# 05


故郷の冬より、兵庫の冬は人肌くらいぬるくて、少しだけ喧騒の匂いがする。兵庫にいた時は寒さが刺すようだと感じたけれども、宮城はその比ではなかった。その距離の遠さを思い知らされた。

 日向は、稲荷崎高校へ向かうバスの中、新幹線での移動で強ばった体をぐぐっと伸ばした。バスの暖房にも温められ、体に血が巡っていく気がする。軽くため息をつく。
 故郷への帰省は、思ったより自分の身体に負担をかけていた。何より、バレーボールをしていないことが、日向にとってストレスの原因だった。空いた時間にはボールを触ったり一人で練習をしていたけど、大好きなスパイクは一回もできていない。早くあの広い体育館で思いっきり羽を伸ばしたい。そして、高く高く飛ばしてもらうのだ。

「次はー、稲荷崎高校前ー、稲荷崎高校前です」

 バスの運転手がアナウンスした声に反応して、ぱたぱたとバスを降りる。コートの情景を思い出してしまったらいてもたってもいられなくなって、気が急いてしまう。日向は着替えやバレーボールの詰まった重い鞄を揺らしながら、小走りで学校へ向かう。すでに夜と言って差し支えない時間だが、日曜日の今日は練習があるはずだし、練習の後に自主練をしている部員もいるかもしれない、そう淡い希望を抱いていた。

 息を切らしながら走って、校門が見えた頃、その横に見慣れた大きな二つの影を見つけた。その影は、暗くてよく見えないが街灯の光を反射して金と銀に輝いている。
 まさかと思って近付いてみると、そこには制服に分厚いコートを羽織り、身体を縮こませて並ぶ侑と治がいた。

「……あ、侑さんに、治さん!? どうしたんですか!?」

 びっくりしすぎて、思ったより大きな声が出てしまった。人のいない校門に高く反響する。その声に反応して、侑と治はばっと音がするくらいの勢いで顔を上げた。その顔はふたつともそっくりそのまま、破れんばかりに大きく目を見張っていた。幽霊でも見たような顔だ。
 ボストンバッグを片手に校門の前に立つ日向の元に、足をもつれさせながら侑が駆け寄ってくる。日向はその薄い肩を大きな手で力強く掴まれた。

「しっ、翔陽くん、宮城帰るんか!?」

 侑は、取り乱しながら叫んだ。

「転校するなんて許さんで! 俺らのせいなら謝るから、ずっとここにおってや!」

 遅れて駆けつけた治も、いつもの余裕のある表情を崩して訴えかけてくる。その瞳は真剣そのものだ。日向は侑にがくがくと肩を揺さぶられる。

「エッ!? ど、どういう……」

 状況が全くわからない。脳をシェイクさせられながら、日向は二人の言葉を反芻した。
 宮城に帰る。転校する。謝る。
 それぞれのワードを頭の中で組み立てる。察しが悪いことに定評のある頭では、この二人が何か大きな勘違いをしていることしかわからない。誤解を解かなければいけないと思いながらも、しかし目の前の美丈夫達は一気にまくしたてる。

「俺らのことが嫌でも高校辞めることはないやろ! こんなに好きにさせといて、人でなしや翔陽くんは!」

「あの日のことなら、びっくりさせてしもうてほんまにごめん! 日向のことがかわいすぎて、つい手が出てしもうたんや」

「最初会った時から翔陽くんにトスをあげたいと思っててん。今まで、ひどいこと言ってごめんな。やっと仲良くなったのに、宮城に帰ってまうなんて嫌やあ!」

「そうや、考え直し! 俺もツムも、日向が必要なんや。ずっとずっと一緒におりたいって、思ってんねん」

「抜け駆けすんなや、サム! お、俺も翔陽くんとずっとバレーしたい、ずっと一緒におりたい!」

「抜け駆けやないやろ、ちゃんと俺とツムって言うたやんかボケが!」

「あぁん!?」

 侑と治は睨み合う。日向はかけられた言葉の半分も意味を理解できておらず、二人の剣幕に圧倒されていた。

「……あ、あの……」

 遠慮がちに声をかけた日向を、二人は思い出したように見る。日向は丸い瞳をさらに丸くさせながら見つめ返す。

「おれ、宮城帰りませんよ……?」

「……え?」

「……は?」

 見上げた先の瓜二つの顔は、平手を張られたような表情を象っていた。なんの経緯かわからないが、侑と治は日向が宮城に転校するという思い違いをしているらしかった。そんなことは無い。

「宮城に帰ったのは、法事のためです。母さんが連絡し忘れてたみたいで急に連絡が来て、おれも担任の先生にしか帰ること伝えないままここを出ちゃったので、びっくりさせてスミマセン……」

 部活中にかかってきた電話は、日向の母からだった。
 おじいちゃんの三回忌なのよ翔陽に言うの忘れちゃって、なんて言う明るい声に、素っ頓狂な声が出てしまった。部活中だからと用件だけ聞いてすぐに電話を切ったから、夜に再び母から電話を受けた時、優しかった祖父を思い出して少し落ち込んだ。土日に宮城にいなくてはならないから、移動時間を考えると金曜日に兵庫を発たなければならず、日向は担任に帰省することを慌てて伝えて、公欠としてもらった。部活も勿論休みになるから、監督や顧問の先生にも伝わっているはずで、だから部員達も事情を知っているものだとてっきり思っていたのだ。

 ホウジ……、と、侑は日向の言葉を惚けた顔でリピートしている。対して治は、侑より先に我に返ったのか、額に手をあてて項垂れた。アホや、と小さく呟いた声が日向にも聞こえた。
 この二人の様子や先程の発言を考えると、どうやら上手く伝わっていなかったようだ。宮城に帰ったという事実だけが独り歩きしてしまったのかもしれない。日向は申し訳なさそうにおろおろと二人を交互に見る。

「これ、俺ら、えらい勘違いしとった感じか……?」

「そうみたいやな。はあ……、なんやどっと疲れてきたわ」

「ご、ごめんなさい!」

「いや、日向が謝ることちゃうわ。俺らが勝手に勘違いしとっただけや」

 安心させるように日向の頭を撫でながら、治は嘆息した。誤解が解けて、日向もほっと息を吐く。
 しかし、取り越し苦労でよかったなツム、なんて声をかけられた侑は、肩を震わせて俯いている。寒さを紛らわすような震えではなさそうだ。

「……? 侑さん、どうしたんですか?」

「……っ昼から神戸でデートした後、告白は夜のハーバーランドでするつもりやったのに……! 俺の完っ璧な計画が台無しや! 翔陽くん、もっぺんやり直させてくれ……!」

 侑の慟哭が人気のない学校の校門に響く。
 日向はこの世の終わりのごとくおいおいと嗚咽する侑にしがみつかれていた。

 告白。
 日向の脳裏に、コクハクという文字が流れて消えていく。
 「昨日3組の高橋くんに告白されたの」と言っていた隣の席の女の子。次の日から毎日、隣のクラスの男子と仲良く帰っていく後ろ姿。日に日に生々しくなっていく二人の事情は席の近い日向の耳にも聞こえてきた。初めて家に遊びに行ったエピソードが横で繰り広げられた時には、おれがいないところで話してくれ! と顔を赤くしながら耳を塞いだ。
 まさか、その告白? 好きとか愛してるとかの意味で?
 自分とは縁遠いものだと思っていた言葉だった。日向は混乱して、

「え? おれ、告白されたんですか?」

と思わず質問してしまった。

 日向にしがみつきながら頭を抱えている侑と、それに白けた目線を送っていた治が、はっとする。日向はぽかんとその様子を眺めていた。

「日向、仕切り直しさせてくれ」

「あっ、おいサム!」

 治は侑を押しのけ、ずいと日向に身体を寄せた。そのまま日向の肩を両手で掴む。優しく触れられているはずなのに、逃がさないというように力がこめられている。

 急に距離を詰めてきたのに驚いて、日向は治を見上げた。男らしくシュッと滑らかな骨格が、街灯の光を受けてその端正な顔立ちに陰影を生んでいる。その真ん中にある黒い瞳は、爛々と熱意を滾らせ、日向をまっすぐ見据えていた。

「治さん……?」

 『見てるといっつも腹減るわ』。
 突然、あの日治にかけられた言葉がフラッシュバックする。食べられてしまうかもしれない。日向が逃げるように身じろぐと、治はあやすように肩を撫でた。動けない。怖い、と思ったが、同時に被虐的なときめきも感じた。その口から発せられる言葉を、聞きたいような、聞きたくないような、不安と期待で脈を打つ心臓の音を聞きながら、日向は緊張のなか治の次の言葉を待った。

「日向が好きや」

 静かな学校の校門で、治の低い声だけが反響する。

「何でも一生懸命なところも、人に優しいところも、底抜けに明るいところも、全部好きや。尊敬しとる。日向とこれから、卒業しても、ずっと一緒におりたいと思っとる」

 治は、恥じらいなど一切なかった。日向にただ自分の気持ちを伝えようとする真摯さがあった。日向は磔にされたように動けない。

「日向を誰にもやりたくない。やから、俺と付き合ってほしい。……日向は、俺のこと、どう思っとる?」

 身をかがめて日向と目線を合わせた治は、口元をゆるめて笑みを形作ってはいたものの、瞳の奥は獰猛に輝いている。日向に判断を委ねてはいるものの、有無を言わせない迫力があった。
 その迫力に気圧されて、自分の周りだけ時が止まったようだ。

 ところが、日向の震える肩を支えていた治の腕が、ばっと剥がされる。剥がしたのは侑だった。

「サムにばっかええカッコさせんからな! 翔陽くん!」

「は、はひっ!」

 今度は侑が日向を捉えた。鷲掴むように日向の頬を両手で覆い、上から覗くように顔を近付けられる。
 侑の頬は、興奮と緊張で火照っていた。決心をしたような凛々しい顔は、バレーボールの試合中に女の子から歓声を受けている時のそれだ。しかし、治と同様、その瞳の奥にぎらついた興奮をのぞかせている。

「俺は、サムと違って最初見た時から翔陽くんに決めとったんや。バレーやっとる時のカッコええ姿が好きや。笑った顔もむっちゃかわええと思っとる。俺と一生バレーしてほしい。誰にも渡さん」

 真冬なのに侑の手のひらは熱砂のように熱くて、日向は、自分の体温と混じりあって、頭から溶けてなくなってしまうんじゃないかと思った。お互いの吐息が感じられるくらい顔を寄せられて、思いを告げられる。

「翔陽くんが好きや。俺と付き合うて下さい」

 もう聞き質さなくても、侑と治の言葉がどういう意味なのかわかっていた。クラスの女の子が言っていた、手を繋いだり、キスをしたり、それ以上のことをするような"好き"だ。
 侑さんと、治さんが、おれのことを好き――。
 そう考えた瞬間、身体がかっと熱くなった。二人は本気だ。真剣な眼差しとまっすぐな言葉達が、日向の心の柔らかい部分に刺さっていた。刺さった場所から、その存在を訴えるように甘い痛みが身体じゅうを巡っている。けれど、全然苦しくない。むしろ嬉しいと感じている。
 日向は、絞り出すように、自分の正直な気持ちを吐き出す。

「お、おれ、そういう恋愛とか好きとか全然わかんなくて! 治さんと侑さんが、おれのこと好きって言ってくれて、いますごくびっくりしてて……」

 舌をもつれさせながら必死に話す日向を、二人は固唾を飲んで見守っている。

 自分が二人と同じような気持ちを抱えているのか、実は日向もわかっていなかった。
 そもそも、彼女はおろか、恋愛すらしたことがないのだ。親愛の好きと、恋愛の好きの区別がつかない。侑と治のことは、好きだと思う。一緒にいると楽しくて、笑いかけられると胸が締め付けられる。二人にはずっと笑っていてほしいし、幸せでいて欲しいと願っている。これが皆の言う好きということなのだろうか。わからない。わからなかったけれども、こんなに真剣に気持ちを伝えてくれた侑と治には、その気持ちを素直に伝えよう、と思った。

「あの、けど、治さんと侑さんと一緒にいると、胸がキューっとするんです! それで、いてもたってもいられなくなっちゃって、逃げちゃってすみませんでした!」

「……ん?」

「なんか、治さんと侑さんに名前を呼ばれるとふにゃふにゃしちゃうんです。おれがおれじゃなくなるみたいな感じで……」

「いや、日向それ」

「こ、告白も嬉しいんですけど……って、はい?」

「翔陽くん、俺らのこと好きやないか!」

 へ、なんて間抜けな声が自分の口から漏れ出る。
 侑は不安そうな顔から一転、相貌を崩し、子供のように輝かんばかりの笑顔を浮かべている。

「俺とおると胸がギュッっと締め付けられて、フワフワと浮かれた気分なるんやろ?」

「そうです」

「フッフ。俺もなあ、翔陽くんと一緒におるとそうなんねん。好きな人ができるとそうなるんやで。おそろいやなあ」

「日向、ほんまに? 俺ら両思いやったんかあ!」

 わいわいと賑やかな二人を前に、日向は衝撃を受けていた。

 おれは、治さんと侑さんのことが好きだったのか。

 頭の中で言葉にすると、目の前の霧が晴れたように、なにもかも理解できるような気がした。
 治にキスをされてドキドキが止まらないのも、侑に優しく見つめられてむずむずするのも、全て二人のことを好きだったからだ。優しくされると嬉しいし、優しくしたいと思うのも、大切だと思っているから。二人との出会いから今までの出来事を、一つずつ糸を撚るように手繰っていく。こんがらがっていた結び目がほどけたら、そこにはぴかぴかの恋心が居座っていたことに気が付いた。こんなに大きく育っていたのに、なんで今までなかったことにできたのか不思議なくらいだ、と日向は思った。

 腑に落ちた様子の日向を見て、目を輝かせた侑が、正面から向き直る。ぽん、と日向の肩に手を置いた。

「で、翔陽くんはどっちと付き合うん?」

「……へ? どっち??」

 一筋の風が三人の間をすり抜けた。
 奇妙な間がその場を支配する。日向は、そんなこと考えたこともなかった、とでも言うように直立不動で固まっていた。双子は何とも言えない奇妙な表情だ。

「ヒョエッ!? どっちとって、お、おれが選ぶんですか!?」

「何言うとんねん! こんなイケメン二人が告白しとるんやから、翔陽くんはどっちか選ばんとあかんやろ!」

「お前こそ何言うとんねん。はあ、やっぱりそういうことやと思ったわ」

 冷や汗をだらだらと流して焦っている日向を見かねてか、治が助け舟を出す。

「日向、簡単やで。こう考えればええんや。――俺とツム、どっちとキスしたい?」

「きっ!? キキ、キスっ!?」

「ほーん、確かにそれならわかりやすいな、サムもたまにはええこと言うやんか」

「うっさいわ。で、日向はどうなん?」

 助け舟だと思った一言は、もしかしたら日向に攻め込もうとする軍艦だったかもしれない。軍艦の甲板にはマシンガンを持った侑と治がいて、日向を攻略しようと襲いかからんばかりだ。日向はじりじりと後ずさった。

 キスなど、治との一回きりだけだ。ましてや、それも不意を突かれただけで、キスをしたいなんて思ったこともなかった。冬なのに、嫌な汗が背中を伝う。
 けれども、と、日向はそろりと二人をうかがう。
 待てをされた犬のように、期待に満ちた目でこちらを見つめる侑と治が、かわいいなんて思ってしまう。ブリーチで傷んでいるのにサラサラの髪の毛も、血色の良い頬も、男らしく出っ張った喉仏も、そして、薄いのに瑞々しい唇も、触れてみたいと思う。治の唇の感触を生々しく思い出してしまって、赤面する。好きって、こんなに恥ずかしいことだったんだ。

「翔陽くん、悩んでるなら試してみる? 俺と」

 赤くなった顔を隠す腕を、暖簾をくぐるように侑が優しく払った。そのままだらりと腕を下げると、いい子と言うように頬を撫でられる。

「侑さん、なにを……?」

「キス」

 恐る恐る聞くと、侑は誘惑するようにゆったりと答えた。語尾にハートマークがついてきそうだ。いつの間にか体温を感じられるくらいの場所にいた侑から、逃げられるはずもない。
 最後の一線を踏み出せない日向に、侑は言い聞かせるように囁いた。

「好きな人とのキス、きっと気持ちええよ」

 一緒のベッドで寝た時の淡い香りがしたと思った。その時にはもう、日向の唇は侑のもので覆われていた。ちゅっ、ちゅっ、と音を立ててゆっくり吸い付くようにされる。恥ずかしいのに、安心感と不思議な気持ちよさがあって、腹の中からとろりと何かが溢れてくる感じがした。

「んぅっ……んん……」

 自分でも聞いたことのない女の子みたいな高い声が口の端から漏れる。いたたまれなくて泣きそうになる。侑はその声ごと食べるかのように、何度も何度も角度を変えてやわく唇を食んだ。顔にかかる熱い吐息が、侑も興奮しているのだと告げる。息が続かない。しばらくすると、親鳥から餌を貰う雛鳥のように、その一回り以上大きな身体にくったりと身体を委ねきってしまった。

「ん……、はあ、翔陽くんかわええ……」

 息も絶え絶えに侑に縋り付く日向を、侑はうっとりと眺める。
 日向は頭がふわふわとして、ちゃんと立てているのかもわからない。侑が陶然とこちらを見ているのに愛おしさを感じ、身体が熱っぽくなるのがわかる。

「今度は俺ともしようなあ、日向」

 静かに侑と日向を見ていた治が、しびれを切らしたように身体を寄せた。好きな人とする初めてのキスで恍惚としている日向を、侑から隠すように抱き寄せる。ふらふらとしている身体を、治がしっかりと離さない。目が合うと安心させるように微笑まれるが、その顔は企みごとに気付かせないようにするための仮面なのだと、あの日知った。

 もはや、この嵐が過ぎるのを待つしかない。
 日向は、朦朧とした頭でそんなことを考えながら、双子が張り合うように交互に口づけてくるのをひたすらに受け止めた。
 交代する度に、どっちがええ? と意地悪く聞いてくるから、わからないです、と答えようとすると、すぐに口を塞がれた。侑の言う通り、好きな人とするキスは気持ちよかった。口づけの合間に、可愛らしい音を立てて額や鼻頭、頬やまぶたに唇が落とされる。侑と治からの愛情がたくさん伝わってきて、その心地良さに身を委ねた。

 嵐が過ぎ去り、腰砕けになった身体が自立できなくなった頃、日向は治の腕の中にいた。ぽってりと赤らんだ唇がじんじんとする。はあっと一気に吐いた息が白くなって燻っている。
 温かい体温にすり寄るようにすると、困ったような声が耳元で問いかけてくる。

「日向。俺とツム、どっちの方がええ?」

「俺やろ、翔陽くん」

 治の腕にすっぽりと収まった日向を横から侑が覗く。その表情は自信に満ち溢れている。
 治か、侑か。どちらのキスが気持ちよかったのか、比べるまでもない。夢見心地まま、日向は答えた。

「りょうほうがいい……」

 蜂蜜を煮込んだような声が、拳のようになって侑と治に振り下ろされた。
 日向からは街頭の逆光で見えにくいが、二人はぐうっと耐えるような声を喉から出して、妙な顔をしている。日向を抱く治の腕がぎりぎりと痛い。

「……おい、ツム」

「……しゃあないな」

 双子は、日向を真正面から見つめる。

「治さん…? 侑さん…?」

「日向、三人で付き合おう」

「…………さんにん?」

 治から発せられた聞き覚えのない言葉に、理解が追いつかない。サンニンデツキアウ。呪文のような響きだ。

「翔陽くんが俺らどっちも選べないんやったらしゃあないんやないの?」

「アリなんちゃう。やって、日向俺らのこと同じくらい好きなんやろ? ほんで、俺らも日向のこと好きやし。両思いってことやん」

「そうですね……?」

「両思いってええなあ。あっ、サムのこと嫌いになったら教えてな。ほしたら二人で付き合えるし」

「それはこっちの台詞や!」

 二人は不本意そうにしてはいるものの、恋が成就した喜びが勝つのか、機嫌良さそうにそわそわとしている。

 三人で付き合うって、どういうこと? 付き合うって、二人でするもんじゃないの?
 日向は、目をぱちくりとさせていた。
 乏しい知識を引っ張り出しても、恋人というものは愛し合う二人がなるものだった。隣の席の女の子も、二人で下校し、二人でデートをしている。そもそも、同じくらい好きな人がいるということが有り得ないし、三人で付き合うなんて不誠実なんじゃないか……、そう考え始めた日向を見透かすように、侑が「二人も三人も変わらんやろ。今まで通りにしとればええねん」と、あっけらかんとアドバイスした。

 確かに、今までと変わらない、と考えると気が楽になった。というより、どちらか一人を選べないのに、それを温かく受け入れてくれる二人に感謝しなければならないのかもしれない。
 今も日向を見守るようにしてくれる双子に胸から熱い気持ちが込み上げてきて、

「治さん、侑さん! おれ、フツツカモノですけど、よろしくお願いしゃーっス!!」

と、高らかに意思表明をした。
 いきなり腰を深く曲げた日向に、侑と治は爆笑する。

「なんっやねんそれ、部活か!?」

「あっははは! いや、日向らしいっちゃらしいわ」

「ええっ? おれの告白、そんなに変でした!?」

 人のいない校門で明るい笑い声があがる。日向は、一緒に帰ろ、なんて言って差し出された手を取る。目尻を下げて全身で日向を愛していると伝えてくる侑と治に、見つけたばかりの恋心が痺れるのを感じた。

 しかし、日向は気が付いていない。日向が二人のうち一人を選べない以上、侑と治に残された道は、二人とも玉砕するか、二人とも恋人になるかの二択しかなかったということを。必死に悩んでいる日向から見えないように、双子が互いに目配せをしていたことを。
 そして、翌朝学生寮まで迎えにきた双子に寮内が騒然となることや、校門のど真ん中で行われた告白劇を部活帰りの同級生や先輩達に目撃されたことが発覚し、しばらく部活で肩身の狭い思いをすることになることも。

 選ばなかった方の未来が引き返せと叫んでも、日向の両耳はもう大きな手が塞いでいる。けれど、日向には、騒がしい未来がすぐそこまで押し寄せているのが聞こえていた。