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 ――4日目 20:18

 病院を出て、雪ヶ丘へとついた頃。澤村のもとに一報が届いた。
 その内容に紅潮した日向が、他のメンバーにも伝えようと携帯を取り出す。喜々として操作し始めたのだが、途中で僅かに紅かった頬から色がさっと抜け落ちた。徐々に青ざめ始める。
「どうしたの?」
 清水が話しかけると、ぴゃっと小さく悲鳴を上げて肩を揺らす。驚かすつもりはなかったのに、と思って日向の様子を伺っていると、携帯を片手にわたわたと慌て始めた。日向といい谷地といい、もう少し落ち着いてもいいのに。
「すみません! 月島に電話しますうう!」
「あ、なるほど」
 言葉を聞いて、菅原は納得したように笑っていた。どういうことなのかと視線だけで伺うと、彼は苦笑して、
「一昨日さ、俺たちだけで日向に会いに行ったじゃん。その時、日向が携帯を一度も見てなかったことに月島が怒っちゃってさ」
「なるほど」
 綺麗に声を揃えたのは、清水と澤村だ。
 一昨日の月島といえば、メールどころか携帯に触ってすらいなかった影山を相手に相当イライラしていたはずだ。変人コンビが揃いも揃って、前夜から一度も携帯を見ていないと知った時の彼の行動が手に取るように分かった。
 きっと、こんなところまでコンビである必要ないでしょ、とかなんとか言って詰め寄ったに違いない。
「でも、月島が日向に電話って、珍しいよな」
「そうだなぁ。ただでさえ俺たちは毎日会うんだし、それに月島からっていうのも」
 何か急用でもあったのだろうか、と清水たちはこっそり話しながら、日向の様子を伺う。
「おう月島! さっき電話出れなくてごめんな! 何の用事だったの?」
 第一声をあえて明るく、月島に先を越されないように間髪入れずに発した。笑顔を浮かべているが、緊張のせいか僅かに声が震えていた。いくら同輩だとしても、入部したての頃に比べたら仲良くなっていたとしても、怖いことに変わりないのだろう。
「うん、うん。え? いるけど、変わるのか?」
 清水たちには、日向の声しか聞こえていないため、何を話しているかは分からない。だが、ちらっと視線をずらして澤村を見たことから、そばにまだ3年生はいるのか、というようなことを尋ねられたのだろう。
「え? スピーカー? ううん? 分かった」
 首をかしげながらも、携帯をスピーカーに切り替える。利口な月島は、なるべく無駄なことを省きたいと思っている節がある。その彼がわざわざ日向に指示したということは、この場にいる全員に聞かせたい話だということだ。
『……出来た?』
「ああ、大丈夫だぞ月島」
 雑音に混ざって聞こえてきた月島の声は、いつもの気だるい平坦なものとは少し違った。声が弾んでいたのだ。移動、それも走りながらかけていることが分かる。
 更に、携帯から聞こえてくる音の多さに瞠目した。月島の声だけではない、他にも数名そばにいるのが分かる。そして、そのどれからも、切迫している印象を受けた。
 嫌な予感がする。
「どうしたんだよ月島。後ろなんか騒がしいけど……」
『緊急なの。落ち着いて聞いてよ』
 そう言って一拍置く。スピーカーから、踏切の音が聞こえた。
『王様が誘拐された』
 月島が言う『王様』は十中八九、影山のことだ。コート上の王様という異名からとった月島なりの字。烏野の正セッターで、変人コンビの片割れで、日向の相棒の、影山だ。
 その影山が、誘拐されたという。冗談にしてはたちが悪すぎるし、そもそも月島は冗談の類はあまり口にしない。
 日向の口から乾いた笑いが漏れた。おそらく無意識だろう、口元もぴくりと引きつっている。
「月島? どういうこと、影山が誘拐された、って」
「なんで、影山が、そんなはずないだろ、だって」
 訥々と話す日向の声は震えている。携帯を持つ手も同様に、震えていた。
 だが彼の言う通り、そんなはずはないのだ。だって。
「犯人、全員捕まったんだぞ……?」
『それ本当か翔陽! なんだ、誰から聞いたんだ?』
 電話口から飛び込んできたのは、西谷の声だった。他にも、急に知らされた真実に驚いた声が聞こえてきた。あちらもスピーカーにしているらしい。
「ろ、六宮さんが、キャプテンに電話してくれて、ついさっき、だから」
 足に上手く力が入らないのか、ふらつく日向を菅原と清水が両側から支える。手にしていた携帯も、澤村が受け取り自身の手に持ち替えた。
「犯人は5人全員捕まったんだ。何かの間違いじゃないのか?」
『メール作成画面が開いたまま、影山の携帯が落ちてて。それに、青城の人たちが影山の家まで行ってくれたけどまだ帰ってないんです!』
『縁下さんたちの話を合わせて考えられるのは、僕らは全員思い違いをしていたってこと』
「思い違い?」
 山口、月島の声に混ざるように、駅構内放送の声が聞こえる。そして誰かの声が、月島たちを急かし始めた。乗るべき電車がホームから今まさに発車しようとしているのか、けたたましくベルが鳴っていた。
『日向、君は……』