# 04


白鳥沢学園は全寮制の高校である。
 日向は聴覚障害があり、寮での生活は慣れるまでかなり時間がかかると思っていた。
なにより2人1部屋で、まずは同室者とのコミニュケーションをしっかりしなければ3年間やっていけなくなる。
 最初で躓いてはいけない、と日向は寮の自室につくなり不安と緊張で額にうっすら汗を滲ませた。
 部屋の扉の横には「日向・五色」と書いてある。
ごしき、ごしょく、ごいろ?日向は首を傾げながらもゆっくりと部屋に入った。
 扉を開けると中には誰もいなく、他の荷物もまだない。

「おい」

 どうやら1番乗りだったようで、日向は一息ついて二つある机の一つに荷物を下ろした。
 その時。

「おい!」

 ガシッと肩を掴まれ、日向は飛び上がる。
ガタンッと飛び上がったまま後ずさる物だから、強かに腰を机の角に打つけたが、痛みを感じるより、肩を掴まれた人を見上げるので日向は精一杯だった。

「お前が、ひなた?ひゅうが、か?」

 自分より頭一つ背が高く、前髪がきっちり切り整えられた独特の髪型で、キリッとした眉や眼差しがキツそうな男が何か言っている。
 後半はよくわからないが、前半は名前を呼ばれた様に見えたので、こくこくと頷いた。
 斜めがけの鞄のベルトをギュッと握る。

(髪型変だし、でかい、こわい…っ)

 手にジワリと汗が滲むのがわかるが、日向は引き攣りそうな顔を笑顔にし、カバンからノートを取ると[日向翔陽ひなたしょうよう、です]とふりがな付きで書いた。

「…日向か、てかお前…」

 言いながら補聴器のついた耳を指さされる。

「耳…、聞こえないの?」

 日向は頷いた。

「え、聞こえてんじゃん」

[読唇術ができる!ゆっくり喋ってくれたら、だいたいわかる!]

「ふーん」

 男は少し考えてから、ゆっくり喋った。

「俺は五色工、同室だから、よろしくな」

ごしき。
 日向は頭中で何度も繰り返した。
 日向に合わせてゆっくり話をしてくれ、嫌な顔もせず、スッと手を差し出す。
 握手を求められてるとわかると、日向は嬉しくて花でも咲きそうな満面の笑顔で握手を返した。

「…日向はなんかこう…、ひまわりみたいだな」

 日向はキョトンとしたが、途端に笑って[五色はなんか犬みたい!]と書いて見せた。
 日向は笑った声も静かで、まるで音の鳴らないおもちゃの様だ。五色は犬と言われたことも気にせず不思議そうに日向を見ていた。


 日向と五色の生活リズムはまるっきり合わなかった。
 クラスも違うし、五色は運動部に入っている様で、日向よりも早く起き、遅くに帰ってきた。
 本来は日向も影山より早く起きて、家庭科調理室を借り、朝食、お弁当、夕飯と作る予定だったが、今は作ってやっても影山がいないため、朝はゆっくり起き、適当に自分の分を作って1人で食べていた。
 家庭科調理室は家庭科の授業以外は、学食を利用しない生徒のために解放されている。
 だが白鳥沢に入る生徒は大半がお金持ちの家柄で、重要視する部活や勉強に勤しむため、わざわざ手間をかけて自分から食事を作る者はほぼ皆無であった。
 立派な業務用冷蔵庫が2台ある割には1台の半分しか使っておらず、経費削減の為もう1台は電源を落とされていたくらいだ。
 日向は調理室を訪れた初日には冷蔵庫の電源を入れ、毎週日曜日に学園の隣にある大型スーパーで大量に食材を買い込んでは、日課となった料理研究をぼちぼち行う生活を送っていた。

 日向の白鳥沢で友好関係は良い方ではない。
 聴覚障害者で背も低く、よく笑うが会話が筆談で面倒くさく、皆遠巻きに見ているか、あしらうのが常であった。
 それでもイジメがないだけ大分ましで、日向は無視されたり困っても誰も助けてくれない事などは、まだまだ良い方だと、当たり障りなく一人でいることが多かった。
 廊下で五色を見つけても、五色は部活の友達や先輩に囲まれて楽しそうにしている。
 とても中に入れる雰囲気ではなく、呼び止めようとした手を引っこめ、日向はまた1人教室の隅に帰って行った。
 そんな五色との関係が変わったのは、入学してから1ヶ月ほど経った時だ。
 朝、日向が目を覚まし、いつも通り朝ごはんでも作りに行こうかと準備していたところ、気がつくと後ろに知らない男子生徒が立っていた。
 音が聞こえない日向は男がいつ部屋の扉を開けて、中に入ってきたのか全く気が付かなかった。

「なんだ居るじゃん、無視するなよ」

 男は振り向いて驚く日向の反応に、小首を傾げた。
その後ろからもう1人現れて話し出す。

「同室の奴、耳聞こえないって五色が言ってただろ」

「あーそうだっけ…?」

「ったく」

 早口だったり横を向いていたりで、日向は会話の内容のほとんどがわからなかった。
 慌ててノートを出し[どうかしましたか?]と尋ねる。
 すると後から来た、ミルキーブロンドの髪色の男がペンを取って[五色を起こしに来た。突然ごめんね]と丁寧な字で書いてくれる。
日向は驚いて2段ベッドの上を見た。
 確かにこんもりと布団が膨らみ、まだ五色が寝ているのだとわかる。
 しかしおかしい、いつもこの時間、五色はすでに起きておりロードワークに行ってるはずなのだ。
 小首を傾げる日向を横目に、最初に入ってきたツンツンした茶髪の男が問答無用で2段ベットに上がり、五色の布団を剥ぎ取った。

「おら、起き…ろ」

「…どうした?太一」

「あー…こいつ熱あるわ」

「マジか…」

 五色はハフハフと息苦しそうに呼吸をし、ぼんやりと目を覚ますと、小さく「すみません…」と言った。

「しゃーない、監督と牛島さんに伝えとくから、しっかり休めよ」

「はい…」

 布団を戻し静かに梯子を降りてくる男に、日向は何かあったのだろうかとオロオロする。
それを見たもう1人がペンを取り、ノートに書く。

[五色、熱あるみたい]

 えっ!?と日向は顔を上げた。
 心配そうな日向の顔をみて、男はサラサラと続けて書いていく。

[五色は元気が取り柄だから大丈夫だと思うけど、何かあったら俺に連絡して。2年4組、バレー部、白布]

と書き、携帯の電話番号と寮の部屋番号まで書いて行った。
 日向もその横に[わかりました]と書いて頷いた。

「はぁー、この時期1年体調崩す奴多いよなぁ」

「中等部と違って、鷲匠監督は厳しいからな、慣れない奴も多い」

「まさか五色もダウンするとわ…」

 2人はそのまま部屋を出て行った。日向はノートを見て(五色ってバレー部なんだ…)と思った。

 バレーが好きな日向は、影山はいないが白鳥沢のバレー部にはとても興味があった。
 試合があれば見にいきたいと思うほどだったが、白鳥沢バレー部は県内トップ、全国でも屈指の強豪で、バレー部は専用体育館が設けられ、クラスや授業内容が普通科とは異なっている。
 ほとんどの生徒は無断でバレー部の練習を見ることはもちろん、部員、特にレギュラーの人達とはおいそれと関わることができない様になっていた。
 普通科の日向は言わずもがな、見学などできるような雰囲気ではなく諦めていたのだ。

(バレー部…)

 日向は2段ベッドで寝ているだろう五色を見上げる。
 そして、よし!と心の中で頷くと、日向は調理室に急いだ。


 熱があると言っていたし今は朝のため、さっぱりしたフルーツやヨーグルトが良いだろう。
 バナナとりんごを冷蔵庫から出すと、一口大にカットする。
フライパンにグラニュー糖と水を入れ煮て、色がついたらバターを入れて、切った果物を加えてキャラメリゼを作ると、容器にヨーグルトとキャラメリゼを交互に入れる。
ヨーグルトは弱った腸内環境を整え、果物で抗酸化ビタミンを取る。抗酸化ビタミンには免疫力の低下を抑える働きがあり、何よりサッパリとして熱に侵される体や熱った口内、喉越し元に気持ちがいい。
 寝込むほどだから元々食欲はないだろうし、これくらいの量を食べさせてから薬を飲ませよう。
 日向は早速作ったヨーグルトとバナナリンゴのキャラメリゼ、市販のスポーツドリンクを途中の広間の自販機で買って、五色に持って行った。
 一度机の上にヨーグルトを置き、ノートに字を書くとそれを小脇に抱えて梯子を登る。
 布団をめくりトントンと軽くゆすって五色を起こした。

「あ…?」

[大丈夫か?熱あるって聞いて、サッパリしたの作ってきたから、食べよう]

「は…?なに、…どーゆこと…」

 熱が辛いのか、状況がよくわかっていなさそうな五色に、日向は[食べよう]と書いたところをトントンと指で再度叩いた。
 理解したのか、五色はノロノロと上半身を起こす。
 日向は一度梯子を降り、まずは持ってきたスポーツドリンクを渡した。

「……ん」

 五色は蓋を開けゴクリゴクリと半分ほど飲んだ。熱を下げようと汗をかく分、体からは水分が減る。いつから熱が出ていたか知らないが、体が求めるまま五色はたっぷり水分を補給した。
 それから熱冷しシートを渡され、[額と腋の下に貼れ]と言うノートを見せられ、渋々ながらも貼っていく。
 熱の溜まりやすいところに貼られたシートはひんやりとして気持ちがいい。

「はぁ…」

と一息つくと、少しだけ食欲が出てくる。
 それを見計らった様に、五色の膝の前に木製のトレイが置かれた。
 トレイの上には[ヨーグルトと果物のキャラメリゼ]と料理名の書かれたノートの切れ端と、スプーン、美味しそうなヨーグルトとキャラメリゼが交互に入ったガラスの容器が乗っている。
見た目も綺麗だし、キャラメリゼと果物、ヨーグルトの組み合わせはなんだかとても美味しそうに思えた。
 発熱を抑えるため体の細胞が忙しなく動き、消費されたカロリーを求めるようにお腹が微かに鳴る。

「い、いただきます」

 ぼそりとつぶやいて、五色は持ったスプーンを白とキャラメル色が並ぶ容器に沈めた。
 一口食べて、五色は目を見開いた。

「……うま…」

 サッパリしたヨーグルトにキャラメリゼの甘さと熱した果物の優しい風味。
 熱くなった喉を通って煮える内臓に染み渡る冷たさが気持ちよく、カタリ、カタリと容器とスプーンがぶつかる音が止まらない。

「…ごちそ、さま」

 見づらい角度での読唇術はわからない。
 日向は五色がなんと言ったのか少しわからなかったが、綺麗に空になった食器は「美味い」と言っている様で顔が緩んだ。
 その後解熱剤を飲ませ、日向は食器の乗ったトレイを持って部屋を出て行く。
 五色は日向が帰ってきたらお礼を言おうと待っていたが、程よく熱を冷ました気持ちよさと薬の副作用で再度深い眠りへと落ちてしまった。