# 02


「せやから俺の勘違いやって! 太ってへんから!」
「いいえ! 俺にも自覚はあったので!」
「あああぁもう! 頑固なやっちゃな!」

練習後のロッカールームで、侑さんが頭を掻きむしりながら叫ぶのを俺は口を引き結んで見ていた。
侑さんはそう言うけど、あの時言葉にした「太った?」って感想は、きっと、多分、正しいのだ。……だって俺も、あれ? って薄々思っていたのだから。
ジャンプをする時、駆け出す時、ふと、何か身体が重く感じるな? ……って。

プロのアスリートとして体型維持は自己管理のうちの1つだ。身体が重くなればジャンプを飛ぶのにも、コートを走り回るのにも支障が出る。
そもそも、普段からハードなスポーツをしている人間が太るなんて事は滅多に起こらないだろう。スポーツ選手が一日に必要とされる摂取カロリーは一般の成人男性よりはるかに多い。運動で消費したカロリーは食事で補わなければならない。食事量が少ないと危険と言われるほどだ。
……それなのに太るという事はどういう事か?
答えは至ってシンプルで、それ以上に食べているからです! それも、高カロリーな物を! だ。

自分の恋人は、食べるのがそりゃあもう大好きだ。高校の時点で「飯に関わる仕事に就く」と決めていた恋人、宮治さんは、今や立派なおにぎり屋の店主となり、日々お客さんにその腕を奮っている。そんな治さんの作る料理はおにぎりに限らず何でもおいしい。
それでも現状に満足することなく、精進に精進を重ね、休みの日には研究のために他店の視察にも勤しむ。
そんな治さんに同行(というかいわゆるデートだ)する事も多いけど、目の前で自分は今世界一幸せだと言わんばかりに顔を綻ばせてご飯を頬張っている治さんの姿は、普段の大人びた様子とのギャップも相まって俺の頬を緩めさせるだけの破壊力を持っていて。
そんな治さんが相好を崩して俺に言うのだ。
「翔陽はホンマ美味そぉに食うなぁ。その顔、俺むっちゃ好きや」と。
嬉しそうな顔でそんなことを言われたら、俺の箸もどんどん進んでしまうのは仕方がない事じゃないだろうか。

こうして、ご飯を食べに行く度に頬をだらしなくさせた成人男性2人の出来上がり、という訳なんだけど。
俺は治さんの幸せそうにご飯を食べる姿が好きだ。そして、治さんも俺が美味しそうに食べる姿が好きなのだと言う。
そんな俺たちがご飯にデザートに、と心ゆくまで食事デートを日々重ねた結果、彼の双子の片割れに「翔陽くん太った? ほらこの辺」とお腹を摘まれた時の衝撃は忘れられそうにない。

まず、プロとしてあるまじき事にショックを受け、次にこの事が治さんにバレたら、「ご飯食べに連れ回しすぎたな……控えよか」なんて言われるのでは!? って考えが俺の頭をよぎった。
それだけは避けたかった。俺は、治さんと一緒にご飯を食べる、あの幸せな時間が大好きだから。
というか、なんで俺と同じだけ……いや、それ以上に食べてるハズの治さんが太らないんですか!? スポーツ選手でもないのに……! そう言って侑さんに詰め寄ったら、侑さんは俺の勢いに若干引きつつ、「あいつ昔っからそうやねん。食っても食っても太りよらん。ほんで現役ん時は俺よりも体格良かったしほんま腹立つわぁ」そう言って口を尖らせていて、なんて恵まれた人間なのだと、俺はぐぬぬと歯噛みしたのだった。

そして考えに考えた結果、これまたシンプルに、「そうだ!食べる量より運動量を増やせば良いのだ!」という考えに至ったのである。
もちろん、バレーに支障をきたさない程度に。そして、治さんにバレないように。

絶対治さんには言わないでください! そう侑さんにキツく口止めして、治さんと美味しくご馳走を食べたらその分消費に勤しむ。そんな風に陰ながら努力を重ねる日々。
計画は完璧だった。……ある時を除いては。



「……翔陽」

治さんの家で夜ご飯を腹いっぱい食べて、お風呂に入ったり一緒に歯磨きしたりして、もう少ししたら寝ようかという時間帯。
ソファに並んでおしゃべりしていた治さんの顔がおもむろに俺に近づく。
頬に添えられた少しカサついた手は、治さんが料理人として頑張っている証だ。
「あかぎれ酷いわ〜」って嘆く治さんに、侑さんにオススメされてから愛用しているハンドクリームを俺も勧めてみたけど、「人の口に入るもん手にする以上、営業中は塗れんしなぁ」なんて諦めたように、でもどこか誇らしげに自分の手を撫でる治さんの横顔はやっぱりかっこよくて、俺はそんな治さんの手が好きだった。

添えられた手に自分の手を重ねて治さんを見上げる。もう何度目になるか分からないやり取りの後、俺の目を見つめる治さんの視線が口元に降りてきて、そうして唇が重なった。
んっ...と時折吐息を漏らしながら受け止めていると口付けはどんどん深いものになっていって、夢中になっていた俺は気づけばソファに倒れ込んでいる状態になっていて。
少し息を乱した治さんが俺の名前を切なそうに呼ぶとどうしようもなく胸が締め付けられるその感覚には、いつまで経っても慣れそうない。胸が高鳴るのを感じながら、俺も治さんの名前を呼んで応える。
すっかり俺に乗り上げていた治さんの手が着ているTシャツの上から俺の身体をなぞるように降りてきて、裾から手が侵入してくる。そのカサついた手の感触が俺の腹を撫でて──

「! あぁっーーー!!!」
「うぉっ!?」

ガバッと跳ね起きた俺の勢いに仰け反った治さんは、あわやソファから落ちる寸前のところで、背もたれを掴むことでかろうじて落ちるのを免れた。

「な、なんや!?」

困惑したような表情で俺を見てくる治さんと、捲り上がったTシャツの裾を素早く下ろしてキツく握りしめた俺。
シン...と静寂が訪れた俺たちの空気を、時計の秒針の音だけが揺らす。

「翔陽、どうし、」
「〜っ俺! 明日の準備しなきゃいけないの忘れてました!」

それ終わったら明日も早いんで寝ますね...!
そう言って寝室へ逃げようとする俺に治さんが口を開くのが分かっていたけど、言葉を掛けられる前に素早くリビングから立ち去る。

正直俺だってすっかりその気になってたし、あのまま流されてしまいたかったけど……!
けど、治さんの手が俺の腹にかかった瞬間思い出したのだ。
……ご飯を食べた後のこの腹、見られる訳にはいかない! それに、もうちょっと、後ちょっと身体を絞ってからにしてほしい……!

言ったからにはと取り掛かった準備は、明日の朝でも余裕で間に合うものだったからすぐに終わって、悩んだ末のろのろとベッドに潜り込む。
しばらくして寝室へやってきた治さんが背を向けた俺に声をかけるけど、さっきの事を説明する流れになってはいけないと寝たフリを決め込んだ。はぁ、と聞こえてきたため息にギクッとして一瞬息が詰まるけど、反応しないように堪えて。
しばらくすると布団を捲る音がして、俺の隣に寝転んだ治さんが俺の頭を撫でる。
さっきあんな態度を取ったというのに優しいその手つきに、罪悪感から胸がチクッとして、心の中でゴメンナサイ...と謝った。
そのうち本当にウトウトしてきた俺は、
(あ...向き合わずに寝るのなんて初めてかもしれない……)
そんな事を思いながら眠りについた。