静に答える赤司。絵に描いたような平行線を見せるやり取りは寮に戻るまで続き、別れ際でも黒子は納得できないという風情であった。その翌日、丸一日部活が休みとなったその日、兄の携帯に妹から簡素なメールが届く。念のため黛が女子寮に確認したところ、黒子が帰省すると言って数日の外泊届を出し既に姿をくらませていた。
更にその翌日、夏休みの練習スケジュールに関するミーティングがあり。その席にて『妹が旅に出た』などとサラッと黛が告げ、その場の大半の者を凍りつかせた。その様子をのほほんと眺めつつ、黛が何となく頭の中で数を数え丁度百になった時。気を取り直したように恐る恐る声を上げたのは実渕玲央であった。
「え? ちょっと待って黛さん、テツヤちゃんが旅にって、え?」
「寮には帰省すると言ったそうだが、東京の家はもうないんだよな」
「ちょ、え゛っ!? それ不味いんじゃっ、どーしよ、どーしたら良い!?」
「煩いわよ小太郎、あんたが慌ててどーするのよ! それで黛さん、テツヤちゃんの行き先に心当たりは?」
「んー……。多分、彼氏のとこ?」
『ハイっ!?』
黛の爆弾発言に、再び皆が硬直したのは言うまでもない。