無自覚天然タラシマン ショーヨーくん
「うちの翔陽くんなぁ、ほんっま天然のタラシやねん。無自覚にホイホイ人惹き付けよる。
ありゃタチ悪いでぇ」
ははぁ、なるほどなぁと、目の前の光景を見る治の脳内にいつかの片割れの声が響く。
定休日、久々に買いもんでもしようかと街に繰り出し服やら何やらを見た後で、視察も兼ねて美味いと話題の定食屋に足を運んだり食材を見たりとブラブラしていたところで、目立つオレンジ色の頭を見つけた。
そのオレンジの子 ー日向翔陽 は焦った様子で「えぇっ!」「いや!そういうのは...まだ...ちょっと...」と必死に手を横にワタワタと振っており、相手の人の良さそうなご年配の女性は「ね!良いと思うんよぉ」「歳もええ感じやと思うわぁ」などと笑顔でグイグイ迫っている。
引く気のなさそうな女性に一層焦った様子の日向を見て、さてどうしたもんか、と治は腕を組んで思案した。
高校時代に稲荷崎の面々に強烈な印象を残したちびっこいスパイカーは、縁とは不思議なもんで、現在自分の片割れの相棒を担っている。
「俺はいつかあんたにトスをあげるで」
当時は「何言っとんのやコイツ...」と思ったあのセリフも、実際に言葉通りにして見せた己の片割れには恐れ入る。
(まぁ、アイツが引き寄せたもんちゃうけどな)
(言われた本人もポカーンとしとったし)
思考を飛ばしていたところで事態は変わる様子を見せないらしい。
治はため息をひとつ零し、渦中へと歩を進めた。
※
「ありがとうございました...」
ゲッソリとした様子で自分に礼を告げる日向に、些か同情の目を返してしまう。
あの後「ショーヨーくん」と声をかければ日向は『天の声...!』とばかりにこちらを見つめてきた。
おぉ...。『助かったぁ〜!』って、モロ顔に書いてあるな...。
治と日向の様子に女性は「あらお友達?」「待ち合わせしてたん?引き止めて悪かったねぇ。」「ほんまありがとうねぇ」と終始笑みを絶やさず去っていった。
「何やエラい気に入られとったな」
「はい...」
聞けば日向も今日は練習が休みで買い物でもしようと街をウロウロしてたところ、先程の女性が大きな荷物を抱えて立ち往生している所に出くわしたらしい。
タクシーを捕まえるつもりだと言う女性に「じゃあタクシー乗り場まで!」と荷物持ちを買って出たところ、いたく感動した女性に「こんなイイ子なかなかおらへん!」「いい人はいるのか?!」「是非うちの孫娘の婿に!」と迫られたと。
参っちゃいました...とまだ余韻が抜けていないらしくため息をついた日向におつかれさん、と声を掛ける。
「あんなもん、話半分で流しとったらええねん。誰やって街で会っただけの人間と本気で大事な孫娘結婚させよ、とは思わんやろ」
「分かってはいるんですけど...おばあさん相手に無下には出来なくてデスネ...」
そう言って目を逸らす日向に、
「まぁ、ばあちゃんに優しくすんのはええ事や」
高校時代の先輩を思い出しながら言うと、日向はこちらに視線を合わせてきた。
「そういえば、ミヤ...オサム、さんも用事ですか?」
その言葉に今日の目的と手に持っている物を思い出した治は、思案したのち日向に問いかけた。
「ショーヨーくん時間ある?良かったらうちの店寄ってかん?」
※
「オジャマします...!」
礼儀正しく頭を下げて店に入った日向をカウンターの椅子に座らせ、買ってきた食材を並べる。
用意をしながら横目に日向を見ると、落ち着かない様子で店内をキョロキョロと見ている。侑やチームメイトと何度か店に来てはいるが、一人で来たことはない事や、定休日の店にいる、ということが落ち着きを無くさせているのだろう。
自分でも不思議だと思う。高校時代対戦した。侑から日向の人となりは聞いている。
仲間と連れ立ってお店にやって来た際に、一言二言交わしたことはある。
『まぁええ子やなぁ』『あのツムに懐く人間がおるとはなぁ』
自分の日向翔陽に対する認識はそれくらいだ。あの侑が日向を褒める様子や、可愛がっているところを見るに、本当に素直ないい子なのだと思う。そして侑に負けないくらいバレーを愛しているのだと。
だがそれだって間接的な評価にすぎない。
自分が直接日向と関わった時間は限りなく少ない。特に親しい間柄でもない。
それなのに、こうして店に招いて二人っきりで過ごすなんて。
それでも先程助けた時に自分に向けられた縋るような目や、今もご飯の用意をする自分の手元を見るキラキラした目を見ていると満更でもない気がしてくるのが、天然タラシたる所以か。
「でも本当に良かったんですか?定休日なのにオジャマしちゃって...」
「えぇって。ちょうど新作試そうと思っててんけどな、自分で食ってもよぅ分からんくなるやろ。誰かに試食して貰いたかってん。ちょうど良かったわ。むしろ感謝したいくらいやで。」
帰ってきたら新作の試作に取り掛かる予定やったから飯も炊いてあったしな。
そう言って笑いかける。
「ミヤ...オサム、さんは...」
「治でえぇで。長ったらしいやろ」
「オサム、さんは、高校の時とだいぶ感じが変わりましたね。柔らかくなったっていうか...」
「そうか?」
実際、それは卒業後に稲荷崎の面々にも言われた事のあるセリフだ。
ツム?あいつは知らん。ツム相手に今更取り繕ってもしゃあないやろ。
「まぁ、曲がりなりにも客商売やっとるしな。ずっと無愛想でおる訳にもいかんやろ。」
「働く男...!」
治の言葉に目を輝かせている日向に苦笑いする。
君の感動ポイントはよぉ分からんなぁ。
「てかショーヨーくんから見て、高校の時の俺はそんなトンガっとったんか?ツムのほうがよっぽどやったと思うけどな。」
「えっと、高校の時は確かに怖ぇー!って思ってました。」
「でもスパイクすげぇし!練習無しで速攻決めるし!」
「試合始まったら、怖ぇー!ってよりもすげぇー!って思いました!」
「...そか」
言っちゃ悪いが語彙力なんて全くないド直球な言葉。
だけどその率直に自分を褒める言葉に胸がこそばゆくなる。
「ほんなら、褒めてもらったお礼にショーヨーくんには美味い飯食って貰わなな。」
ちょっとの照れ隠しを込めながら、日向の前に試作のおにぎりを置く。
「おおぉ...!美味そう!」
「イタダキマス!」
「ドォゾ」
平静は装っているが、自分の作った飯を振る舞う時はどうしたって少しは緊張が伴う。
さてどうかと様子を伺っていると、日向は満面の笑みでおにぎりを頬張っている。
(ほんま、うまそうに食うなぁ...)
聞かずとも顔に「おいしい!」と書いてある日向の様子に、悪くはなさそうやな、と胸を撫で下ろす。
これだけ美味そうに食べて貰えたら作り手冥利に尽きるというものだ。
程なくして一粒残さず完食した日向は、
ゴチソウサマデシタ!と手を合わせた。
オソマツサマデシタ、と言いながら差し出した食後のお茶に手をつける日向に、
「味、どやった?」と問えば
「めっちゃ美味かったです!」
「オサムさんのおにぎりはいっつも、全部!美味いんですけど、これもめっちゃ美味かったです!これなら俺、何個でも食べられちゃいます!」
と返ってきた。
「そらおおきに」
日向の感じからして味の細かい部分までの評価は期待していなかったが、予想を上回るアバウトさだ。
苦笑いしつつも、やはり素直な言葉というのは胸を擽る。結局のところ「美味い」と言うのが一番言われて嬉しい言葉なのだ。
が、
「でもなぁ、ショーヨーくん、大体のもんは「美味い!」って言いそうやん?ちょっと信用ならんなぁ...」
ちょっと意地悪く返してやれば、日向は分かりやすく顔色を悪くする。
「うっ...!ほんと俺、ゴイリョク?とかなくて、説明とかも上手くなくて...高校の時もそれで先輩に「何言ってるか分かんねぇ!」って言われてて...。正直、今でも侑さんにたまに怒られます...」
「だから美味い!しか言えないけど...でも!美味いって思ってるのはホントです!」
必死な様子についに吹き出してしまう。
「ふっふ。うん、分かっとるよ。顔がめっちゃ美味い!言うてたもん。ありがとぉな。」
からかってすまんな。と言えば、からかってたんですか...と肩を落とす日向に、すまんな、俺もそこまで丸なったわけちゃうねんと心の中で謝罪する。
「てか...さっきの意地悪な顔、練習で失敗した俺の事からかう時や、相手チーム翻弄してやろう、ってなってる時の侑さんの顔とほんとソックリでしたよ...」
さすが双子...と呟く日向に、それは聞き捨てならんとは思ったものの、一応は客人である日向を先程からかったばかりで、これ以上詰めるのはやめておく。
これ以上からかって「やっぱり侑さんとソックリだ!」と言われでもしたらたまったもんじゃない。
「そら心外やな。けどほんま、ツムとおって大丈夫か?さっきもツムに怒られる言うとったけど...アイツ言い方キッついやろ?失敗したら容赦なく責めるし。
自分にも厳しい奴やけど、相手に求めるもんも厳しい。着いてかれん奴もいっぱいおったしな。
ショーヨーくん素直そうやから言われた言葉も素直に受け止めそうやけど、あんまり行き過ぎや思ったら先輩にでも言ってとめてもらい?」
「けどなぁ、アイツがあんなキッついんも、
一重にバレーに対して真剣やからや。
普段の性格はまぁ...置いとくとして、バレーに対する想いは人一倍強い。
その分チームメイトとかにもその想いを押し付けてまうけど、期待してない奴の事は鼻にもかけん奴やねん。
やからショーヨーくんの事も、期待しとるからキッつい物言いしたりするとは思うけど、嫌わんといてやってや。
アイツ、素直やないけど、ショーヨーくんの加入が決まった時「翔陽くんがチームに入ってくる!」て喜んどったしな」
難儀な性格の片割れを思いながら告げると、大丈夫です!と力強い言葉が帰ってきて目を見張る。
「失敗して怒られるのは...俺の力不足です。
だから正直に悪い所とか言ってくれるの本当にタメになるし、改善するための自主練とか付き合ってくれるし!それにやっぱり侑さんの技術すげぇし、侑さんのトスでスパイク決まるとほんと気持ちいいんです!
バレーの事大好きなのも分かります!だから俺も負けらんねぇ、ってなります。」
「それに、チームメイトの皆だって、さっき言ったこと、わかってると思います。
そりゃ一瞬ピリッとする事もあるけど、皆バレーに真剣に向き合ってます。だから、次はもっといい試合するぞ!って感じで、チームの雰囲気いいんじゃないかなって思います!
だから、えぇっと...上手く言えないんですけど...オサムさんが心配してるようなことはないと思うので!大丈夫です!」
日向の剣幕に目を瞬かせた治だったが、暫くして目を伏せながらそうか...と呟いた。
どうやら片割れはいい相棒とチームメイトに恵まれたらしい。その事に安堵を覚えながらも、別にツムの心配してた訳ちゃうけどなと返せば、日向は(さっき侑さんの事素直じゃないって言ってたけど、オサムさんも大概だ...)
そう思いながら笑うのだった。
※
「すっかり引き止めてすまんかったな」
「いえ!俺もこの後特に用事とかあった訳じゃないんで!おにぎりも美味しかったし!それに楽しかったので!」
お土産もありがとうございます!
そう言って、侑やチームメイトへの差し入れのおにぎりを両手に持ってニカッと笑う日向に、(この子とおったら大体の人間毒気抜かれるんちゃうか...)
(また帰り道で変なん惹き付けんかったらええけど)などと心配になる程度には、自分はこの短時間で日向翔陽という人間に絆されてしまったらしい。
ここまで来たらあの時侑が言った言葉に頷ける。
日向翔陽という人間は、素直で実直で何事にも全力で真剣。自分や侑があまり関わることのなかった人種だ。
日向と過ごしていると、まるで直射日光を浴びたような気分になる。
眩しくて、光がないところでも照らしてくれるような、一緒にいてこっちの気分も晴れるような、そんな存在だ。
そりゃあ、惹き付けられて思わず手を伸ばしてみたくもなる。
「俺も楽しかったわ。また来てや」
この子帰ったあと、店、暗く感じるんとちゃうか?
そう思いながらも言葉を返すと、日向が何か言いたそうにしている事に気づく。
「なんや?」
さっき、金払います!と引き下がる日向に丁重にお断りしたが、まだ食い下がるか?
「あの、俺...」
「おう」
「俺、オサムさんとあんま喋ったこと無かったし、高校の時のイメージのままだったから、二人だけでお店に来るってなった時、最初ちょっとだけ、ちょっとだけ、怖かったっていうか、気まずいかなぁ、って思ってたんですけど、今日話したらオサムさん優しいし、話し上手だし、あと侑さんのこと大事に想ってるんだなぁ、って勝手に嬉しくなっちゃって...」
「あと、俺と一個しか違わないのに自分の店持って成功してるのもカッケェ!って思うし、おにぎり握ってるところ見てると、あの時バレーしてた指で、今はお客さんのこと幸せにしてるんだなぁって。きっとこの仕事、好きなんだろうなぁって思って。
バレーしてる時もかっこよかったけど、今のオサムさんもすげぇかっこいいです!」
「だから今日こうやってオサムさんと話せて、俺すっげぇ楽しかったです!」
オジャマシマシタ!!!
一方的に言い切った太陽の子は、来た時同様礼儀正しく頭を90度下げて帰っていった。
あまりの勢いに、掛けるはずだった
「気ぃつけて帰り」のひとことは言えずじまいだ。
「...なんなんあれ……言い逃げかい...」
日向の姿が見えなくなるまで見送った治は
若干の疲労感を覚えつつカウンターに突っ伏す。恐るべし、直射日光パワー...。
なるほどなぁ、くらいに感じていた侑の言葉に、今は全力で同意したい。
あれを、相手によく思われたいなどという下心なしにやってのけるのだ。
あんなド直球な賞賛を日々受け続けているであろう侑が羨ましくもあり、同情したくもあり。
幸いなことに誰もいない店内では、熱くなった顔を隠す必要はない、が
「ほんっま、タチ悪いで...」
そして案の定、
(この店の照明、こんな暗かったか……?)
と思うハメになるのだった。