# 03
風呂へ行くという2人と別れ、下拵えの続きをし炊飯器のスイッチを入れると、日向も一旦調理室を出た。
さっとシャワーを浴びて戻ってくると、すでに川西が調理室にいた。
驚いて見ていると、川西は湿った髪をそのままにバツが悪そうに椅子に座っている。
日向はノートを出すと[早いですね]と書いた。
川西は正面に立って。
「手伝う」
とゆっくりとわかりやすく喋る。
その言葉に目をパチクリさせた日向は、川西を見上げたまま、ふっと笑った。それからニッと顔を綻ばせ、ノートに[じゃぁ洗い物お願いします]と書いた。
未だくつくつ笑う日向に、こんなに静かな笑い方を見たことがない川西は、不思議そうに日向を見てからシンクへ向かった。
[シンクに入れていく物は、使い終わった物なので、全部洗ってください。]
「おう」
川西が頷いたのを見て日向は腕まくりした。
冷蔵庫から食材を次々取り出していく。
切って塩胡椒で下味をつけた鶏肉を鍋で皮側から焼いていく。火が通ったらアク抜きしておいたジャガイモ、大根、ネギ、アスパラを入れて一緒に炒める。
下味のついた肉が野菜と絡まり、美味そうな音と匂いがする。
まだ洗い物のない川西は日向の手元を見て、野菜炒めでも作るのか?と思った。
でも鍋で?と首を傾げていると、日向はそこに水と顆粒出汁を入れ、軽く混ぜてから蓋をした。
「なんだこれ」
[焼き鳥の味噌汁です]
「な、なんだそれ…」
微妙そうな川西の顔に、日向は頬を膨らませた。
[あなたには、お代わりねぇですからね!!]
そこで川西ははたと気がついて[川西太一かわにしたいち]とふりがな付きで書いて自分を指差した。
日向も自分の名前をノートに書く。それからニッと笑って[お代わりなしの川西さん!]とイタズラに書いた。
次に日向は別のコンロで熱しておいたお湯に塩を入れ、切ったブロッコリーを茹でた。
深めの小皿にニンニクとチーズを擦り、塩昆布、アマニ油、ブラックペッパーで味をまとめると、よくかき混ぜ、茹で終え水気をしっかり切ったブロッコリーに和える。
作っておいたカラカラのフライドオニオンを砕き、タレと混ぜたブロッコリーに振りかけた。
[お代わりなしの川西さん、体重と身長はどれくらいですか?]
「お代わりするから、普通の川西にしてくれ…」
日向は小さく笑った。
川西がノートに身長と体重を書くと、日向は暫し考えて、小鉢に少し多めにブロッコリーとチーズの和物を入れた。
ぐつぐつと焼き鳥と出汁水の入った鍋が音を立て始める。
川西は音で気がつき、煮立っている事を日向に伝えようとしたが、日向はキッチンの端に置いてある小さな秒数まで表示されているデジタル時計を見て、鍋の方へ向かった。
どうやらあらかじめ煮える時間を測っていた様だった。音の無い世界で料理をすることの注意深さが窺え、日向もいろいろと工夫しているのだと感心する。
鍋の蓋を開けるとちょうど良く煮立っている。
日向は冷蔵庫から味噌を取り出し、オタマで適量掬うと、箸で溶かしながら鍋に入れた。
とたん味噌の優しい匂いが広がり、焼き鳥の香ばしさと混ざって更に食欲が唆られる。
川西はゴクリと喉を鳴らした。
弱火にして、蓋を半分ずらしてから置くと、日向は味噌を戻しに冷蔵庫に向かった。
美味そうな匂いに思わず鍋を覗こうとした川西の耳に、ガラガラッっと扉を開ける音が入る。
振り向けば風呂に入りさっぱりした五色が立っていた。
川西を見るなりどこか微妙そうな顔をしたので、川西は五色にヘッドロックをかけた。
「何だその顔はっ」
「ま、まだ何も言ってませんよ!!」
「顔だよ顔。ってか"まだ"ってなんだよ?締めるぞ」
「締まってるっ!もう締まってます!!」
ぎゃーぎゃー騒いでいると、流石に日向も視界の端で暴れる2人に気が付き、笑う。
冷蔵庫から持ってきた物をキッチン台に置いて[仲良いな!]とノートに書く。
2人はその文字を見て顔を見合わせ、さらに微妙な顔をした。
和物を作った手前少々洗い物ができ、日向はシンクに手を伸ばそうとしたが、川西がそれを止めた。
「手伝うって、俺の仕事だろ」
日向は思い出して、何だか気恥ずかしそうにサッサと洗い物をする川西を見上げる。
188もある長身の川西にシンクは低すぎて少しやりづらそうだったが、黙々と洗う姿が妙に可愛くて、日向はくすくすと笑って最後の料理を作ることにした。
炊き上がった白いご飯をしゃもじでかき混ぜ、熱を飛ばす。
丼に白米を五色と川西に合う量を入れ、冷蔵庫から持ってきたタッパを開ける。
「おお!」
いつもは五色が洗い物をするのだが、今日は川西がやっている。仕事のない五色はキッチン近くの椅子に座って声をあげた。
「漬け!!」
その声に川西もチラリと隣のキッチン台を見る。
タッパの中には、キラキラとルビーの様に光るマグロがタレにつけられさらに輝いていた。
タレはニンニク、醤油、はちみつ、ごま油とコチュジャンを少々。ビンチョウマグロは低脂肪高タンパクで分枝鎖アミノ酸が豊富なので、運動後の筋肉の分解が抑えられ、筋肉のタンパク質を増量する効果がある。
それに小さく切ったアボカドを入れ、スプーンで軽く混ぜ和えるとほくほくのご飯に乗せた。
最後にブロッコリースプラウトを散らせば、ビンチョウマグロのユッケ風漬け丼の完成である。
川西と五色は、口の中に涎が溜まるのを感じた。
手が止まっていた川西はハッとして、急いで洗いものを終え、五色の隣に座る。
焼き鳥の味噌汁も器に盛り、大きなトレイに乗せると、日向は行儀良く椅子に座る2人の元へ急いだ。
「おい、何で俺にはコレ無いんだ…?」
コレと指差したのはランチョンマットだ。
五色の前には、端に黒柴犬のイラストがプリントされているグレーのランチョンマットが敷いてある。
「俺はよく日向のご飯食べるので、食費を払うって言ったら日向がくれたんです」
「はぁ?」
「契約成立ってことじゃないですか?」
「…ふーん」
川西は横目でそれを見た。
五色は嫌な予感がしたが、年上の手前何も言えなかった。
料理の乗ったトレイを持ってきた日向は、それを2人の前に綺麗に並べて行った。
箸も持ってきたが、なんと五色には黒柴犬の箸置きまであったのだ。
「…何それ…セットなのか?」
「そうですけど?」
新婚か!?と突っ込みそうになったが、並べられた料理の良い香りに腹がグゥと鳴り、話は続かなかった。
「「いただきます」」
2人は行儀良く手を合わせると、早速箸を持って料理に食らいつく。
「うっま……はぁ??」
「何でキレてんですか…」
焼き鳥の味噌汁から箸をつけた川西は、一口啜り、鶏肉を齧ってからキレだした。
「焼き鳥の味噌汁とか訳わからん名前のくせに、美味すぎて意味わからん」
一度焼くことにより、香ばしくなった鶏肉と野菜の旨みが引き立つ。それが味噌によって円やかになり美味い。
一見重そうに思えるがぶつ切りのネギやアスパラがさっぱりと野菜の爽やかさを感じさせて、何杯でも食べれそうだ。
ぺろっと食べてしまった川西は、日向に「お、お代わり」と言った。
日向はフッと吹き出すと、声を出さずに呼吸を振るわせて笑い、川西の空になったお椀を受け取り、味噌汁を取りに行く。
その間に川西は、漬け丼に手を伸ばした。
少し重めの味噌汁に漬け丼のさっぱりした味わいは、箸が止まらなくなる。
ビンチョウマグロのさっぱりした味に、アボカドがアクセントとなり、お米の入った丼なのに、ヘルシーなサラダの様にも感じる。
「…箸が止まらねぇ」
「わかります」
五色もブロッコリーの和物を食べながら言った。
チーズと塩昆布がこれほど合うとは思わなかった、と感心しながら小鉢を空にする。
味噌汁を掬ってきた日向は、次に五色が「お代わり!」と差し出してきた小鉢を受け取った。
その後もお代わりしようとした川西だったが、日向が[食べ過ぎになるので、お代わりは一品だけです]と書き、すでに味噌汁をお代わりしているため、渋々諦めることとなった。