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 ――1日目 23:58

 疲労感の貯まる体をベッドに転がして、深呼吸をする。携帯のアラームをセットして、目を閉じた。
 ゆっくりとにじり寄ってくる睡魔に身を任せよう、そう思ったところで電子音が鳴り響く。穏やかだった気持ちが一気にささくれ立った。誰しも、睡眠を妨げられれば頭に来るだろう。苛立たしげに枕元に置いた携帯を引っつかむ。
(こんな時間に誰だよ)
 眼鏡を取るのも面倒くさくて、不明瞭な視界を誤魔化すように眉間にぐっと皺を寄せて携帯を見た。メールだ。
 もうすぐ日付が変わろうという時間に送ってくるなんて非常識にも程があるだろう。緊急事態を知らせるような内容でないなら、送り主に嫌味の一つや二つ言いたいところだ。
(電源切っておけばよかった)
 内心で愚痴りながら、月島は自分の睡眠を妨げたメールを確認すべく携帯を操作し始める。
 メールは、未登録のアドレスからだった。こういう場合は大抵、メールアドレスの変更を伝えるものか迷惑メールと相場は決まっている。アドレス欄のすぐ下にある件名欄には『速報!』なんて書かれていた。しかも、顔文字付きだ。
(なにこのバカっぽいメール……)
 ため息をついてから、惰性でメールを開いた。ざっと内容を確認したら、送信元だけ調べて削除しよう。そう考えて内容を読み始め、
「……なに、これ」
 思わず、といった様子で口から言葉が漏れた。
(“傷害事件発生! 被害者は、天山高校2‐Bの六宮雅輝君。バタフライナイフで刺されて意識不明の重体。刺したのは烏野高校1‐1でバレー部に所属している日向翔陽君! 下に証拠写真貼っておいたよ!”……)
 目に付いた文章を目で追いながら、心中でゆっくりと読み上げる。何かの間違いではないかと、淡い期待を込めながら。
 しかし、何度読み返してもメールの文章が変わるはずはない。月島が読み間違えている可能性も消え去った。
「ひなた、しょうよう……?」
 間違いなく、そこには月島の同輩で同じバレー部に所属するチームメイトの名前が記されていた。それも、被害者側ではなく加害者側として。それが月島には信じられなかった。
 彼の目から見る日向翔陽という人間は、それはもう馬鹿な人間だ。勉強は出来ないし、口から出るのは擬音のオンパレード。緊張に弱く、かなりのビビリでもある。そしてなにより、バレー馬鹿なのだ。寝ても覚めてもバレーのことしか頭にないと言っても過言ではないだろう。そのバレー馬鹿が、何をどうやったら傷害事件なぞ起こせるというのか。
 頭ではそう理解しているのに、メールに添付されている4枚の写真が、いたずらメールと片付けることを許さなかった。
 1枚は、暗闇の中佇む日向らしき人物の後ろ姿。あの特徴的なオレンジがかった頭髪がはっきりと見て取れる。
 1枚は、被害者とされる人物が地面に伏している姿。背中で一際存在感を放っている何かが、メールに書かれていた凶器だろうか。
 1枚は、より近くから被害者を撮影したもの。暗がりの中でも分かる、赤黒い液体が背中の凶器を濡らしていた。
 1枚は、被害者のすぐそばにしゃがみこむ日向の写真。駆けつけたのであろう救急隊と何か言葉を交わしているらしく、顔も少しだけ写っている。
 あまりにも非日常過ぎてメールの内容が理解出来ない。頭が追いつかない。それでも心臓は激しい運動をしたわけでもないのにいやに早く動いていて、額にもじっとりと汗がにじんでいる。
 とにかく落ち着いて、もう一度メールを読み直そうと上までスクロールしたところで、再び携帯が音を立ててメールの着信を知らせた。直前に受け取ったメールのせいでナーバスになっていたが、送り主の名前を見てホッと息をつく。
「山口……」
 メールの送り主は山口忠、その人だった。続けて内容を確認すると、なんともまあ、酷い内容だった。内容というか、文章が。
「見たが三田になってるし、日向って打とうとしてヒナになってるし、なにこれ」
 いつもならありえないほどの誤字脱字だらけのメールに、小さく笑いが出る。先ほどまで月島も相当焦っていたが、自分より遥かに焦っている人を見て一気に冷静になれた。
 メールを最後まで読むことなく、月島は携帯を操作し始めた。この状態の山口にメールを返したところで、また誤字脱字だらけの暗号みたいなメールが返ってくるに違いない。そう判断し、発信履歴から山口の番号に電話をかけた。
 聴き慣れたリングバックトーンが流れたかと思った途端、ぷつっと切れ『ツッキー!』と聴き慣れた馴染みの声が飛び込ん出来た。その間わずか半コール。反応の速さに呆れを通り越して尊敬すらしそうだった。
「ねえ、メール送る前に見直しくらいしなよ。誤字脱字だらけだったんだけど」
『うそっ? ごめんツッキー!』
「一応内容は分かったら良いけど。……日向が事件起こしたってメール、僕にも届いたよ」
『っ、じゃあ』
「他の人にも届いてるかもね。でも、流石にこの時間に先輩たちに連絡取るわけにはいかない」
 言いながら、月島は思案する。
 このメールはバレー部全員に届いたかもしれないし、日向を知らない人たちにも届いているかもしれない。後者だとしたら非常にやっかいだ。人の噂は尾びれ背びれをつけて、元々の形なんて見る影もなく覆い隠して広がっていく。
 だが、その前に確認しなければいけないことがある。
「もう遅いし、山口も今日は寝ときなよ。明日も朝から部活なんだから。メールのことはその時に確認しよう」
『うん、ツッキーと話してたらちょっと落ち着いた。ありがとう、おやすみ』