肩を濡らしたのは


 雨が降っていた。天気予報では、快晴と言っていたが大嘘だったな。
部活も珍しくなく、友人や先輩の姿も、ましてや玄関には誰の姿もなく、傘のない俺は突っ立ったままだった。
置き傘もない。誰かに入れてもらおうにもその誰かすらいないのだから、どうしようもなかった。
こんなことなら、ロッカーにでも予備の折り畳み傘を入れておくべきだった。
溜息を吐きながら、外の様子を眺める。土砂降り気味の雨は、到底走って帰るには激しそな降り方をしている。
濡れて風邪でもひいたら、先輩たちに馬鹿にされ、後輩に示しがつかない。どうしたものか。

「あれ、赤葦さん?」

 腕組をして考えていると、後ろから聞き覚えのある声がした。

「日向。今帰り?」

 鮮やかなオレンジを纏った後輩、日向が不思議そうな顔でこちらを見ていた。

「はい! ちょっと先生に呼び出されて……」

 バツの悪そうな顔で話す様子から、試験の結果で呼び出されたのだろう。

「俺が勉強見てあげようか?」

「ぜ、ぜひ! おねがいしゃーす!」

 運動部らしい勢いで頭を下げる日向に玄関で反響することも厭わず笑い声をあげた。

「あ、赤葦さん! 笑いすぎです!」

「ごめんっ。日向はいつも通りだなぁ、と思って。ところで、日向は傘持ってる?」

「はい、持ってますよ! もしかして、雨宿りしてました?」

「まぁ、そんなところかな。こんな急に降るとは思わなかったから」

「なら、おれが赤葦さんを家まで送っていきます!」

「いや、駅まででいいよ。そこから走れば近いし」

「だめです! 風邪ひいたら、おれが木兎さんに怒られます!」

「なんで、木兎さん。俺より木兎さんの方が風邪ひきそうだけどね」

「木兎さんは、風邪ひいたことないって言ってましたよ?」

「あぁ……」

 免疫力が馬鹿強いのか、それとも別のものが潜んでいるのか。

「とにかく、おれが赤葦さんを送りますから! どーんと身を預けちゃってください!」

 張り切る日向に断るのも悪いと思い、結局お願いすることにした。男が一つの傘に入るのはサイズ的に無理かと思ったが、相手が日向だったためあまり窮屈さは感じなかった。

「てか、なんで赤葦さんが傘持つんですか! おれが持つはずだったのに!」

「俺が持った方が歩きやすいかと思って」

「おれだって腕を伸ばせば、赤葦さんが屈まなくても歩けると思います!」

「あ、こらっ!」

 日向に傘の柄を取られ、傘が大きく揺れる。その拍子に傘に溜まった水が一気に日向の肩を濡らした。

「づめだっ!?」

「あぁ、ほら貸して」

 奪われた傘を奪い返し、鞄からタオルを引っ張り出して、日向に渡してやる。

「うぅ……もっとカッコよくしようと思ったのに」

「傘に入れてくれただけで、十分カッコいいよ。それより、早く肩拭いて」

「はーい」

 素直にタオルを受け取った日向は、濡れた箇所を拭いた。これ以上日向を濡らさないために真っ直ぐと前を向き、水たまりの場所を確認しながら歩いていると、隣から奇声を発せられた。

「っ!? なに?」

「あかーしさんっ! 肩、肩!」

「カタカタ?」

「ちがう! 肩濡れてるじゃないスか!」

「あぁ、気にしなくていいから」

「いや、するし! 赤葦さんこそ肩拭いてくださいっ!」

「あ、駅だ。ここまででいいよ」

「話そらさないでー!」

「俺が好きでやったことだから」

「でも、おれ後輩だし、先輩をタテルのが後輩の役目です!」

「好きな子の前ではカッコつけさせてよ」

「へ?」

「間抜けな顔」

 ぽかーんと口を開けた日向に軽くデコピンをする。大きな瞳が零れ落ちそうだ。

「じゃあ、俺行くから。ありがとう、日向。それと、返事待ってるから」

 背中を向け、改札を潜る。エスカレーターに乗ったところで、後ろから叫び声が聞こえた。
振り返ると、傘も差さずにがむしゃらに走る日向の姿が目に入った。

「タオル、また役に立つといいんだけどな」

 翌日、洗濯されたタオルを返却しにクラスへやってきた日向の顔は、真っ赤に染まっていた。