嘘つきは極刑に処す
自分で言うのも何だが、俺の怒りの沸点は低くはない。と、言っても、これは片割れと比べれば、の話であって、じゃあ沸点が高いのかというと、それはそれで違う。普段から結構些細なことでイラッとするし、腹が立つ。侑関連のことでは、特に。アイツはほんま、俺のツボをいちいち的確に押してくるからムカつくねん。けれど、毎回そんなつまらないことで怒りを露わにするのがそもそも癪に障るというか、それに時間を割くくらいなら、めしのことを考えている方がよっぽど有意義なので、腹に溜まった憤りは深いため息として昇華して、とりあえず無かったことにする。
が、しかし。そんな俺でも、どうにもできないときもある。虫の居所が悪い日だ。寝起き一番で足の小指をぶつけたり、服に醤油を溢したり、買い出しから戻った途端買い忘れに気付いたり。そういうしょうもない苛立ちが積み重なった結果、いつもなら気にも留めないようなことまで目に付き始め、こうなってしまったら深呼吸してもどうしようもない。とはいえ、こちとら接客業。大切なお客さんの前で不機嫌なんて以ての外だし、そんな人間が握るおにぎりが美味いはずがない。だから、こんなときはもう諦めて、出来るだけ自分を乱す根源から距離を置き、平常心を守る鉄壁を築き上げているのだが、それでも、こっちがどれだけ努力しようと、構わずぶち壊してくる奴がいる。
「き、き、き、気持ちよくないですッ!!」
がたんッ、と椅子が大きく揺れる音と、素っ頓狂な叫び声。限られた店内に響くその声は、紛れもなく俺の恋人のもので、直後に聞こえてきた下品極まりない大爆笑は、自分と顔のよく似た男のそれで間違いない。
ほらな、こういう奴らや。こういう奴らが、骨折りの上で成り立つ俺の平静を、勝手気儘に掻き乱してくる。
さっきからずっと耳障りだった、二人の会話。侑が矢鱈めったら俺たちの関係について探り出し、揶揄い、挙げ句の果てには『治とのえっち、気持ちええ?』と、クソみたいに冷やかし始めた。完全に中学、いや小学生のノリである。ほんまに、とっくの昔に成人した男とは思えへん。まあ今更、コイツに何を言うてもしゃあないけど。
しかも、それに加えて、翔陽のあの返答。別に気持ちいいです、と答えて欲しかった訳じゃない。茹で蛸みたいに真っ赤な顔して何を言おうが照れ隠し以外の何物でもないし、普段の行為において、死ぬほど善がり狂っている姿を見ていればもう、特に明言してもらう必要がない。けど、元よりここは飲食店。お客さんに美味いめしを食ってもらうための場所。いくら、今ちょうど入れ替わりのタイミングで、ほかに人がおらんからって、そんな下世話な話をされては困る。いや、普通にめっちゃ腹立つ。なんやねん。何が、気持ちよくない、じゃ、ボケ。お前いっつも泣いて悦んどるやんけ、アホ。
……おい。違う。俺が今、死ぬほど腸が煮え返っているのは、神聖な食事の場に相反する低俗な話をされたからであって、自分との性行為を否定されたからではない。断じて違う。まじでちゃうから。ほんまにちゃう。
「お客さん〜、食い終わったらさっさと帰ってもらえますぅ?」
まあ、それはそれとして。俺は今日、なんせ虫の居所が悪い。だから、普段なら忙しくならない限り居座らせてやる二人を無理矢理追い出したのも、馴れ馴れしく翔陽の肩に肘を置く侑のケツを蹴ったのも、涙目で何やら訴えかけてくる翔陽を一瞥し、そのままあっさり背を向けたのも、全部ぜんぶ虫の居所が悪いせいで、別に、週に何回も二人で飯を食いに来ることに対して、苛々したとか、そんなんではない。
「ど、どうしよう……治さん怒ってる……?」
「んぁ? そうかぁ? あんなんいつもやん」
「っ侑さんのせいだ!! 侑さんが変なこと言うからッ!!」
「知らんがな(笑)んなもん、アイツの機嫌なんかちんこ舐めたら直るって!」
「ハァッ?!」
そうして侑と仲睦まじく、並んで帰る翔陽の背中を見ながら、俺は誓った。
──コイツ絶対、ちんこで殺ったる、と。
◇
その日の夜。閉店時間を少し過ぎ、最後のお客を見送って、本日の営業も無事終了。いつも通りの閉店作業と、帳簿付け、特に変わったところはない。ただ一つ、普段と異なる何かがあるとすれば、今、すでに暖簾を下ろしたはずの店の扉が、遠慮がちに叩かれていることか。
誰やろな、なんて考えなくても分かっている。この時間に俺を訪ねてくる人間は二人ほどいるが、俺がそれを許している人間はこの世に一人しかいない。ついでに、律儀にノックしてくるような人間も。
引き戸を開けてみれば案の定、見慣れた橙色の髪の毛が視界に飛び込んできた。その表情は数時間前店を出たときと同様に、情けなく眉毛を垂らして溢れんばかりの申し訳なさを前面に示してはいたが、俺がわざわざそれを汲み取って、許してやるかどうかというのはまた話が別である。だってもう、ちんこで殺るって誓ってもうたし。
「あ、えと、その……さっきは――、」
「よし、殺ろか」
「…………、ハイ??」
そういうわけで、狼狽える身体を引き入れて、住居スペースである二階寝室にとっとと押し込め、早急に下半身を丸々引ん剝いたとき、当の相手は漸く自分の置かれている状況を理解したようだが「あ……、す、するんですか……?」と、頬を火照らせこちらを見上げる翔陽が想像するような、そんな可愛いものにするつもりは更々なかった。まぁ、今日は虫の居所が悪いねんからしゃあないな。そんな日に飛び入ってくる方が悪い。と、自分を正当化して、結局、俺はその問いには答えずに、すぐ横の押し入れに仕舞われたローションを取り出して、手のひらに広げ、温める。されるがままに抵抗しない翔陽を見下ろしながら、無言でにっちゃ、にっちゃとローションを捏ねているのは、流石にどうかとは思うけど。
けれど、恥ずかしそうに唇を噛む本体とは対照的に、恥ずかしげもなく曝け出された慎ましやかなちんこの方は、まだ何にもされていないにも関わらず、度々ひくん、と揺れているので、どうやらこれからの刺激を期待しているらしい。
「んぅ……っ」
ほら、先端を指で弾いただけで、この反応。全く、感度が良すぎて心配になる。普段男まみれの生活の中、冗談で尻を揉まれたり、それこそ他意のない身体接触も多いだろうが、まさかその都度感じてんちゃうやろな、と案じながら、ローション塗れの手のひらで、震える性器をすっぽり包んだ。
「あっ……ふ、ぅッ……」
ぬるついた手でくちゅくちゅ適当に扱いてやると、途端に顔を起こす、それ。ものの数秒であっさり勃起するちんこに思わず笑いそうになるけれど、そこは硬い表情筋でグッと堪えた。真顔無言で陰部を弄り続ける俺に何かしらの圧を感じているのだろうか、自分の急所を好き勝手されているにも関わらず、翔陽は未だ何も言わない。薄く開いた唇から漏れるのは抗議ではなく、だらしのない吐息のみ。
「ん、ぁ、あ……っ!」
暫し単調な手つきで扱いていると、切羽詰まった声とともに軽く腰を突き出したので、あ、そろそろイきよるな、と思ったところで意地悪く、あっさり手を離してやった。
「っぁ……」
枕に顔を埋めながら、チラッと寄越した視線には『なんで……?』という切ない気持ちが乗せられていたものの、それには決して応えない。何故なら今日は、イかせてくださいと懇願するまでイかせる気はないし、挿れてくださいと泣いて頼んでくるまで挿れてやるつもりはないのだ。なんせ俺は『粗、チ、ン』やしなぁ。あ?それは言うてへんか。まぁ、気持ちよくないって言われたんやし、ニュアンス的には一緒やろ、と、胸中で独り言ちつつ、おおよそ射精欲が引いた頃を見計らい、再び一方的な手淫を再開させた。
「ぁ、ふ……っ、ん、ぁ、ぁあっ!」
触れるか触れないか、という微妙なタッチで裏筋を撫でながら、親指の腹で敏感な先端口をぐりぐりすると、たったそれだけなのに面白いくらいに腰が跳ねる。素直すぎる反応に気を良くした俺は、そのまましばらく根元から強く擦り上げたり、雁首を指でなぞってみたり、そうかと思えば、手のひらで亀頭を捏ねたり。緩急を付けながら、イきそうになっては止め、イきそうになっては止め。そうして、迫る昂りに反して手の動きを止めてやる度、天辺の小さな穴からは透明な液体がとぷり、とぷり、と悩ましげに溢れ出て、初めより幾分も赤く腫れた性器はもうぐずぐずだった。
「ぁ……っ、あ、ぁ……」
あと一撫ですれば爆発しそうなそれから手を離してみると、翔陽の身体はもどかしそうに時折り揺れる。腹部にこもる熱がたまらないのか、漏れ出る吐息は媚びるように甘い。もうなんもせんでもイってまいそうやなぁ、と思っていると、震える性器の更に下、いつも俺の"粗末な"ブツを咥える場所が、大袈裟なほどヒクついていることに気が付いた。
収縮を繰り返す窄みに指を添えると、待ってました、と言わんばかりにちゅうちゅうと吸い付いてくる。完全に屈服している下半身から視線を上げたら、顔から首まで、いや首を通り越して胸元まで真っ赤にさせた翔陽とばっちりしっかり目が合った。が、すぐに逸らされる。上の口は羞恥心ゆえ素直にお喋りできないようだが、下の方は早く挿れろ、と誘うようにひくひくしているので可愛らしい。誘われるままに指を挿れると「ひッ――」と息を呑んだ翔陽とは反対に、正直者の腸壁は悦び畝って奥へ奥へと誘導してきた。
「あっ、く、ぅ、ぅん……ッ」
ローションなのか、それとも別の液体なのか、ぬるついた指は何の抵抗もなく飲み込まれ、欲望に忠実な方の口はというと、今や太い指を複数本咥え込んでる。しばらく痙攣する粘膜を宥めるように擦っていると、突然指の腹にふに、っとした何かが触れた。
「ひぁあ……っ!」
途端に、翔陽が甲高い嬌声を上げて飛び跳ねたので、確信する。ちょうど真っ直ぐ指を伸ばした辺り、腹部側、摩る度に存在を主張するそれは、前立腺やな、と。まぁ、もう触り慣れた場所なので、今更確認するまでもないけれど。
そして、その確かな性感帯を指で捏ねると、翔陽の身体が大きく仰け反り震え始めた。いつも以上に激しい反応に驚きつつも、寸止めしたったからか?ナカむっちゃ熱なっとる、なんて暢気に考えながら、責める指の動きは止めない。ぐりぐりとそこを押し潰す度、腸壁はひどい収縮を繰り返し、やがてその間隔が狭まってくると、そろそろ限界が近いことがよく分かる。せやせや、こっちだけでもイけるんやもんな。
「んぁ、あ、ッ、う、あ゛ぁ…っ、」
「翔陽、イきたい?」
「は、ぁ…っ、ん、ぁ、あっ、あ……ッ!」
せっかく質問してやっているにも関わらず、翔陽は素直に答えない。おい、あとは頷くだけにしたったやろが。さっさとはよ答えろや。と、こっちも結構焦っているのは何故かというと、パンツに収められた自分の性器も、ぱんぱんに腫れて悲鳴を上げているからである。ほんま、イきたいならイきたいって言うたらええし、気持ちええなら気持ちええって、はっきり言うたらええのになぁ?なんて、下の口に問いかけると、まるで同調するかのように、きゅんッと入口がキツく締まった。
はぁ、こんだけとろとろなってる穴に挿れたら、めっちゃ気持ちええやろなぁ。……でも、アカン。今日は絶対、泣いて頼むまで挿れたらん。この"粗チン"に挿れてくださいと頭を下げるまでは、な。と、再びしょうもない決意を固めた、そのときだった。
「あ、」
──しばらく放置していた翔陽の性器から、白濁の液体が溢れ出したのは。
「やば、忘れとった」
「く、うぅ〜〜〜〜……っ」
そうや、このちんこ、触らんでもイきよんねん。
そう思い出してすぐ、精液が漏れ出ている竿の根元を力強く握ってやった。こっちの出し方は射精感が薄いはずだが、それでも、溢れるものを堰き止められるのは苦しいらしい。俺はされたことないから知らんけど。その証拠に、中途半端な絶頂を味わった身体はがくがく激しく痙攣している。そんな姿を見ていたら、流石にちょっと可哀想かも知れないと、今まで身を隠していた俺の良心が痛み始めた。ついでに、めっちゃちんこも痛い。
「なぁ、」
「ぅ、ぅ……ッ」
「どうして欲しい?」
性器を握る手は緩めないまま、再び前立腺を擦ってやると、涙を溜めた大きな瞳が俺を捕らえた。そして、瞬きの衝撃で涙がポロッと溢れたのとほぼ同時、噛み締めた唇の隙間から「ぃ、いきたい……っ」と、漸く待ち侘びた返事が溢流する。ので、まぁ、いじめたんのもそろそろ結構満足したし、何にせよ自分の限界も近付いてきたことやしな、と、俺は素直に手を離し、苦しげに悶えるそれを解放してやった。
「え」
「ふッ、うぅう〜〜っ」
にも関わらず、何故か翔陽が自分で性器を握り始めるから、驚いた。
え、なんでコイツ、自分でちんこ押さえてんねやろ。もしかして、止められる快感に目覚めてもうたんか?かつては純真無垢だったはずの身体に、変な性癖を植え付けてしまったかも知れない、と、僅かにたじろぐ俺を見つめて、翔陽が涙ながらに口を開く。
「ぉ、おさむさん、ので、っ、いきたい……ッ! ぅ、あ、治さ、ぁ、のでッ、ぃ、イきた、いぃい……!」
――確かに。
確かに今日、俺は腹が立っていた。セックスが気持ちよくないと言われたこととか、侑とえらい仲がよく見えることとか、そういうしょうもないことで。けれど今、真っ赤な顔して泣きながら、自分で性器を握り締め、必死にイくのを我慢している健気な姿を見ていると、深呼吸しても収まらなかったそれら全てが、至極どうでもいいことのように思える。
そもそも、自分がつまらない意地や嫉妬に囚われているのが癪に障るというか、そんなことで時間を無駄にするくらいなら、目の前の相手のことで頭の中をいっぱいにした方が、よっぽど有意義なので。
だから俺は、一度深いため息を吐いてから、終始布の中でお利口さんにしていたそれを取り出して、ぬらぬらと妖しく光る穴の縁へ押し当てた。ただそれだけで、この世の幸福を煮詰めたように顔を蕩けさせる翔陽を前にして、これじゃあ結局どっちがしてやられたんか分からんわ、と呆れつつ、眼前に迫った快感の波に身を投じるべく、腰を進める。
――まぁ、でも。俺は今日、死ぬほど虫の居所が悪いので、ちんこで殺ったるってのは変わらんけどな。