未来の可能性とご対面

とある男がいた。
その男は『正義の味方』になるために奔走し、戦い、世界との契約を結んでまで人々を救い続けた。その果てに救った人々に裏切られ戦犯として処刑される事になろうとも、男はひたすら理想を追い求めた。
男は世界と契約したため、死後もなお人類を救い続ける。大多数のヒトのために少数のヒトを摘み取る『抑止の守護者』として。

歴史に残らぬ数多の英雄の内の一人。
その英霊の生前の名は——

「……えみや、しろう」

無意識に呟いた言葉と同時に、士郎は勢いよく目を見開く。一気に意識が浮上した反動なのか、未だに頭の中で整理しきれず現実を受け止めきれずにいた。
「——夢か」
次第にクリアになっていく意識の中、先程の夢の光景が頭の片隅に引っかかる。
カルデアを訪れてからというものの、士郎は度々夢を見ていた。それはかつて聖杯戦争中にも体験した様な、サーヴァントの記録を辿るものに近い夢だった。特に召喚システムが頻繁に利用され、カルデアに在籍するサーヴァントが増えてからは特に多かった。
ある時は昂ぶる戦場の中に。ある時は大切なものを失った光景を。またある時は人物の死に際が。
元々マスターだった影響なのかどうなのかは分からないが、士郎としては夢での出来事でしかなく、夢の後の感傷的な気分さえどうにかすれば普段の生活に支障はないとこの不思議な現象を放置していた。

自室でカルデアの職員用の制服に着替えながら、ふと夢について思い出したことがあった。
「そういえば、あいつも今の俺ぐらいの年齢だったか」
聖杯戦争やカルデアの英霊召喚システムにおいて、大抵の場合は全盛期に近い状態で召喚されることが多い。稀に老年期や少年時代で呼ばれるサーヴァントもいるが、基本的には歴史に名を刻む程の活躍を見せた青年・壮年期期の姿だ。
夢で見たあの男、士郎が前にいた世界の第5次聖杯戦争で召喚されたアーチャーもその一人だった。
英霊エミヤ。生前に世界と契約した彼は人々のために尽力し、20代後半で処刑台へと送られる事になってしまった無銘の英霊。死後もなお抑止の守護者として各地に召喚されては守護者としての役割を全うしている。その時に召喚される際は常に20代後半、既に魔術による摩耗が肌を黒くし髪を白く染まってしまった時の姿が常だという。

20代後半。つまり英霊エミヤは、ちょうど今の士郎と同じぐらいの歳に理想のために奔走していたという事だ。
「それを考えると、今ぐらいには既に契約をしてたって事だよな」
片方は抑止の守護者で、もう片方は一機関の技術スタッフ。
士郎は自身の理想を諦めたわけではないが、英霊となった自身の可能性と比較して思わず溜息をついてしまう。
「とりあえず元の世界に帰らない事には始まらないか」
理想を実現しようにもここは士郎の居場所ではない。別の世界の住人である衛宮士郎は、いつかは元の世界に戻らなければならないのだ。現在は人理焼却という事態だからこそ摘み出されはしないが、本来ならば異物として世界の影響力が働きこの世界ではない何処かへ爪弾きされる可能性だってある。
「けれど、今すぐ帰るわけにはいかないよな」
カルデアが抱えている重大な任務を前に自分だけ帰るのは釈然としない。ならば今はサーヴァント達やマスターが人理を修復するその時までは、未熟ながらもサポートをするべきだ。
「……よし」
身支度を整え、士郎は自室を出て今日の仕事をこなすために廊下を歩き始めた。
「今日も頑張るか」

************

士郎は食堂で軽食を済まし、自身の上司にあたるキャスターのサーヴァント兼技術部顧問・レオナルドダヴィンチのいる中央管制室へと足を運ぶ。
「おはようござい……ま……」
目の前にダヴィンチやマスターである藤丸立香、デミサーヴァントであるマシュの姿を捉えたのでいつも通り挨拶を口にしたが、マスターの横にいる人物の顔を見た瞬間、士郎は驚きのあまり言葉を詰まらせた。

後ろに撫でつけられた白髪。褐色の肌。均整のとれた筋肉にトレードマークである赤い外套。

未来の自分が、そこにいた。

「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「……なぜ、貴様がここにいる」
「……成り行きで」
「…………」
「…………」
「…………まさか、貴様もマスターとは」
「違う!今の俺はここで働くただのスタッフだ」
「未熟者が働かなければならないぐらいここは切羽詰まってるという訳か」
「ム。なんでアンタにそこまで言われなくちゃいけないんだ。俺はともかく、カルデアの人達を貶すのは許さない」
「ここの職員を貶している訳ではない。ただ一人前にすらなってない貴様の事だけを貶めているつもりだったんだがな。察せないような言い方をして悪かった」
「は?なんだよそれ」
「はーい、ストップストップ」
沈黙から始まり、お互い口を開けば徐々に険悪になっていく様子にダヴィンチは強引に割って入り仲裁する。
「とりあえずエミヤは立香やマシュと一緒にカルデアを見て回ってきて」
「了解です」
「分かりました」
「で、士郎はこっちね」
「……はい」

パン!とダヴィンチが両手を叩けば、藤丸とマシュは話し掛けながらエミヤと共に部屋を退室する。
「珍しい。君が他人に対して邪険に扱うなんて」
「まあ……これに関してはなんとも……」
「色々ねえ。ま、いいか。じゃあ今日やって貰う仕事は——」

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カルデアの廊下を歩く藤丸とマシュ、そしてエミヤはカルデアの施設を巡りながら花を咲かせていた。
暫く和やかに話をしていた三人だが、ふとマシュが口を開いた瞬間に空気は一変した。
「そういえば、あの士郎さんとエミヤ先輩はどういったご関係なのですか?」
ピシリ。
まるで薄い氷を割った音がどこからか聞こえ、エミヤは今まで浮かべていた笑顔のまま凍りついた。
「…………」
「……エミヤ?」
藤丸は硬直するエミヤに声をかけるも、返事がない。
「ただの、屍?」
「先輩。サーヴァントは屍になりません」
「——そもそも勝手に屍扱いされても困るんだが」
右手で顔を覆いながら長い溜息を吐くエミヤに、二人は心配そうにエミヤの顔を覗き込む。
「……まあ、なんだ。奴とは色々あってな」
「へえ……そういえば士郎さんと同じ『エミヤ』って名前だけど、それと関係があるんの?」
「————」
言葉を詰まらせ再び沈黙を貫くエミヤに、藤丸は墓穴だったかと自身の発言に対して反省をし、マシュは気まずい雰囲気を打破しようと二人の顔を交互に見合わせながら話題転換を試みようとしていた。
「まあ、その話は追々話すさ。それよりも引き続きこの施設の案内を頼む。なんでも、戦闘シミュレーションが出来る場所があると聞いたのだが」
「ああ、それでしたら——」
マシュの口から言葉が紡がれる前にエミヤの方が先に口を開き、強引に話題を転換しながら再び歩みを始めた。


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一週間後。

「…………」
「…………」
中央管制室にて再度顔を合わせたエミヤと士郎は、初回よりも更に顔を顰めながら互いに見合う。
「わあ……エミヤを再臨させたら修羅場が出来ちゃった」
「先輩!」
「…………」
「…………」
「しかし本当にそっくり。最初見た時に『あれ?』と思ったけど、こうやって比較対象が出来ると色違いの合わせ鏡みたい」
「先輩、それ以上の発言はこの場を更に悪くするのではないでしょうか」
「………マスター、着替える場所はないか」
「え?」
「それかシミュレーションルームを貸してくれ」
「なんで?」
「この目の前の未熟者と一緒だと思われたくないからだよ、マスター」
「俺だって同じだ。なんでアンタそんな格好してるんだ」
「私が聞きたい。霊基が強くなったと思ったらこうなってたんだ」
「まあ、いいんじゃないかな?このままで」
「「よくない!」」
息の合った返答に気圧されながらも藤丸は頑なにエミヤの着替えを拒否し、終いにはカルデアを支える職員であり仲間である士郎と仲良くするまで令呪という最終手段をチラつかせながら着替え禁止令を藤丸はエミヤに言い渡した。
それでも暫く互いに口喧嘩が絶えないせいでいつまでも着替えが出来ないエミヤに、いつのまにか士郎とセットで色違いエミヤーズと噂され、青い槍兵やドルイドのキャスターに大笑いされ、紫髪の末妹であるライダーには「懲りないですね」と言われ、青い騎士王には温かい目で見守りながら「それよりご飯はまだですか」と言われ、通りすがりの女吸血鬼には「同情するわ。けどまだマシな方ね」とエミヤに憐憫の視線を投げかけられる。
エミヤが3回目の再臨にて新たな装いを纏うまで3ヶ月その噂は絶える事はなく、着替えてもなお度々言われ続けた。


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弊カルデアではデミヤより遅くきたエミヤですが、本当に召喚から現在まで色々手を焼かされてます(スキル石と英雄の証が枯渇に追いやられた)。
一度は対面させたいと思い、けど重い話になりそうだなと一回書くのをやめたボツネタ救済作。又の名を俺得ネタ作ともいう。なんだか予想以上に軽い話になってしまったのはなんでだろうか。なんでさ
本作のマスターは性別特に決めてません。けどぐだ子の場合は更に頭痛を起こしそうだなと書いてる途中思いました。