素直な賞賛には ご褒美を


昼飯を食べるには少し遅い時間。でも晩飯にもはやい時間。


「すみません! 注文良いですか!」
「はーい……って、日向くんやん」
「お疲れ様です! 宮さん」



 えらい元気な声のお客さんやなと思たら、それはオレンジ色の太陽の子で。ジャージに財布ひとつ、という格好でおにぎり宮の暖簾をくぐる。

 練習終わりにそのまま来てくれたんやろな。俺はそれまで作業していた手を止めて、日向くんの注文を受けるためにカウンターに出る。ショーケースのおにぎりを見ていた目と合うと、ニコーって笑った。それがなんや眩しくて。俺もつられて、笑顔になってしまう。

「なんやパシリかいな。いつも大変やな」


***

 えへへと笑うこの子は、侑がいるチームに最近入った。

 あの日、俺に電話を寄越した片割れは、何を言っとんのか分らんくらい興奮していた。『あの子が入るねん!』って、誰やねんと思いながら片手間に聞いていた。『嬉しいなあ』って言うて全然本題に入らんから面倒なってきて、適当に切り上げようとした俺の耳に、するりと入ってきたのは”あのケモノ”の名前やった。それを聞いた俺も、侑と同じようにテンションが上がってしもた訳やけど。

「はぁ!? それほんまの話か? ……嘘ちゃうん」
「アホサム! 嘘ちゃうわ! うちのチームに翔陽くん来んねんぞ!? 誰が適当言うか!」
「ふーん。まぁ、よう合格できたなぁ。凄いやん」
「フッフ! せやろぉ! 二年間ブラジルで修業しとったんやって。……高校時より上手になっとったで」
「何でお前が偉そうに。……ツム、振りまわさんよう気ぃ付けや」
「ハァ!? 何で俺がするような言い方すんねや! あっちの方が俺らの事振りまわすやろ! むしろ手綱握ったるわ! よお見とけよ!」


 アイツからの連絡なんて、進路が分かれてから手で数えられるくらいしかなかった。最近は、というか昨日も電話を掛けてくるなり『なぁ! ショヨくん、めっちゃ飛ぶ! てか、速攻やっぱ格好ええよな!?』って言うて勝手に切るし、内容がない連絡が増えた。ほぼ話の内容は、日向くんなんやけど。
 この子知らんやろなぁ。侑にどんだけ期待されてんのか、どんだけ好かれとるかなんて。

***


 ふわりと太陽の匂いがして、思考の淵から帰還する。日向くんがうちに買いに来たのは、まだ数回。片手で足りる。

「へへ、まぁ。あ、いやそうですけど! 自分のおにぎりはやっぱり、見て選ぼうかなって思いまして! ……今日のおススメなんですか!」

 大きな瞳が、きょろりとショーケースに並ぶおにぎりを見つめている。昼過ぎやから、人気のもんは売り切れてるんやけど。
『あっ、ツナマヨない…』と呟いてるから、なんかごめんなと心の中で謝る。
 侑や他のチームメイトは同じ種類しか注文せんけど、この子はいつも種類が違う。訊けば、『どれもおいしそうだから』と言った。ほんま、おにぎり屋として冥利に尽きるなと思う。おいしい言うて食べてくれるんは嬉しい。どのおにぎりも試行錯誤して作ったものやし。

「お! ……フッフ、よくぞ訊いてくれたな!」
「ニャッ! にゃんですか!!」

 びっくりすると噛む癖は直っとらんのやな。つい口元が緩みかけるのを手で隠して、あるものをお披露目する為にバックヤードに一旦引っ込む。

「フフ、にゃんと! きいて驚け! 卵かけごはん風おにぎりや!」

 噛んだ言葉を真似してやれば、途端に真っ赤になる顔。そんな日向くんの目の前にドーンと取り出して見せてやると、真っ赤だった顔から一転、きらっきらした瞳とかち合う。自分の目の前にボールが来た時みたいな、そんなやつ。ああ。それも久しぶりに見たなあ。

「ホァッ!? こんなおにぎりありましたっけ!」
「いやない。言うても、これ試作品なんやけど。店に出す前に、日向くんに一番に食べてほしくてな。どうやろか」
「えっ! いいんですかやったー! えっと、いくらですか!」

 ちらりと財布を確認する日向くんの手をやんわり止める。
 俺の気まぐれで考えたメニューやし、単純に喜んでくれたらええなぁと思ったもんや。思っていた以上に嬉しそうやからよかった。チーム入りおめでとう的な感じで作ったから、お金を貰うなんて考えてない。
 日向くんからええ意見が貰えれば、ゆくゆくはレギュラーに昇格させるかもしれんけど。

「いらん! 試作品やからタダや。とりあえず食べてみてくれんかな。感想が欲しい。あ! 今食べられる時間か? 駄目だったらまた今度教えてくれたら……」

 うわ、あかん。こんなに喜んでくれるなんて思ってなかったから、俺も嬉しなってきた。久しぶりにすごいいらん位喋っとる。恥ずかし。日向くん見たら、にこって笑ろてるし。やめやそれ。今度は俺の方が恥ずかしなって顔が熱くなる。

「大丈夫です! 今昼休憩なんで! えっと、じゃあ今、頂いてもいいですか? 持って帰ったら、侑さんとか木兎さんに取られそうだし」
「え、おん。……どうぞ」

 アイツら、美味しそう思たらひとの飯まで食らうんか。ほんまありえんな。
 このおにぎりも思いついた時よりはいろいろ試行錯誤したし、マズくはないと思うんやけど。なんとなくドキドキする。面接とか入社試験みたいや。

「あ!」
「なに!? どした」

「店先で食べちゃうところでした! ……あぶねぇ」
「アッ。セヤネ。こっちで食べ」

 せやった。ここ俺の店前やん。ちょうど他のお客さんは居らんからいいとして。せっかく食べてもらうのに立ったままとか。あかんやん。
 ここで食べ、と店のカウンターに案内してやる。高校生の時より大きくなった両手を、まあ俺よりまだいくらか小さい手を合わせて、丁寧に『いただきます』言うておにぎりを一口。こういうとこ、ええよなぁ。うちのにも見習ってほしい。アイツは、ぐあー言うて食べるから。もう少し味わって食えんもんかな。

 バチッと嬉しそうな瞳とまたかち合う。ほんま分かりやすいなぁ。

「んま!! みやさん、これうまひ!!」
「んはは、そりゃよかった。……あ、喉詰めんとってな?」
「んぐ、うま! これ本当、美味しいです!」
「フフ。落ち着きや? ん、お茶どうぞ。んでどうでしたか……このおにぎりは」

 ぺろりときれいに食べきる姿は見事なもんで。最後に忘れず『ごちそうさまでした!』と言うあたり、ちゃんと育ててもらったんやなと思った。感想を聞こうと思って日向くんの顔を覗き込んだら、さっきのキラキラしてた表情とは打って変わって、えらい難しい顔しとった。

「え、あかんかった? さっきうまい言うとったやんけ。あれは俺の聞き間違いか?」
「いや、あの。うぅむ。何といいますか……えっと」
「さっさと言うてくれんか、ほんま駄目ならひと思いに……」

 うんうん唸ってハッキリ言わん。あの単純明快な子が。さっきの感じやとうまかった言うとったし、晴れてレギュラーおにぎりの仲間入りやと思とったんに。不合格になってしまうんかな。

「美味しかったです。いつも食べたいくらいに!」
「ほんなら、何でさっと言わんの? ……何かあるんか」

えっとですね、と今度は照れた風に話し出した。

「これがいつもあったら、俺こればっかり食べちゃいそうで」
「え? ……ええんとちゃうの?」
「え! いやそれもいいとは思うんですけど! 選手は身体が資本だし、これでも偏食はしないんですけどね。この間、朝昼夜に卵かけごはん食べたんです。新鮮な卵を貰ったので」
「おお、ほんま好きなんやな」
「それを見た佐久早さんが、『もっとバランスよく食べろ』って。その通りで何も言えず……今までは食べたいもの食べてたんですけど。先輩たちに追いつくには、食事にも気をつけなくちゃなって思って」

 それもそうや。少し前のめりになっていた身体を起こす。
 子どもの時みたいに好きなもんばっかり食べるんも大事やけど、今は身体に合わせたバランスの取れた食事をするんも仕事や。スポーツ選手は身体ひとつで戦わなあかんしな。
 ちゃんとしたもん食べとったらそれは、ちゃんと返ってくる。でもそれも習慣づければ苦でもないし。未来の自分の為になる。

「そか。それは困るなぁ。日向くんにはツムのトスで、高く飛んでもらわなあかんしな! しゃーない、これはボツにするわ……ゴメンな時間とらせてしもて。あ、せや。ツム達の注文聞いとらんな、なんやっけ?」

 そういえばこの子、おにぎりのパシリ頼まれとったやんか。アイツ怒ったら面倒くさいしなぁ。ボクトくんも拗ねそう。あとサクサくんも面倒くさそうやし。日向くん引き留めとったらぶつくさ言いそうや。 
 さっさと送り返したろうと思ってショーケースを見渡す。今日は何を食べてくれるんやろか。

「エッ!! ボツにするんですか!! こんなに美味しいのに! モッタイナイ!」

 顔を上げると、まん丸の目玉が俺を見ていた。

「え、やってなぁ……そのサクサくんにまた言われるで? バランスがどうのこうのって、」

 ガーン! っていう効果音が見えそうな顔で俺を見上げる。実際見えた。でもなぁそんな話聞いた手前、なぁ。しかもこれ、超個人的な理由で作ったもんやし。少しでも喜んでくれたらなって。日向くんだけに。他のことなんて、全く考えてなかった。

「俺やって、日向くんに食べてもらいたいけどなぁ……」
「俺も食べたいです! ……でも俺の意見で駄目にしちゃうんですか。このおにぎりすっごく美味しかったのに!」
「……やって日向くんの為に、考えたおにぎりやったのに。キミに食べてもらわれへんのやったら、いらん」

 日向くんの頭の上にハテナマーク見える。あっ、なんか俺恥ずかしい事言うた。考えこむ仕草をした日向くんの頭の上には、何かを思いついたんかビックリマークが。

「あの、提案なんですけど。店主おススメで……不定期でお店に並べて頂くことは可能……デショウカ? ……あっ! 準備とかあるのに無理言ってますね俺!? 駄目ならいいんですけど、」
「え、ええけど。え? 食べてくれるん?」

 ふたりしてぽかんとした顔になった。気がする。でも、日向くんは途端にキラキラした目を向けてくれた。

「はい! 俺、これがある時はこれ食べます! あとはバランスよく食べます!」

 てか何その提案かわええやん。そんなんこっちからお願いしたいくらいや。
 嬉しそうに笑う顔に見とれている自覚がある。やった! 言うて両手上げて喜ぶ姿は、あの頃に見た小さい烏野の10番の姿が蘇る。ほんま大きくなったなぁ。あかんな、親父みたいな感想しか出てこんわ。歳一つしか変わらんのに。

 あの時はライバル高校の、いち選手としか見てなかったけど。一瞬で今の俺の心を奪い取っていきよった。くそ、こんなとこで侑の事羨ましく思ってしまうなんてなあ。でも後悔はないし。俺の作ったおにぎりが誰かの血や筋肉に繋がっとると思って責任もってやってきた。
 アイツとの喧嘩やって意味がある。

「あ、ほら、ツム何がええ言うとったん? また魚か」
「ホァッ!! 忘れてました! みんなのおにぎり頼まれてたんだった! 侑さん、今日はおかかがいいって言ってました。なのでおかかひとつ!」
「あんのアホツム、また魚やんけ!」
「木兎さんはすきやき! でした!」
「おん、肉か。同じやね」
「で! 佐久早さんが……」
「お! 何頼まれたん!? なんや初めてやん……」

 日向くんに、いつもおにぎりを頼むのは侑とボクトくんが多い。たまに他のチームメイトにも買って行ってくれるんやけど。侑から話を聞くに、サクサくんは気難しいキャラらしい。
 まあどこの誰が作っとるかは、知ってくれとるとは思うけど好かんやろなとは思ってたのに。

「そうなんですよ。俺たちが佐久早さんの横で『おいしいな!』って食べてたら今日は食べるって!」
「なんや、めっちゃ押し売りやん、間接的に恥ずかし……」
「えへへ、えっと。なるべく普通のおにぎりに無い具にしろって、」
「ほん、ツムの提案か。じゃあ、茄子なんてどや? あんまし聞かんやろ」
「そうですね! じゃあそれで! 茄子うまいですよね! 俺も好きです!」

 おにぎりを見ていた日向くんが、俺を見上げてにっこり笑う瞳があまりにも綺麗に見えて。

「俺も好きやなあ。……翔陽くんみたいによく食べる子」
「え?」
「あ! えと、ツムが翔陽くんて呼んどるから……うつったんや、って、そういう話やなかったな! おにぎりの具の話やん……な……」


 やらかした。心の声が漏れた。好きになったのを自覚した途端やらかした。ガクリと頭をうなだれた俺の目の前には、持ち帰り用に詰めた侑達へのおにぎり。脳内で侑に笑われる未来が見える。
 もう今日無理や。こんな短時間でなんべんやらかすねん。あのアホツムやないんやから。線引きはうまい方やと思っとったけど、まあ同じDNAやしなぁ、諦めよ。

 他に何か言い訳しようとして、でも何も出てこんくて。おにぎりを詰めていた袋から顔を上げる。そうしたら目の前に、百面相しとるオレンジ頭が居った。

「えーと、それはどういう顔しとんの?」
「クッ! イケメンはいいな! っていう顔です……」
「え、……名前呼んだん、嫌やない? 急になんやねんってならんの?」

 俺は高校時代よく思とった。お前誰やねん馴れ馴れしいな、ぐらいには。まぁ顔には出さんようにはしとったけど。

「全然! むしろ前より仲良くなった気がしませんか? でも名前呼ばれる度にドキドキしそうで、心臓が持たないかも、なんて。ハハハ……」
「しょうよう、くん」
「!!!」

 あわよくば意識してくれんかなって意味を込めて。ずいっと見つめる。元から大きいのにさらに大きくなったまん丸な瞳に、必死な顔した自分が写る。あぁほんま、自分の間抜け面見るんはきついなぁ。
 一瞬ぎゅっと目を閉じた日向くんは、意を決したような表情で俺を見上げた。

「お、おさむさん! ……どうっスか! ドキドキしましたか!?」

「ぐうぅ、やられた。かわええのに、急に格好ええし。……お返しに翔陽くん応援したるから、また買いに来てな」
「かわ……?? はいっお願いしまっす! 治さんのおにぎり食べて試合に勝ちます! 見ててくださいね!」


 頼まれていたおにぎりをなんとか買えたオレンジ頭の子は、ぺこりと頭を下げると次の練習のために駆け出して行った。今日のオマケで割引券入れてやったけど、アイツらにバレそうやな。

 思えば一瞬、でも体感では長くて。さっきの数分であの子は『侑のチームメイトの日向くん』から、『俺のイチオシの翔陽くん』に変えていきよった。
 てか、俺。気が付くの遅かったよなぁ。あの子ライバル多そうで幸先不安しかあらへんけど。


「ほんま嬉しいわその台詞、ありがとうな。……翔陽くん」

***


「こんにちは! 治さん、今日のおススメなんですか?」
「よぉ来たな、翔陽くん。今日は、卵かけごはん風おにぎりやで!」

昼飯を食べるには少し遅い時間。でも晩飯にもはやい時間。
元気なオレンジが笑っていた。