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 ――3日目 11:35

「随分と遅かったな2人共。珍しい」
「んー? 烏合の衆とエンカウントしちゃったんだよね」
「は? ゲームでもしてたの?」
 体育館に着くやいなや、松川と花巻の2人に詰め寄られた。練習に遅刻したわけではないが、及川と岩泉はほかの誰よりも早く体育館に来ていることのほうが多いので、たまに遅れるとこうなるのは必然だった。
 未だ監督もコーチの溝口も体育館にはおらず、部員だけでアップをとっているようだった。及川と岩泉もアップに入る。
 これが終わったら監督たちが来る前に簡単に練習しよう。今日もだいぶ気温が高いし日差しも強いから、熱中症対策はしっかりとらせて……。
「そうだ、傷害事件があったってニュース見た人ー?」
 そう尋ねると、部員のほぼ全員が気だるげに手を挙げ、返事をした。
「それがどうした? まさか犯人はお前……」
「違うから!」
 否定しつつ、及川は先ほどあったばかりの烏野の面々を思い起こす。
 “烏”だから烏合の衆と呼んでみたのだが、意味合いを考えるとまさしくだなと思い直しこっそりと笑う。
 規則も統一性もなく寄り集まった群衆。しかしそれぞれが貪欲に自分の糧となるものを探し、知恵があり、空を翔る。うかうかしていたらその雑食性で、全てを食い散らかす勢いで襲いかかってくるような凶暴性も兼ね備えている。それが烏野というチームだ。
 その一翼である小さな少年が、事件に巻き込まれて怪我をした。何があったかは知らないが、彼を傷つけた犯人を許せないと、及川は静かに怒りを抱く。叩くなら折れるまで、が彼の信条ではあるものの、それはあくまでもコートの中での話だ。
 彼にとって最も倒したい相手は白鳥沢の牛島と、烏野の影山の2人の天才だ。
 特に影山は中学時代の後輩であると同時に、同じポジションに立つ存在。かつて“コート上の王様”と呼ばれ、チームメイトから疎まれていた哀れな天才。
 その影山を変え、彼の力を引き出したのが日向翔陽だということは、あの練習試合の日に理解した。烏野にとって、なによりも影山にとって必要不可欠な存在が日向であることは間違いない。あの小さい体で縦横無尽にコートを飛び回る彼の輝きも、恐ろしさも、対峙した者にしか理解出来ないだろう。下手くそなのに、圧倒的な存在感でコートに君臨する、小さなケモノ。
 そんな彼も含めて、再び徹底的に潰してやろうと思っていたのに、何処の馬の骨かも分からない相手に怪我をさせられるなんて。
 正直面白くない。
「烏合の衆にあったって言ったでしょ? それ要は烏野のことだったんだけどさー。なんとチビちゃんが大怪我しててね、ミイラ男みたいになってたんだよね」
「は?」
 日向を知っているメンバーからぴったり同時に驚きの声が上がる。ミイラ男は言い過ぎだっただろうか?
「え、チビちゃんて烏野の10番ですよね? 大怪我ってなんで」
「その傷害事件に関わってるってことか。被害者?」
「随分と端折った説明されたから全体像は全然理解出来てないんだけどね。被害者その二、みたいな感じらしいよ」
 そう言いながら及川はつい先ほど、日向の怪我の説明をしたもう1人のセッターの顔を思い出していた。直前に影山がなにかしら耳打ちしていたようだったが、どうせまた余計なことでも言ったんだろう。
「で、その事件現場ってのがここから割と近い場所でさ。誰か何か見た人いないかなー? って思ってね」
「可能性低いっしょそれ。いくら現場近いからって」
「確信ないですけど変な写真は撮りましたよ」
 普段の眠たげな様相は崩さずに、国見が呟いた。余りにもマイペースにストレッチをしながら言うので最初独り言かと思ったが、間違いなく及川の問いに対する答えだった。
「ちなみにそれ、どこで撮ったもの?」
 問いかけると、彼はおもむろに立ち上がって体育館の端へと歩いて行った。畳んで置いてあるジャージのポケットから携帯を取り出すと、なにか操作をしながら及川のもとへと戻ってきた。写真の内容が気になったのだろう、ほかのメンバーもぞろぞろと及川と国見の周りに集まってくる。
「えっと……事件があったのは一昨日ですよね。『Chat noir Clément』ってケーキ屋に用事があって、その後ショートカットで路地裏通った時に撮ったんですけど」
「ああ、カトちゃんケンちゃん」
「岩ちゃんやめて!」
 カトちゃんケンちゃん? と首をかしげる一同の中で及川だけが再び笑いしそうになる。どうにか寸前で止めたが、しばらくはそのネタで思い出し笑いをしてしまわないか心配だった。
 件の写真を表示した状態で、国見は及川へと携帯を差し出した。
 画面には、暗がりの中何かが蠢いている様子が映っている。暗すぎてよく見えないが、黒っぽい服を着て、お面のようなものをつけた数名が写っているということだけは分かった。その集団が、何かを運んでいる。
 ひとつは、全体的に黒っぽくてなんだか分からなかったが、人の手のようなものが見えている。
 ひとつは、オレンジっぽい色と、人の腕のように見えるそれ。
 他にも写真を撮っていたようで続けて見ると、担いでいたそれらを地面に転がすところや、暗がりの中停められていた黒っぽい車から誰かが出てくる様子も、不明瞭ではあったが写っていた。
「暗くてよく分かんないけど……10番っぽいよな、これ。このオレンジっぽいのが頭で、これ腕? なんで担がれてんだ。ただの傷害事件じゃねえの?」
「ていうか国見ちゃん。これチビちゃんかどうかとか以前に、即警察に行かなきゃいけない案件じゃない?」
 目撃者が部内にいる可能性なんて限りなくゼロに近いだろうと思っていたのに、とんだ証拠写真までついたものだ。ただの傷害事件だと思っていたのに、随分とおかしな状況になっているらしい。
 あの端折った説明で、こんなことまで予想しろというのは無茶な話だが。
 正面に立つ国見は、相変わらずの眠たげな目を少し横に逸らし、なんていうか、と切り出した。
「遠かったし暗かったし、人だって断言出来ないなと思って放置してました。気になってつい撮っただけだし」
「反射的に写真撮るとかさすが現代っ子! とにかく国見ちゃん、金田一も! 今から警察行くよ! 岩ちゃん、飛雄ちゃんにでも連絡しておいて!」
 岩泉に後を任せ、及川は国見と金田一の腕を引き体育館を飛び出した。