ほのぼのなふたり
「治さん!シャボン玉!!」
ちょっと荷物の整理したいんで、と自室にこもっとった翔陽が、シャボン玉やりましょう!て嬉しそうに駆け寄ってきたその手元には、むかし駄菓子屋なんかでよく見かけた息を吹きかけて飛ばすタイプのシャボン玉セット。
ほぉん、懐かしな。と翔陽が手にしたそれを見ると、およそ成人男性が持つには似つかわしくない子供向けの賑やかなイラストで彩られていて、懐かしさに目を緩める。
「どしたん?それ」
オレの問いかけにニコニコした翔陽が「むかし夏にもらって」と懐かしむような、愛おしむ様な顔でシャボン玉を見つめていて、なっちゃんか。と俺も倣うようにシャボン玉を見つめる。
どうやら、高三の誕生日に妹のなっちゃんが小遣い使わずに貯めとったお金でプレゼントしてくれたのを、勿体なくて使えず今日の今日まで忘れとった、らしい。
「ほんで、大事に取っといたシャボン玉を今日使おういう気になったその心は?」
「期限っす!」
そんなに大事に取っといたもんを何故このタイミングで?って疑問に思ったことを問うたら、至極あっさりと返ってきた答えにあぁなるほどなと頷いた。
シャボン玉の期限とか考えたことなかったけど、口に入れるもんなんやしそらそうやんな。
「シャボン玉の期限ってどんなもんなん?」
気になって聞けば、スマホで調べとったらしい翔陽がゲッて顔をして「3年……」とか呟いとる。
「……ゆうに過ぎとるな」
え〜、やりたかったのになぁ……ってガッカリしとる翔陽に駄々こねる子供かと笑いがこぼれる。
「まぁ、飲み込まんかったら大丈夫とちゃう?」
俺もちょっと久しぶりにやりたいとか思ってもうてたし。そう思って、暗にやろうやってほのめかした俺に翔陽がぱあっと顔を輝かせて「ですよね!!」って力強く言ったところで、二人連れ立ってベランダに向かった。
勢いよく飛び出していくシャボン玉に太陽の光が反射してキラキラしている様をぼぉっと見つめる。
隣を見ればその光に負けんぐらいキラキラとした瞳がおんなじように高く飛んでいくシャボン玉を見つめていて、それ見とったら、コイツもどこまでも高く飛んでいくんやろな、なんて考えがふと頭をよぎった。
……まぁ、コイツは途中で弾けて消えるなんてタマやないけど。
飛び上がったシャボン玉を目で追って、見上げた先にある太陽の眩しさに目を細めていると、「たまにやると面白いですね!」ってはしゃぐ眩しい存在にそやなぁって笑って返した。
「……シャボン玉の歌あるやんか」
「あぁ!シャボン玉飛んだ〜ってやつっすね!」
俺の問いかけに子供みたいに軽やかに歌って応えた翔陽が、次のシャボン玉作りのために液に付けたストローを口に咥える。
「そうそれ。昔『屋根まで飛んだ』のとこで屋根も一緒に飛んだんかどうかでツムと大喧嘩になったことあるわ」
「ブッ!!」
淡々と言えば隣におった翔陽が思いっきり液を噴き出して、思わず汚なっ、て声上げた俺を恨みがましく見てくる。
「っ、もぅ!治さんっ!……うぇ」
どうやら液を飲んでもうたらしい翔陽がペッペッと吐き出しとるのを見て、アララ大変やとキッチンに向かって水を汲んで戻ってくると苦い顔をした翔陽に手渡す。
「あ〜…… ニガい……」
災難やったなぁて言えば、相手はまた俺をジトっとした目で見てきて、まぁ言いたいことは分かるけどと思いながらその視線を受け流すけど、向こうはひとこと言ってやらな気がすまんって構えらしい。
ジトッとした目はそのままに恨みつらみを訴えてきた。
「あのタイミングで笑わせてくるの酷くないですか!?」
「笑うとこなんかなかったやろ」
あの話に笑いどころなんてなかったやろと思ってそう返せば「くだらなすぎてツボに入ったんです!」て、くだらんてなんや、失礼やな。これでも当時は掴み合うほどの喧嘩に発展したんやぞ。
……まぁ今考えたらどうにもくだらんけど。
「……それで、どっちが勝ったんですか?てかどっちが屋根も飛んだとか言いだしたんですか……」
呆れたように尋ねてくる翔陽を横目にシャボン玉をフーッと吹く。
「……わすれた」
俺の返事になんですかそれ……て脱力したように言った翔陽に、まぁええやん、どうせくだらんのやし、いうてまたシャボン玉を吹く。
飛んでいくシャボン玉を目で追ってると、隣からこっちをじっと見とる気配を感じて視線をそちらに向ける。
「なん?」
問われて初めて自分がじっと見ていた事に気づいたのであろう翔陽が、慌てたようにいやっ、その……なんて歯切れが悪そうに目を泳がせるのを不思議に思って首を傾げながら、思いのほかシャボン玉に興が乗った俺が再びストローを咥えたところで、日向翔陽特製の爆弾が落とされることになる。
「……やっぱり俺、治さんの横顔好きだなって」
「ブッ!!」
……なに急に言ってくれとんねんコイツは!
さっきの翔陽みたいに液を飲むことはなかったが、不意打ちの発言にむせた俺に仕返しできた!みたいな顔しとるんは気づいとるぞ、おい。
「……なんやねん急に」
「別に、いつもカウンター越しに仕事中の治さんの横顔カッケェなって思いながら見てたって話ですけど」
むせるような事じゃないと思いますけど??
なんて愉快そうに言ってくるんが白々しい。
……白々しいけども、仕事中の自分の姿褒められて嬉しくない男なんておらんやろ。
気恥しい想いを抱えて、まさかお前にしてやられるとは……なんて複雑な顔しとるであろう俺から得意げにシャボン玉を奪い取って、上機嫌で吹き始めた翔陽の横顔を何となしに見つめていると、浮き上がってくる考え。
……俺はお前の仕事中の横顔、間近で見ることは出来んのよな。
あの、コートの中で今が一番楽しくてしゃあないみたいな、ほんで全部食らい尽くしてやる、みたいなギラついた横顔を、一番近い距離で見れるんは俺やない。
そんな風にこれまで決して悔やんだことの無い、違う道を行く選択をしたことを改めて突きつけられるような想い。俺もバレー続けとったらコイツの一番輝いとる横顔を間近で見ることもあったんやろか、なんてありもしない事を考えては首を振る。
それでもこうやってコート外に出れば、いちばん近くでこの横顔見れるんは俺やって自負もある。俺はコートの外で、コイツの事支えてやれとったらそれでええ。
「治さん?」
黙り込んだ俺を不思議がってかこっちを向いた翔陽に、バレーしとる間はしゃあないけど、一歩コートの外に出たらお前の事ひとり占めする権利は俺にあるやろ?なんてバレーに対してか誰かに対してか分からん嫉妬心を心の中に閉じ込めて、空いとる方の手に自分の指を絡める。
「治さん、どうし……」
言い終わらん内に口を塞いだ俺に、キスしとるいうのに目を閉じずに目を丸くしとる翔陽から口を離してすぐ、唇をぺろっと舐めると目を更にまん丸くさせた翔陽を見とると、いくらかさっきの考え込んどった想いが落ち着いた気がした。
……にしても。
「……にっが……」
さっきの翔陽みたいに苦々しい顔をした俺をしばらくボーッと見とった翔陽がハッとした顔をした後、俺の肩を叩いてくるけど、その顔は真っ赤でどうにも笑いが零れてしまう。
「っ、自業自得ですっ!!」
てかここ外なんですけど!?なんてブツブツ言っとる相手に堪えきれずふはっと息を零せば、聞いてます??と更にムスッとする顔。
「……なぁ、もっかいええ?」
「知りませんっ」
そんなこと言いながらも顔を背ける様子のない翔陽にフッフと笑いながら、肩に手を掛けて外から隠すように距離を詰めていると、ふと目の端に映ったシャボン玉におぉ、まだ生き残りがおったんかなんて思いながら目で追う。
つい気を取られとる俺に気づいた翔陽も、視線を辿った先にあるシャボン玉の存在を目に止めらしい。あ、生き残り!なんて俺とおんなじ事考えとるのに何だか嬉しくなる。
──飛べ。高く高く。
どこまで高く飛んでいっても、目を離さんと見届けたるから。
やがてフワフワと漂ったシャボン玉がパチンと弾けて消えたのを見届けると、あ、消えたって呟く相手の顔を手でこちらに戻して、そっと目を閉じた。