# 01
いつだって前を向いて走っていた。後ろを確認する必要はない。例え他の全てを振り切ったとしても、隣には治がいるから問題なかった。俺は何の憂いもなく突っ走るだけだ。そうしたかったし、その必要があった。欲しいものを手に入れるためにするべき事が明確に分かっているのに、躊躇するのは覚悟のない者がすることだ。
俺のバレーボールという絶対唯一に捧げる献身は他人に理解されないことも多いが、そんな奴等は端から眼中にない。昨日の自分を越えた明日の自分になるためには邪魔でしかないのだ。俺の進む道に不必要なものに心を割くなど無駄でしかない。邪魔なものを取り払ってしまえば、目指す先はより鮮明に見えてくる。目の前はいつでも開けていて遮るものなど何もない。
――だからこそ、いきなり現れたその「翼」は俺の目を奪った。目障りな烏め、羽根の一枚一枚を毟り取って地に叩き落してやろう、と思っていた俺を尻目に、そいつは目の前で高く高く飛び上がる。近くで構えていた治が「翼や……」と、他の誰にも聞こえないような声で呟いたのを確かに聞いていた。俺は俺で呆気にとられながら、飛雄君の不敵な笑みを思い出していたのを今でも覚えている。
あの翼は、どこまで飛ぶのだろう。きっとさらに空へと近づくのだろうな。そしてそこは、俺の求めた場所でもあるような気がした。次に戦うときは完膚なきまでに打ち倒すと宣言したのとは別に、いつかトスを上げると言い放ったのはそんな予感がしたからだ。俺と治がいて、そこにあの翼が加わればもっと先へ進める。そう考えたら子供みたいにワクワクして仕方がなかった。その暁には、また一段とバレーボールという深みに嵌っていく自分がいるだろう。
敗北の悔しさの中に一掴みの夢を得た俺は、その日ホテルへと帰る道すがら、集団の最後尾に回ってぼそぼそと治に問いかけた。
「なあサム」
「なんやツム」
「あの翼……どうやったら手に入ると思う?」
俺は至極真剣に聞いた。それを察したのか、治は考え込むようにしばしの間黙り込む。しかし、ややあって盛大な腹の虫が俺に答えた。
「かぁ〜〜、誰が内臓で答えろ言うた?」
「お前が悪い。腹が減る話をわざわざ言いよって」
「手羽先の話してたんとちゃうぞ!?」
「お前ら煩いで」
「「すんません北さん!」」
地元に帰った後も、俺はあの翼を忘れられずに過ごしていた。
どうやったら俺の手でもっと高く飛ばせるのか。速攻は?どんな戦術ならあのスピードをより生かせる?……考えるのが楽しくてしょっちゅうそんなイメージを膨らませていた。
「こないしたら……アカン、これじゃサムとの連携がとれへん」
「治、侑は何ぶつぶつ言っとんねん」
「ちょっとヤバめのイメトレや。それか軽い病気」
「……何かやらかしそうになったら止めえよ」
「そこ!聞こえてますケド!?」
終いには監督やチームメイトからもこの扱い。治にいたっては俺を病人みたいに言い表すので俺は何度か癇癪を起こした。それでも想像することは止められずにいるのだから、自分でもどうしようもない。
しかしまあ、想像には限界がある。鮮度に欠ける記憶や記録だけでは埋められない部分はどうしようもない。イメージに新しい情報が欲しくなるのにそう時間はかからなかった。
(もう一度翔陽君に会いたい……)
本物の熱量を感じたい。彼は今頃どうしているだろうか。再び会ったときの楽しみを増やしたいので、IHを経てまた凶悪な烏になっているといいのだが。
「集合!ちょっと話あんで」
思案に耽っていると何やら集合の合図が耳に入る。ぞろぞろと監督のもとに集まると、意外な知らせを聞くことになった。