そんな二人の始まり
入学時から、東北出身とあって訛りの無い喋りの珍しさとその元気さとコミュニケーション能力で有名になった日向はバレー部に入部することを周囲に話していた。
「稲荷崎ってバレー強いんだろ? 俺、ちょー楽しみなんだ!」
と花が太陽に向かって咲くような百点満点の笑顔で言われてしまえば、一緒の部活に入らない? と誘うことは憚られた。本人がこんなに楽しみにしているのに俺たちが台無しにしてはいけない……! と謎の団結力を見せたモブのうちの一人が、そういえばと。
「うちのクラスにバレー部入るやついると思うよ。そいつも中学の時バレー部だったから」
でも、と続きそうだった言葉をさえぎって、「それって誰?」と日向に聞かれたら答えるしかない。
「北信介、窓側二列目の一番前の席のやつ」
「何か呼んだか?」
噂をすればなんとやら、ちょうどお手洗いから戻ってきていた北がモブの背後にいた。何も後ろ暗いことは話していないのにその目に見つめられると、自分のしでかしたことすべてを見ぬかれているような気分に陥るからモブはあまり話したくなかったのだ。答えたのは驚いて飛びのいたモブではなく、日向だった。
「呼んでないけど北の話してた! バレー部入るんだーって。俺も入ろうと思っててさ!」
「さよか。なら、放課後一緒に見学いかへんか? 同じ部活のやつがいたら心強いさかいな」
「! いいよ!」
流れるように放課後の約束を取り付けた北の手腕に驚くモブを置いて担任が入ってきてそこで話しは終わってしまった。
時間が流れて放課後、待ちきれないというばかりに荷物を颯爽と準備した日向は北の席に向かって行った。
「北! 行こ!」
「ええけど、準備終わってへんからちょい待っとって」
「分かった!」
待てのできない犬のように尻尾を振っている幻覚さえ見えてきそうなほどわくわくした顔で北が準備を終えるの今か今かと待ち構えている日向はほほえましいものだった。ほな、行くか。と北に言われたら飛び上がりそうなほど喜んでいた。
「俺、部活のセンパイができるって初めて!」
「……そうなんか?」
体育館までの行き方を知らなかった日向は北に案内してもらいながら、道中、中学時代の話になった。
「んー、そもそも俺が3年になるまで部活じゃなかった!」
何でもないように言う日向に北は驚かされっぱなしだった。部活を一から作るなんて考えられない。しかも、まともな練習場所も指導者も用意されていないところでよく3年間やって来れたなと思うほどだ。
「ようやってきたんやな。日向は」
「やりたかったから! 別にいいとか悪いとかじゃないよ」
返ってきた答えは至極シンプルで、かつ真理だった。やりたいからやる。子どもみたいなそれは、ただ純粋な欲望だ。そこには善も悪もない。
「……そうやな、いいも悪いもないなぁ」
「俺ばっかり話してる! 北は中学どんなだった?」
噛みしめるように呟いた北をよそに話を進める日向。北は俺は何も面白みはあらへんよ。と前置きを言って体育館までのあと少しの時間、思い出話をした。
何が起きたか知らないが、翌日から二人で行動を共にする姿がよく見られるようになった。移動教室、昼休み、どちらかと言えば日向が北について回っているようにも見えるが、北も嫌がっていないところを見るに高校入っての初めての部活の仲間が嬉しいのだろう。
ここまでは普通に仲のいい友達だろう、だがクラスの人間が目をむいたのはこれではない。
何か行動の一つ一つの距離が近いのだ。仲のいい男子なら、まぁ、あり得る距離かな? とは思うが出会って一週間経ってない人間関係のそれではない。
「きたーー! 次何?」
「化学基礎。実験あるから化学室かて言っとったで」
「わかった! 待ってて!」
「じゃあ10秒で準備してな」
「それはムリ!」
なんて軽口をたたき合いつつ、すぐさま準備を終えた日向が北の方に走ってきてぴたりと隣について歩き始める。北と日向の身長差は約10pほどだ。その分少しだけだが北の方が歩幅が大きい。そのはずなのに日向の歩幅に合わせて歩いている。
歩いている間も日向が話しているのを聞き漏らさないように日向の方に顔を向けて、時には丁寧に相槌を打っている。ただの移動なのに北の日向に対する気遣いが見て取れた。これは「北がそういう人柄だから」の一言で片づけられるような問題ではない。バレー部のやつと話しているときは、ちらりと横目て見たりはしているが顔を向けるほどではなかった。
しかし、日向だって北の思いやりを受けているわけではない。昼休みのこと、共に昼食を取ろうと北の席に向かった日向は、北が先ほどの授業のノートを広げて何かを悩んでいるのを見ると、大きく名前を呼ぼうとしていたのをやめて大人しく隣の席の椅子を借りて隣で眺める。いつものやかましさは鳴りを潜めて、北を邪魔しないように静かに北が立ち向かっている教科書を一緒になって見つめた。
ただ一緒に昼ご飯を食べるだけなのに、わざわざ待つ必要はない。特に男子であればお腹が空いて先に食べちゃった。なんてざらにあることだろう。ましてや日向は運動部に所属しているのだから。
一緒に食べた方がいいだろ? 一人で食べるのちょっとつまんないし。その後、北が教科書とのにらめっこを終えて、「なんや、先に食べとって良かったのに」と言ったものの返答だった。
友達の多い日向は、言ってしまえば別に北とご飯を食べなくても一緒に食べるくらいの友達はいるはずなのだ。わざわざ北を待って、北と食べる必要性は、ない。約束しているのなら別だが、それをしている様子もないのに。
モブは驚いた。大層驚いた。北を中学から知っているからということもあるが、それだけではない。日向の行動も、なんていうか……お互いがお互いを思い合っている、と周囲がわかるのだ。
日向がちょっと棚の上のものを取ろうとすればどこからともなく北が来て、「これか?」と取っている。それに日向は身長が高いからって……! とむかつきながらも「でも、ありがと!」と返していた。
いや見ててこっちが照れるくらいスマートにやりますやん。北くん完全に彼氏のそれですやん……。
みんなの心が一致した瞬間であり、二人を見守る会が発足した瞬間でもある。
「北と日向? ……あぁ、仲ええよな。部活中もいつもパス組んどるし、中学から仲良かったちゃうん?」
見た目はアメリカ人、中身はコテコテの関西人の尾白アランの証言だ。中学から仲が良かったと錯覚させるほど北と日向の距離は近いのか……とモブは思いを馳せる。まぁ、勘違いをしておかしくはない。だって実際に距離は近い。
朝教室に来た時も、すでに朝練を終えているバレー部二人は教室にいる。大抵、日向が北の席にいてバレーの話をしているか北の勉強を邪魔しないように日向が見守っているか、あと一緒に勉強しているかの三択だ。たまに北が日向の席に行く姿を見る。
まさに四六時中、という言葉が似合うくらいに一緒にいる。朝から放課後まで、それで部活も一緒なのだろう? ずっと一緒じゃん。言葉通りに。