# 02


あれから一月。
それはもう現在に至るまで微笑ましいやり取りが続けられているのだ。
いちいち人の友人関係にまで口出しをしないが、翔陽自身は小心者の面もあるが根明な性格であり、実に素直だ。接点こそないが、好感を持てる。それもあってか侑自身は率直に言えば褒められた性格ではないが、翔陽相手には実に親身に接しているようで、剣呑とした性格は彼の前では鳴りを潜め人当たりの良さをみせているようだ。端的に言えば、はたから見ると真っ当な先輩後輩関係を築いているようなのだ。
人格矯正に一役買っている、と面々は交流自体をむしろ良い傾向であると感じている。それは事実だ。
それが真っ当な先輩後輩関係だけであれば。
翔陽くんから返事返ってきた、と機嫌のよさそうな双子の片割れに、全員半眼の表情で見つめる。

「というかさ」
「おん?」
「ショーヨーくん?のこと、好きなの?」
「ハァッ!?」

裏返った声に面々は何とも言えない表情をする。そして全員既に気付いていた。
―――――好きなんだなあ、日向の事が。
確かに侑は良き先輩として翔陽に接しているのだろう。と、侑自身は思っている。思い込んでいる。
ただの先輩が毎日後輩とメールのやり取りを、しかもバレーに関する事だけではなく日常の何気ない出来事のやり取りをするだろうか。
ただの先輩が後輩と電話のやり取りで浮かれた声を出すだろうか。
ただの先輩が後輩の今付き合っている相手の有無や好きなタイプや好きなものを白々しく聞いて一喜一憂するだろうか。
否、否、否。
そのどれもが治が『同じ顔でやめろ』と言うくらい目尻を下げてあきらかに照れ臭そうな顔をするのだ。これでただの他校の先輩後輩関係です、と言い張るならむしろ距離を置くだろう。シンプルに気持ち悪いからだ。

「その、俺と翔陽くんは、友達!ただの友達やって!他意とかないっちゅうねん!」
「必死か」
浮気現場を見られた奴の言い訳の言葉みたいだ、と誰もが思ったが口には出さなかった。ひとかけらの良心のおかげである。
少なくとも今は友達、と言い張るつもりならあまりこちらからせっつかない方がいいだろう、というのが共通見解だ。というより下手に藪蛇をして烏野に迷惑をかけたくない、という保護者意識が強いのだが。
「ちゅうか電話とかしたらええやん、手っ取り早いんとちゃう?どうせ昼休みやろ向こうも」
それはそうやけど、とまごつく侑ではあったがそんな気持ちもあるのか指は自然と翔陽のアドレス頁をたどる。だがどうにも煮え切らない侑の態度に一同は眉を顰めるがあからさまに治はため息をつく。
「昼休みくらいは向こうの友達と過ごしたいやろうし邪魔したないんやと。キショ」
「お前ほんまグーで歯折ったろか!?」
「翔陽くん色んな意味ですごいな」
あの自分勝手が服を着て歩いているような男にも人の心を芽吹かせる日向翔陽という人物に一同は感嘆の意を示した。まさか相手の立場になって考えることが出来るなんて。本当に、翔陽の前では『いい先輩』でいたいのだろう。
だけれども。
侑自身の性格は勿論褒められたものではないが、それでも彼の熱意やストイックさは嫌という程知っている。信頼している。はっきりと喜怒哀楽を表に出す男が、相手を思い少しずつ歩み寄っているのだ。自分の気持ちを優先させずに。それを一ヶ月ずっと見てきたのだから、少しくらい協力するのもやぶさかではない。せっつかない、とは言ったがこの無自覚な男の背中を押すくらいには、応援をしているのだ。

「えい」
「アッ、おま、角名」
「いいじゃんたまには。面白・・・しゃべりたいんでしょ?」

よそ見厳禁とでもいうべきか、侑が治に気を取られているほんのわずかな間に倫太郎の指はトントン、と翔陽の電話番号をタップしていた。途端に切り替わる画面は呼び出し中の表示。倫太郎を信じられないような目で一瞬睨んだが、まるで爆発物を持つかのようにスマホを見つめる侑に生暖かい目が降り注ぐ。
「切るに切れへんやろうなあれ」
「固まっててウケるんだけど」
「お前ほんましばくぞ『あれ?もしもし?侑さん?』

怒声が響くはずだった声はかき消された。

「うわ!出た!」
『えっ!?あっ、ハイ!出ました!スミマセン!』
「ちゃうちゃうちゃう、今のは言葉のあやっちゅうもんで、その、」
予想だにしていなかった展開に思わず侑は立ち上がり髪をかき上げる。電話の後ろでも雑音が聞こえてくる。きっと教室かどこかにいるのだろう。逆に烏野にも食堂はあるのだろうか。自分と同じように過ごしているのだろうか。
流石に倫太郎の神の一手とはいえこちらから電話を掛けたのだから何か話題を提供しなければならない。何か会話を続かせたくなるような、愉快な内容を。何故か稲荷崎の面々も思わず固唾を飲んで見守る中。侑は口を開いた。

「あのっ今」
『?はい!なんでしょう!』
「今、なんしてた?翔陽くん」

飯食うとるに決まっとるやろ。
全員同じことを思ったが、誰も声には出さない。あの人格ポンコツと揶揄され暴言を吐く為に生まれた等とも言われたことがある男が、こんなロボットの様な有様を晒すなんて。
『今飯食ってました!』
「やんなあ!俺もちょうど飯食うてんねん。お揃いやなあ」
もう俺見てられへん、という治の声は震えていた。必死に笑いをこらえるために。
この好青年の様な返答を今まで自分たちは見た事があるだろうか。勿論相手を煽る時の笑顔以外で。しかし、その時とは全く違う、邪気のない顔で朗らかに通話をする姿だけは文句のつけようがない。きっとこの姿を見れば今まで以上に黄色い声は大きくなるだろう、と言い切れるほどの完璧な笑顔であった。
もしかしたら藪蛇だったかもしれない。うわあ、という顔で倫太郎は目尻を下げた侑の顔を見つめていた。

『あの、侑さん』
「お、どないしたん?」

翔陽からの問いかけに電話のボリュームを少し下げ、声のトーンを落とす。本来ならどこか別の静かな場所で通話を続けたかったが、自分の図体はどこへ行っても目立つ。逆に少しくらい騒がしい方が目立たないのだ。けれども流石にこれ以上容赦ない面々に野次られるのは避けたい。それに、予想外とはいえせっかくの昼休みの通話なのだ、じっくりこの時間を味わいたい。そう、これは『友達』との楽しい通話なのだから。後ろでニヤニヤとした面々を視界の端に捕らえたがあとで殴る、と心の中で書き留めて。
侑は上がる口角を押さえるように続きを促した。電話の向こうからは、えっと、という声が聞こえてくる。

『お昼ご飯!』
「おん?」

急に出てきた話題に癖で返事をすると、途端に電話口から慌てたような声がする。無意識の癖に俺のアホ、と自分の頬を叩きそうになりながら急いで否定すると、安堵したのかまた話を再開した。
『あの、侑さんさっきお昼ご飯って言って焼きそばパンの写真とか送ってくれたじゃないですか?えと、俺も今日焼きそばパンだったんです!』
『お、そうなんや。これまたお揃いやなあ』
思っていた以上に朗らかな内容に侑の言葉尻も上がる。これが他の者からの報告であればんなおもんないこといちいち言ってくんなや、くらいには言っていたかもしれないがどうも翔陽相手にはそんなことすら思わない。むしろ、食べていたものが同じだったということに少しの喜びがにじみ出てくるのだから、不思議なものだ。ちなみに昼ご飯の写真をもし送られてきたら自分なら舌打ちしていただろう、というのは都合よく忘れていた。

だが、翔陽の言葉はさらに続いた。

『俺侑さんも同じもの食べてたんだって思って偶然ってあるんだなって思ったんですけど、なんか仙台と兵庫って全然違う場所にいるのに食べてるものは同じって思ったらなんか嬉しくなって、ぐあーってなって、』

電話口から聞こえてくるのは、ふふというまるで少しばかり照れ臭そうな笑い声。その声は、はっきりと聞こえる。周囲の声なんて、全く聞こえなかった。翔陽の声しか。聞こえなかった。

『それで、俺侑さんにとにかく電話したいなって思ったら侑さんからかかってきてびっくりしました!また、同じ気持ちだなって思って、イシンデンシンって、やつだ!って』

侑には想像できる。目の前にいなくても、翔陽がどんな顔で電話をしているのか。あの時の怯えたような顔ではない、花が一気に開いたような顔が。侑の目の前に広がっている。目の前にいないはずなのに、侑は確かに翔陽の姿を見た。
『翔陽くんはただの友達』
先ほどの己の言葉がリフレインする。

「・・・・・しょよくん」
『はい?』

向こう側からの、素直な声。まっすぐに侑の心を打ちぬいた。気持ちの良い、アタックが決まったような。晴れ晴れとした感覚。
今から言う言葉も、以心伝心なのだろうか。そうあってほしい。



「俺と付き合うてください」


その瞬間稲荷崎高校の面々から今日一番の笑いが起きた。