# 05
……ご飯は食べた、お風呂にも入った、と俺はその時をソワソワしながら待っていた。
気分は『サッ 来オォォイ!!!』である。
さながら強烈なサーブを待ち構えるかのごとく、俺は密かに気合を入れていた。なにせ、自分で決めた事とはいえあの日以来治さんとそういった事がなかったわけで……
自分のせいとはいえ、好きな人と触れ合えないってのはやっぱり物足りない。
今か今かと待つ俺に治さんが「……翔陽」と口を開いた。いつも通り隣に座って……ではなく、何故かテーブルを挟んで座って。
「はい……?」
……あれ? 何か様子がおかしいな?
俺の目の前に座る治さんは、何だか真剣な表情で。
「……話、あるんやけど」
「は、ハイ……」
真剣な様子の治さんに、浮かれていた俺は思わず姿勢を正して、気づけば無意識に喉をゴクリと鳴らしていた。
「……翔陽。俺に何か隠してる事、あるやろ?」
「えっ……?」
治さんが俺の目をジッと見ながら問いかけてきて、俺は唖然とそれを見返す。
……隠してる、というか、隠していた事と言えば、ひとつしかない。……えっ? まさかバレてた……? 気づかれてないと思ってたけど、治さんも俺が太ったって思ってた!? あの時の「前と違う」って発言は、やっぱり俺の体型のことを言ってた!?
……はっ! もしかして侑さんが? あの「ゴメン」はそう言う意味か!?
治さんのこの真剣な表情、「美味いもん食いに行くんはしばらく控えよう」なんて言われるんじゃ……
恐れていた事が現実になるかもって一瞬でパニックになって青ざめてるであろう俺を、治さんは何も言わずにじっと見ていて。
その目に責められているような心地になった俺は、気がつけば口から謝罪の言葉が出ていた。
「っ、すみません!!!」
「……それは何に対する謝罪なん?」
「それは……」
「なぁ、なんで最近俺が触ろうとしたら避けるん?」
「そっ、それは……触られていい状態じゃなかったって言うか……」
俺の歯切れの悪い返答に、治さんは尚も訝しげな目を向けてきて、そしてため息をひとつ。
「やっぱり、そう言う事なんやな……」
「……気付いて、たんですね……」
※
「……気付いて、たんですね……」
そう言って俺の前で縮こまっとる翔陽に、悪い予感は当たっとったんやな、て絶望をおぼえる。
……やっぱり、心変わりか……。
何でなん? 俺らついこないだまで仲良ぅやっとったやんな? それやのに何でこんな事になるん?
男らしくないんは分かっとっても、そんな女々しい想いが頭を駆け巡って。
それでも、まだどっかこいつの前では格好つけときたかった俺は、冷静になれと自分に言い聞かして項垂れた翔陽に言葉をかける。
「普通気づくやろ。恋人の様子がおかしかったら」
「……」
「そんで、翔陽はどうしたいん?」
そら他に好きな奴ができた言うんやったら別れる以外の選択肢はないわな、なんて分かりきっとっても、未練がましくそれを言い出せん自分に嫌気がさしながら問う。
そうしたら、しばらくして返ってきた答えに俺は目の前が暗くなるような怒りをおぼえた。
「……でも俺っ!治さんの作ったご飯食べたり、
一緒に美味しいもの食べに行くのはやめたくないんです……!」
「はぁっ?」
最愛の恋人が、他に好きな奴がおって、それでも俺とは飯を食いに行きたいなんて必死に訴えかけてくる。ようぬけぬけとそんな事が言えたな、なんて悪態つきたくもなるで。
「……俺は飯だけの男やったっちゅうことかいな...」
「そんな事ないです!!! デザートも...!」
「バカにしとんのか???」
思わず愚痴が零れた俺に「デザートも食べに行きたい!」なんて、そう言う意味ちゃうわ! ナメとるんか?
思わずカッとなって、身を乗り出して翔陽の手をキツく掴んだ俺を、びっくりしたようなまん丸した目が見つめてきて。
こんな時でも何なんその顔かわいいやんけ、とか思うんが悔しくて情けない。
こんなに純粋を貼り付けたような子が、恋人がおんのに惹かれる様な奴って誰や? バレーか? やっぱりバレーが上手い奴か? ……まさかツムとか言うんちゃうやろな。
「……誰やねん」
「えっ?」
「やから、お前をそんなんにさせた奴、誰やねん」
「え……えっと……」
負かされた相手の事ぐらい教えてくれてもエエやろ? そんな思いで翔陽を問いつめて、じっと答えを待つ。
「えっと……え、強いて言うなら治さん、です、かね……?」
「………………………は?」
はい? ……はい???
思わぬ答えに虚をつかれた俺を、翔陽は不思議そぉな目で見てきて。
いやいやいや。
「……ちょお待て、何の話や?」
「え……? だから、俺が太った原因ですよね?」
「は? 太った?」
おそらくエラいマヌケな顔をしとるであろう俺の前で「あ!でも治さんのせいってわけじゃなくて……!」とか身振り手振りで必死にまくし立ててくる翔陽に、何や食い違っとる事にようやっと気づいて、アカン。これ一から話さなアカンっぽいぞと居住まいを正す。
「……なぁ、翔陽」
「は、ハイ……?」
「お前が最近おかしかったんは何でなん?」
「え。だから、俺が太っちゃったから、ですけど……」
治さんも気づいてたんですよね……? なんてシュンとしとる翔陽に、あぁ、そういや最近触り心地良かったなぁ〜なんて思ったけど、そうやなくて。
「え? それでおかしかったん? そんな事で?」
思わず口をついてでた言葉に、目の前の翔陽に何らかのスイッチが入ったんが分かった。
「そんな事って! そんな事って何ですか!?」
「お……おう?」
「プロのスポーツ選手が! 太るって! ゆゆしき事態ですよ!? それをそんな事って……!」
「す、すまん……」
「大体何なんですか!? 俺より治さんの方がいっぱい食べてるじゃないですか! それなのに何でそんなにいい身体してんすか!? スポーツしてる訳じゃなのに……!」
翔陽の勢いに押されて身を引いた俺に投げつけられる言葉に、あっそれツムもこないだ言っとったわ、てまた思考が別のとこ行きかけたんを引き戻して、とりあえず興奮しとる翔陽を落ち着かせなって言葉を選ぶ。
「……つまりアレなん? 翔陽は太ったん気にして俺に触られたくなかったん?」
「そうですけどっ!?」
……マジか……マジかぁぁぁ。
やっと自分の勘違いに気付いて脱力した俺に、いくらか落ち着きを取り戻したらしい翔陽が治さん?て気遣わしげに声掛けてくるけど、顔を覆って項垂れた俺は恥ずかしさから顔が上げられん。
このまま聞いてくれ……そう言う俺に、翔陽は素直に頷いた。
「勘違いや……」
「はい?」
「……お前に好きな奴ができたと思っててん」
「ハイッ!?」
何がどうしてそうなった!? とでも言いたげな翔陽に、せやな……何でこんな事になったんやろな、としか返せん。
「他に好きな奴ができたから、俺に触られたくないんやろなって思ってん」
「何でそうなるんですか!?」
「そんなん急に態度変わったら疑ってもしゃあないやろ……」
「そ、それはホント、申し訳なかったですけど……」
今度は向こうがうろたえる番で、「太ったって治さんにはバレたくなかったんです!」やら、「ご飯食べに行くの控えようって言われたくなかったんです!」やら必死になっとる翔陽の言い分は、俺にとったら嬉しくなる理由やったけど。
「けど、素直に言うて欲しかったけどな」
「ウッ……! スミマセン……」
「まぁでも、お前が悩んどるん気づけんかったんは悪かった」
「いえ!治さんが謝る事では……!」
「お前が美味そぉに食うとるとこ見るんが好きやからって配慮足らんかったな」
スマン、と謝る俺に翔陽が慌てたように手を横に振る。
「俺も! ……治さんが美味しそうに食べるの見てるのが幸せで、その時間が減っちゃうのは嫌だったんです……」
随分と可愛いことを言ってくれる恋人に頬が緩むのを感じるけど、いくら俺との事を思ってと言えど、ツムは知っとった事情を俺に隠しとったんは気に食わん。
脳内に舌を出したアイツの顔が浮かんで、さっきまでの誤解が解けて安心した気持ちは心の隅に追いやられた。
これまで散々我慢を強いられて我慢も限界に近づいとった俺は、さて、ほんならどうしようかと口に出した後、笑顔を貼り付けて解決策を提案する。
「せや。さっき食べた分は動いて消費を、とか何とか言うとったなぁ?」
「え?あ、ハイ……」
「ほんならしよか、運動」
「へっ?」
ジリジリと自分に迫ってくる俺に何かを察したらしい翔陽が後ずさるが、残念やったなぁ。今日は何が何でも逃がしたらんぞ。
「お、治さん……? ちょっと待って、」
「待たん。俺がどんだけ耐えたと思っとんねん」
「や、ほんとすみませんでした!」
「おん。その分しっっっかり返してもらうな」
「ヒェ……」
必死になんやら言い募っとる言葉を唇ごと口で塞いで、執拗に舌で口の中を責め立てる。
最初の頃は抵抗して俺の胸を押し返そうとしとった手もどんどん力が弱くなっていって、今は俺の服をしっかり掴んどる。
一旦唇を離したらぷはっと息を吸い込んだ後、物欲しそうに潤んだ目で見上げてくる目の前のご馳走に、無意識に唇を舐めると相手が喉を鳴らすのが分かって気分が高揚していくのを感じた。
覚悟せぇよ。何せ俺は散々おあずけくらって、今むっちゃ腹が減っとるからな。