◇ 20 ◇
――3日目 13:40
真昼の一番気温が上がっている時間に、ようやく清水たちは学校へと戻ってきた。
当初の予定では、日向を迎えに行くだけだったので午前中には戻って来るつもりだった。しかし、道中で偶然出会った及川と岩泉の計らいにより、青葉城西高校のバレー部に、あの事件の目撃者がいたことが分かった。そのため急遽警察に寄ったのだが、そのせいで随分と時間がかかってしまった。
もちろん、彼らのおかげで日向の容疑はほぼ晴れたようなものだろうから、感謝はしている。
清水は自分よりわずかばかり低いオレンジ色の頭を見つめながら、小さく嘆息した。頭に巻かれた包帯が痛々しいが、大した怪我ではないようだし。本当によかった。
「ただ今戻りました!」
ずっと団体の先頭を歩いていた田中と西谷が揃って体育館の扉を開き、中へと入る。武田と烏養がどこかホッとしたような表情を浮かべて清水たちを見ていた。
ここに至るまでの過程は、簡単に電話で説明済みだったのだが、やはり日向が直接被害に遭っていることもあって心配させてしまったのかもしれない。
「ほら日向」
菅原がそっと日向の背を押して、集団の一番前へと立たせた。日向の姿に、烏養は少なからず驚いたような表情を浮かべたが、すぐに試合を見守っている時のような笑顔を浮かべる。
「ご心配おかけしました!」
「おう、まったくだ。でも、大怪我してなくてよかった」
頭を下げていた日向の肩を軽くたたき、顔を上げるよう促す。烏養の後ろで、武田もいつものように笑顔を浮かべていた。
何事にも一生懸命で、明るく笑顔を絶やさない、名前のとおり太陽のような仲間が体育館に戻ってきたことに、全員が喜んでいた。
「おーっし、じゃあ練習再開するぞ!」
「おっす!」
「いや、日向君。今日はさすがに見学しててください……」
「えっ!」
練習に参加する気満々だったらしい、日向は誰よりも大きな声で返事をしていたのだが、流石に怪我のこともあるので武田と烏養が止めに入った。せっかく体育館にいるのに練習禁止を言い渡された日向は、絶望したような表情を浮かべていた。
日向を可愛がっている菅原をはじめ、いつもなら味方をしてくれる先輩たちも揃って首を横に振る。今回ばかりは誰も日向の擁護に回ることはなかった。
「だから言ったデショ。2、3日は練習出来ないと思うよって」
「うー……だってそんなもう痛くねえしさあ……」
ほら、といって腕を振り回したり飛び跳ねようとしたりする日向を全員が慌てて止めに入る。表情には出さなかったが、突飛な行動に驚いた清水の心臓が跳ねた。
いかに丈夫な日向といえど、大怪我ではないといっても、頭を打っている以上はあまり無理をさせるわけにはいかない。せっかく退院したのにまた入院するような事態になることだけは避けなくては。
「まあ、せっかく体育館まで来たんだし、たまにはコートの外から見てみろ。いい勉強になる」
烏養に言われては何も言い返せないのか、渋々といった様子ではあったが納得した様子で、体育館の壁側へと1人歩いていった。しょんぼりと肩を落としている姿が気になった清水と谷地が近寄り、声をかける。
「イメージトレーニングも、体を動かす上では大切なことだから、ね」
清水自身自覚していることだが、彼女は他人と会話したり自分の気持ちを伝えたりすることが苦手だ。話しかけること、まして励ましや慰めの言葉をかけることは特に苦手としている。そんな彼女のことを、友人やバレー部のメンバーは全員理解してくれている。
日向もその1人なので、清水が自分に声をかけたことに驚いてはいたようだが、すぐに笑顔で受け答えをしていた。それに対して清水も笑いかけたつもりだったが、少し口角が上がった程度だった。
こういうときは、日向のようなコミュニケーション能力が羨ましいと感じる。
「遅くなりました!」
汗をかきつつ体育館へと入ってきたのは、病院で別れた澤村たち3人だった。駅からここまで走ってきたのだろう、全員息が上がっている。
「おっせーぞ大地!」
「いやスガ、俺たちもさっきついたばっかだから……」
外靴からバレーシューズへと履き替えている澤村たちの後ろで、縁下は立ち止まり自身の携帯を取り出していた。
「すみませんちょっと緊急なんで、時間ください!」
「手短にな!」
小さく頷いてから、携帯を耳にあて肩で抑えながら鞄の中を漁り出す。どうやら筆記用具を探していたようで、電話口で誰かと話しながらメモを取り出した。
(緊急って、何かあったのかな……)
体育館の外でずっと電話を続ける縁下を横目に、清水はマネージャー業に戻る。やることはたくさんあるのだ。
現在はサーブ練習が始まったばかりだったので練習には加わらないが、これがスパイクやレシーブ練習になれば話は別だ。マネージャーである清水と谷地もコートの中に入ってボール出しをしたり、その合間にドリンクやタオルなどを準備したり。記録も重要な仕事なので、タイムを計ることもあるし、ミニゲームの得点係など、仕事は多岐にわたる。
「今のうちにドリンク準備しちゃおうか」
「はいっ!」
「俺もなんか手伝うことありませんか?」
意気揚々と訪ねてきた日向を見返す。確かに本人の言うとおり怪我はそこまで酷くないし、練習を見ていろと言われたとはいえ、彼の性格上じっとし続けるのは無理だろう。
ならば、些細なことでも任せたほうが日向のためになるかもしれない。
「じゃあお願いしようかな。一緒に来て」
途端、きらきらと目を輝かせる。そんな日向につられて、自然と笑みが浮かんだ。
その姿を偶然目に留めた田中と西谷が、歓声を上げたが、体育館を出た彼女たちにはいつもの絶叫のようにしか聞こえなかった。