# 02 쿠로오, 켄마
抜けるように高い秋の青空。
涼やかな風を受けてそびえ立つのは、大きなバルーン看板だ。
黒地に染め抜かれた青いVの文字。躍動感あふれる選手の写真も多数配置されたそれは、今日この体育館がVリーグの試合会場であったということを誇らしげに主張していた。
大接戦だった試合は30分ほど前に終了し、今は興奮冷めやらぬ観客があちこちに群れをなしている。
間近で見れた熱戦に上がりきったテンションで試合後の選手にサインをしてもらった黒尾は、視界に入らないと分かっていながらも精一杯首を後ろに捻りTシャツの背中側をどうにか見ることができないかと試みた。何度目かのその試みは当然の如く失敗したが、それでも肩甲骨の下あたりに先程書いてもらったばかりのサインが黒々と存在しているはずだ。この日のために貯めた小遣いをはたいて買ったレプリカユニフォーム。それを着て選手の前に並んだのは、勿論ここにサインをもらうためだった。隣で同じようにユニフォームへサインをもらっていた幼馴染も、珍しくキラキラした瞳で自分の服の胸元をぎゅと握っている。
「すっごかったなぁ!」
「うん」
「なあ、おれの背中のサインどんな感じ?消えたり擦れたりしてない? ちゃんと見える場所にある?」
「あるよ……大丈夫」
「脱ぎたくないけど見えねーから超不安」
背中のサインに刺激を与えないようリュックサックを背負わず抱え込んだまま、黒尾はほうっと息を吐き出した。それから「そうだ、写真!写真撮ろうぜ研磨!」と顔を輝かせる。
「あっちにブイリーいたよな? 一緒に写真撮ってもらおう」
「ええ? 嫌だよ」
「はぁー!? Vリーグだぞ! ブイリーと記念撮影しなくてどうすんだ」
バタバタと走り出したものの、オフィシャルマスコットの着ぐるみはやはり写真目的の人だかりに囲まれており、そのギャラリーが小さな子供や女性ばかりだったこともあって、研磨を引っ張っていた黒尾もぎくりと足を止めた。幼い頃の引っ込み思案な性分はすっかりなりをひそめたとは言え、黒尾は20代や30代の女性の群をかき分けてマスコットに記念撮影を依頼できるような胆力のある中学生ではないのだ。
怯んだ黒尾をちらりと見上げ、それから研磨は少し離れた所にあるバルーン看板をついと指さした。人通りはあるものの、それだけだ。マスコットと違い、写真を撮りたがる人間が屯している場所ではない。
「あれでいいじゃん。あそこで撮ろう」
「研磨……!」
「誰かに写真お願いしないと」
キョロ、と辺りを見回した研磨に倣い黒尾も周囲を見渡す。
なるべく急いでなさそうな、優しそうな人。通行人に視線を走らせ、そしてちょうどよさそうな男子2人に目を止めた。同年代の中学生らしいため一瞬気恥ずかしさを覚えたが、どの道ここにいる時点でバレーボール好きに違いないのだ。躊躇いは一瞬で、そうと決めれば黒尾の行動は早い。
「すみませーん! ちょっと写真撮ってもらえないですかぁ」
「あ、はい……、え!? は!?」
「え?」
「いや、えっ、あの、写真?」
「ウン、写真……」
ターゲットの2人組に駆け寄って声をかけた黒尾は、こちらを振り向いた少年が黒尾を見てあからさまに酷く動揺したので、つられてたじろいだ。
2人組の片方は黒尾程ではないがかなり背が高い。黒尾と研磨を見て何故かぎょっと目を剥いている。彼と比較してしまうとかなり小柄に見えるもう1人も、その実、男子の平均身長くらいは普通にありそうだ。黒尾の声かけに応じたのは小柄の方だが、視線があった瞬間に彼の微笑は凍りつき、驚愕に見開かれた大きな瞳が黒尾と研磨を忙しなく見比べていた。
妙な反応に研磨の知り合いかと考えたものの、それを察したのか隣で研磨が眉をひそめて小さく首を振る。
彼らは学校の制服姿だった。グレーのチェックのスラックスに、濃紺のジャケット。エナメルバッグを斜め掛けにしているが、そこに大きく印された校章は有名な私立中学のものであることに気付く。いわゆる進学校。こいつら、アタマイー奴らだ。
(けど、この学校バレー部ないよな? 大会にエントリーされてたことないし)
黒尾が思考を走らせ始めた時、オレンジ頭の少年が「…写真、撮ります」と言ったので、意識が現実に戻る。
「あ、いい?」
「はい。あの看板のとこですか?」
「そー! これデジカメ。使い方わかる?」
「ダイジョブす!」
看板に走り寄り、まずは研磨と肩を組んで一枚。研磨はちょっとだけ嫌そうな顔をしたが、それでも右手はしっかりVサインをしている。
「ごめんもう一枚!」と叫んで、それから今度はカメラに背中を向けた。書いてもらったサインを示すようにぐっと親指で背中を指す。見えないけれど、まあ大丈夫だろう。研磨は指でこそ背中を示していないものの、背中側の裾を握って布をピンと張っている。
黒尾はカメラを振り仰ぎ、ニコ!と笑った。準備万端、いつでもシャッターを切ってくれ。
「……撮りまーす! はい、チーズ!」
一瞬。カメラに笑顔を向けたその一瞬、写真を撮ってくれている少年が泣きそうに顔を歪めた気がした。けれどそれは気のせいだったのか、実際上がった声にそんな気配は微塵もなく、朗らかなその掛け声と共に黒尾と研磨の背中のサインは無事写真の中に収まった。
「写真こんな感じでいいですか?」
「おーバッチリ! ありがとう! 見ろよ研磨、マジで背中にサインある」
「だから、あるって……」
「だって自分じゃ見えねーもん」
デジカメの小さな画面の中で笑っている自分と研磨を確かめてから、改めて黒尾は写真を撮ってくれた目の前の2人組を見た。
体格がいい。別にマッチョと言うわけではないが、ヒョロヒョロした印象は全くなく、運動部員のような厚みがある身体だ。靴もでかい。立ち姿も真っ直ぐで姿勢が良く、じっとしているときにフラつかない。
バレーボールやってるな、と半ば黒尾は直感でそう思った。
「オタクらバレー部?」
「いいえ」
「違うの? こんなとこいるしバレー部かと思った。いやでも、そうだわその制服……そこバレー部なかったもんな」
「ッス」
「クラブチームとかでやってんの?」
「時々地元のクラブチームの練習に混じってます。高校はバレー部入りたいっす」
問いかけに黒髪の方がスラスラ応じる。無愛想に見えてしっかりした話し方をするし、部活に入っていないとは言うものの、体育会系の上下関係が染み付いている感じだ。研磨とは大違いだなと黒尾は頭の片隅で考える。
「何年?俺中3。あ、こっちは幼馴染で中2」
「俺らは中1です」
「へえ! もしかしたら高校被るかもな。同じチームになったらヨロシクネ」
黒尾はワシワシと研磨の頭を掻き乱しながら答えた。嫌そうに手を払い除けられるが想定内である。
改めて写真の礼を言い、ヒラヒラ手を振って2人と別れる。オレンジ頭の少年が、最後まで神妙な顔で研磨を見つめていたのだけが気にかかったが、それもすぐに忘れてしまった。