# 01


窓から差し込む日差しが、冬の透明度の高い光から少しずつ春の柔らかい陽光へと変わってきた、そんな季節。
侑は大阪のとある小さな体育館にいた。
体育館の中では、春の訪れを感じとったように、子供たちが元気いっぱいに駆け回っている。

「そろそろ時間やぞー!みんな整列しい!」

その号令に、散らばって遊んでいた子供たちが体育館の真ん中に集まってきた。各々腰をおろした子供たちの前には、先ほど号令をかけた40代くらいの男が立っている。男は、自身に注目を集めるように何回か手を打ち鳴らした。

「さて、みんなあつまったなー。バレー教室始めるぞ。と、その前に、今週のジュニアバレーボール教室は、なんと特別ゲストを呼んでおります!」
ニヤリと笑った男に、子供たちが「誰ー?」「この間のママさんバレーのおばちゃんたちちゃうよな?」などと元気よく応えている。

「おばちゃんたちよりは上手いかなあー。そやなーヒント出そか。『全国2位』や」

「えー!全国!プロの選手とか⁉︎」
「マジで⁉︎この前のシーズンって2位どこのチームや?」

勝手にボルテージが上がっていく子供たちの声が届いているのかいないのか、男は人差し指を立て軽く横に振った。

「まあまあ、俺の自慢の後輩やねんけどな」

(いやいや、そんなハードル上げんといてよ、おっちゃん)

背筋に嫌な汗が伝う。
心の中のボヤきが届くはずもなく、子供たちの前に立つ稲荷崎OBの男は、体育館の後ろの方に突っ立っていた侑を、ビシッと指差した。

「今日のゲストは、なんと!高校生No.1セッターの呼び声高い、稲荷崎高校の宮侑くんです!」

一瞬の静寂。
子供たちの視線が、侑に集中した。
再び、静寂。
子供たちは「え、誰?」と戸惑ったように小首を傾げている。

分かっていた。こうなるのは途中から目に見えていた。たとえ月バリに載ろうとも、TVの春高特集に出ようとも、世間一般的にみて自分がそこまで知名度があるとは思っていない。それも地元兵庫ではないならなおさらだ。
居た堪れない空気の中で、侑は何とか笑みを顔に貼り付けた。冷や汗をかきながら、「どうもー」なんて無難な挨拶をしつつ、心の中で叫ばずにはいられない。

(これ、俺が滑ったんちゃうからな!)





侑にジュニアバレーボール教室へのゲスト参加要請があったのは、つい先日のことだった。
稲荷崎のOBが監督をしている大阪のジュニアチームから、ユース候補にも選ばれた侑にぜひ教室に参加して欲しいとお声が掛かったのだ。

受けたらいいんじゃないか、という稲荷崎の監督の言葉もあったが、侑は最初、この話を断るつもりでいた。
春高も終わり3年生が引退した今、新チームの体制への移行が急がれる時期だ。最強の挑戦者として挑んだ春高が、まさかの初戦敗退。内容としては充実した試合であっても、やはり結果は悔しい。練習だっていくらしても足りないくらいである。

それに、と侑は心の内でため息をついた。
何の因果か、次のキャプテンに侑が選ばれたのだ。それも、前大将からの「気張りや」という言葉つきで。

中学時代の侑は、家族である治以外のメンバーとの折り合いが良くなく、実力はあってもキャプテンに選ばれることはなかった。侑としてはセッターというポジションさえできれば、キャプテンという地位にこだわることもない。むしろ、そんな面倒くさいこと誰が好んでやるかいな、くらいの心持ちだった。
高校は稲荷崎という強豪に入り自分の思うような強いバレーができたため、メンバーとの関係は悪くない。しかし、同学年のメンバーを見渡してみても、やはり自身がキャプテンとして適任だとは思えなかった。それは、あまりにもちゃんとした前大将のイメージが強いからかもしれない。反復・継続・丁寧。大事だと分かってはいるものの、新しいものにすぐに飛びつきたくなる己の性格とは馴染まない。
加えて、下手なプレーを見ると相変わらず暴言を吐くし、向上心のない弱い奴の気持ちも分からない。治には人格ポンコツと呼ばれているが、それを自覚しても直そうという気持ちも生まれない。

果たしてこんな自分が本当にキャプテンになって良いのだろうか。全国優勝を目指せるチームを作れるのだろうか。
柄にもなく悩んでいるのが治にも伝わったのだろう。昼飯後に教室で机の上に突っ伏していると、頭の上にぽんとチョコが乗せられた。

「慣れんことで頭使うと、禿げるぞ、ツム」

じろりと見上げた先では、治が侑の前の席を陣取ってもぐもぐとチョコを食べていた。

「うっさいねん。同じ遺伝子なんやから禿げたらお前も道連れや」

机から身体を起こした侑は、治から貰ったチョコをひょいっと一口で食べると、くわあっと大きく欠伸をした。

「監督から呼ばれて、大阪のジュニアバレーボール教室にゲスト参加しろ言われたわ。けど、断ろう思て」
「なんで?」
「…その日、部の練習日やし。そっち居った方がええやろ」
「ツム、お前キャプテンとしての自覚あったんか」
「あるわ、ボケ。北さんに任せられたんやから、ちゃんとやらなアカンやろ」
「ほーん」

チョコを食べ尽くしたのか、今度はポッキーを咥えながら、治が間延びした相槌を打つ。

「ツムが、ちゃんとって言うと違和感あるな。行ってこればええやん。バレー教室。部のことは俺らに任しとき」
「いや、そうもいかんやろ。やって俺がしゅ、むぐっ」

侑の発言を遮るように、治がポッキーを口の中にねじ込んできた。文句を言おうと口を開くその前に、治の手が侑の頭の上乗せられる。慣れないその感触に戸惑っていると、治がフッと軽く息を吐いた。

「…最近、色んなこと背負い込み過ぎやねん。たまには息抜きしてこいや」

同じ色をした片割れの目に覗き込まれると、心の内を全て暴かれているような気持ちになる。いつもは競い合っているその目の中に、確かな労りがあるのを見て、侑は思わず「おん」と答えていた。

「なんやのん。随分優しいやん」

少し照れくさくてごまかすように言った言葉に、治はニヤリと笑った。

「俺は人に優しく生きとる男やからな」

こうして、侑のバレボール教室への参加がきまったのだった。






(息抜き、ゆうてもなー)

バレー教室での侑の役割は、子供たちへトスを上げることだった。
簡単にアップをした後、順番に並んだ子供たち一人ひとりにボールを上げていき、それを子供たちがスパイクする。子供たちへのトスは、指ではなく両手を使って低い位置からフワリと上げた。オーバーであげても良かったが、たくさんいる子供たちに対応するためには、こちらの方が適切だと考えたからだ。時たまオーバーを要求してくる子供もおり、そんな時は指10本で丁寧にセッティングする。
「上手く打てた!」「やっぱスパイク爽快やな!」と、子供たちの笑顔が弾ける様子に段々と侑の気持ちも上向きになってきた。自分が小学生の時に体験した、あのバレー教室の思い出が蘇る。侑がセッターを志したきっかけとなった、大切な思い出だ。あの時の元全日本セッターと同じ立ち位置に自分がいるかと思うと、じんと胸が熱くなった。

「怖がらんと入ってきいや!兄ちゃんが打たしたる!」

その呼びかけに、一度スパイクを打った子供たちも、歓声を上げて再びあつまってきた。
一人ひとり、出来るだけ丁寧にトスを上げる。
今回呼ばれたジュニアバレーボール教室は、小学生から中学生まで一緒になって練習している教室だった。そのため、実力差もかなりあり、その見極めが難しい。

(このいがぐりヘアの坊主は、さっき結構ジャンプしてたからもうちょい打点高めにするか)

(次のボブの女の子は、そんなに背が高くないけど技術ありそうやから、高めに上げて自分のタイミングで打ってもらおうか)

侑のトスから、どんどんスパイクがきまる。

やはり自分のトスを笑顔で打ってもらえるのは嬉しいものだ。侑は子供たちの笑顔を見ながら、目尻を緩ませた。最近は、キャプテンという名前に振り回され、バレーを楽しむということが二の次だったのかもしれない。久しぶりに、バレーが楽しいという純粋な気持ちを思い出していた。

(で、次はどんな子や…)

侑が振り返った目線の先。
そこにいたのは、小中学生に混じっても違和感のない、幼い容姿をした人物。きらきらとした目にオレンジ色の頭が特徴の、烏の雛鳥だった。
その雛鳥は、視線がぶつかると、口をモニョモニョさせながら、「あの!オレにもトス上げてもらっていいですか!」とねだってきた。

ここにいるはずのない人物の登場に思考がショートしていた侑は、トスという言葉にハッと我に帰った。
ここ大阪やぞとか、小中学生のバレー教室やけどなど、問いただしたいことは山程ある。ただその前に、本日二回目となる、心からの突っ込みを入れずにはいられなかった。

「なんっっっでやねん!」