むしゃくしゃしてやった。お前がよかった。
日向翔陽が一人で店を訪れるようになってからずいぶん時間が経つ。
大阪にきたての最初の頃はツムの後ろにくっついて、遠慮がちにのれんをくぐっていたのが嘘みたいに、今ではのれんがかかっていなくとも店内に灯りが見えれば、お邪魔します!と無駄に礼儀正しく堂々と入ってくるようになった。
あのアホのそういうとこばっか真似しよって、と最近では頭を小突くくらいには気の知れた間柄にもなっている。そのたびにふへへと嬉しそうに笑う日向の物怖じしない人懐っこい部分とまっすぐ向けられる屈託の無い笑みに、どうやら俺も片割れと同様、うまいこと、ハマってしまったらしい。
そして今日、この日、日向はブラジル時代にも愛用していたバックパックを背負って、閉店時間も過ぎた店に緊張した面持ちでやってきた。
家出してきた子どもやんと軽口でからかったところで返事はなく、洗い途中の皿から視線を上げると、ひどく熱を持った瞳が俺を見ている。
あ、これは、とピンとくる。
皿を洗う手を一旦止めてカウンター越しに視線を合わせる。お互いに口は開かないままの数秒間が過ぎていく。
自分の店を開いておおよそ2年。日々の衣食住がかかっているのだから、たまに訪れる理不尽であったり横暴な客、急なトラブルにも耐性がついたとは思う。そんで自分が、人からどう見られているかも昔より、わかるようになったと自負している。
流しっぱなしだった水道を止めた。気のせいでなければきっとコイツは、と身構えて向き合うと、ついに日向は口を開いた。
「治さん、抱いてください」
「あ?」
思ってたんとちょっと違った。
らしくない台詞に対して、意味がわかるまでに時間がかかった。「なんて?」そう間を開けて返せたのは、なんとも色気もそっけもない返答であった。
こんな、ストレートに飾り気なく、ど直球に誘われたのは人生で初めてであったのだから仕方ない。
しかし、そこはさすが関西一、いやもはや日本一の性悪セッターを相棒に持つ日向である。固まったままの俺を前にしても俺の反応に怒るでもなくビビるでもなく臆すこともなく、日向は覚悟を決めた男の顔で再度口を開いて、先ほどよりも熱烈に叫んだ。
「おさむさん!抱いてください!」
「…………ハグ的なやつ?」
「セックス的なやつ!です!」
いや、的なやつっていうかセックスなんですけど!と面と向かって改めて、正々堂々告げられる。
もちろん今まで恋愛経験が無かったわけではない。双子の片割れとセットだったとはいえ高校時代は名前付きのうちわを振られるくらいにはモテていたわけだし、ついでにいうと俺は片割れと違って人でなしではない。おんなじ顔なら、性格が多少はマシな方を大抵選ぶだろう。
ついでにいうと、最近ではそれにくわえて営業スマイルをなるべく絶やさずに、人並み以上に気遣いを意識するようになったのだからなおのこと。会計時に携帯の番号をこっそりと渡されることだってよくあるのだ。
「治さん、この前、ヨッキューフマンって言ってた」
「そこまでは言うてない」
「おれも、ヨッキューフマンです!さ、どうぞ!!」
軽口を叩いたのはつい先日のことだ。その日、日向は片割れと連れ立ってやって来ていて、珍しいことでもなんでもない普通の日常だった。
ラストオーダーの時間はとっくに過ぎていて、身内以外の客がいなくなって、明日休みなら飲めばええやん!と誘われるままに三人で晩酌をしていたときだった。
確か、ブラジル人のちんこってデカイん?というツムのクソしょうもない質問から始まったくだらん下ネタがきっかけだったのは覚えている。そこからどうしてその発言になったのかというと、下世話な下ネタにバカ正直に答えては赤くなったり青くなったりと困惑する日向がかわいそうなのと、片割れのモラルとセクシャルとパワーのトリプルハラスメントは見るのも聞くのも耐えられず締め上げてやめさせた。ハラスメントな片割れがトイレに立ったとき、日向から律儀に礼をいわれて彼女はいるのかと唐突に聞かれた。別に隠すことでもないので、店を開いてからはそんな暇もないということを正直に答える。
そうなんだ……意外……。と、素直でまっすぐな視線を向けられて、いじりたくなる片割れの気持ちが少しわかった。「ご無沙汰やで」ナニが、と言わずににやりと笑いかけると、ぶわりと一気に赤らむ顔はひどくかわいらしかった。
そして今、再度、「さぁどうぞ!どうぞ!」と安売り野菜を売る八百屋のごとく軽快に距離を詰める日向。とんでもないおねだりにくわえて、あまりの色気のなさと唐突さにどうしたもんかとがしがし頭をかく。あのなぁと向き直るとそいつはもうすぐ目の前にいた。ここまであけっぴろげにしといて、厨房にまでは入ってこない律儀さがもはや滑稽だ。
「抱いてください治さん」
「いや、あかんやろ」
「あかんくないです!お願いしゃす!」
「からかっとる?おもんないぞ。ちゅうかツムの差金やろ。新手の嫌がらせか?」
「からかってません!侑さんは無関係です!真剣です!抱いてください治さん!!」
「酔っ払っとるん?」
「よっぱらってません!」
俺の問いかけに早押しクイズの回答者のように即答しながら、ぐいぐいぐいぐい前のめりに、なんならカウンターをぴょんと飛び越えてきそうなくらいの勢いで日向が迫りくる。どうしたもんか、と混乱する頭で考える。こんなふうに迫られてしまえば大概の男はドン引きする。
そもそも日向はれっきとした男で、まず同性に肉体関係を強要されていると俺が一本然るべきところに電話を入れれば即アウトの一発退場である。コイツはバレーボールの日本代表候補で、しかも迫っとる相手は同じチームの相棒の双子の兄弟で、と押したら即爆発のデンジャーボタンのオンパレード。
ゴシップとしては最高のネタであることは間違いない。きっと新聞の一面を飾る。
「誰でもええんやったら、もっと後腐れない相手選びや」
「?俺、治さんとしたいです」
「ほんなら先に言うことあるんとちがう?」
「………アッ…!あのっ!お気遣いなく!ちゃんと準備してきました!治さんは寝っ転がっててくれれば、大丈夫です!………おれ、………な、慣れてるので」
「なんて?」
「病気も、ありません!だから、ご安心ください!!」
だからどうしてそうなるんや、と目の前のコイツも含め化け物たちの思考回路についていけないことは多い。思い立ったらビュンを体現する日向翔陽という男は、背負っていたそれをおろしてがばりと口を広げてみせた。
バスタオル、ローション、コンドームの三点セットにプラス歯ブラシセットも見せつけられる。さすがのあの人でなしも、嫌がらせにこんな小道具まで用意しないだろう。
海外の、特に南米の性事情や、日向のディープな恋愛体験や経験なんて今までまともに聞いたことはない。
ただ、ブラジル人のちんこは、デカイです…!と先日、内緒話をするように言っていたのを思い出す。
「……ほんまに、慣れとるん?」
「ほっ、ほんま!ほんま!です!!」
「……」
「それに、その、……あの、侑さんにも、誰にもいいません……」
俺の大きなため息に、へにょりと下がる眉、真ん丸の薄い色の目がじわりと滲んで潤んでいる。
どこで学んできたのか、天性のものなのかは知らないが、こちらを上目で見上げてくる何も知らなそうないたいけな表情。俺がもし悪い男やったら身包み剥いで、骨までしゃぶりつくすこと間違い無しである。
いくらなんでも警戒心が無さすぎる、と呆れるのと同時に心配にもなるが、すがるように見つめられれば、据え膳を食わぬ道理などどこにもなかった。
やって、俺は悪い男なんやから、しゃあない。
階段を指差して、先、行っといて、とそれだけを告げる。2階が居住スペースであることは既に日向は知っている。強張った顔が、わかりやすくゆるんだ。
シャワーを浴びて部屋へ赴くと、折り畳んであった布団は綺麗に畳の上に敷かれていた。何人かで鍋をしたとき、いそいそ皿を並べるいつぞやの日向の姿を思い出した。そして、しっかりと正座している日向に向かい合って座ったときは少しばかり緊張した。慣れているという割に日向の肩にも力が入っているのがわかったからうつったのだ。
「風呂、いかんの」
「はいってきたので……」
「やる気満々やん」
「はい」
えらく真剣な眼が俺を見つめたあと、意識的にか無意識にか、唇を舐めた舌が見えた。布団に膝をつけてにじり寄ってくる日向の手が、おずおずと伸ばされる。今更止めることはしない。
下腹部にたどり着いた手が布ごしに触れた瞬間、ほんの一瞬、ぴくりと反射的に震えた。ご無沙汰というのは嘘では無い。そして、すぐさま俺の性器を包み込むようにやわやわと撫でてスウェットごしに揉みこんでくる。
ん、と思わず漏れた俺の声に、おぉ、と感心するような声が聞こえてじろりと目の前の小悪魔を睨めつける。
「きもちーですか?」
「そら触られれば、ええやろ」
「よかった」
安心して、へらりと笑う顔がようやく見えた。動物を無邪気に撫でくりまわすような幼稚な触り方が逆にやらしい。何も知らんような顔して、一丁前に煽る手練手管を持っているというのは、それだけでも結構クるものがあった。
リュックからローションを取り出して枕元に将棋の駒を指すようにドンと置かれときは、あまりの豪快さに若干引いたが、もうここまできたらやったろうやないか、と腹を括る。
「あっあの、アレだったら目を閉じて好きな子とか、想像しててください」
「あ?」
「…………萎えられちゃったら、こまる……」
ここまでやっといて、そういういかにも健気な言葉をそれっぽく吐くな、と悲しそうに俯く頭を引っ叩きたい。俺の股間から視線をはずさないその頭を引き寄せて、がぶりと唇に噛み付いてやった。
驚いて離れようとする背中を抱き寄せて、間髪入れずに舌を差し込むと追いかけてこいといわんばかりに、舌先が奥へ引っ込もうとするので小さな口をこじ開けて、これまた小さな舌を絡め取り、吸う。
「ん、んぅ」
キスひとつで日向の身体がぴくりと震えて反応するのがわかる。素直に反応を返されると、テンションが上がるし、おずおずと遠慮がちに首に腕をまわされると跳ねる鼓動がそのまま胸越しに伝わってくる。
かわええ、って思った時点で思う壺なんかもしれんけど、どんな状況でもうまいもんはうまいし、かわええもんはかわええと開き直る。
じゅ、ちゅ、とわざと響かせる淫猥な水音に腰のあたりが痺れて重くなってきた。顔を離すとキスには慣れていないのか、はふはふと苦しげに息をついている。
布団に寝かせて電灯の光は、デカイ瞳と、唾液で濡れた唇に艶やかに取り込まれて、とろりと潤んだ瞳がこちらを見上げている。余韻にひたる日向を見下ろしながら、背筋がゾワゾワと震えた。男にしては高い掠れ声が甘えるように舌足らずに俺の名前を呼ぶと、イイコトをしとるはずなのにワルイコトをしとるような背徳感がたしかにあった。
「妄想なんかせんでも、勃つわ」
「ん、」
「かわええ」
「うわ」
うわってなんやと思わず笑えば日向の瞳がきょときょとと瞬きをしてから、やっと笑った……とこれまたなんともいじらしいことを安心したように呟くのだから天性の魔性とはおそろしい。
「もっと気持ち良おしてくれるんやろ?」
「ん、」
「ほんならどおぞ。エロく誘ってな」
うん、と素直に頷いた日向の手が日向自身のハーフパンツのウエストにかかる。じれったく、焦らすように下げていく。日に焼けていない白い太腿が目に眩しく、パンツも一緒に引き抜いて俺の眼前で殊更ゆっくりと両脚が開いて下半身を曝け出す。身体やわこ、と素直に感心する。
綺麗に短く整えられた爪の指先はそのまま日向の下腹部へと伸び性器を通り過ぎて後孔へとためらいなく一本、挿し込まれたのには正直驚いた。んん、と鼻からかすかに漏れた声に、ごくりと喉が鳴ってしまった。
枕元に置いたままのローションを空いた片手で取って器用に蓋を外す動作は確かに慣れているように見えて、正直苛つく。すっと入るやん、と思わず出た言葉は自分で思っていたよりも低かった。
来る前に慣らしてきたので、と熱い吐息を漏らしながら返されて今度は身体の真ん中がぎんと熱を灯した。
はぁ、ぅ、んん、とひとり遊びをしばらく見せつけられて、潤んだ瞳が俺を見上げて目が合うとふいに外される。恥じらうように見せるあざとい仕草に既に下半身はじんじん痛い。
「おさむさん、っぁ、おさむさん」
敷布団の上に身を捩らせる日向の下腹部は既に立ち上がり先端を濡らしていた。弄っているのは後ろだけで、性器に直接触れなくとも快感を得られるくらいに開発されてしまっている。
かき混ぜるとにちゃりとねばこい音をたてるそこへ、俺も触りたくなって指を伸ばして縁をなぞる。くすぐるように触れた瞬間、一際高い声がこぼれた。
「〜ッぁ、お、治さんは、さわっちゃだめっ」
「なんで」
後孔は誘い込もうとひくついているのに、すけべ親父じみた言い方をあえてするなら、上の口は素直じゃないというやつだ。
「むっちゃ、きもちよさそうやん」
「だ、だって、ずっと想像してたあいてがさわるんですよ………」
すぐいっちゃう、とあからむまなじりが恥ずかしそうに伏せられる。魔性だ、こいつは魔性が過ぎる。ぶわりと髪の毛が逆立ちしそうなほどに興奮を覚えた俺が、そこから好き勝手に日向の後孔をいじくりまわすのは当然のことで、いやもだめも無視して差し込んで広げるようにかきまわす。一際反応のいいところに指を押し当てると、しなやかな身体がびくびくとおもしろいくらいに跳ねて、性器の先からとろりとした滴が後孔まで垂れるのがわかった。
継ぎ足すローションで指をふやけてきたところで、日向が息も絶え絶えになりながら、俺の手首を力無く掴んで止める。
「おもしろ、がってる」
「反応ええから」
「ん、きもちいから、あっあう、」
じゅくりと濡れた音が立つたびに震えてあがる声に唾を飲む。ごくりと上気した喉仏が日向からも見えたらしい。細まる目元が俺を見上げて、たまらずあえぐ唇を塞げば、きゅうといっそう指が締め付けられて声もなく日向は達した。吐き出された白い飛沫が荒く上下する腹筋の上に散っている。
は、っはぁ、はぁと互いの唇の間にあたる吐息が熱い。のろのろと起き上がる日向が俺の肩をゆるく押して、俺もあぐらをかいて自身のスウェットをずるりと下げる。腹に当たりそうなほどに、勃ちあがり飛び出た性器をやわく握った日向がまたがる。
「おさむさん」
解れてぬるつくそこへ先端が擦り付けられる。日向が持ってきたはずのコンドームのことは忘れていないけれど、それに気付かないふりをした。
首を伸ばして下から唇を重ね、怖気付くように引いた腰を抱き寄せた。
「ッい、ぁ」
「…?」
ゆっくりともどかしいほどの速度で飲み込まれていく。あれほど性急に求め合った前戯とは違って、焦らしているつもりだろうか。翻弄されるのが悔しい。亀よりも遅い動きに焦れて、日向の腰を掴んでぐと押し込むと、電気が走ったかのように俺を跨ぐ身体がびくんと跳ねてくぐもった声をあげた。
「?」
「ッま、って!まだ、う、うごかないで…ッくださ」
「や、おんなじ、男ならわかるやろ」
「う、うぅ」
腰を掴む手に力を込めてなおも日向の身体を落とそうとすると、日向は眉をぎゅうぎゅうに顰めて苦しげに呻いた。額に滲んだ汗に、俺は思わず首を傾げる。
快感に震えるというよりも苦悶に満ちた表情に見えて、ついでにようやく入った性器が痛いくらいに締め付けられて、たまらず俺も唸った。
「あ、っぅ、」
自分の物が規格外にデカいということは、ない。さすがにそれくらいはわかる。おそらく外人を相手にしてきたであろう日向からすれば、こんなものなんてことはないはず、とちりついた気持ちが俺を少しだけ乱暴な気持ちにさせる。
「はよ、挿れぇや」
はぅ、と日向の瞳がじわじわと滲んで、俺の肩を掴む力が強い。んん、う、うぅ、とじりじりと降りてくるが、まだ半分もはいってない。
「ちょ、しめすぎやし、力抜いてくれ」
「……っわ、」
「これじゃ動かれへん」
「わかんない」
「は?」
わかんない、とは、と顔を上げた瞬間、日向の瞳からほろりと涙が一粒落ちて息を飲む。苦しげに浅く呼吸を繰り返す日向は、視線をばちりと合わせた瞬間、情けなく眉を下げて、告白した。
「お、おれ、ごめんなさい」
「……」
「なれてるっていったの、うそ」
「は??」
「はじめて」
よくよく見れば額から滲んでいたのは脂汗だ。内腿の筋肉がひくひくと痙攣しているのが触れた肌からわかった。
「いれたの、はじめて」
だから、わかんない、ごめんなさい、と息も絶え絶えに告げられる。
中途半端に挿さったまま、進むことも退くこともできない日向はおそらく想像以上の圧迫感と痛みと緊張に、ついにずび、と鼻をすすって、俺の肩に置いたままの指に力がこもる。
どうしよう………、とぽつりと呟きそのまま困り果ててこちらを見上げる顔に、真っ白になった頭がようやく現実に戻ってくる。
どうしようはこっちのセリフである。
「アホ!!」
うッ、と怒鳴られたせいなのか、それとも俺が動いて痛みが走ったのかはわからないが両方なのだろう。震える白い内腿に、慌てて日向を持ち上げようとすると、ヤダ、と抵抗される。
「あっ、あの、ちょっときゅうけいしたら、デキますからっ」
「できるわけないやろ、ええから抜け!」
「やだ、ぬかない!」
抜け、抜かない、抜け、ヤダ抜かない、という頭のおかしい片割れが見たら腹を抱えてついでに指差して笑ってしまいそうなやりとり(死んでも見せんが、あくまで例えだ)を繰り返す。
今やめんかったら一生ヤらんぞ、と挿れてる側の俺のわけのわからん説得でようやくこのおかしな攻防は終わりを迎える。
「そんなのヤダ」と真っ青になった顔はこの世の終わりを告げられたと言わんばかりの表情だった。
へたりと座り込んだ日向をそのままに、布団から立ち上がる俺のシャツの裾が力無く掴まれた。ひどく不安げでへにょりと下がる眉の情けない顔に、そんなに俺は薄情な男やと思うのかと少しだけ腹が立ったが、なるべく優しく声をかける。
「薬とってくるだけや」
「……あ、すいません……」
厨房に置きっぱなしの救急箱の中には軟膏があったはずで、傷はついていないと思うが念のためだ。身体が資本なのだ、そんなのは昔から知っている。
離された手、俯いてしまった頭になんというか、かすかに湧きあがった腹立たしい感情が罪悪感へと変わる。なんちゅう夜や。
やわい軟膏を塗りつけるだけで、えらくエロい声を出す日向に必死に耐えて耐えてようやく落ち着いたとき、なんでこんなことをしたん、と問いつめた。
日向は、「治さんが好きだからに決まってる」とあっさりと白状したのだ。
「なんでそれを先に言わん?」
「?好きじゃなきゃ、さそいません」
「お前らのそういうぶっ飛んだ感覚、ほんまどうかと思う」
下半身丸出しで座る日向に、そっと布団をかけてやる。鍛え上げられた肢体が普段自身が使っている布団にいること自体がそもそも目に毒だ。性懲りも無く勃ち上がりそうになる自身のものもついでに隠す。
「おれ、ブラジルのチームに移籍することが、決まって」
「は?」
「それで、このまま治さんと、離れたくなくて」
「…………思い出作りのつもりやったん」
「……う、はい……」
「なんで慣れとるとか嘘ついたん」
「侑さんが、処女はなんか重いって言ってた」
「参考元があかん」
もっと他にあるやん、地元の坊主の先輩とか、警察官とか、教師とか、まっとうな恋愛経験してそうな奴がおる中、なんでツム??と思ったところで、そりゃあ片想いの相手の兄弟なんて一番参考にするわなそうやなと結論を導き出した。
言葉に出さないかわりに、深い深いため息をついた俺に、日向は不安でいっぱいになった瞳をじわじわと潤ませて、そんな顔を見せたくないのか膝に顔を埋めた。蚊の鳴くような声でまたもや、ごめんなさい、と謝ってくる。
ほんまに、困った奴。こっちの気も知らんと。
「俺に好かれるように、頑張っとったんちゃうんか」
「………はい……」
「ほんならあと一息や。もおちょいがんばり」
「えっ」
「ちゅうか、思い出になんかさせんし」
え、………えっ!?と目をぱちくりさせる日向の表情のかわりようがおもしろくて口元がゆるむ。今日は寝よか、と混乱する小さな頭をぐいと胸元に抱えるように引き寄せて横になる。トレーナーごしの触れ合いにバクつく心音を日向は感じ取ったらしい。
すごくどきどきしてる、くぐもった声が意外だと伝えてきて、そらするわ、そう返して無理やり目をつむった。あぁちんこ痛い。覚えとけ、今度はぐずぐずに慣らしてぶち込んだる。
アホでかわええなって思うあたり俺も大概おかしいんやろうか。
そもそも俺は、どうでもええやつを時間外に店に置いとくほどお人好しでもないし、好きでもない相手と、しかも男とセックスしようなんて思うほど酔狂でもない。
チャンスやって思っとったんは、ええなって思っとったんは、お前だけやないって。
起きたら教えてやろう。お前がよかったんやって。