# 03
実演の流れついて簡単に打ち合わせを行った後、早速子供たちの前で技術を披露することとなった。子供たちが見守る中、コートに入り、立ち位置を確認する。侑は、先程から少しソワソワしている日向に声をかけた。
「意外に緊張しいなんやな、翔陽くん」
「上手くやろうとすると、どうしても力入っちゃって…。最近は少しマシになったんですけど」
「まあ、見られてる思うとそうなるよな。でも、よう考えてみ。実演とはいえ、これもバレーやろ?」
「はい」
「素直でよろしい。でな、関西の俺と東北の翔陽くん、なかなか会うこともないやんか。ましてや俺が翔陽くんにトスを上げる状況なんて、ほぼ無いやろ。…まあ、何が言いたいかってな」
侑は一言区切って、口の端を上げた。
「楽しまな、もったいないやろ」
笛が鳴った。
相手コートから稲荷崎OBが、緩いフローターサーブを打つ。それを日向がレシーブし、宮に届ける。
まずは、トスの種類の実演だ。日向はまだスパイクはしない。侑は、日向がレシーブしたボールを、スパイカーの打点を通過するトスであるダイレクトデリバリー、打点に止まるトスであるインダイレクトデリバリーと、順にセッティングしてみせた。
特にインダイレクトデリバリーの実演の時は、侑が白帯のどの辺りに落下させるかを言ってからその通りに落としてみせたため、子供たちから驚きの声が上がった。日向も「かっけえええ!」と頬を上気させて侑を見る。
稲荷崎にはない、このチヤホヤ感に侑は胸を押さえた。
(ナニコレ、めっちゃ潤うやん…!)
「侑さん!侑さん!次、オレ打ちたいです!トスください!」
日向が手を挙げてトスを要求した。
次は、クイックの実演だ。
日向がレシーブに下がった。緩やかに放物線を描いてコートに落ちてくるボールを、危なげなくアンダーで捌く。ボールは、ちょうど侑がトスしやすい位置に高く上がった。
日向がレシーブの位置からさらに下がり、助走に入る。チラリと見た日向は、獲物を捉える獣の目をしていた。
その獣と、視線が交わる。
瞬間、世界が凝縮したような気がした。自分と、日向と、ボールと。神経がその3つに集中する。
(これ、アレや)
それは直感。ただ確信めいたものを感じた。まだトスは上げていない。走りこんできた日向が床を大きく蹴った。最高打点のドンジャンプ。ようやく侑の指が、ボールに触れる。
日向が侑を見た。そこに侑への信頼があるわけではない。ただ、ボールが来ると思っている。まるで、ナイフの切先が己に向いているような、チリチリと肌が焦げる感覚。
(ハッ!上等や!)
マイナス・テンポのドンジャンプ。
(絶っ対に合わせたる!)
この位置、頃合い、この角度。
侑が、トスを上げた。
どんぴしゃり。
スダン!と日向のスパイクが決まった。ボールはコートに深く刺さったあと、体育館の壁に当たり、てんてんてん、と再びコートに戻ってきた。
子供たちは最初、何が起きたか分からないようにぽかんとしていた。しかし、ようやく先程見た光景が脳内で処理されたようで、徐々にざわめきがが大きくなる。そして最後には、割れんばかりの歓声が起こった。
「侑さん!ボール!来ました!」
日向が小学生のような語彙ではしゃぎながら侑に駆け寄る。
「翔陽くん、おっかなすぎるわ!いきなりマイナス・テンポやるか普通⁉︎」
「侑さんならできるんじゃないかな、と思って。それに、楽しめって言ってもらえたから、一番面白そうなことやりました!」
無邪気に笑う日向に、軽く脱力する。
面白そうというだけで、セッターの喉元にナイフを突きつけるような行為をするのだ、目の前のちびっ子は。
稲荷崎OBの男も、興奮冷めやらぬ様子で子供たちに何やら解説をしている。その隙に、日向が侑に声をかけた。
「侑さん、さっきの話ですけど…」
「さっきの?」
「主将の話です。人の気持ちが分からないとってやつ。…正直、オレも挑戦しようとしない人たちの気持ちは分かりません」
でも、と日向は真っ直ぐに侑を見た。
「侑さんとバレーするの、すっげぇ楽しいです!楽しいって気持ちは、きっとバレーで伝わります。それじゃ、だめなんですかね?」
「?」
日向の言葉の少なさに侑が理解できないでいると、日向が慌てたように手を上下させながら言葉を重ねた。
「えっと、楽しそうな様子を見ると、自分もやってみたくなるというか。…多分、気持ちが分からなくても大丈夫です。侑さんのトスをチームの人たちが楽しそうに打っているのを見ていたら、そしたらきっと他の人たちも侑さんとバレーをやってみたくなります!」
メシを食うようにバレーをする。治は日向をそう表現した。美味しそうにメシを食べるヤツを見ると、周りもまた腹が減ってくる。そして試しに一口食べてみると、もっと欲しくなってしまう。…そうだ、バレーも同じだ。楽しいは感染して、もっともっとと貪欲になる。
「確かに、翔陽くん見てると腹減ってくるもんなぁ」
稲荷崎の掲げる「思い出なんかいらん」という横断幕。そこに込められた想いは、薄っぺらい言葉で語るよりも、己のバレーで証明すべきものではないのか。
(北さんのようにはなれんけど、俺なりの方法で証明すればええんか)
侑は、いつの間にか握りしめていた拳を解き、ふっと肩の力を抜いた。
「ありがとおな、翔陽くん。なんや吹っ切れたわ。お礼に、翔陽くんの気済むまでトス上げたんで。一緒にバレーボールやろうや」
「あざーっす!」
侑の言葉に日向が破顔する。ぶんぶんと尻尾が見えそうなほどのテンションに、フッフと笑いが溢れた。
「侑くん、日向くん、行くでー」
稲荷崎OBの声とともに、相手コートからボールが飛んできた。侑との話に気を取られていた日向が慌ててレシーブを上げる。
「ごめんなさい!低い!」
「任せとき!」
ボール下に素早く潜り込んで、姿勢を低く構える。崩れそうになるところを、腹に力を込めて身体を安定させた。決して楽な体勢ではない。しかし、本当の『楽しい』は、辛いこと苦しいことの先にあることを知っているから。
(ぜんぶ喰らって、一番楽しく遊んだんねん)
10本の指で、丁寧にボールを捉えた。
(やから、一緒に遊ぼうや)
持てる技術を全てを注いでスパイカーにトスを捧げる。ふわりとボールを上げた先には、もちろん日向が待っていた。ズダンっと再び気持ちの良いスパイクの音が体育館に響く。
「すっげー!はえー!」「めっちゃカッコええなあ!」「僕もあんなスパイク打ちたい!」侑と日向のプレーに喝采を送る子供たちに、稲荷崎OBの男が檄を飛ばした。
「二人みたいな速攻やりたかったら、練習しいや!上手くなれば、それだけバレーは面白なるで」
スパイクを決めた日向が、うおおっと叫びながら侑に駆け寄ってきた。その勢いのまま、ハイタッチを交わす。
「侑さんのトス、めっちゃ打ちやすかったです!オレ、Aパス返せなかったのに!」
「せやろせやろ。まあ、アレや。バレーへの愛っちゅうやつやな」
「愛、かっけぇっス!」
ドヤ顔で答えた侑を、日向がキラキラとした目で見上げてくる。その笑顔が眩しすぎて、思わず胸を押さえた。
(めっちゃ潤う…!後輩ってこんな可愛いいもんやったか?)
「次は完璧に上げるんで!もう一回トスください!」
日向がトスをねだる。
次はどんな技を繰り出すのだろうか。バレーではよくブロッカーとスパイカーの駆け引きが注目されるが、同じチーム同士、セッターとスパイカーも互いの思考を読み合う駆け引きを展開している。日向は機動力が高く、攻撃の選択肢も幅広いため、その駆け引きが尋常ではなく難しい。100%の日向を生かすも殺すもセッター次第。凡庸なセッターであれば、まず使いこなせないだろう。お前はオレを飛ばせるのかと、常に喉元にナイフを突きつけ問われている、そんな感覚だ。普通は嫌がる。けれど。
(そんなん、めっちゃオモロいやんか)
侑は目元を緩ませ、微笑んだ。
「ええで。言うたやんか。なんぼでも上げたるって」
笛が鳴り、再びボールが宙に舞った。
窓から差し込む光に反射し、ボールが白く輝いている。日向は今度こそ、そのボールを綺麗なAパスで上げた。
頭上に緩い回転で落ちてくるボールに合わせ、侑は軽く床を蹴った。
己にも負けないくらいバレーを愛しているであろう日向に、最大限の愛を込めたセッティングを。
次の瞬間、体育館に心地の良い音が響いた。