『キミとボク』
一本一本の指から放たれる丁寧なそれが宙に放たれ、次の瞬間には派手な音に変わる。
日向はただひたすらに黄色いボールを追いかけて歓喜に包まれていた。
春の高校バレー全日本バレーボール高等学校選手権大会。通称、春高バレー。その宮城県予選決勝が、仙台体育館を湧かせていた。
大エース・牛島若利率いる王者白鳥沢と、強豪青葉城西を倒したダークホースである烏野。繰り広げられる戦いは、そのチームのコンセプトが大いに現れているものであった。
「あの一番すごくね!?もうあれプロだろ!」
「三年の牛島さんだっけ?インハイの時もやばかったよなぁー!」
単純に、力でねじ伏せる、高い打点から放たれる威力のあるスパイクはそれだけでも格好良い。周りが牛島牛島と盛り上がる中、日向だけは白布を瞳に映す。
「白布ってやっぱすげぇんだな」
日向の様子に苦笑いを零しつつ声をかけたクラスメイトの谷口。日向はそれにいつもの騒がしさを忘れ、二つ返事だけを返した。
バコンッ
““わあぁぁぁぁぁ””
「かっこいい、」
小さく零されたそれは、誰の耳にも届くことなく応援にかき消されていった。
「白布ほんとにかっこよかったぜ!春高も頑張れよ!」
春高予選で見事勝利を収めた白鳥沢は、一月から全国各地の強者が集まる春高を控えていた。
全校応援により全員がバレー部の活躍を目にしていたため、決勝戦の次の日は教室中がその話題でいっぱいであった。
特に白布はレギュラーメンバーなこともあり、その輪の中心におり、多くの者から応援の言葉を貰っている。また、それと同時に春高マジックとでも呼ぼうか、白布は格段に告白される機会が増え、日向と白布の時間は削られていく一方であった。
日向は白布のいない昼休みを、つまらないとばかりに机に突っ伏して過ごしていた。
「ひーなたっ!朗報だ!」
面白い話があると笑うクラスメイトに、日向は顔を上げては疑問符を浮かべる。
「これな?最近聞いた話なんだけどさー、白布前までは部活に集中したいっていう理由で降ってたらしいんだけどな??最近は本命がいるって言って降ってるらしいぜ!」
本命って誰だろーなー!
日向は唖然としてクラスメイトを見つめる。
何も言葉を返すことができなかった。
白布はクラスメイトの言う通り、今まで何度も告白されては降ってきて、その理由としては部活に集中したいという強豪のレギュラーである白布として納得のいくものであった。だが、本命がいるという話は“もしかしたら”の程で少し疑惑が出たことはあっても、大きく噂になったことは無かった。もちろん白布の口からそれを耳にしたこともなかった。
日向はショックの大きさにより俯いた。
珍しく日向に元気がない。
何か考え事をしているのか、話を聞き返されることも多くなったと白布は持ち前の観察眼により、空元気を演じていてもすぐに見抜いて見せる。
「日向、Tシャツ後ろ前。」
「ぅえ!?あ、」
白布の指摘で、Tシャツを直そうとする日向だが、羞恥心による焦りからなかなか上手く直せていない。そんな日向に伸ばされた手は届く前に、先に誰かの手が届いていた。
「翔陽はほんと手がかかるなー!」
ほらよ、とTシャツを直してやってから日向の頭を撫でる男は、一年の時から同じクラスである谷口。白布は今年度も出席番号順の座席になれば隣の席であった。そんな谷口とは、白布はもちろん日向も仲が良い。
だがこんなに距離が近かっただろうか。
白布の心にモヤがかかった。
高校の体育は、クラスが多いこともあり二クラス合同の男女別で行われる。最近の授業は、季節も冬に近づいてきたため体育館競技に代わり、男子がバレーボールで女子がバスケットボールである。特に男子はバレー部が多い関係上かなり盛り上がっており、女子達は普段は見られない男子達の活躍に目を奪われていた。
女子達が歓声をあげる中、鋭いスパイクが打ち込まれる。それに反応した者がレシーブ体制に入るも、ボールは跳ね返り速度を速めて女子の方へ。
危ない。そう誰もが声をかけようとした瞬間、オレンジが過ぎった。
トントンと転がるボール。
静まり返る体育館の中、一番に声を上げたのは女子を庇った日向であった。
心配の言葉をかけた日向は、逆に心配される程鼻が赤くなり少しして血を垂らした。
「ご、ごめんなさ、」
「日向っ!!」
庇われた女子がアタフタしながらどうしたら良いか分からず手を彷徨わせる。そこへ駆けつけたのは反対コートでバレーをしていた白布で、上を向く日向を注意し的確に働きかける。
「翔陽、保健室行くぞー。先生に許可もらってきた。」
そんな白布の内から日向の腕を掴んで引っ張りだした谷口は、日向を支えながら保健室に向かう。
「…は?」
無意識に出た小さな声は誰にも聞かれることはなく床に吸い込まれる。
白布はギリりと奥歯を噛み締めては、キツく拳をつくった。
授業が終わるなり、今も保健室で休んでいるという日向を心配し、白布は急いで着替え足を向けた。保健室に入ろうとした手前、日向が谷口と楽しそうに話す声が聞こえ、少しだけ気まづくなる。だが、そんなこと気にするなと自分に言い聞かせ、白布は扉を開けた。
「け、けんじろー」
白布が入ってきた瞬間、先程の空気は急変し動揺を見せる日向。それに対し眉間に皺を寄せた。
なんだよ、入ってきたらダメだったのかよ。
心の中で舌打ちをし、白布は怒りを当て着けるように先程開けたばかりの扉にもう一度手をかけた。
その日から、白布と日向の距離は段々と離れていき、話さない日々が続いた。そんな2人にクラス全員がフォローに入るなりなんなりするも、一向に戻らず頭を抱える。
「な、何したんだよ、日向」
「うっ…」
「別に翔陽はなんもしてねぇーよ。」
唇をかみしめている日向を谷口が庇う。谷口が日向の頭を撫でた瞬間、白布が不機嫌そうに小さく舌打ちをこぼした。その瞬間、クラスメイトは気づいたのだ。
ーーーこれ、谷口のせいだ汗汗汗汗
「お、俺…けんじろーに謝ってくる!」
昼休み、谷口と弁当に入っている卵焼きを突きながら日向が声を上げる。だがいつも日向の背を押してくれる谷口は、それを止めるように疑問を投げかけた。
「なにを?」
「なにって…その、この前けんじろーが来た瞬間静かになったから嫌な気持ちになったと思って」
「別にそんなん気にする方が悪いだろ。翔陽は悪気があってやったんじゃないんだし。」
でも、と食い下がる日向に谷口は一つ溜息を吐く。先程までご飯にばかり目を向けていた谷口が日向を瞳に映した。
「翔陽はどうしたいんだよ。」
「俺は、けんじろーと仲直りがしたい、!」
「仲直りして?そのあとは?」
ーー白布のこと好きなんじゃねぇの?
谷口の言葉に日向は応えることが出来なかった。
13時15分。昼休みがあと数分で終わりを迎える。白布は顧問に呼ばれた関係上職員室を後にして教室に向かおうとしていた。そんな時、担任に呼ばれた日向がばったりと白布と鉢合わせてしまったのだ。
ぶつかりそうになりお互いが顔を上げ、誰か認識をするなり目を逸らす。だが日向は、ぼそりと謝った白布を追いかけるように名前を呼んだ。
静かな廊下に響き渡る声には不安が混ざっており、白布はゆっくりと顔だけ日向に向けた。
「ご、ごめん…!」
「なにが?」
「保健室で、けんじろー入ってきた瞬間変な空気みたいなの作って、その!嫌な思いさせて、ほんとーー」
別に。
白布は、久しぶりに日向とガッチリと視線を交わせた。だがそれは、以前のように優しいものではなく、日向は体を硬直させた。
「ていうか、逆に2人の邪魔して悪かった。」
「なにいって」
チャイムが鳴る。
勘違いを解きたいのに、なんて言えばいいかわからない。本当の事を、白布への想いを言ってしまえば嫌われてしまうかもしれない。だから言えない。
葛藤の最中、白布はじゃあと一言告げ教室に戻って行く。その後ろ姿を見ながら、日向は何も言えずに伸ばしかけた手を下ろした。
平面の時よりも重いペダルを蹴る。息を吐き続ける中、秋の夜の冷たい空気が全身に巡る感覚に陥った。
日向はただただ無心で漕ぎ続けて、そして家に着いた瞬間自室へ駆け上った。
ぼろりと零れ落ちた涙が日向の頬を伝えば、それを合図に次々と溢れ出す。
中々押さない電話マークを冷えた指先で力無く押しした。
何度目かのコール途中、それがようやっと途切れる。
『翔陽?どうした?』
「谷口、俺どうすればいいかな?」
日向の問に、すぐに何の事についてか理解し、真剣な声色で谷口は応える。
『…翔陽はどうなりたいんだよ。嫌われるとかそういうの無しにさ。』
「俺は、」
けんじろーが好きだから。
谷口は電話越しに微笑んだ。
『じゃあそれを伝えてこい。』