# 02
タッパーに詰めた惣菜をお皿に並べていると紅葉の形に切られたニンジンに思わず笑みがこぼれる。
今使っているお皿は、大耳さんが結婚祝いにとプレゼントしてくれた、なんとか焼き(何度聞いても覚えられない)の大皿だっていう有名な職人さんがつくった黒塗りのお皿だとかで、北さんはやけに喜んでいた。
お二人でお茶を飲みながら陶器について盛り上がっているのをみて、おじいちゃんになってもこうなんだろうなぁとほんわかしたのは記憶に新しい。
しいたけ、たけのこ、厚揚げ豆腐、さやいんげん、里いも、それらを鼻歌交じりに皿に盛っていると玄関から愛しい旦那さんの帰宅を告げる声がきこえた。
おかえりなさい!と台所から小走りでお出迎えをすると北さんは、おう、と鞄を渡してくれて、ネクタイをゆるめる。はぁ〜おれのすきなやつ…ッと毎日見ても飽きないその仕草をたぶんこの人はわかってやってるのかもしれない。そのままテーブルにつく北さんは、食卓の匂いですぐ気付いた。
「ばぁちゃんちの煮物や」
おれは、ふふふと得意げに笑いながらお皿に盛った本日のおかずをテーブルに置いた。おお、と目を輝かせるその顔は、『おれの旦那さん』な顔ではなくて、おばあちゃんに信ちゃんと呼ばれてるときの『北さんとこのお孫さん』な顔になっててかわいい。
「おばあちゃんとお義母さんと作ってきました!」
「今日、ばあちゃんとこ行ってくれてたんか」
「はい!お豆腐のハンバーグもレシピを教えてもらったので、明日つくりますね」
「そら楽しみやな」
ご飯、味噌汁を並べて、そしてメインの焼き魚をテーブルに並べた。ちなみに魚はお義父さんが釣ったやつだ。それを教えると、いつのまに…とぎょっと目を見張る北さんにおれはくふくふと笑いが止まらない。北さんの驚いた顔はとても新鮮である。
ひと口食べるたびに、頬をゆるめてる北さんのほんわりとした柔らかい笑みは、おばあちゃんそっくりだ。ニンジンの形は、ハートにせんくてええのかな?っておばあちゃんが真剣に悩んでた話をすると北さんはけらけら笑ってくれた。
そしていま、お風呂も終えてあとは寝るだけ、というところで北さんとおれはいつかのように布団の上に向き合って座っていた。
おばあちゃんの煮物、お義父さんのお魚、ついでに二人で食べぇとお義母さんに待たされた豆大福もとてもおいしかった。貰い物なんやけど、と渡された温泉の入浴剤もお風呂にいれて、北さんとおれは二人してほかほかいい匂いをさせている。
いつになくご機嫌の北さんだったとも思う、が、今目の前でおれをまっすぐ見据える瞳はえらく真剣だ。
おれは、なにかおかしいことをしたのだろうか…。今日の自分の行動を思い返すが、これといって怒られるようなことはしてなかったと、思う。
「な、なんでしょう…」
「俺の親も、ばあちゃんも翔陽にめろめろや」
「めろめろ」
「嫁姑問題なんか翔陽には関係なかったんやな…むしろおとんまで陥落させとったとは…こなしすぎや」
「褒めてます?」
「俺にはもったいないくらいの嫁さんやなぁとおもとる。やのに、俺はなんも出来てへん」
すまん、と下げられた頭におれはえええ…と固まる。北さんはどこまでも北さんで、手をついて頭を下げる姿まできっちりしている。
「宮城のお義母さんにもお義父さんにも、夏にもなんもお返しできてへんやんか」
「いや、それはもう、遠いからしょうがないですし」
「そんなん言い訳や。こんなええ子を嫁に出してくれたんに…不甲斐ない亭主でほんま申し訳ない」
頭を下げたまま北さんは、なんと少し落ち込んでいるようだった。律儀で礼節に厳しくて家族思いのこの人は、お互いの親を大事にしよおな、とおれと指切りをしてくれた。
そんなこと約束するまでもないことですよ!グモン!と胸を張るおれに笑ってくれた北さんが、今のこの落ち込みようである。こんな姿は元稲荷崎のひとたちも見たことないんじゃないだろうか。
なるほどこれが嫁の特権…!と変な優越感さえ覚えてしまう。胸を押さえて感動に打ち震えてるおれに気付いた旦那さんは思ってた反応と違うらしいおれにきょとんとした。その顔すら愛おしくておれは北さんの手をとった。
「北さんが、おれの親に週一で連絡入れてくれてるの、知ってます」
「まじか」
「まじです」
おれはシーズンに入るとチームの練習や泊まりの遠征で家に居れなくなることも多い。でもバレーのことになるとどうしてもそればっかりになっちゃって北さんはおろか宮城の実家に連絡を入れることも忘れてしまう。そんなおれのフォローをしてくれてることは、母さんからのお説教混じりの電話で知っている。
信介くんのこと大事にしなさいよって耳にタコができるほど言われてるし、言われなくともわかってるのだ。
「おれ、幸せです」
「…」
「北さんがおれのことも、おれの家族のことも気にかけてくれてるの知ってます。だから、苦労をかけてるとか、おもわないでくださいね」
「…」
「おれの親も、北さんの親も、どちらも同じです。大切にしますから!」
「…おう」
「今度の休みは宮城行きましょうね」
「おう」
北さんはようやくおれの手を握りなおして、花が綻ぶようにやわらかく微笑んだ。
そこでおれは、ハッとあることを思い出して北さんの手をぱっと離した。こちらをみている訝しげな視線を背中に感じながら、いそいそとカバーを外した枕を見せた。
「ちなみに本日は、こちらも用意してあるんですが…」
YES、とけばけばしい赤色のハートで包まれた英単語はどうしたってこの部屋の間接照明にはそぐわない一品だ。
侑さんと治さんが、おれに押し付けてきたプレゼントである。
さすがのおれも、いやこれはまずいのでは…!?と二人に聞いてみたのだが、新婚さんいうたらこれや、の有無を言わせない一言に押し切られた。いつか使うことがあるかも…と侑さんと治さんの言葉を信用して、実はこっそりと布団に仕込んでいたわけである。
北さんはおれがおずおずと持ったままの目にも痛々しいピンク色の色合いの枕に今日1番のふかーいため息をついた。
あいつらか…って額に手を当ててる北さんは少しだけ黙って何かを考えてから俺に向き直った。
「それ、意味わかっとる?」
コクコク頷いているとあっさりとおれの身体は布団に転がされて、まさに目と鼻の先にある北さんの顔に、おれは何度目かもわからないくらいに胸を高鳴らせた。頭の中に侑さんと治さんの、親指を立てた姿が思い浮かぶ。
おれの前髪を撫でながら北さんは熱っぽく潤んだ目をやんわりと細めてくれて、あ、キスする、っておれは思ったのだけど北さんは胸に抱いたままの枕を取り上げると横壁にぶん投げた。
ばふん、と響いたやわらかな衝撃音におれは、あれ!?と床に落ちた枕と、北さんを交互にみる。
「つまらん嫉妬なんやけど、」
「え?」
「こういうお誘いは、俺が教えたかったわ」
アッ、怒ってらっしゃる…と気付いたときにはもう遅い。
ゴメンナサイというおれの小さな呟きは北さんの唇に吸い込まれて、消えた。