梟の予言


斜め向かいに座る人は、元々大きな口を更に大きく開けて口いっぱいにハンバーガーを頬張った。企業が喜びそうな笑みを溢して、いい大人だってのに頬にはソースをつけて幸せというテロップすら出てきそうな表情である。

「木兎くん」
「あっ、あぁ!! ごめん、ごめん。それで、なんだっけ? 日向がぁ、あれ?」
「日向ってどんな人間なの?」

チームに加入した日向翔陽という人間を、佐久早はよく知りはしなかった。いや、知ってはいるがそれは公式試合の結果だったり取り上げられた雑誌の中での彼のごく一部だ。発熱退場なんて、気に障るようなことを言ったにも関わらず、彼はただ「学習したんで」の一言で片付けた。それからというもの、より一層、日向翔陽という人間に興味が湧いた。
彼が高校生だった頃から交流のある木兎に聞けばどんな人間かわかるだろうと、あまり気乗りはしなかったが佐久早はこうして昼食を彼と共にしたのである。

「どんな人間……うぅん、見たまんま!」
「見たまんまって言われても」
「ん〜とさ。オミオミはさ、日向の何が知りたいの? バレーの事ならバレーすればわかるし、人間性? なら話せば一発じゃん」

ごく当たり前のことを言う木兎だが、誰もがみんな彼みたいに人と話せるわけじゃない。ほんの少しでいいから、会話のきっかけ作りだとかネタがほしいのにということを彼に伝えても理解は難しいだろうと佐久早は早々に匙を投げた。

「あ、日向は今日ツムツムと一緒なんだっけ?」
「片割れの所に顔出すって言っていました」
「そうだった! そうそう、それだよ! ツムツムってあんな感じだけど、誰彼構わずお店を紹介しないだろ?」
「そうなんですか?」

それなりの付き合いはあるが、佐久早は明るい髪色の方の宮をあまり知らない。知っていると言えば、やっぱりバレーのことと片割れがいることと関西出身ということだけだろうか。

「打ち上げとかで結構、お店貸してもらってるけどツムツムは慎重に人を選んでると思うぞ」
「ふーん」

予想していなかった方向から、日向という人間についての情報が一つ増える。宮は人当たりは良く、ファンサービスにも積極的ではあるが誰の前でどの仮面をつけるかということに長けているということかと、佐久早は妙に納得した。
そんな男が、自分の一番内側に日向を警戒もなしにご丁寧にエスコートしているわけである。日向が人に好かれるタイプなのは見ていればピンとくることだったが、ここまでだとは正直予想外だった。

「オミオミはさぁ、あれこれ知っても結局、自分で日向自身を知らないと納得しないと思うぞ」
「そんなことは、ない」
「オミオミはしんちょーだから。大丈夫、日向のことは見たまんまを信じればいいよ」

普段はただの元気いっぱいの人だが、時々こうして強く背中を叩いて押し出す。行ってこい、ビビるなと思いきりがいい彼のプレースタイルと同様に元気玉をストレートに投げつけてくる。

「俺からしたらオミオミもツムツムも可愛い後輩だけどね」
「……っす」

人好きな笑顔を浮かべて、今度はポテトへと手を伸ばす木兎を見ながら佐久早はコーヒーに口をつける。喉がカラカラで、ちょうどいい温度になったホットコーヒーをごくごく飲み干した。

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「で、なんやっけ? 翔陽くんについて?」

佐久早という人間は半端という言葉を知らないんじゃないかと、宮こと侑は思う訳である。大きな真っ黒な目はジッと相手をよく見て観察して、慎重なのか不器用なのか、下手くそな言葉を相手に投げつけるというのが侑の中での佐久早聖臣という人間だ。
日向についてどう思うのかという質問に、何と答えるべきか迷っているうちに先に佐久早が口を開く。

「木兎くんには、関わったほうが早いと言われた」
「大賛成やなぁ。言ったところで信じんやろ?」
「それも言われた」

ハハッと声を上げる侑を佐久早は睨みつける。おっかない奴だなぁと侑が口にすれば、大きな目と眉の幅はさらに狭まった。瞳の大きさで言えば、それこそ日向と差ほど変わりないというのにこうも印象が変わるかねぇと侑は隣を見た。
早生まれだからなのか、末っ子だからなのか。このポヤポヤとした彼は、最近はどうにも先輩風を吹かしたいらしい。下の子を可愛いがりたいという気持ちが芽生えたのは大いに結構だが、その方法を聞いて回るなんて明日は槍が降るかもしれないと侑は半ば本気で思っている。

「翔陽くんについて知ってどうするん? 臣くんのことやから、友だちになりたいわけやないんやろ? なら、別に知らんでもええやん」
「……ッチ」
「あかんよぉ、舌打ちは! しゃーないな、もう」

侑がごそごそとポケットからスマホを取り出す。面倒見がいいタイプではないし、そういうお節介を焼く相手でもないが放置することも出来ないのは生まれた土地柄なのかスイスイ動く指先に迷いはなく、ほれ見ろやと言わんばかりにスマホをグイッと佐久早に差し出した。
ラジオのジングルのような音がかかると、黒髪と金髪が入り混じった人が画面に映る。彼が一体なんなのだという表情をする佐久早に侑はすかさず黙って見とれと言葉を吐く。殺伐とした雰囲気を和らげるのは決まって最年少の日向であり、今回もまた日向であった。

「なんで日向が出てくんの?」
「知らんの、臣くん。この人が翔陽くんのスポンサーやで」
2人は学生時代からの友人らしく、楽しそうにゲームをしたり企画に挑戦する姿がそこにはあった。時々、体育館でも見かけるバレーボール協会の人が映るのを見て、何となくだが彼らの関係性を把握しつつある。

「翔陽くんかわええよなぁ。見てみ、この顔。最高やん?」
「お前が言うとキモい」
「もうっ!! なんでそんな毒ばっかり吐くの、この子はっ!」

今日の侑は機嫌がいいのか、佐久早の辛辣な態度にもケラケラと笑って受け流す。でな、ここのシーンがオモロいねんなどと子どもみたいにはしゃいで、俺の好きなシーンベスト3なんかを発表する。いつもならウザい近づくなと遠ざける佐久早だが、今回ばかりはそのノリに付き合って同じ画面を覗く。

「はよぉ、臣くんも翔陽くんと仲良くなれたらええなぁ!」

平和主義じゃないくせに、何なんだお前。と、言わなかった佐久早は偉いと後に古森が語る。気づけば音の元に人がわらわらとやってきて、みんなで日向翔陽という人間を観察し出した。ここは練習後の体育館であることをすっかり忘れてしまっていた。暑苦しいとは言わずに、存在を無にしてその場を離れた佐久早は、チャンネルの名前を繰り返し心の中で唱える。

「部屋に戻ったら観よ」

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木兎や侑の助言通り、日向翔陽という人間はどんなコンテンツを通して知るよりも直接話す方が何倍も情報が得られた。
東北出身のアクセントに、日本語よりも英語やポルトガル語が飛び出してしまうこと。
サインは綺麗に書けるのに、クセの強い文字を書くこと。
少年がそのまま大きくなったみたいに上手くなりたい、強くなりたいと、純粋なバレーボール愛を持ち続けていること。
それが面白くて、心地よくて、佐久早は日向がチームに加入してからひっそり観察を続けている。常に新鮮さがある人間はそう多くはないわけで、それだけが日向を気にかける理由だと何度も自分に言い聞かせている。

「オミオミ! いいところにいた」

どこまでもストレートに動く声が普段よりも静かで、少しだけ良くない話でもされるのかと佐久早は身構えた。木兎は目力をそのままに相手を追い込むところがある。口調を荒げる事もなく、淡々と自分の感情を素直に伝える。

「日向のことなんだけど、ちょっと気にかけてもらってもいいか?」
「と、言うと?」
「んー、どう言ったらいいのかわからないんだけど。人気急上昇すぎて危険! みたいな」

意外とオブラートに包んだものの言い方をするんだなと、佐久早は一つ頷く。この言葉だけで伝わらないならどうしようかと考えていた木兎は、ワンテンポ遅れてにっこり笑った。可愛い後輩だからよろしくな、なんてことはわざわざ言われなくても伝わることだった。

「俺はオミオミが日向と仲良くなってくれて嬉しい」
「そうですか。別に、仲良しってわけでもないと思いますが」
「何言ってんの!  オミオミ、日向が来てから毎日楽しそうだよ。一緒に本読んだり、食事したり。日向が来る前はそんなことチームメイトとはしなかったじゃん」

自身の行動を振り返ると、指摘された通りで途端に恥ずかしくなるがここは開き直る方がいいと、あの騒がしい関西人を見て学んだ。人からの視線など気にするタイプではないが、日向に対する態度には少しだけ気にしてしまう自分がいることを佐久早は自覚していた。ガシガシ頭を掻く珍しい姿に、木兎はにっこり笑うだけなのがまた佐久早の羞恥心を増加させた。
裏でそんなやりとりがなされている事も知らない日向は、今日も貪欲にボールを追いかけてははしゃいだ声を上げて会場を盛り上げていく。ホーム戦という事もあり、観客の歓声がさらに日向を高みへと押し上げてくれる。

「ちびっ子に負けんなや、臣くん」
「お前、さっきのは俺だろうが」
「珍しい事もあるもんやなぁ。俺にボール持ってこい的な?」

いつもの光景でありながら、佐久早に挑発的な侑は今日も絶好調だった。なんと言ったて、サービスエースが止まらないのだ。こうも上手くいきすぎると自分が怖いし、行けるところまで行ったろと思ってしまう。走り出したら止まらないのは日向だけではない。ケラケラ笑う侑の後頭部に、意図的にサーブを打ち込んでやろうかと計画を練るくらいには佐久早のイライラは最高潮だ。

「日向、次にセットするとき俺を使え」
「いいんですか?! 嬉しい、やった!! 俺、臣さんにセットしてみたかったんですよね。イケると思ったらガンガンやるので、変な心配せずに入ってきください」

2人の会話に置いてけぼりになる侑の脳内には、かの主将が顔を出す。練習でやってへんことをやろうとすんな。ごもっともな正論パンチが繰り広げられ、なぜかこちらがヨロヨロになりながら「それはあかんやろ〜」と言うも、2人は無視だ。

「心配しないで下さい! 臣さんとはずっと合わせやってきたんで」
「え?! いつぅ?」
「部外者は引っ込んでろ」
「最近の臣くん、お口が悪いでぇ。なんや翔陽くん連れ回して楽しんどるし」

侑からの追求を逃げることを手助けするみたいなタイミングで、ピーと鳴る。勝ち誇った笑みを零す佐久早に侑が怒らないはずもなく、チームでありながら挑戦的なプレーを互いに要求しそれに合わせてくるあたりはさすがモンジュネに名前を連ねるだけのことはあった。

「ありがとうございました」

試合終了後のファンサも終えたところでロッカーへ向かう道中に、余計なものを引っ掛けてくる日向は通常運転のことだった。その相手がファンであれば警備員が間に入ればスピード解決なのだが、相手も同様に選手やスポンサーなどというこちら側だと話がややこしくなる。

「日向選手、今日もよかったです!」
「あ、っす! ありがとうございます」
「良かったらこの後、」

こうやって誘われる事も一度や二度ではない。大抵、侑や木兎と歩くことが多いからブッロクされてしまうのだが、今回ばかりはその壁が一枚もなかった。計算された絶妙な隙を狙ったのだろうと、佐久早にはピントきた。この前の試合も、その前も彼を阻んだ木兎や侑の姿を後ろから見ていたからだ。
気軽に日向へと手が伸びる。人がいい日向はどうやったって、その手から逃げようとはしてくれない。いや、言い方に語弊がある。悪意や全くの他人であればそれなりに警戒してくれるのだが、さっきまでネットを挟んだ向こう側にいた人間だという身分の保証をされてしまうと警戒心を鈍らせるのだ。

「日向」

たった三文字の名前を呼ぶ。すぐさま反応してくれる犬みたいな性格を可愛いと思いつつも、伸ばしすぎたリードを短く持つ。おいでなんて言われなくても、先輩からの寵愛を受けるこの子はいい返事をしてすぐさま隣にピタリとやってくる。いい子だと、実際に頭を撫でるわけにはいかないので佐久早はその肩に腕を巻き込んで懐へと仕舞う。大事に大事に。

「早く行くぞ。汗が冷える」
「はいっ! あ、でも」
「もういいよな?」

あからさま不機嫌さを隠さずに、大きな黒目が不愉快だと強い感情をぶつける。日向よりも背が高い彼だが、佐久早には敵わない。身長も今日の得点数も、日向との仲の良さも。



「いやぁ〜良かった。オミオミがこっち側で!」
「何なに? 木っくん、それ狙ってたってこと?」

ニコニコ笑う木兎に、侑がシンプルな疑問を投げる。バレーボール協会の偉い人? いや、ちょっと胡散臭い人と日向のスポンサーから直々に依頼というより個人的なお願いとして日向のことを木兎は頼まれていた。コートに入ってしまえば、自分達は守ってやれないからと。
この話を初めて木兎から聞いた侑は過保護すぎないかと思ったが、なんせあの烏野高校の中で特に可愛がられていた子だ。周りが勝手に過保護になってしまうのも致し方ない。侑としては高校生の時、対戦後にあのような宣言をしたこともあってか、見守らなアカンの気持ちは痛いほどわかっていた。

「上手く仲良くなれたらいいなぁとは思っていたけど。日向を大事に思う人の中にオミオミもいたらいいなって!」
「何気に、木っくんって臣くんのこと気に入ってるやんな」
「ツムツムもだけど?」

嬉しいのやら何やら。チーム加入当時はこの人に警戒されているとさえ思っていたから、その認識は大変ありがたいのだが、侑自身もこちら側につくことを見越していたのだろうか。一体この人にはどこまで先が見えているのか、例の主将と同じくバケモンやと侑は小さく震えた。