「あれ?日向じゃん?」
「え?…角名さん!」
混雑とした人混みのなか、名古屋駅のシンボルである金時計の下に黒い帽子から隠れきれない鮮やかオレンジ色の髪を跳ねさせた見覚えのある人物を見つけた。それは先のV.LEAGUEで激戦を広げたMSBYの日向翔陽だった。難しい顔でスマホを見つめていたので誰かと待ち合わせしているのだろうか。
「こんにちは!どうして角名さんが名古屋に?」
「俺の実家、愛知なんだよね。日向は?」
身長差で見上げる日向はハキハキと答える。
「味噌カツ食べに来ました!」
「え、味噌カツ食べにわざわざ大阪から来たの?」
なんともアグレッシブな行動に驚くも、バレーを修行するために日本からブラジルに行くのだから大阪から名古屋は許容範囲内なのか。ひとり納得しかけていると日向が否定する。
「東京に用事があって行ってたんです。その帰りに寄り道しました」
寄り道で途中下車するの充分アグレッシブだなと角名は薄く笑った。
「じゃあ今から食べに行くの?」
「…そうなんですけど」
言い淀む日向に角名はゆっくり言葉を待つ。
「実は検索するのに到着を新大阪駅と名古屋駅、間違えて早く着いてしまったんです…」
角名は頭上にある金時計を確認した。針はまだ10時前を指していた。こだまに乗っていたらまだ良かったかもしれないが、10時では食べるのはまだ早いだろう。
「どこか時間潰すにしても名古屋駅広くて…。とりあえず金時計に来てみたところです!」
「ああ、ここ迷うよね。梅田もだけど」
高校時代を兵庫で過ごした角名は実家に帰省するために何度か迷いそうになったのを懐かしく感じた。
そんな名古屋駅も大阪に負けず路線が多く地下街も複雑だ。迷わないようにと駅構内に通り名をつけたり、金と銀の時計台を置いたり、噴水を目印にしたりと工夫はされているが慣れてない者には酷だと思う。
「どこか良いところないですかね…?」
困ったように見上げる日向に角名は考える素振りをすると、それならと口を開く。
「ちょっと俺に付き合ってくれない?」
名古屋駅から出て直ぐにビルとビルに挟まれるように建つカラオケ店に連れられる。角名が受付で背を丸め簡単に手続きをしているのを少し緊張しながら日向は見つめる。
「2時間でいいかな?」
「ハイ!イイエ!」
「どっちなの」
クスクス笑う角名にもはや口癖になってしまった返事を改め、2時間で大丈夫ですと答える。程なくして伝票を持った角名に案内されエレベーターで上に上がる。
目的の階に降りたところで目の前にドリンクバーがあった。ついでに持って行こうと日向はスポーツドリンクを選び角名は紅茶を選んだ。また廊下を進み曲がり角を曲がって直ぐの部屋に入った。
部屋の電気の付けるとふたりなのでそこまで広くはなく、L字型のソファとカラオケ機器が置いてある。奥に角名が座りひとり分の間を空けて日向が腰を下ろす。
「悪いね連れてきて」
「いいえ!俺、ブラジル行ってからカラオケ行ってなかったので久しぶりで楽しいです」
高校時代もバレーに熱を注いできた日向は、カラオケは誘われたら行く程度だった。しかし、歌う事は好きだったので誘われるのは素直に嬉しかった。
スマホを弄る角名に先に曲入れていいよと電子パネルを渡されたので遠慮なく操作する。目当ての曲を探し出すと曲のリクエストは直ぐに通り前奏が流れてくる。
角名はリモコンで音量やエコーを調節すると日向は音楽にかき消されないように、ありがとうございますとマイクで伝えた。
夏と青春をテーマにしたJ-POPはまさに日向を表した元気な曲で、しかし騒々しさを感じさせない歌声を響かせた。
「日向っぽい」
「それ良く言われます」
曲が終わってから、まさに日向の曲と言った幼なじみをどこか昔のように思い出した。
次に角名の入れたは今流行りのアーティスト曲だった。気だるい雰囲気が角名と相まってなんだか本人よりも色っぽく聞こえる。
「角名さんすごい上手いっす!」
「ありがとう。日向は次バラード?」
率直に褒める日向に礼を良い画面を確認する。
「そんな驚きます?」
「正直さっきの曲のイメージの方が強いから」
テーブルに置いてあったスマホを取り出すと動画を撮ってもいいかと聞かれたので、特に何も困ることもないので二つ返事で許可した。
先ほどの元気な曲とは違い、緩やかにギターのイントロが流れる。切ない片想いの曲を静かに歌う日向に角名は聞き入る。日向の大人っぽい意外な一面をしっかり動画におさめた角名は染々と言う。
「ギャップやばいわ…」
「アザっす!」
「次も日向歌ってよ」
日向の歌声に虜になりつつある角名は次はどんな曲を入れるのか期待感をつのらせる。
しかしディスプレイに映し出された文字は数年前に流行った子供向けのアニメのOPテーマだった。しかもご丁寧にアニメ画像に設定していて、カラフルな衣装で敵を薙ぎ倒す女の子が描かれている。それを裏声を駆使して、台詞部分も完璧に歌いあげるのだから角名は口を抑えて笑う。
「なんでその選曲なのさ」
「妹が好きで!」
最後までアニメーションを見届けてから日向に尋ねた。ブラジルに行ってからカラオケに行ってない事を思い出し、逆算しても日向の妹は結構幼いのかと想像する。
「日向って妹と年離れてるの?」
「6才離れてます!」
「結構離れてるね。俺も妹いるけど年近い」
「角名さんもお兄さんなんですね」
スマホを指でスライドさせる角名は1枚の画像を見つけ出し日向に見せる。そこには無表情の角名の妹の写真だった。
「これ、俺の妹」
「角名さんに似て美人さんですね!」
スマホの液晶と角名を見比べてから感想を述べる日向に、角名はぴきりと固まる。
「ふぅん?」
数拍おいてから深く意味を含んだ視線を無遠慮に日向にぶつける。日向は何か粗相をしたかとたじろぐ。
「何ですかじっと見て…何か付いてますか?」
そんな日向をスマホで口元を隠し角名は笑いながら言った。
「いや、日向は俺のこと美人と思ってるんだ?」
「あ……いや、そうじゃなくて」
面白いぐらいに慌てる日向をニヤニヤしながら見つめる。口元を隠していたスマホをまたテーブルの上に置く。
「まあ俺は美人じゃないけど」
「そんなことないです!」
「即答じゃん」
揚げ足を取る角名にプラスチックで出来たコップの中身を飲み干し、逃げるように立ち上がろうとしたのを角名が許さなかった。
長い足を日向の足に絡ませられてバランスを崩させる。体感お化けは他人の体感を崩すのも得意なのか。なんとかバランスを取ろうと両腕を宙に伸ばしたら、手を捕まれてしまいそのまま引き寄せられて、角名に倒れてしまった。潰さないように元凶の長い足を跨いでソファに膝をついた。
「す、すみません!」
すぐに退こうとするも角名の両腕がしっかりと日向の腰を抱えてしまい動けない。角名の柔和な切れ長の目が下から至近距離で見上げてくるので、顔に熱が集まり耐えきれず視線を逸らす。
「そ、その、本当に深い意味はなくてですね…」
「深い意味って?」
言えば言うほど墓穴を掘る気がして口ごもる日向に、先ほどの色気を惜しみ無く放つ角名は意地悪に笑う。
「ねぇ、日向。教えてよ?」
時間はまだあるからね