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――4日目 20:03

 六宮が警察から指示されたことは、だたじっとしていることだった。
 彼はつい先日まで意識不明の重体だったため、病室内にはあらゆる器具が用意されていた。そのうちのいくつかは、今も彼の体に繋がれている。中には、スイッチを落とした途端、生死の境をさまようような機器もある。
 そういう体を装ったのだ。
 まだしばらくの入院を余儀なくされるだろうが、意識を取り戻してすでに2日経っている現在。そんな機器は使用していない。
 川西と名乗った警官が言うには、六宮は意識を取り戻してからもずっと、公には意識不明と言う扱いのままだったそうだ。川西は、六宮が目を覚ました日にそのことを公開しようとしていたのだが、それに待ったをかけた人がいたという。
 犯人たちは、六宮を殺そうとして失敗している。犯人たちからすれば、彼が生きていることは不利益しか生まない。何しろ、彼は犯人グループ側の人間であり、他のメンバーのフルネームは知らないまでも、名字と顔を知っている。六宮が生きていて、警察にそのことを正直に話せば、他の犯人たちも捕まってしまうのは火を見るより明らか。そうなっては困るだろう。
 だから犯人たちは六宮が意識不明のうちに、口封じをしたいはずだ。きっと犯人たちは動く。
 なにせ六宮は“未だ意識不明の重体”なのだから、“ただの傷害事件の被害者”として扱われているはずだ。その裏に、別の事件が隠れていることを警察は知らないし、実は彼が犯人側だという事も知らない。彼の命が狙われるとは思っていないはず。
 そう犯人たちは考えるだろう。
 ならば、その考えを逆手に取ったらどうだ。
 捜査と同時進行で、六宮を殺すために尋ねてくるだろう犯人を迎え撃つ準備もしておいたら良いのではないか。そう川西にアドバイスをしたのは、メガネをかけた男子高校生だったらしい。
 そういうことはしれっと、自分の手柄にしてしまえばいいだろうに、川西は全て包み隠さず話した。
 彼のアドバイスを受け、意識が戻ったという事実は家族と一部の医療関係者、そして捜査官にのみ伝えられた。決して他には漏らさぬよう緘口令を敷いて。
 そして、真実を知らない犯人たちは思惑通り、彼の病室に忍び込み、機器のスイッチを切ると同時に、警察に現行犯逮捕されたというわけだ。
「うわあ……」
 床に落下した注射器と一緒にケースに入れられていた瓶には、“塩化カリウム”と記されていた。カリウムは人体に必要不可欠な要素だが、一定量を一度に体内に注入すれば、心停止を起こす。しかし数時間後には体外から排出されるため、死因を明らかにすることが困難という、厄介な代物だ。
 こんなものまで用意していたとは、つくづく恐ろしい。
「六宮さん?」
「すみません、電話かけにいきたいんです」
 六宮はそれだけ伝えると、車いすに手をかけ、病室から出て行った。行き先は、公衆電話の前。
 上着のポケットから携帯電話を取り出すと、1つの番号をダイヤルする。
『はい澤村です』
「六宮です。報告したいことがあって」
 電話の相手は、烏野高校の澤村だった。
 昨日、六宮の病室に残った澤村と縁下、木下の3人とは、連絡先を交換していた。まさかこんなに早く連絡することになるとは、六宮も澤村も思っていなかったに違いない。
「こんな時間にすみません。事件のことで」
『何か進展でもあったのか?』
 澤村の言葉に、口元をゆるませた。背中を刺されたせいでうまく力を入れられない両手で、しっかり携帯を持ち直す。
「犯人のうち2人がこっちにきて現行犯逮捕されて……。あと別件逮捕? とかで、詳しくは知らないですけど、他の3人も捕まったらしいんです」
『本当か!』
 電話口からでも分かるほど、嬉色に染まった声が耳に届く。複数人の声が六宮の耳に届いたが、一番はしゃいでいるのは日向だとすぐに分かった。
『ありがとうな、六宮。報告してくれて』
「いいえ。すみません、こんな遅い時間に急に電話して。……じゃあ、切りますね」
 六宮自身、嬉しかったのは本当のことだ。しかし、喜んでばかりもいられない。
 彼はおそらく、怪我の治療が終わり次第、今回捕まった犯人たちと同様に警察の世話になる。日向の暴行に加わってはいないし、捜査協力もしたとはいえ、誘拐には手を貸している。そもそもこの事件に巻き込まれた原因は、3年前の自分の咎だ。何かしらの罰を受けることは避けられそうにない。
 きっと、澤村と話すのはこれで最後だろう。
 後悔しているし、自業自得だとも思っている。こんな結果を導いたのは他ならぬ自分のせいだ。だから、悔いてばかりはいられない。今回のことと、3年前のことを合わせて、きちんと罪を償うこと。それが、今の六宮に出来る精一杯だ。
 小さく微笑み、電話を切ろうと耳から離す直前、澤村が六宮の名前を呼ぶ。
『いろいろ全部片付いたら、また連絡してくれ。……待ってるぞ』
 それだけ告げると、澤村は通話を切った。ジビートーンだけが耳に届く。
 彼の言葉にどれほどの意味が含まれているかは、六宮には分からない。だが、こちらの考えを全て見通して告げた言葉だったと、六宮には思えた。
「さすが、主将だなあ……」