# 01 카게야마
なにか違う、という感覚は、生まれた時から日向翔陽の中にあった。
それは肌に触れる春風の匂いであったり(もっと違う花が香る筈だった)、テレビから流れる誰かの声音であったり(もっと別のイントネーションの筈だった)、微笑みかける両親の顔であったり(…こんな顔立ちだったろうか)、とにかく、何かが違うと思いながら、けれどそれが何なのか分からずに生きてきた。
そのせいなのかどちらかと言えば大人しくて、引っ込み思案な性格の子供。それが日向翔陽だ。そしてそんな自分にすらなにか違うと思ってしまうのだから堂々巡り。
その悪循環にひとつ区切りがついたのは、とある日、保育園のお散歩の時間のことだった。先生に連れられてよちよちと近くの公園に歩いていく日向含めた園児の一群が、右方から来た高校生の集団の前を通り過ぎた時。
彼らはなんて事ない普通の高校生達だった。サッカー部らしい揃いの格好に大きな鞄を抱えた、大柄な集団。胸元に学校の名前が大きくプリントされた真っ黒のジャージ。
保育園年長さんの日向はそれを見て、雷に打たれたようにずっと抱いていた違和感の正体を知ったのだ。
(おれ、前も日向翔陽だったじゃん)
あんな風に黒いジャージを着て、あんな風に部活をしていたことがある。
春の匂いが違うのは、ここが宮城ではなく東京だからだ。
人の言葉が違うのは、ここが宮城ではなく東京だからだ。
微笑みかける両親は前と違う人達で。そして、妹の姿はどこにも存在していなかった。
稲妻のように自身を貫いたその衝撃はとてつもなく巨大なものだったため、結局その日の日向はずっと心ここに在らずの体で呆然としていて、保育園の先生は勿論、異変に気付いた両親も心配そうに声をかけてきたけれど、何と答えることができようか。
日向翔陽にとってこの人生は2回目で、自分は本来東京で生まれ育つのではなく宮城で暮らしているはずで、バレーボールが好きな男の子で、高校卒業後プロ選手になって引退して、ああしてこうして何歳でこのように死ぬんです、なんてとても言えたものではない。そもそも口に出すには心の整理もまだつかない。
前の日向の生年月日は1996年6月21日だが、カレンダーを見る限り、今回も1996年6月21日生まれのままだった。つまり、時間が遡って1996年から人生を繰り返してしまっているようだ。自分の頭がおかしいのではないかとも思ったが、未来にあたる2020年の記憶も2040年の記憶も日向にはきちんとあるわけで、そして、今のところその記憶と現実社会の出来事に齟齬はない。多摩川にひょっこり現れたアザラシのタマちゃんが全国的なブームを巻き起こしたのは前回の人生の記憶だが、それはちょうどこの夏ワイドショーで引っ張りだこの話題だった。
弱冠6歳の日向は、こうして頭の中に数十年分の記憶を取り戻し、その夜は熱を出して、ちょっぴり泣き、そして結局いつもの日常に戻らざるを得なかった。宮城の山もなく、見知った友達もいない、ひとりぼっちの日向翔陽として。
***
ボールを弾く。両腕で一直線に真上。遠くなってボールが小さくなり、すぐに大きくなって落ちてくる。
英会話塾の前で母親を待ちながら、日向はいつものように1人でポンポンボールを弾いていた。
ズルのようだけれど、当然の如く日向の小学校での成績はいい。今更2桁の足し算で躓くはずがなかったし、字も綺麗に書けた。漢字も読めるし音読もつっかえない。小学校の先生は手放しで日向を褒めちぎり私立中学の受験を勧め、日向の両親もどうやら満更でもないようだ。
私立の学校は公立校より偏差値が低いものだ、という認識がぼんやりあった日向は、ここに至り少なくとも東京においてそれは全くの逆なのだということを初めて知った。中学も高校も私立の方が大分偏差値が高く、故に学業に熱心である人ほどお受験とやらも活発なようだった。前回の日向はバレーボールの事しか考えていなかったから、新鮮な事実ではある。
何十回目かのトスをあげた所で、仕事終わりの母親が通りの向こうからやってくる。現在時刻は19時半。小学3年生の日向は、母親の仕事終わりとタイミングが合った時だけこうして塾から一緒に帰ることになっていた。ボールを弄ぶ日向を見た母親がキュッと眉を寄せたのを見て、大人しく手にしたそれをナップザックにしまう。
「翔陽お待たせ。こんなとこでボール遊びするのやめなさいって言ってるでしょ」
「別に、人の邪魔してねーもん」
「口答えしない!」
カチンときたのか少しボルテージの上がった母親の声音に黙って口を尖らせ、歩みを進める。
両親は、日向がバレーボールをするのにいい顔をしなかった。バレーボールなんてマイナーなスポーツだというのが理由のひとつだが(日向としては大反論したい主張であるものの、両親が考えるスポーツとはサッカーか野球のどちらかで、これ以外は全てマイナーに分類されるのだった)、もうひとつの理由としては、そもそも彼らがスポーツより勉学が大事と考えるタイプの人種だったため、である。クラブチームに加入するくらいなら塾の時間を増やすべきというのが両親の主張で、日向は数度の口論の末結局その主張を覆す事ができていなかった。元々弁が立つタイプではない。
ボールだけはクリスマスプレゼントに買ってもらったものの、習い事としてのバレーボールは結局許されないままだ。日向は中学生になったら絶対バレー部に入ってやると誓っていた。または、なりふり構わず大暴れして外部のクラブチーム加入を認めてもらうか。
「そういえば、来週から英会話塾のクラス上がるのよね? 1番上? 凄いじゃない」
「……うん」
これには素直に頷いた。英語は前回の日向が「もっと頑張ればよかった」と思った事のひとつだったので、今回はかなり真面目に取り組んでいる。今通っている英会話塾は英語の他にも多言語を扱っているので、それもよかった。日向がとっているのは英語の他にポルトガル語とイタリア語だ。日向の両親は「なんでポルトガル語?」と首を捻っていたが、バレーボールが好きなら当然の選択肢なので。
「翔陽、やっぱり中学受験しようよ。英語得意なんだし、そこを伸ばすなら早めに国際関係に強い学校に行くのがいいと思うの」
「うーん、でもさぁ、お金かかるよ」
「あんたって本当に変なとこ子供らしくないのよね」
母親は呆れたように言い、それからニッと笑う。
「大丈夫! あんた一人っ子だし、お母さんとお父さん2人共仕事してるんだから、中学から大学まで私立でも問題ないくらいお金はありまーす」
日向が言葉に詰まったことに、母親が気付いたかどうかはわからない。気付いたとしても、親の宣言に安堵したからだとか、そういう風に捉えたに違いない。けれど、日向の息を詰まらせたのは安堵などではなく小さな諦めだった。
今の言葉は、これ以上兄弟が増えないということも意味しているからだ。
(……たしかに、前回と同じなら、本当はもう産まれてるべきだった)
つまりもう、この世界に妹の夏は産まれてこないのだ。
そもそも両親が前と違うので夏が産まれるかどうか謎ではあるのだが、日向が産まれているのだから夏もいたっておかしくはないのに。やはりここは前回と同じ世界ではなく、全く別のどこかなのだ。
理由もわからずひとりぼっちで世界に放り出されたのだと認識するのは、何年経ってもひどく寂しい気持ちだった。
***
「……」
結局母の熱意に押し切られる形で決まった中学受験の日は、雪の降る2月初旬だった。東京の雪は重たくて水っぽい。
曇天から降り注ぐ雪の欠片はひとつひとつが大きく、視界を一面真っ白に染めていた。立ち上る自身の息も白く烟り、そして日向の思考も真っ白だ。見開いた瞳に映る、全てが白銀の世界の中で、目の前に佇む黒髪だけが鮮やかだった。
降りしきる雪の中突っ立っている影山飛雄は記憶の姿と一寸も違わないようでいて、その実全然違っているのだろう。なにせ、日向の記憶にある影山の姿は既に現役を退いた決して若いとは言えない男の姿だったし、そもそも小学生の影山など前回でだって見た事はない。
日向と同じく受験を終えたばかりであろう彼は、幼い体躯に厚手のコートを着込んでいる。柔らかな黒髪の直毛に大きくて鋭い瞳。凍りついたような顔に驚愕の表情を浮かべているが、日向だって同じ表情をしている筈だった。
言葉を交わさなくても直感でわかる。目の前のこいつは、自分と同じく「2回目」なのだ。
血の気を失ったような影山の口が、ようやく開く。呆然としたかすれ声が「…何でお前がここにいる?」とこぼれ落ちた。雪の降る音にかき消されそうな声音だった。日向の呼吸も一層細くなった。答えようと絞り出した声は、影山に負けず劣らずの酷いもので、それでも。
「……それ、前は俺が言ったんだ」
そうだ、前回は日向が言った。何でお前がここにいると、宮城県立烏野高校の体育館で。まだお互いにバレー部員ではなくて、ユニフォームではなく学校指定ジャージのまま。そして、あの時の影山の返事は。
「お前のことはよく覚えてる」
「……お、まえ」
「あの時お前、そう言った」
日向は笑おうとして、失敗した。これでは泣き笑いだ。ぐしゃりと歪んだひどい顔になっていると思ったけれど、別にいいだろう。目の前の影山だって、なんだかひどい顔をしているのだし。
広大な砂漠の中で小さな泉に辿り着いたような感覚だ、と日向は頭の片隅で考える。ここまでの12年の人生は決して長くはないけれど、それでも確かに誰よりも孤独で、長い長い砂漠の放浪に似ていた。
「はじめまして。かげやま、とびおくんですか?」
「……ひなたしょうようボケナスくんですか」
「てめえ!」
雪の中抱擁のような取っ組み合いをした結果、今しがた入学試験を終えたばかりの中学校で2人揃って滑って転ぶことになったが、問題なく試験には受かっており、揃って春から同じ私立中学に通う事が決まった。
奇妙な「やり直し」をしているのが日向だけではなく影山も同じだとわかった所で、その理由がわからない以上何をすることもできない。この世界って何なんだろうと日向は苦笑いし、影山は渋面を作る。
ただ、お互いに口が裂けても言わないものの、若干紛れた孤独感だけが救いだった。