大会後に写真を撮る話

 『懐かしい写真が出てきた!』

 その文字と共に、メンションされた俺のアカウント。背景となった写真は、今よりももっと幼い自分たちがいた。タップすれば複数枚連続で投稿されているようで、無邪気な顔で笑ってるみんながいる。
 でこぼこな俺たちがこのメンバーで写真を撮ったのは、後にも先にもこの1回きり。一人だけ黒のジャージを着ているオレンジのあの子は、もの凄く硬い顔をしている。
 寂しさと物足りなさを感じるのは、一般人だからとかつての主将と双子の片割れの顔がスタンプで隠されているからだろう。1繋がりのみんなと、という妙な関係性を見出して世に放たれた写真は色褪せることなく綺麗なまま。

 お馴染みの写真のアイコンをタップし、その日付まで遡ってみれば予想以上にたくさんの写真が出てきた。女子じゃあるまいし現実カメラと言われる備え付けのカメラで撮った写真ばかり。かと思えば、やかましい顔にスタンプが乗ったぶりっ子が何名かいる。

 『また、みんなでバレーしましょう』

 その文字を反芻させたまま、俺は眠りについた。

 ◇ ◇ ◇ ◇

 眠れない夜は、決まって写真のフォルダを見返す。この習慣が身に着いたのは、中学卒業後に地元を離れた頃だ。ホームシックとやらにかかった、15の俺。自分で言うのもなんだが、あの頃は可愛いかったなと思う。
 思春期ということもあり、ホームシックだなんて素直に周囲に伝えるなんてことは出来なかった。それよりも、これがホームシックかと寂しさよりも先に得体の知れない感覚にソワソワが勝った。
 懐かしいと思うよりも、つい先日まで暮らしていた街に同級生の顔が浮かぶ。泣くなんて事はしなかったが、心にくるものはあった。生まれてこの方、ずっと地元にいたし家族との暮らしがあった。それを、自分の意志一つで生活環境が似て非なる場所でバレーをするためだけに地元を飛び出すというのは我ながら思い切った選択をしたものだ。

「へー自分、中学はそんな感じやったん?」
「そんな感じとは……」
「ここにおるより、笑っとるなぁって」

 双子の人格ポンコツではない方に声をかけられたのは幸いだった。いつもスマホ片手に生活している俺に、どうやら彼女という存在がいるのではないかと疑っていたらしい。そんなのいたって、相手する時間もないじゃんと告げれば軽く「そやな」と返ってきた。

「俺らはバレーで手ぇ一杯やもんな」

 DNAはやはり一緒かと思ったのはあながち間違いではなかった。寝ても覚めても、隣にいる片割れとしょうもないことで争い合っては競っている。息苦しくなったりしないのかと聞けば、意味がわからんという顔をされた。
 争う理由がないのに、競い合うのは遺伝子レベルの問題らしい。これ以上は聞いても無駄だなと感じたのを覚えている。強豪校にいる人間だけあって、性格に難があろうとバレーはちゃんと上手いから別に問題ではない。ここはそういう場所だと理解した。

 双子を下の名前で呼ぶようになった頃だったと思う。同じ部活で、片方はクラスも一緒。四六時中、それこそ彼女のように過ごした人間と仲が深まるまでにそう時間はかからなかった。梅雨入り前にはあっという間に馴染んで、この双子のことをずっと昔から知っている関係性だと周囲から勘違いされるくらいには仲良くなった。

「な、角名っていつもスマホ持っとるよな」
「それやったら、お前が写真係な」

 人格ポンコツのくせによく周りのこと見てるじゃんと言えば、ゴリゴリの関西弁が返ってきてちょっとだけビビった。
 それからの俺は、バレーボールの次くらいにスマホを手にするようになった。双子のバカ騒ぎを弱みとして握ろうと思っていたし、あと、圧の強い先輩の意外な一面も撮れたらなという下心も。
 集合写真なんか撮る時には、大抵俺のスマホが使われていた。生徒用にとデータを主将に送れば早い話なのに、せっかちばかりのココは効率重視だ。だから俺のスマホを使って写真を撮ること自体は別に問題ない。問題はないが、俺は今。目の前の状況に正直戸惑いを隠せずにいる。

「角名ぁ、スマホ貸してー」
「嫌だけど」

 素直にスマホを渡せるかと言えば、誰だってそうではないはず。現代人の個人情報が全て入っているし、流出して怖いものは何もないが(どちらかと言えば双子が被害を被る)、スマホを持っていない子供ならともかく、持っている奴に渡すなんて怖いことは出来ない。
 使用用途を尋ねれば、写真を撮りたいらしい。スマホのスペックは侑が持っている物と変わりないのだから、写真を撮るなら自分の物を使ったらいいのに。
 それよりもなぜ対戦相手と、しかもさっき負けたところと写真を撮るのか。やっぱり、人格ポンコツの思考回路は読めない。北さんなら理解できただろうか。

「翔陽くんと写真撮りたいんや。頼む、角名。撮ってー」
「え、嫌なんだけど。治に撮ってもらえば?」
「サムと二人で挟んで撮りたいねん」
「なら、どっちかのスマホ貸して」

 ない! と言い切った二人の頭を叩くことをしなかった俺は、本当によく耐えたと思う。こんな奴らに挟まれて可哀想だなと烏野の10番を見れば、案の定プルプルとしている。正しく、雛鳥。これじゃ俺らが虐めているみたいじゃん。

「ここで何してるん?」
「「北さん!お疲れ様です」」
「で、よその子に迷惑かけてる理由は何や?」

 さらに圧の強い北さんに耐えられなくなったのか、雛鳥は俺の後ろに隠れた。三人の目がこちらを向くが、俺に状況説明を求められても困る。
 さっきまでの、生き生きとバレーをしている烏野10番はどこにもいない。ジャージが皺になるほど、きつく背中の布を握りしめているのがわかった。烏野10番と俺は20センチも身長差のある上に、体格まだ作りあげられていない彼はすっぽりと俺の後ろに隠れた。
 そこ代われやとキツい関西弁に、後ろの雛鳥の肩がまた上がったのがわかった。本当にこの子よく緊張せずに、バレー出来たなと思う。ゆっくり俺の背中から顔を出したのか、目の前の双子は嬉しそうに雛鳥の名前を呼ぶが、また隠れたようで。

「おい角名! 邪魔すんなや」
「えっ……俺?」
「なぁ。なんでその子ずっと隠れとるん? 何か怖い事でもあるん?」
「せやで翔陽くん! 写真撮るだけやん」

 テレビから聞こえてくる関西弁とは違う圧にやられたんだろうということは、様子を見たらわかる。慣れたらそうでもない言語の違いだけど、どこの器官から発声されているのかわからない言葉は初見じゃ本当に怖い。
 和気あいあいとしたチームの雰囲気を見る限り、厳しいことを言われたことがあったとしても雑な言葉を投げられたことはないはず。

「えっと、日向くんでいい?」
「翔陽くんや!」
「はぁー。翔陽くん、うん。大丈夫ではないね」

 審判が近くにいたら一発でアウトな状況だ。周囲から見れば、俺らがカツアゲしているようにしか見えない。金髪に銀髪、さらにはよくわからん髪色も相まってか、より真実味が増す。
 つむじしか見えない彼に、帰省したときに妹に言われた言葉を思い出す。ここで成長期を迎え、さらにデカくなった俺に妹は首が痛いと連れ立って歩く時はほぼ怒っていた。そんなにかと、思っていたが声も聞き取りにくいし圧がヤバいと。
 なるほど、これかと妹の言っていたことに合点がいく。初対面の人間で20センチ以上も離れた奴らにうようよと囲まれる怖さを。コート上なら味方もいるし、何よりボールがある。烏野の10番は肉食動物の巣にうっかり入ってしまい、囲まれてしまった草食動物と言ったほうがしっくりくる。

 あの子、大丈夫かな。誰か大人呼んで来た方がいいのかな。

 ざわざわと意味深な空気が流れる。俺たちって今、もしかしてかなりヤバい? と声にした侑。状況把握が出来ているようで有難いが、できることならもう少し早めが良かった。

「ちょっとだけ、我慢して」

 このサイズなら大丈夫かと、赤のジャージの懐に黒の彼を閉じ込める。まだ仕上がっていない体は細くて柔らかく、何より小さい。パニクるか嫌がる反応をするかと思ったのに、翔陽くんは思いっきり俺のことを抱きしめている。さっきよりも震えが治まっているいることに安堵すれば、目の前にいるチームメイトの顔が凄いことになっていた。

「なんで角名やねん。俺が先に声掛けたのにっ」
「人格ポンコツには無理や」
「二人はそういう仲だったんか?」

 カオスとしか言いようがないが、純粋にこの子が俺を頼りにしてこの双子を出し抜いているという状況は正直言って心地いい。俺も随分と人格ポンコツだなと思えば、北さんはこの子のことがどうにも気になるみたいでジッと見つめている。ようやく落ち着いてジャージから顔出した雛鳥は、その目力に負けてまた顔を隠す。

「北さん。もう少し圧を弱めてくれませんか?」
「俺は何もしとらん」
「ジッと見られたら怖いと思います」

 そんなつもりは無かったであろう北さんは、俺の言った言葉の意味を自分なりに咀嚼している。律儀な人だなと思う反面、そういう所も怖いと思う。流してもいいところを、自分が納得いくまでとことん向き合えてしまうところが怖い。

「とりあえず、移動せぇへん?」
「そやな。ここやと背景もショボいしな」

 決まるや否や、行動が早いところは流石だがこいつらは人の気持ちを置いてけぼりにするのが特技すぎて困る。一番気を使わないといけないのは翔陽くんだというのに、もうすでに優先順位のトップに北さんがきていた。刷り込みでもされたのかと考えてしまうほどは、彼らの主将への忠誠心は強い。

「翔陽くん。移動しても大丈夫?」
「……す、角名さん。迷惑かけてすみません」
「いいよ、別に。迷惑だと思ってないし」

 ようやく合った目は、落ち着いていてコートの中で見たものとはまた違う。烏野10番という肩書はどこにもなく、高校一年生という言葉がしっくりくる。申し訳なさそうに瞳を下げた彼の頭を撫で、双子と主将の背中を追う。まだ心細いのか、ジャージの裾を握る小さな手に体を少し後ろに傾けて歩く。
 体育館とどうにかわかる場所で、三人は俺たちの到着を待っている。これはもう逃げられないし、大丈夫かなと斜め後ろを見ればまだ表情は硬い。

「翔陽くんと言ったな」
「ハイ! イイエッ!」
「翔陽くんやないの?」
「…はいっ、日向翔陽です!」
「さよか。あんな、角名に言われて考えてみたんやけど、すまんなぁ。対戦したから、もう色々と知った気になっとたわ。そりゃ、怖いよな。対して話したこともない相手に、あんなジロジロ見られたら」
「いえ! 俺も極度にビビってしまって。失礼だったなと、思います」

 なんか、2人とも意外な反応だ。北さんはこう、もっと正論で翔陽くんを問い詰めるようなことを言うかと思っていたし。翔陽くんは翔陽くんで、もっと震え上がるのかと思っていた。どうやら彼は、北さんにハマったらしい。誠実な人に、北さんは弱い。
 と、わかったところでもう切り札を使う場所はないことを悟る。北さんとバレーをするのは今日で最後で、高校までやと言っていたからもうバレーをすることはないんだろう。

「でも、やっぱりまだ知らないので! また、バレーしましょう」
「俺は三年やからもう引退やで?」
「でも、バレーは続けますよね」

 疑いもなく真っ直ぐな目に狼狽える北さんを珍しいこともあるもんだなと、双子と会話の行き着く先を見守る。これだけはっきりと北さんに話すのに、まだその手は俺のジャージに繋がっていてそのアンバランスさに笑う。

「また、みんなでバレーをしましょう」

 この数十分のなかで一番いい笑顔だった。

 翔陽くんと北さんを真ん中に、近くを通りかかった人に撮影係を頼んでフレームの中に納まる。女優風にジャージを着ている北さんに、ガラの悪い双子は両端でそのDNAの正しい使い方で綺麗に笑ってみせた。翔陽くんはというと、俺のジャージを握ったままぎこちない顔で笑い、俺はまたカメラを見失っている。当初の目的だった、双子に挟まれて撮った写真の翔陽くんの表情はぎこちなかった。人でなしに挟まれて可哀想だと思ったのは、言うまでもなく北さんも「翔陽くんが不憫や」と笑う。ファンだという女性に声をかけられた侑を抜きにして、4人でも写真を撮りその場をお開きとなった。
 翔陽くんを烏野に送る道中で、二人だけでも写真を撮った。こっちのほうは、バレーをしている時に見た楽しそうな笑顔で翔陽くんが写っている。距離感のバグが起きていることは、身長差のせいにしておこうと思う。

「角名さん。今日はありがとうございました」
「こっちこそ、侑のわがままに付き合ってくれてありがとう」

 犬みたいにフルフル頭を振って、翔陽くんはまた俺にハグをする。彼は海外帰りなんだろうか。

「俺、もっと強くなります。同じポジションの人たち、いっぱい凄い人見てきたけど、角名さんも凄かった」
「うん。じゃ、また戦う日を楽しみにしているね」

 次の春高でも同様に写真を撮って、応援に来てくれた北さんとも一つの画面に納まったのはいい思い出だ。さすがにもう慣れたのか、高校二年になった翔陽くんは俺のジャージを掴んではくれなかった。北さんとも軽快トークを繰り広げ、双子の顎が外れそうになっているのを激写した。
 侑が翔陽くんのアカウントを確認し、六年越しの答え合わせに騒ぐのは目に見えている。MSBYとの対戦後に嫌がらせと称して、応援に行くと言ってくれた北さんに、出店すると聞いた片割れも誘ってまた写真を撮ってやろうと思う。

『翔陽くん。また二人でも写真撮ろうね』

 彼のメンションへの返事として、まだ誰にも見せていないツーショット写真をSNSにあげる。若かりし頃の二人は、今にも頬がくっつきそうで照れくさそうに笑っている。
 侑の悔しそうな顔だけでなく、佐久早くんまでも視線を飛ばしてくるなんて予想出来ないまま、俺は明日に向けて眠りについた。