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 ――2日目 12:56

「……目を覚ましたのは、街中でした。最初、六宮さんはもう死んでると思って、俺焦っちゃって。でも生きてたから、慌てて救急車呼んで、一緒に病院まで来ました」
 昨日起こったことを、訥々と思い返しながら話をし終えた日向。病室にいる誰もが何も反応を示さないことを不安に思ったのか、目線が揺れる。
「……以上、です」
 日向は恐る恐る病室にいる人たちの顔を伺った。表情は不安げで、本当にこの話を信じてもらえるのか心配しているようだった。
 最初に動いたのは、菅原だ。はあ、と大きくため息をついて頭を垂れ、日向の手を恭しく包み込む。
「ごめんな日向。やっぱあの時、一緒にいるべきだった……!」
 震える声で告げたのは、心からの謝罪だった。
 昨日バス停で一緒に待とうかといった折、彼の申し出を断ったのは日向自身だ。だが、その結果こんな怪我を負わせてしまったことに後悔しているのだろう。
「謝らないでください! それに一緒にいたら、菅原さんも巻き込まれてたかもしれないんですよ? そっちのほうが俺、嫌です!」
「……そうか。よく、頑張ったな。日向」
 いつも朗らかに笑う彼らしくない、今にも泣き出しそうな笑顔で日向に笑いかけた。そこで、彼の涙腺がものの見事に崩壊した。ぼたぼたと大粒の涙が次から次へと流れだす。
 突然わけのわからないことに巻き込まれて、一番混乱しているのは日向だ。怖かったのも、苦しかったのも、悔しかったのも、すべて日向だ。
 家族には心配をかけたくないと、無意識のうちに考えていたのかもしれない。それに、自分をかばって半死の目にあわされた六宮のことも、彼には相当堪えたのだろう。だからこそ、正直に事件の全容を話せなかったのか、と山口は思考した。
 加えて、自分を怪しむ警察からのストレスは相当だったはずだ。ずっと、我慢していたのだろう。しかし、菅原に認められたことで、気合だけでどうにか保っていた防波堤が決壊したようだ。
(馬鹿だなあ日向は……)
 顔を真っ赤にして泣き続ける日向を見て、苦笑した。
「随分非現実的な話だったけど」
「ん、だよな……こっちのほうが嘘っぽい」
 鼻をすすりながら日向が困ったように呟くと、月島は小首をかしげる。
「最初の話よりよっぽど信頼に値するよ? 君がこんな話、思いつくはずないじゃない」
「あー……最初のはね……」
「なっ、そんな嘘っぽかったってのか?」
 鼻声のまま噛み付いてくるが、月島は素知らぬ顔で受け流す。菅原と山口は顔を見合わせ、戸惑いつつも肯定する。まさか二人に肯定されるとは思っていなかったのか、ショックを受けたように固まる日向に武田が慌てて「嘘が付けないっていうのは、君の美点ですから!」と続けた。
(でもそれって、バカ正直ってことだよね)
 本当の意味でフォローになっているのか怪しいところだ。
「目線はずっと右向きっぱなしだし、手元はそわそわ落ち着かないし。いつもより声は小さいしたどたどしい。これでどうやって本当のこと話してるって思うわけ?」
「挙動不審だったねツッキー」
「で、まさかとは思うけど、あの話を警察に話したの?」
 月島がそう尋ねると、無言で首を縦に振った。念のため、日向の母親や妹にも確認をとってみると、二人共無言で頷く。はあ、と大きなため息が漏れた。
 確かに、最初の話のほうが事実のように聞こえたかもしれない。不審な人間に襲われ攫われ、暴力を受け、殺人未遂の罪をなすりつけられたという話よりはよほど現実味を帯びていた。問題は話し手と、話し手自身の怪我についての説明が一切なかった点だ。
 例えば、全く同じ話を菅原や月島が話したとしたら、平然と嘘を吐き通せたかもしれない。山口も、日向よりは上手く嘘を吐き通す自信がある。しかし日向は、少なからず嘘に対する罪悪感があるため、どうしても堂々と吐き続けられないのだ。
「あの話じゃ『どうぞ疑ってください』って言ってるようなもんじゃないの」
 今朝体育館に来た刑事たちも、事前にそんな話を聞かされていたら確かに、日向を疑いたくもなっただろう。
 だからといって、あの刑事の態度を許そうとは思わないのだが。
「加えて、君凶器触っちゃったんでしょ? 指紋べったりついてたって警察が言ってたけど」
 月島の問いかけに、日向はきょとんと首をかしげる。一拍後、首を横に振りながら、触ってないと否定した。
「近付いて、体揺すったりはしたけど、凶器には触ってねえ」
「……ほんとに? うっかり触ってないの?」
「ああいうときは触っちゃだめって、テレビで昔見たぞ!」
 憤慨して叫ぶように主張する日向を横目に、月島は不愉快そうに表情を歪めた。彼は恐らく、山口と同じことを考えている。
 凶器に触れていないのに指紋が付いているということは、気絶している間に犯人が日向の指紋を無理やりつけさせた、ということだろう。確実に警察のやっかいになるように手をまわしているようだ。
「とりあえず、さっきの話をもう一度警察に話してみよう」
「その必要はありません」
 室内にいる全員の視線がドアへと集まった。いつのまに来ていたのか、川西が申し訳なさそうな顔でそこに立っていた。
「すみません、立ち聞きなんて野暮な真似して」
 川西の顔を見た途端、ベッドの上に座っていた夏が立ち上がる。両手をばっと広げて川西からすっぽり兄の顔を隠してしまった。
「兄ちゃんはやってないの! 悪いことなんてひとつもしてない!」
 幼い顔でめいっぱい睨みつけ、一歩たりともこの場を動かないとばかりにその小さな体でめいっぱい大人を威嚇する。対する川西は、どうしたらいいものかと途方にくれているようだった。
「一人で捜査、ですか?」
「あ、えっと……ちょっとした事情がありまして……」
 川西の視線が何処か遠い。体育館で会ってからここに来るまでの数時間の間に、何かがあったのだろうか。
 彼は日向の元へとゆっくり近づき、頭を下げた。
「事件の解決のため、どうか協力してください」
 その態度を見て、山口はこっそり安堵の息を漏らした。体育館に訪ねてきた時にも感じたが、川西は日向を犯人と疑ってかかっているわけではなさそうだった。
 いつまでも頭をあげない相手に、夏が少しばかり戸惑いを見せる。ピンと伸ばしていた両腕を下ろし、どうしたらいいのか分からないといった様子で日向と母の顔を交互に見ていた。
「夏、とりあえず危ないから座ろっか」
 先程まで大泣きしていたため、まだ赤みが残った顔でにっこりと笑いかけ、夏を抱き上げる。まだ彼女は訝しんでいるようだが、様子を伺おうとでも思ったのだろうか。日向と手をつないで横にぴったりくっつくように座り、そのままの体制で川西をジッと見つめはじめた。
「……昨日は、嘘ついてすみませんでした」
 日向が謝罪すると、少しだけ川西が顔を上げ、苦笑する。
「嘘だろうなっていうのは分かっていたんだけど、……さっき話したことが、本当のことなんでしょう?」
 無言で頷く。それから川西が頭を下げたままだったことに気づいた日向が、慌てて姿勢を正すよう頼み込んだ。
「とりあえず、今の日向の話でメールのことはあらかた解決しましたね」
 言いながら、月島は自身の携帯を操作し件のメール画面を表示させた。先ほどメールを見たばかりの日向は、何の話か分からないというような表情を浮かべている。苦笑しながら菅原が「このメールな、違和感しかないんだよ」と日向に説明し始めた。
「変なのは、俺たちのメアドや日向たちの名前とか知っていて、凶器も断定してるとこ。あとこの写真も、近付かなきゃ撮れないものだ、ってことは分かるか?」
 自分のメールを日向に見せながら、丁寧に解説する。菅原の話を真剣に聞いている日向兄妹の頷くタイミングが完璧に合致していることに気づいた山口は、小さく笑った。大きく頭を揺らすものだから、だんだん二人がアカベコに見えてくる。
「でもさっきの日向の話をあわせて考えれば、その違和感もなくなるんだ」
 言いながら、菅原は鞄から厚手の本とルーズリーフ、ペンを取り出した。本を下敷きにして、ルーズリーフに文字にしてまとめていく。
「まずこのメールの送り主だけど、まあ十中八九犯人グループの誰かだろうね」
 この推察は、間違っていないだろう。複数の可能性の中で、野次馬が送り主という仮定は早々に崩れている。自分の後ろ姿を写真に撮るのはまず無理だろうから、日向が送るのも無理だ。
 日向より先に六宮を見つけた者がいたのでは、という可能性も一応残しておいたが、それも限りなくゼロだろう。いたとしても、当初の疑問通り、なぜ山口たちのメアドを知っているのか等の謎が残されてしまう。
 あの時点では断言するには早いだろうと、念のため可能性を複数用意しておいた。だが、送り主こそが真犯人だと誰もが考えていたはずだ。
「疑問点は幾つかあったんだけど、まずは1つ。日向たちの名前を知っていたことについて」
「この誘拐は、日向に暴行を加えるっていう目的で計画的に行ったことだ。なら、事前に日向のことを調べ上げているはずだよね。名前も学校も住所も」
 相手は日向だということを知った上で犯行に及んでいたようだから、名前も顔も知られているのはまず間違いない。誘拐行為において、突発的犯行でない限り、ターゲットのことを調べるのは当然だと考えられた。
「で、六宮さんのことだけど。犯行グループ側だっていうなら、名前とか知ってて当然デショ」
「次。凶器について。これも、自分で使ったんだからそりゃ分かるよな」
「写真もですね。犯人だから近寄って撮ることなんて簡単でしょう」
 凶器で刺した後、すぐさま写真を撮り、日向の指紋を凶器につけるという小細工を施してからその場を立ち去ったのだろう。つくづく嫌な犯人だ。
「野次馬位置から日向の写真を撮ったってことは、その中に犯人がいたってことだね」
 犯人は現場に戻ってくる。という類の言葉はよく耳にする。
 実際、放火などが起こった場合、高確率で犯人は野次馬にまぎれているらしい。警察側はそんなこと熟知しているはずだから、まず間違いなく野次馬の写真を撮っただろう。現場近くに防犯カメラでもあれば、それも手がかりになるかもしれない。
 その為には、六宮の証言が必要になる。彼も犯行グループの一員なら、他のメンバーの顔を知っているに違いない。問題は、彼がすんなり口を割るかだ。犯罪行為を行ったものが、素直に自供するかは山口の知るところではない。
「肝心のメアドはどうやって手に入れたかわかんないけど……」
「そういえば川西さん、あのメールが届いたのってバレー部だけでしたか?」
 月島が尋ねると、神妙な顔つきで川西が答えた。
「話を聞けた烏野高校の生徒は全員受け取ってたけど、学校職員や他校生、近隣住民は一切もらっていませんでした」
「烏野だけ……メーリングリストか?」
 通信手段が豊富になった現代において、学校関連の緊急連絡を連絡網に従って電話ですることは殆どなくなったと言っていい。学校から一斉に、各生徒たちへメールが送信されるか、あるいは学校のホームページに載せるか、といった手法が一般的だ。
 烏野高校も例にもれず、緊急連絡はすべて学校からの一斉メールで行っていた。そのリストを使えば、全員にメールを送ることが出来る。
「もしそうなら、情報漏洩、ってことになっちゃいますね」
 武田の声が固い。仮にそうだとすれば、何らかの方法により生徒全員分の情報が外に漏れてしまっていると考えられるのだから無理もない。
「まあその辺のことは、警察に任せた方がいいでしょう」
「だな。なあ日向、何か他に覚えてることってないか? どんな些細なことでもいいから」
 腕を組み、似合わないしかめっ面でうんうん唸りながら記憶を掘り起こす。しかし早々に顔を上げ「俺目隠しされてたし」と覇気のない顔で呟いた。
「五感のうち、味覚はなくてもさ。嗅覚、聴覚、触覚が残ってるだろ?」
「匂い……音……あ!」
 再び小難しい顔で唸っていた日向が、唐突に声を上げた。何を思い出したのかと視線が彼に集中する。
「花畑みたいな匂いだった!」
「花畑?」
 日向以外の全員がきれいにそろえて鸚鵡返し。花畑で暴行を受ける、男子高校生……。
(どんな状況なんだ? それは……)
 想像してみたが、全くその光景を思い描くことが出来なかった。せめて川の土手にしてほしい。そうすれば多少、一昔前の学園青春ドラマっぽくて納得も出来る。その場合必須条件は夕日だろうか。
「あとなんか、むわって暑くて。なんだっけ、春にさ、夏と三人で行ったじゃんあそこ!」
「春に……ああ、植物園?」
「それ! なんかむわっと暑くて、花とかの匂いがいっぱいしてた!」
 花畑だと全く想像出来なかったが、植物園なら多少想像もついた。温室で育てられた木々や花が壁となり、中の様子は隠れてしまうだろうから、多少手荒なまねをしていたとしても気づかれることはないだろう。
 日向の話を聞き終わると同時に、月島の眉間にしわが寄った。それから逡巡するかのように目を伏せる。しばらくの間をあけて、口を開こうとしたのと同時に、病室のドアが開いた。
「日向さん、目覚ましましたか? って、ずいぶんたくさん人がいるのね」
 日向の病室に入ってきたのは一人の女性看護師だった。話によれば、病院について治療を受けたのは深夜に近い時間帯だったため、眠りに就いた時間も相当遅かったのだろう。本人が何も言わなかっただけで、山口たちが病室に来る直前まで眠っていたのかもしれない。
 彼女は日向に体温計を手渡し、測定するよう指示した。
「学校のお友達かしら? よかったわね、お見舞いいっぱい来てくれて」
「あの、本人は元気だっていうんですけど、怪我の具合はどうなんでしょう?」
 遠慮がちに尋ねると、看護師は微笑み頷いた。
「検査では特に異常は見られなかったわ。全身に打撲跡があるから暫くは痛みが続くだろうけど、骨も内臓も異常なし。明日にでも退院出来るわよ」
「じゃあ明日退院します!」
 丁度検温が終わったらしい、体温計を看護師に差し出しながら日向が答えた。その返事に笑いが漏れる。
 多くの人にとって苦手で、出来ることなら関わりたくないのが病院だ。特に、一日中ベッドの上で大人しくしていなければいけない状況は、彼にとって苦痛以外の何物でもない。ただでさえ落ち着きのない彼のことだ。寝ているだけなんて日が何日も続いたら、暇すぎて死んでしまうんじゃないだろうか。
「もう一つ、一緒に運ばれた六宮さんってまだ意識戻らないんですか?」
「六宮さんとも知り合いなの? 確かちょっと前に目が覚めたって担当してる子が言ってたけど」
「えっ?」
 驚きに声を発したのは川西だ。事件解決のカギを握る重要人物が意識を取り戻したのだから当然だろう。
「容体はいたって安定してるみたいだし。良かったわ本当」
「あの! 会いに行っちゃだめですか?」
 日向にとっての六宮は、自分を助けてくれた恩人という扱いなのかもしれない。犯人たちが言うように『死なない程度にぼこる』ことになっていたら、どんな大怪我を負っていたか分からない。
 そうならなかったのは、六宮が庇ってくれたからだ。
(そういえば、何で日向を庇おうとしてくれたんだろう)
 誘拐犯の一員であるはずの人間が、急にターゲットに味方をする心理が分からない。元々反対派だったのだろうか。
「まだ目が覚めたばかりでバタバタしてるし、すぐには無理だけど。六宮さんにも話してみるわね」
「あざっす!」
 体育会系の礼に看護師がほほ笑み、何かあったら遠慮なくナースコールしてくださいねと告げるとすぐに部屋を出て行った。
「さて、そろそろ帰りましょうか。部活もあることですし」
 武田に促されるまで失念していたが、時間はすでに13時を回っていた。ずいぶんと長居してしまったが、そろそろ戻らないと体育館に残っているメンバーがやきもきしていることだろう。
「いーなー! 俺も部活いきたい! バレーしたい!」
「明日退院するんだろ? それまで我慢だよ日向」
「……その怪我じゃ退院しても明日明後日は大人しくしてろって言われるんじゃない?」
 その可能性は微塵も考えていなかったのか、はっとしたような顔でショックをあらわにする。それに月島以外は苦笑して、日向をなだめ始めた。
「ちゃーんと大人しくて、少しでも早く怪我治そうな」
「うっす!」
「じゃあね日向。大人しくしてろよー」
「俺どんだけ大人しく出来ないと思われてんだよ! じゃあな!」
 両手を大きく振りまわす日向をしり目に、そういうところを見てそう思ってるんだよ、と心中で呟いた。

 病室を出て暫く経った頃。はたと山口が思い出す。
「そういえばツッキー、看護師さんが入ってくる前になんか言おうとしてなかった?」
 隣を歩きながら問いかけると、よく見てるね、と月島がため息交じりに呟いた。山口の観察眼は、こと月島に関しては誰よりも優秀だ。言葉数の少ない幼馴染と長年一緒にいる間に自然と身に着いた、必須スキルと言っても良いだろう。
「……なんか、気持ち悪いなって思っただけ」
 その瞬間、さっと顔を青ざめさせた山口は月島の腕を掴み、
「き、気持ち悪いのっ? 病院だし診てもらったほうが」
「そういう気持ち悪いじゃない」
 ぴしゃりと言い切った月島は、しかし今度は言いにくそうに口を開いた。
「全部犯人の台本なんじゃないかって感じがして、気持ち悪い」
「どういう意味?」
 山口だけではなく、他の3人も月島に視線を向けた。見られることに居心地の悪さを感じているのだろうか、そっぽを向いたまま続ける。
「犯人は面をかぶって顔を隠してるのに、日向に目隠しまでした。用心深すぎるでしょ」
「車の中から外見た日向に、場所特定されるの避けたかったからとか。あるいは全員が面をかぶってたわけじゃないとか?」
「そうかもしれません。でもそこまでしているのに、記憶に残りやすい匂いが充満した場所を犯行場所に使ってる。これはずさんとしかいえない」
 そういえば、と言った様子でまわりは納得した。
 人の記憶はどこでどういった形で形成されるかは分からない。視界が塞がれている以上は、普段以上に嗅覚や聴覚が鋭敏になっていてもおかしくはないし、その記憶を色濃く残す可能性は相当高い。
 菅原も険しい顔をして口を開いた。
「日向の話を聞く限り、犯人たちは自主的に誘拐して暴行したっていうより、何かを質にやらされたっていう印象だったよな。秘密がどうこうって」
 日向の話に出ていた“秘密”というワード。何かばらされたくない秘密を持った数人が、恐喝に従って犯行に出たと考えるべきだろうか。
 六宮もその一人なら、彼から何か聞き出せるだろう。
「ボイスチェンジャーを使ってた人に従ってた、って感じでしたよね」
「ならその犯行場所も、日向の拉致の仕方も全部、そいつの指示に従ってやったってことか?」
「そこが一番疑問なんです」
 静かに呟くと、月島は一度目を伏せ一呼吸した。
「その人物の指示は“日向に怪我を負わせて大人しくさせる”ことだったのに、あっさりと“六宮を殺して罪を日向になすりつける”ことに変えた」
 日向は、六宮が自分を庇ってくれたから大した怪我をしないで済んだと思っている。だからこそ、直接本人に礼や謝罪がしたくて面会の申し出をしたのだろう。
 しかしそれは、本当だろうか?
「自分たちの顔を知っている奴が裏切ろうとしている、ってなったら、口封じしようとするのは分からなくもないです。でも、目的を果たした後でやればいいだけの話でしょ」
 当初の彼らの目的は、日向を誘拐し暴行を加えることのはずだ。相手がどの程度の怪我を想定していたのかは不明だが、先ほど会った彼はすぐ退院できる程度の傷を負っただけだった。その程度なら、誘拐などというリスクの高い行為に走らなくても、通り魔的に起こすことだって可能だ。その選択をせず、誘拐したということは恐らく、数日間の入院を余儀なくされる様な重傷を負わせる予定だったのだろう。
 しかし結局は、その程度の傷で終わっている。月島が言うように、当初の予定通りの大怪我を負わせた後に、裏切り者の粛清をしたほうが後々面倒にならなくて良いはずだ。だが、犯人たちはそうしなかった。
「罪を肩代わりさせることは、簡単に思いつくかもしれない。けど、睡眠薬を準備していたり、用意が良すぎませんか?」
 誰もが信じられないといった様子で黙り込む。そこまで説明されて話が分からないはずがなかった。
「初めから、日向に殺人罪をなすりつけるための計画だった……って?」
 この重たい空気の中、上手く呼吸が出来ていないような気がした。そんな中、菅原が口を開く。
「でも待てよ月島。この話を成立させるためには、誰かが裏切らないといけないんじゃないか? 裏切り者が出なかったら、殺すなんて話にはならないだろ?」
 実際に六宮は日向を庇い、半死の重傷を負わされた。しかしもし、六宮も他の誰も、日向を庇う事なく当初の計画通り、死なない程度の怪我を負わせていたとしたら月島の考えは成り立たなくなってしまう。
「あくまで可能性の話です。今確実に言えるのは、日向が怪我をしても罪を被されたとしても、“大人しくさせる”という目的だけは果たせる、ってことだけ」
「……」
「でも、六宮さんは死んでない」
 言葉を聞いてはっとした。そうだ、彼はまだ生きている。一時は意識不明にまで陥ったが、今はもう意識も戻ったと言っていた。
 いつの間にか歩いていた足も止まり、病院内の一角に5人立ちつくしていた。
「確実に殺す方法っていくらでもあるでしょ。ビルの上から突き落とすとか、睡眠薬があるなら眠らせてる間に海に沈めるとか」
「怖いこと言うなよ……」
 先ほどから決して穏やかな話などしていなかったのだが、具体的な殺人方法を並べたてられればぞっとしてしまう。戸惑っている空気を感じているだろうが、彼は気にせず話を進める。
「刃物なら、頸動脈を切ったり心臓周辺をめった刺しにでもすれば出血多量で死にますよ。でも、犯人たちはそうしなかった。なぜか、殺すつもりの相手の背中を刺しただけだった」
「実行犯たちも、いきなり殺せって言われて戸惑ったとか?」
「……そういうところが気持ち悪いんですよ」
 まるで苦虫を噛み潰したかのような顔で月島が答える。
「全体を通したら計画的だとも思えるのに、ところどころ穴があいてる」
 急遽、バスで帰ることになった日向をあっという間に拉致する手際の良さ。加えて、面をつけているのに、日向に目隠しまでする用心深さ。ここまでは良い。
 問題は、犯行場所に選んだのは匂いが充満した記憶に残りやすい場所だったこと。そして、ターゲットに自分たちの目的を告げるという愚かな行動を起こしていることだ。警察に保護されれば、その情報を元に捜査が始まることは誰にでも想像出来そうなものなのに。
 そんな中、裏切り者が出たことで、あっさりと計画を変えるなんていう柔軟さも見せた。
 何に使うつもりだったかは知らないが、睡眠薬が事前に準備されていたことも引っかかる。そんなものがあるなら、始めから日向に盛ってしまうという選択肢もあったのではないか?
 終いには、死なせないといけないはずなのに、背中を刺しただけで終わっている殺人行為。
 計画を立てているのなら、お粗末としか言いようがない流れだな、というのが山口の感想だ。
「わざとあけられた穴に誘導されてる感じがして、気持ち悪いんです」
(わざと、誘導されている……?)
「ちゃんと調べます。真犯人を探し出します」
 真剣な面持ちで高校生の話を聞いていた川西は、軽く会釈をしてその場を立ち去ろうとした。だが、妙に楽しそうに口元を歪めた男に呼び止められ、小声で会話し始めた。
(あ、なんか企んでるな)
 幼馴染のどこか生き生きとした表情に、山口はそっと苦笑した。