ある日、いつものように用具を整理してると、時間ギリギリに来る監督が珍しく早く来た。
「おはようございます」
「おう、おはよう」
監督は、自分のカバンからパソコンとあるDVDを取り出した。
「これ、宮城の中学の予選のDVDや。
全国的に「宮城に天才セッターの卵がおる」って話題やったんやけど、丁度そいつが3年になったから気になってうちの宮城におるOBに送ってもろた。
北も見るか?後輩になるかもわからへんし気になるやろ」
「見たいです。
そいつをスカウトするんですか?」
「したいけど、宮城といったらやっぱ白鳥沢がおるやろ。
うちは遠いし選んでもらえるかわからへん。さ、見るで」
監督は声をかけると、ドライバに「一回戦」と書かれたDVDをセットして、再生を始めた。
「相手校、話にならへんな」
タッパも技術も全く違い、監督はすぐ終わりそうと濁して青いユニフォームの選手ばかりを目で追う。
この2番が俗に言う宮城の天才セッターの卵なんだろう。
仲間に怒鳴りつけてて雰囲気は悪い。
ひたすら青いチームが点を取り続けた時に、俺と監督の目の色は変わった。
セッターがトスミスをして、そのあとに誰もいなかった場所から1番がやってきて、当然のようにそのトスを打ったのだ。
その時の反射神経、スピード、そして高さ。
渾身のスパイクはアウトになったけれど、相手校、そして俺たちの心に明らかにざわざわとした感情を送る攻撃だった。
俺は練習しなかったことを本番でやるような奴はいけ好かないけど、なんだか嫌いになれない、ただただ目を引くプレイだった。
そこから俺と監督は黙って試合を鑑賞し、通常の試合時間よりも短いその動画を見終えた。
「その青い二番、スカウトするんですか?確かに上手いですね」
「いや、この試合ではまだ決められへんな。
それに、俺はこの相手校の1番が気になる」
俺もこの1番が気になった。
きっとこのチームは本番のために寄せ集めた、練習をしてこなかった、あるいはしてこれなかったんだろう。
観客の声も入ってて、「雪が丘?聞いたことねえな」「今年からバレー部ができたらしいよ」という会話が最初に聞こえてたから。
「こいつ、もしかしたらうちに来たら化けるかもしれない」
監督の独り言を、俺は聞き逃さなかった。
インターハイも終わり、3年生がちらほらと引退していって、現主将も大学進学のために引退した。
稲荷崎男子バレー部の伝統として、主将が引退したら代替わりとみなされるため、3年生はいるけれど俺がキャプテンになり、練習を率いていくことになった。
そんな中、また珍しく監督が早くに練習に来た。
「北、頼みがあるんやけど」
「はい」
「あの雪が丘の1番をスカウトしよう思てるんやけど、どうやら地元の高校に行きたい言うてるらしゅうてな。
ラストチャンスで、俺と自分で稲荷崎の良さを説明しよう思う。
俺は先週一人で行ったけどあかんかった。
一緒に宮城に来てくれるか?」
この通りと頭を下げる監督。
こんな姿は初めてで、相当あの中学生に可能性を感じてるらしかった。
建前で言えば、この子の行きたい道に行けばいいってなるべきだろうけど、俺もこの中学生に圧倒されたし、こっちに来ればもっと伸びると思う。
バレーが好きで環境に恵まれなかったこの子に、思う存分バレーができるここを推したいとも。
「わかりました」
一つ返事で返した俺に、監督が抱き着いた。
あまりの力に、運動部でなければ倒れてしまうのではないかと思ったほど。
土曜日の早朝に学校の最寄に集合し、監督と一緒に電車と新幹線を乗り継いで、仙台駅に着いた時にはもう日が真上に昇っていた。
仙台駅からまた電車に乗ってバスに乗り・・・やっと雪が丘中学校に着いた時は昼過ぎあたりであった。
事務室に寄って入校証とサンダルを借りて学校の中に入った。
体育館にたどり着いて、俺はびっくりした。
女子バレー部の中の隅っこで、男子4人が練習していた。
女子バレー部と同じことをやっているため、ちゃんとしたトレーニングにはなってるけど、部外者である俺ですら肩身の狭さを感じてしまうほどだった。
だからあの寄せ集め感が出ていたのか。
それでもあの1番は、楽しそうにボールを目の前の人にパスしていた。
監督は近くの女子バレー部の顧問らしき人に声をかけて、その顧問があの1番を呼んできてくれた。
1番は監督を視界に入れると、露骨に嫌そうな表情になった。
4人で体育館から一番近い教室に入って、グループワークみたいに机をくっつけて座った。
俺の目の前にはあの1番、その隣には顧問。
俺の右隣りには監督が不安そうな顔をして座った。
「あの、何度も言いますけど、俺烏野高校に入ります!」
「日向君はそう言ってるんですけど・・・」
顧問が申し訳なさそうな顔をして監督の顔色を伺う。
「今日がラストチャンスだから話だけでもしっかり聞いてや。
もし、それで心が響かへんかったらもう連絡せえへん。
それで、この北ってやつが自分に稲荷崎の良さを教えてくれるさかい、それも判断材料にしてほしい」
監督からのパスが来て、ふっと息を少し深めに吸って目の前の少年を見た。
「稲荷崎高校2年の北信介やで。
よろしゅうな」
「ゆ、雪が丘中3年の日向翔陽です!」
「で、まずはこのパンフレットを見てほしいんやけど」
カバンから学校のパンフレットを出しながら説明を始めた。
スカウト生には学費が免除されて、寮費も安いこと。
寮は汚いと思われがちだけど月に一回学生が清掃するし、ちゃんと業者も入るから何年経っても綺麗なこと。
稲荷崎男バレは全国大会の常連で、この前のインターハイは全国ベスト4だったこと。
他にもジャージ支給、用具も援助され、強豪と位置づけをされてるからか練習試合が結構な量できることなどバレーに打ち込みやすい環境を話した。
「まあ、稲荷崎のこと大まかに話してんけど、ここからは深く入った話をするわ。
この前の大会の映像を見たで。
それ俺たちが見たさかいこんな風にアプローチすることになってんけど。
自分の第二セットのあのスパイク、ほんまにびっくりした。
多分、高校バレーの中であれができる奴っておらへん思うねん。
そやさかい自分がうちに来てくれたら他の部員の刺激にもなるシすごいありがたいと思う。
咄嗟にあんなんができるんや、ちゃんと練習したら自分は上に行ける。
その上に行くためのものがウチには揃うてる。
あと、俺も自分が来たら毎日めっちゃ楽しゅう練習できそうや思う。
せやから俺と一緒にバレーしてくれへん?」
目の前の相手が目を丸くするのがわかった。
もともと大きかった目がさらに大きく開かれる。
無言になり、空気が重くなった。
向こうの顧問が
「とりあえず練習に行きませんか?言いたいこと言い終えたとお見受けしましたので。
一緒に練習したら日向君の気持ちも変わるかもしれないので」
なんともナイスな機転により、俺は日向と二人でパス練習をすることになった。
パスを見ても、少しいびつな方向に行きそうになるが、一生懸命にボールを返す日向がほほえましかった。
「北さん!稲荷崎って強豪校なんですよね!?あのコート上の王様みたいな奴ばっかりなんですか?」
「コート上の王様?」
「俺たちの対戦校のあのセッターです」
「ああ、あいつか。何でコート上の王様って呼ばれてるん?」
「わからないです!うまいから?」
「せやろなぁ。でも上手いセッターはおるよ」
「上手いセッター!?」
「おん。テレビやら月バリにも出てるような奴やで」
「テテテ!?テレビ!?」
「こっちに来れば、そのセッターからトス上げてもらえるかもわからへんで」
「で、でも・・・俺がバレーを始めたのは烏野高校の小さな巨人がきっかけなので」
「きっかけなんて通過点にしかすぎへん思う。
大事なのは、これから何したらバレーボールがうまなるか、やんけ?」
俺の言葉を聞いて、ボールをガッと両手で掴んだ。
自分で言うのもなんだけど、俺の言葉って怖いところがあるらしくて、特に双子なんかはいつも俺がなんか言うたびに「ヒィイ!」って声を上げて固まる。
ちょっと言い過ぎたかなと思い、日向の顔を見ると、目がくらくらするくらいに眩しい笑顔になっていて。
俺はハッと息を飲んだ。
「それもそうですね、ちゃんと考えてみます!!」
「フッフ、いい返事期待してんで、"翔陽"」