# 03 동영상


「あの写真、俺知ってた」

1日最後のHRが終わり、教室のクラスメイトはその多くが部活か図書室、帰宅して塾へと散っていく。窓際の席で突っ伏したままの日向は傍にぬっと立った影山の気配に沈黙し、それからのろのろと顔だけそちらに向けた。2人でVリーグ観戦に行き黒尾と研磨に出会ったのは昨日、つまり日曜日のことだ。

「『前』の時、研磨んちで見たことあった。中学生の黒尾さんと研磨が写ってて、これが初めて見たVリーグの試合なんだって言われた。……あの写真と、場所とか服とか、ポーズとか、…笑顔も、全部一緒でさ」
「……」
「あの2人、絶対『前』とおんなじだ」

日向と影山は、ここは『前』とよく似ているだけで、違う世界なのだと考えている。自身の生まれも育ちも家族構成も友人関係も、全てが『前』と違っているからだ。だけど、そうではないのだとしたら?
前回と違う形で巻き戻ってしまった自分たちがイレギュラーなだけで、この世界にいるかつての仲間たちは、みんな前と同じなのだとしたら。あの黒尾と研磨のように。
もし、そうだとしたら、

「俺全然考えてなかったんだけど、今の宮城には、もしかしてこっちの俺たちがいるのかな」
「……ハァ!?」

一拍おいて目を剥いた影山に、日向はガバリと上体を起こすと思い悩んでいたことを吐き出すように捲し立てた。

「いまの俺たちは東京の中学生だけど、ほんとだったら宮城の中学生だった筈で、そんで、だから、今の雪ヶ丘中学には、妹に夏がいるこっちの世界の正しい日向翔陽がいるのかな!?」
「ばっ……、そん、なわけ」
「言い切れんの!? お前だって、今この瞬間の北川第一にこっちの世界の影山飛雄が通ってて及川さんとバレーボールしてないって言い切れんの!?」
「それは……、っ、大体まだ黒尾さんと孤爪さんに会っただけで、『前』とおんなじ人間が他にいるかもわかんねえのに、そんなん知る訳ねえだろうが!」

動揺を隠せないまま影山が声を荒げ、日向はぐっと詰まったあと、「調べる」と言ってガラケーを取り出した。

「雪ヶ丘……雪ヶ丘……ちゅ、うが、っこー。……あった。いやでも、雪ヶ丘中はあるけど、俺がいるかどうかわからん」
「北川第一中もあるけど、HPにバレー部の名簿が載ってる訳でもねえし。……あっ」
「何! いた!?」

影山の手元を勢いよく覗き込めば、小さなガラケーの画面の中で、「北川第一中学校バレーボール部、宮城県大会準優勝」の文字が踊っていた。その下にある、少し画質の荒い写真。ベストセッター賞の盾を片手にニッコリ笑う少年は、どこからどう見ても及川徹だ。今年中学3年生。前と同じ年齢だ。

「だ……大王様じゃん! いるじゃん!」
「あ、ああ」
「影山は!? どっかにいねえの!?」
「いや、写真には及川さんしか」
「マジか〜! でも、マジか〜!」

影山はどこか呆然とガラケーの画面を眺め、「及川さんだ」と呟いた。

「……及川さん、小せえな……」
「フーッ!」

神妙な顔から発された身も蓋もない感想に日向が吹き出す。別に及川は小柄ではないし、むしろ同年代の中ではかなり上背のある方だが、それでも成長しきった前回の姿を知っているから、写真の中で笑う及川があまりにも小さくかわいく見える。
それ言ったの本人にバレたら怒られちゃうぞと日向が笑い、バレる訳ねーだろ宮城だぞと影山も笑った。
行動範囲の広い大人になってから、東京と宮城なんて近いものだと思うようになってはいたけれど、やはり中学生である今の自分たちにとって簡単な距離ではない。かつての故郷は今は遠く、2人はこの世界で一度もその地を踏んだことはなかった。

「……おい。思い出した。なんか、ゴスペルシンガーに会うと死ぬって言うだろう。あれ大丈夫なのか」
「は? そんなイカれた歌手知らないですけど何? 怖い」
「ちげぇわボゲェ! もう1人の自分に出会ったら死ぬってやつだ!」
「ドッペルゲンガーだバカ! いや待ってそうじゃん死ぬって言うよね!? ダメだ、やっぱりやめよう、もう1人の俺たちを探すのは」
「……俺は、探してみてぇけど」
「それで死んだら元も子もなくない? いいよもう。こっちの世界の俺もお前も宮城で元気にやってるって」

日向はそう言うと荷物を持って立ち上がった。散々笑ったからか、妙にスッキリしている。影山は何故か物言いたげな顔をしていたが、結局は何も言わずに同じく荷物を持って教室を後にした。放課後は大抵区営体育館に向かって、2人揃って自主練習に明け暮れるのが常だ。
2人の通う中学にバレーボール部はない。最初にそれに気付いた時、影山はちょっと眉をひそめ、日向は唇を尖らせたが、それで済ませてしまった。その代わり校外のクラブチームに週2回ほど参加している。
日向の両親だけでなく、現在の影山の両親もバレーボールにあまりいい顔をしない人間であるというのを日向はこの時に知った。お互いに家族に対しての悪態をつきつつ、あの手この手で徹底抗戦した結果、学校の成績を落とさないという条件で両親からクラブチーム参加の許可を奪いとったという経緯がある。
2人が加入したのは大学生や社会人が多いチームで、初心者育成ではなくゲーム練習と技術向上に主軸を置いている集団だった。近場のチームがそこしかなかったのもあるけれど、ジュニアチームがあったとしても絶対に入らなかっただろう。周りの子供たちにも悪影響だったろうし、流石に日向と影山にも自分たちがスパイクフォームから指導を受け直すのはストレスであることが想像できたので。
チーム練習以外の日は大抵ラントレーニングとウェイトトレーニングに明け暮れ、身体のメンテナンスに重点を置く。『前』との感覚の差を埋めるためにボールには必ず触ることにしているが、もともと基礎技術において日向と影山は当然それなりの水準に達しており(世界トップレベルのプレイヤーだった経験というのは、多少競技から離れたところで白紙になるようなものではないのだ)、結果、今は身体作りのトレーニングがメインになっているのだった。それも中学生らしからぬ丁寧さと慎重さで。叶うことなら『前』より身長を伸ばしたいという気持ちもかなり大きい。
部活だけがバレーボールではないことは、日向は勿論よく知っている。今となっては、バレーボール以外のことがバレーボールにつながることも、心底知っている。英語とか。
英語の成績は面白いほど良かった。人生2回目だから全科目満遍なく高得点なのかと言われれば、別に数学や国語などは飛び抜けて優秀な訳でもないのがおかしなところだ。
中学2年生になる頃には、日向と影山の名前は英語の成績優秀者としてそれなりに知れ渡っていた。

「日向くんと影山くん、ちょっとお願いがあるんだけど」

中学2年生になってすぐ、春のとある日。
英語教師が放課後の2人を職員室に呼び出したため、おっかなびっくり顔を出した日向と影山は、ニコニコした教師に「2人とも英語の成績いいから頼みたいことがあって」と切り出された。

「今度の夏、カナダから留学生が2人来るのよ。短期だから1ヶ月くらい? 日向くんと影山くん、その子達のサポートをお願いできないかな」
「お、俺たちが? ですか?」
「そう! 2人とも部活とかしてないでしょ? 毎日じゃなくていいから、放課後ちょっと遊んでもらうとか……。2年生で1番英語ができる2人が頼りなの! 先生を助けると思って! ね?」

前回の評価とは雲泥の差だ。もし今の日向を前回の知り合いが見たところで、同一人物だとは思わないかもしれない。
ちらりとそんなことを考えながら日向は言われた事を反芻し、そして、別にいいかと頷いた。隣で影山も頷き、教師がよかったあ!と快哉をあげる。

「助かる! 勿論メインのサポートは英語の先生方とALTの先生とでやるから! でもその子達も同年代の子とも話したいと思うし……2人も、新しい友達ができると思ってよろしくね」

よほど嬉しかったのか職員室の出口まで見送ってくれた英語教師を背にして歩き出しつつ、日向はふと月島の顔を思い浮かべた。よりにもよって日向と影山をつかまえて「学年で1番英語ができる」だなんて、彼に聞かれたら盛大な煽りとイヤミが飛んでくるに違いない。
こういう変なところであらわになる前との違いが、否が応でも現実を突きつける。
前回と今回の違いとは、完全に根本からの差というよりは「ズレ」のような形で現れることが多い。
今回の日向翔陽は生まれた時から今に至るまで東京都に住んでいて、影山飛雄は埼玉から都内に越してきた子供だった。因みに現在の日向家と影山家は徒歩2分の近所である。両親も前と違う人間になっているが、雰囲気は似ているので、遠縁の人間と言われれば納得してしまいそうな気もした。日向の妹だった夏は結局生まれてこなかったし、影山の姉だった美羽も存在していない。祖父の一与すら、影山が物心つく前に他界していた。前回と生年月日は変わっていないのに、電子機器の発展は少し早く、ガラケーは既に普及しきっていて早くもスマホの兆しがある。有名なバレーボールのプロ選手は、7割が前回と同じ顔ぶれで、残り3割が知らない人間だったり、歳やポジションが変わっていたりした。
前回と微妙に異なる世界。違う人生。
けれど、これはこれでよかったかもしれないな、と日向は思うようになっていた。
全く同じ人生を繰り返すよりは、違いがあった方が気が楽だ。
全く同じ繰り返しなら、前回という「正解」をなぞることに必死になってしまっただろう。「正解」がある人生は、それ以外「失敗」になってしまう恐ろしさがある。結果がわかっている試合を、決められた通りにゲームメイクしないといけないなんて、これ程つまらないものはないのだし。
なので、最近の日向と影山が考えることはいつも、「正解は何か」ではなく「何がしたいか」だった。前回と全く同じ選択をしなくたっていいと知っている。違うルートを通ったって、目的地は前回同様バレーボールだ。
だからこそ、どうしてこんな風に『繰り返す』ことになってしまったのかは未だに分からなかった。どうしたって自分たちにはバレーボール以外ない以上、行き着くところは変わらない筈なのに。

「日向くん! 影山くん! こちら、ジャクソンくんとネイサンくん」

夏のある日の放課後。
2人は、明日から1ヶ月この中学に通うのだというカナダ人2人と引き合わされた。ジャクソンは180はあろうかという長身の黒人男子、彼から頭半分ほど低いのがネイサンで、こちらはどこかラテンの気配がした。

「あー、えっと、Hi, I'm Syoyo.」
「I'm Tobio. Nice to meet you.」
「I'm Jackson. You can call me Jack.」
「All right, Jack.」
「I'm Nathan.」

とりあえず無難な言葉を交わしたところで、それに気付いたのは影山だった。

「Do you guys like volleyball?」
「へっ、どした影山」
「Is that World Convention merchandise?」
「Seriously? Oh, my God!」

英語で続けた影山につられて日向も英語で叫ぶ。ネイサンがリュックサックにつけているのはバレーボール世界大会の記念キーホルダーだ。そういえば、前回の世界大会は、カナダで開催された!
急に勢い付いた日本人2人に、ネイサンも負けず劣らずの勢いで「I love volleyball! Do you guys like it too?」と声を上げた。俺はバレーボール好きなんだ、君らもなの?

「イェース!I like volleyball too! Do you play volleyball? What position do you play?」
「I'm libero! This guy is middle blocker.」
「I'll block any ball.」
「Oh! So cool!」

ジャックが「俺はどんなボールでも止めるぜ」と笑い、日向がカッケェー!と叫んだところで、傍で様子を伺っていた英語教師が恐る恐る声を上げた。

「日向くんたちはバレーボールが好きなの? 今の、LiberoとかMiddle blockerとかっていうのはバレーボールの用語?」
「あ、はい! ジャックがミドルブロッカーっていうポジションで、ネイサンがリベロだそうです」
「はぁ、そうなの……。先生バレーボールのこと知らないからわかんなかったな」

感心したように頷いた英語教師は、ふと思いついたように首をかしげた。

「じゃあ、今から体育館でバレーボールする? 第二体育館なら空いてるし」





息を吐いて、眼前を見据え。フッと息を吸い込むと同時に止めて、手にしたボールを中空に放り、踏み切ってスイング。
影山のサーブは大きな音を立てて相手コートの床を打った。

『トビオのサーブやばくない!?』
『待ってトビオ、本当に同い年? 俺たちこう見えても、結構有望なジュニア選手なんだけど』
『あ、やっぱり? ジャックもネイサンもすごく上手いよな、カナダの子ってみんなこんくらい上手いのかって俺ちょっとビビってたんだけど……なるほどー、2人はその中でも上手なプレイヤーなわけね』
『ショーヨー! お前もやばいんだってば!』

放課後の体育館で始まった4人のバレーボールは、簡単な打ち合いからすぐに2on2の試合形式になった。はじめネットを張った時、日向と影山は(そういえば、同年代とゲームをするのは久しぶりだな)と思い至ったが、はじめてしまえばそんな雑念はどこかへ消えて、ただただ腕に響くボールの感触と、打ち返される球威で頭がいっぱいになる。影山のサーブは絶好調だったし、日向もはしゃいでコートを跳ね回った。
ジャックがあまりにも優秀なブロッカーだということはすぐにわかった。その身長もさることながら、腕の振り回しの素早さは壁というより網だ。ネイサンもリベロと言うだけあって、急速と球威のある影山のサーブも日向のスパイクも、大抵は必ず綺麗に打ち上げる。
ここまで楽しく打ち合えるとはお互いに想定外で、4人は一旦休憩にし、体育館脇の水道で浴びるように水を飲んだ。
ネイサンが濡れた顎を豪快に拭い、金茶色の髪を揺らしてニッコリ笑う。高身長とガタイもあって、どちらかというと精悍な印象の強い少年だが、そばかすの散った顔に浮かべる満面の笑みは、急に彼を幼く見せた。

『すっごく楽しかった! ねえ、明日もやらない!? 毎日でもいいよ』
『ネイサン、せっかく日本にいるんだからバレー以外にも色々しないと損だろ』

とジャックが苦笑する。
それから、チョコレート色の腕でちょっと頭を掻き、口を開いた。

『ネイサンはさ、親父さんがプロのバレーボーラーだったんだ。それで、ネイサンも勿論俺もプロ選手を目指してる。向こうじゃバレーボールばっかりの生活なんだけど、留学にも興味あったから』
『……でもいざこっちに来るとボールに触りたくて仕方なくなる。ほんと、トビオとショーヨーに会えてラッキーだった』
『お父さんプロ選手だったの? 誰?』

日向が首を傾げて尋ね、ネイサンから『ニコラス・サンダース』と返ってきた名前に一拍おいて日向も影山も目を剥いた。スペインで指揮を取っていた名監督だ。そういえば、彼はカナダ人だったかもしれない。

『えー!? マジ!? うそ!』
『ちっせぇ頃からあの人に指導受けてたってことか!?』
『ハハ、ネイサンの親父さんて日本でも有名なんだ』
『…パパは凄いから』

ネイサンはちょっぴり照れたようにそう呟き、『まあ、俺も負けないけど』と続ける。

『ていうか、ショーヨー達はいつもどこでプレイしてるの? クラブチーム? 家にコートあるとか?』

自宅にバレーボールコートがある日本人は少ないだろうな、と影山は思った。そして、鵜養元監督を連想し、ちょっとだけ懐かしい気持ちになる。

『俺たちランとウェイト以外は体育館の隅っことかで自主練してるよ。たまにクラブチームのゲームに混ざったりするけど、基本は2人で練習してる』
『ハァ!?』

ジャックとネイサンは揃って飛び上がった。2人だけで?

『コーチもなしで、チームもなしで、楽しい……? っていうか、それでなんであんなにゲームメイクが上手い訳……?』
『まあ、俺たちまだ14歳だし。今は柔軟性とか持久力とかの強化を優先してもいいかなって』
『学校にバレー部があったら入ってたかもしんねえけど……。でも、質が高い練習を丁寧にやってればバレーは上手くなると思う。いつかちゃんとクラブチームで練習がしたいとは思うけど、今のところは不満ねーな』

何度も考えた事だったので、迷いなく言い切る日向と影山に、ネイサンは困ったように眉尻を下げた。

『……そんな練習、寂しくない?』

さびしい、かあ。
日向はふと雪ヶ丘中の頃を思い出した。
バレー部に入っていなかったのは前回も同じで、それでもなんとか自主練習を工夫しているのも今と同じで。
あの頃はたしかにいつも寂しさや不安が心の中に大きく陣取っていた。
今は寂しさなど感じない。それは日向が既に「1人で取り組むバレーボール」の何たるかを知っているからだし、認めたくはないけれど、隣に影山がいることも理由の一つであるのに違いなかった。





それは、3度目のネイサン達との練習の時。
見学したいとやってきた英語教師に、何かを思い出したかのようにネイサンが駆け寄り、その手に小さなハンディカムを手渡す。

『これで動画撮ってくれない?』
『動画? 何かメッセージ撮るの?』
『違う違う。俺たちがバレーやってるとこを撮って』

ネイサンはそれだけ言うと、『トビオ! ショーヨー! いつもの2on2、5点先取やろ!』と叫びながらコートに戻る。それが4-5のスコアで終わると(今回はネイサンの負けだった)英語教師の元に駆け戻り、ハンディカムを受け取った。
再生ボタンを押せば、小さな画面の中で勢いよくスパイクがブロックをブチ抜く。背後からの撮影だったため日向達は後ろ姿しか映っておらず、ブロックを抜かれたネイサンの渋面がよく見えた。

『負けてるけど……まあ、いっか』

ネイサンが嫌そうにハンディカムをしまう。苦笑いをするジャックに、日向はそれどうすんのと聞いた。

『親にメールすんの?』

それに対し首を振って、ネイサンは何やらSNSの名前らしきものを挙げた。知ってる?と尋ねられたので、首を横に振る。

『カナダでみんながやってるSNSだよ、友達とか家族とかと繋がるやつ。そこに動画をアップしようと思って。日本に来てもちゃんとバレーやってるぜ、お前らもちゃんと練習しろよってチームメイトに伝えるためにね』
『これ負けてるからな。煽られるんじゃないか?』
『うっせえなジャック! 俺らのスパイクが決まったとこだけ切り取るに決まってんだろ!』

バシンとジャックの背中を叩き、それからネイサンは日向と影山にもメールアドレスを教えるようねだった。動画を送ってくれるつもりらしい。
2人は顔を見合わせる。日向はPCで使えるメールアドレスを持っていなかったので、明日父親に作ってもらうよと答えた。影山も似たようなもので、ネイサンは『絶対だぞ!俺たち来週帰国なんだから』と叫ぶ。
夏の1ヶ月は、なんだかとても短かった。





「日向。話がある」

影山が妙に真面目くさった顔で言い放ったのは、土曜の昼下がりのことで、ネイサン達は数日前の木曜日に帰国の途に着いていた。
影山の部屋で理科の課題をやっていた日向は、きょと、と影山を見る。

「なに」
「考えたんだが。その、なんだ。……今の宮城にはこっちの世界の俺たちがいるんじゃないかってやつ、あっただろ」
「え、ああ」
「正直、宮城に行って北一に乗り込まねえでもしない限り、もう1人の俺がいるかどうかはっきりしねえ。でも、いる可能性はあると思ってる。もう1人のお前もだ」
「うん。いないって証明できないし、そうなっちゃうよな」
「……それで、もしこっちの世界の俺たちがいるとして、だ。それなら俺はやりたい事がある」

妙に明瞭な口調で影山はそう言った。これは、すでに決定事項を告げる時の口調だ。こうなった影山は大抵何を言われようと突っ走るので「よくわかんないけど、いんじゃね。やれば」と日向が適当に返せば、影山は「よし」と頷いた。

「その課題そろそろ終わるだろ。午後は都営の体育館行こうぜ、広くて綺麗な方」
「は?いや、待ってお前そもそも何するつもり?」
「この間思ったんだが、動画はいい手段だ。少なくとも動き方については下手な教本より見て覚えた方がいいし、一緒に練習できるような内容ならそこに仲間が『いる』って思うだろ。ネットならお互いの距離も関係ねえ。相手が宮城にいるかわからなくても、とりあえずこっちから発信できるし」

影山はそこで一度言葉を切り、日向を見つめた。
ようやく日向は影山が何をしたがっているのか悟る。

「そうすれば、こっちの世界の俺もお前も寂しくないだろ」

前の俺たちと違って。
中学時代後半、チームからあぶれ孤独になった事がある影山の、真っ直ぐな視線が日向を貫く。それは今の日向を通り過ぎ、前回の、影山に初めて負けた前回の、雪ヶ丘でたった1人ボールを追いかけていた日向を見ているのだと、ふと直感で理解した。
彼らが今まさに宮城で孤独にバレーをしているのなら、確かにそこへ届けたいなと、そう思った。